梅雨が近づいてくる季節。奉花市立海原小学校二年一組の教室では、帰りの会が行われていた。今日が金曜日のためか、皆体操服を入れる袋を机の上に置いている。教壇では、担任の先生が児童達を見渡している。
「皆さん、明日はいよいよ授業参観です。お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんに皆さんが頑張っている姿を見せてあげましょうね」
『はーい!』
全員勢いよく手を挙げる。その中には観月優希とクリフ・シーベルの姿もあった。
帰りの会が終わり、児童達はランドセルと体操服が入った袋を持って次々に教室から出ていく。優希とクリフも皆と同じ様に教室を後にする。
「クーくん。明日はだれが来てくれるの?」
「ミラおねえちゃんとメイおねえちゃんが来てくれるよー!」
優希が訪ねると、クリフは嬉しそうな顔になる。
「そうなんだー。おとーさんは?」
「あぅ。パパはお仕事なんだって」
少しだけ、クリフは残念そうな表情になる。因みにクリフの家には母親がいないとの事。何があったのかは知らないが。
「優希ちゃんのところはだれが来るのー?」
「えへへ。にーにーとねーねーが来てくれるんだよー!」
二人に頑張っているところを見せればきっと天ぷらうどんを山盛り食べさせてくれるはず。天ぷらうどんを食べるために頑張らなくてはいけない。
「いいなー。でも、ボクもミラおねえちゃんとメイおねえちゃんに頑張っているところを見せて、お肉をいっぱい食べさせてもらうんだー」
そんな事を話しながら帰路につき、やがてクリフと別れた。そこからは全力疾走で家までの道のりを走り抜ける。少しの間走ると、見慣れた我が家の屋根が見えてきた。
「ただーまー!」
優希は玄関を開け、靴を放り出してリビングに飛び込んだ。すると、ソファーで本を読んでいる兄、昴の姿を見つけた。優希はすぐさま兄の胸に飛び込む。
「にーにー!」
「おかえり、優希。今日もお勉強ちゃんと頑張ったよね?」
「うん! がんばったよー! あのねあのね、明日じゅぎょーさんかんだよっ」
「ああ、そういえばそうだったね。優希が頑張ってお勉強しているところ、見せてもらうからね」
「えへへっ」
頭を撫でられ、その心地よさに優希は兄の胸にすり寄る。すると。
「全く。そのために大学をさぼるんだから、いい御身分よね」
振り返ると、姉の舞が制服姿でリビングに入ってきた。優希が家に戻ってからそう経たないうちに帰ってきたのだろう。優希は舞の方に飛び込む。
「ねーねー! おかーりなさい!」
「っとと。ただいま、優希。そういえば、明日ってデュエルの授業なんだって?」
舞が優希を受け止めて、頭を撫でてくれる。
「そだよー! きょーしつとたいいくかんでやるんだよっ」
「なるほど。つまり座学と実技ってことだね」
「ざがくとじつぎ?」
「座学はいつも先生が黒板に書いていることをノートに写してるでしょ? あれの事よ。実技は実際にデュエルをするってことね」
昴の言葉の意味を舞が説明してくれる。兄と姉は何でも知っているので、優希にとっては憧れだ。
「あした、ぜったいに来てね!」
「もちろん。さ、今日も宿題あるんじゃないのかな?」
「えへへっ。やってくるー」
兄に撫でられながら、優希はその場を離れる。本当に明日は楽しみだ。優希はそう思いながら部屋に向かうのだった。
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そして授業参観当日。舞は昴と共に海原小学校に向かっていた。何処かに出かける時は必ず優希もいるので、二人で行くのは本当に久しぶりだ。
「それにしても、本当に大学行かなくていい訳?」
本来、兄は大学の講義があるはずなのだが、堂々と休んでいる。兄の成績を詳しく知らない身としては不安にもなってくるのだが。
「大丈夫だ妹よ。単位については全く問題無いからね。むしろ、優希の授業参観を見ない方があり得ないよ」
グッと謎のサムズアップを見せながら、笑顔で答える兄。舞はため息を吐いて諦めることにした。
そうこうしているうちに学校の校門が見えてきた。ここに来るのは入学式以来だ。あの時も兄を抑えるのが大変だった記憶がある。
「あ、舞じゃない。やっぱりあんたも来てたのね」
背後から掛けられる聞きなれた声。振り返ると、やはりというべきか、ミラ・シーベルとメイレン・マグナスがいた。
「おはようございます、舞さん。あの、そちらの方はもしかして……」
「おはようミラ、メイレン。あ、あんた達は初対面よね。これがうちの兄貴よ」
「これって言い方は無いんじゃないかな、我が妹よ。と、初めまして。舞の兄の昴だ。よろしくね」
とりあえず、昴を二人に紹介しておく事にする。優希に過保護な面を除けば、妹目線でも人に紹介して恥ずかしくないの兄なのは助かる。
「と、ぼさっとしている場合じゃないわね。早くクリフの顔をみないと」
「おっと、優希のクラスは何処だったかな」
早速と言わんばかりに、変な所で昴とミラがシンクロしている。舞は呆れながらため息を吐き、メイレンは苦笑していた。そしてメイレンが耳打ちしてくる。
「あの、舞さん。お兄さんはもしかして」
「ご察しの通り。ミラと同類よ」
その言葉に、メイレンは何とも言えない表情を見せるのだった。
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優希の所属している二年一組の教室は、既に多数の父兄で埋まっていた。本来ならここで仲がいい親同士が世間話にでも興じているのだろうけれど、あいにくそれが出来る母は不在だ。なのでなるべく目立たない様にしておきたいのだが。
「……お兄ちゃん、なんでビデオカメラなんて持ってきているのよ」
「もちろん、優希の可愛い姿を収めるために決まってるじゃないか」
しれっとそんな事を言う兄に、舞は思わず蹴りを入れたくなったがここは我慢する。そしてその隣では。
「あの、お嬢様……あまり撮影はなさらない方がいいのでは」
「何言ってるのよメイ。せっかくクリフが教室の机に座っているところを撮れるのよ。コレクションしておくべきじゃない」
考えることが同じなのか、ミラはスマートフォンのカメラをクリフに向けて構えていた。それに気づいたのか、後ろを振り向いたクリフが笑顔で手を振ってくる。ミラはシャッターチャンスと言わんばかりにバシャバシャ撮影する。
「ミラ。流石に授業中はやめなさいよね、お兄ちゃんも」
「分かってるわよ」
「流石に、その辺は弁えるさ」
メイレンでは押しが弱いと判断したので、昴と合わせてミラにも釘を刺しておく。と、昴が舞の肩をとんとん叩いてきた。
「なによ?」
「なあ、もしかして優希がよく話しているクー君って子、あの子なのかい?」
隣にミラがいるからか、小声で話しかけてきたので舞も音量を下げて返す。
「ミラの弟のクリフ君。素直ないい子よ。素直すぎるところもあるけど」
すると昴はクリフを見定めるかのような目で眺める。
「なるほど……一応、チェックしておくべきなのか、いだっ!?」
馬鹿な事を呟いているのに流石に我慢できず、脛を軽く蹴っ飛ばす。変な声を上げてしまったせいで周囲の視線が少しだけ集まったが、昴は何とかごまかしていた。
「な、なにするんだ妹よ!?」
「あんたねぇ……何小学生相手に品定めしてんのよ」
「だって、もしかしたら間違いがあるかもしれないだろ?」
「心配しなくても、クリフ君はミラ一筋よ。将来、ミラと結婚するーなんて言っている子なんだから、何もありはしないわよ。ただのお友達」
それだけでなく、クリフの場合メイレンはもちろん、舞にも良く懐いてくるため年上好きの気がある。そのため、優希とそういう関係になる心配はいらないだろうと考えている。
昴はまだ納得しかねている様だったが、もう一度蹴りの構えを見せるとしぶしぶ視線を優希に戻し、だらしない笑みを浮かべていた。この笑顔が優希と実に似ているのだ。
ここでチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。
「きりーつ! きをつけー! せんせい、おはよーございます!」
『おはよーございます!』
綺麗に揃った挨拶に、舞は思わず感心する。みんなが席につくと、先生は父兄に向かってぺこりと一礼した。
「はい、おはようございます。そして今日は授業参観です。お越しくださった父兄の皆様。本日はお忙しい中ご足労いただき、誠にありがとうございます。どうぞ、お子さんの頑張っている姿を見てあげてください。それでは、授業を始めます」
先生はテキストを開いて、黒板に何かを貼り付けた。デュエルモンスターズのカードが何枚か並べられたシートが黒板にくっつく形で貼りだされる。
「詰めデュエルがどういうものか分かる子、手を上げてください」
すると皆一斉に「はーい!」と声を出しながら争うように手を挙げる。もちろん、優希も手を挙げていた。
「はい、じゃあ観月さん」
「やった、優希だ!」
「だからあんたは黙ってなさい」
「……すみませんでした」
興奮している兄を視線で脅し黙らせる。優希は勢いよく立ち上がると、えへへっ、といつもの笑い声を出す。
「んとねー。つめデュエルは、ずばばーん! って勝った方が勝ちなの!」
その答えに、子供達がどっと笑う。先生は優しそうな笑みを見せる。
「つまり、どういうことなのかなー?」
「んーと……わかんない!」
「んー、言いたいことは何となく分かるけどねー。じゃあ、他に分かる人はいますかー?」
「あいっ!」
真っ先に手を挙げたのはクリフだ。少し遅れて他の子達も手をあげるが、やはりクリフが指名された。
「つめデュエルは、決められたカードを使って、相手のライフを0にしたら勝ちのゲームですっ」
「はい、正解です。クリフ君に拍手!」
パチパチパチ、とクリフに拍手が送られる中、ミラは誇らしげに無い胸を張っていた。
「じゃあクリフ君に問題です。黒板に貼ったシートを見てね」
クリフがシートを見る。舞もシートに改めて視線を移す。フィールドの状況はこうだ。
自分:LP4000
手札:デーモンの斧、死者への手向け、E・HEROクレイマン
場:E・HEROシャイニング・フレア・ウィングマン(攻撃表示、ATK3700)
墓地:E・HEROフレイム・ウィングマン、E・HEROフェザーマン、E・HEROバーストレディ、E・HEROスパークマン
相手:LP5000
手札:無し
場:青眼の白龍(攻撃表示)、F・G・D(攻撃表示)
墓地:無し
「この状況で相手に勝つには、どうしたらいいでしょうか?」
「はいはーい! ぼく分かるよー!」
「ごめんね、観月さんはクリフ君の後に答えてもらいますからね。じゃあ、クリフ君どうぞ」
本当に分かっているかはともかく、優希が勢いよく手を挙げたのにはれっきとした理由があるのは分かっているので、舞は微笑ましく妹の姿を見つめる。
「あいっ! えっとー……あうっ!?」
突然、びくりと体が跳ね上がったクリフ。そして恐る恐るといった風に後ろを振り向く。何かあったのかと思い、クリフの視線が向いている方を見てみると――。
「…………」
ミラが先程までと一変して、鋭い視線をクリフに対して向けていた。その視線はまるで、クリフが間違える事を許さないかのような威圧的な視線だ。
「お、お嬢様。クリフ様が怯えていますっ」
「メイ、黙ってて」
「は、はい!」
冷たいミラの声に、メイレンも竦み上がる。なるほど、これが噂に聞いていたデュエル指導モードかと舞は理解する。
ミラは普段はクリフに対して激甘なのだが、デュエルを教えている時のみ厳しくなるとメイレンから聞いていた。それが今になって表れるとは、よっぽど厳しく教えているのだと思われる。
一方のクリフはビクビクしながらも、カードに手を伸ばしていた。
「えっと、えっと、さいしょに手札の『死者への手向け』を発動して、手札の『クレイマン』を墓地に送って『F・G・D』を破壊しますっ。『クレイマン』を墓地に送ったことで、『シャイニング・フレア・ウィングマン』の攻撃力は更に300アップして4000になりますっ」
その言葉通りにクリフは行動する。舞はミラの方をちらりと横目で確認するが、表情の厳しさは変わらない。
「つぎに、装備魔法『デーモンの斧』を『シャイニング・フレア・ウィングマン』に装備しますっ。これで『シャイニング・フレア・ウィングマン』の攻撃力は5000になりますっ。それで『シャイニング・フレア・ウィングマン』で『青眼の白龍』を攻撃しますっ。それで『青眼』が破壊されるので、『シャイニング・フレア・ウィングマン』の効果が発動しますっ。効果で3000ポイントのダメージを与えるので、戦闘ダメージの2000ポイントと効果ダメージの3000ポイントを足して、ごうけい5000のダメージで相手のライフが0になりますっ」
ビシッと手を挙げると、先生はパチパチと拍手を送る。
「はい、正解です。クリフ君に拍手ー!」
再び拍手がクリフに送られる。ミラの方を見てみると、彼女は厳しい表情を解いて口元に笑みを浮かべていた。クリフはほっとした様に自分の席に戻る。こうして見ていると、普段はどんな指導をしているのか気になってくる。
「……ミラ、あんたいつもクリフ君にどんな教え方してるのよ」
「あの子には私以上の素質があるから、敢えてきつくしているのよ」
「それを普段からやればいいのに」
「何か言った?」
「なんでもないわよ」
そんな事を言い合っているうちにも授業は進んでいき、優希も出された問題を見事に正解して昴から過剰な祝福を受けた。
「優希ー! やっぱり優希は凄く頭がいい子だよー!」
「うるっさい!」
妹として、兄のこの行為には頭が痛くなる。とはいえ、優希は嬉しそうなのがまた複雑だ。
そして最初の授業が終わり、そのまま体育館に移動する。今度は実技の時間だ。少しの間休憩し、再び授業が始まる。
「はい、次は実戦練習です。じゃあ、デュエルしたいって子は手を挙げてね」
皆で勢いよく手を挙げる。見るとデュエルコートは四面あるので最大で八人はデュエルができる。そして次々と先生から指名を受けた子達がコートに向かっていく中、最後に指名されたのは。
「じゃあ、最後は観月さんとクリフ君にお願いしようかな。クラスの中でも特に強い二人ですからね」
その言葉に舞は思わず感心した表情を優希に向ける。自分と昴も優希にデュエルを教えているが、まさかクラスの中で一、二を争う程強いとは思っていなかった。
「あいっ! 優希ちゃん、負けないよー!」
「ぼくだって負けないもん!」
お互いにやる気満々の様だ。舞と昴、ミラとメイレンの四人は優希とクリフが向かったコートに移動する。
二人してデュエルディスクを展開し、デッキがオートシャッフルされる。そして手札を五枚とって、準備が整う。
「それじゃあ」
「いっくよー!」
クリフと優希、互いに身構えると。
『デュエル!』
始まりの言葉を口にした。
お久しぶりです。パソコンが壊れて修理に出していたので、長らく更新できませんでした。
修理に出している間は執筆もできなかったので、今回と次回はリハビリ的な意味合いを兼ねて番外編を書きます。暫しの間、お付き合いください。
それでは、次回にてまたお会いしましょう。