私があの世界に飛ばされたのは、主兄殿がロシウ老師との模擬戦中の事故で迷い込んだ平行世界にて魔法使いを志すネギ少年と出会って間もなくの事だった。
リイン。お前も知っての通り、私は主上とお前の三人で魔法の修練をしていた時にその目の前で強制転移させられたのだが、その時に声が聞こえたのだ。
……助けて、と。
そうして強制転移の後に降り立ったのは、あの時から更に一年前に世界を破滅へと追いやる災厄が訪れた場所。そして世界の存続と引き換えに多くの物が失われた場所でもある海鳴市だった。当時の私は何故そこに飛ばされたのかが解らず、とりあえず情報を得ようと翠屋に向かったのだが、私はそこで驚愕するべき光景を目の当たりにした。
「馬鹿な。なのはが生まれる前に亡くなられたと聞いていた桃子殿のご主人がご健在だと。しかも、実家に戻ってはいるがアルバイトは続けている筈の晶殿と
高町家の家族構成とその周辺の人間関係が、私の知っているものとは大きく異なっていたのだ。
「仮に私がご主人がご健在だった時間まで遡ってしまったとしても、それでは翠屋の建屋が新築かそれに近い状態でなければおかしいのだが、見た所その様な様子もない。もしや、先日の主兄殿の様に私もまた平行世界へと飛ばされてしまったのか?……んっ?」
海鳴市に近い沖合で強大な魔力が放出されるのを察知したのは、平行世界へと飛ばされた可能性に思い至ったその直後だった。私は隠蔽魔法を使いながらそこへ急行した。そこでは大量の魔力を内包した結晶体が六個、互いに共鳴し合いながら暴走しているのを一人の少女とその使い魔と思われる狼型の魔法生物が抑え込もうとする光景が繰り広げられていた。このままでは、この二人の命が危ない。しかもこの結晶体の暴走が更に進めば、時空間に影響を齎した揚句に最悪の場合にはこの世界が滅んでしまう恐れすらあった。
だが、私はここで悩んだ。私は結局の所、ただの余所者だ。その様な者が、果たしてこの事態を収拾してしまってもよいのか。この世界の問題はこの世界に住まう者達の手によって解決するべきではないか、と。しかし、ここで私は己の在り方を鑑みた。
夜天の王の守護騎士たる私にとって、優先すべきは主上の志。そして、主上の志とは一体何だったのか。
……そして、答えは出た。
「本来ならば、この世界の問題はこの世界の者に任せ、私はけして手を出すべきではないのだろう。だが、主上の夢は体の不自由な者を介護する仕事に就く事。そして、絶望を希望に変える誰かにとっての最後の希望たり得る、正に主兄殿の様な「優しい魔法使い」になる事だ。まして、あの場には今、彼女達以外には誰もいない。ならば、たとえ己の住まう世界でなかったとしても、目の前で命が無為に消え去ろうとしているのを黙って見過ごす訳にはいかない」
そして、私は行動を開始した。
Overview
魔力を暴走させている六個の結晶体 -ジュエルシード- を封印しようと躍起になっている少女の使い魔であるアルフは、主を止められなかった事を深く後悔していた。
(やっぱり、無茶だったんだ。いくらフェイトでも、これだけ大量の魔力流を放出した上で六個ものジュエルシードの暴走をまとめて封印するなんて事は)
しかも、体調がけして万全とは言えないのだから尚更だった。しかしそれでも、彼女の主 -フェイト・テスタロッサ- は諦める事無く、残り少ない魔力を振り絞って暴走する六個のジュエルシードとの格闘を続けた。
……限界を超えた者の破綻は、突如として訪れる。
「フェイト、後ろ!」
己の主の後方から竜巻がうねりを上げて襲い掛かってくるのを見て、アルフは大声を上げて注意を呼び掛けた。しかし、ここに来て蓄積されてきた様々な疲労が一気に噴出してしまったのか、いつもなら自分の声に即座に反応できる筈のフェイトの回避行動が一瞬遅れてしまった。
(直撃する!)
そう判断したアルフは、主を守る為に主と竜巻の間に入り込もうと全速力で空を翔ける。自分のスピードでは、どうやっても間に合わないのは百も承知で。そして、その想像通りに自分の目の前で竜巻がフェイトの体を呑み込もうとする瞬間を目の当たりにして、アルフは思わず叫んだ。
「フェイトォォォッ!」
その時、フェイトはアルフの方を向いて、口を動かした。声は聞こえなかったが、アルフは獣故の優れた視力で口の動きを見た事で、己の主が何と言ったのか解ってしまった。
(……ゴメンね、アルフ)
それは、使い魔である彼女が最も聞きたくない言葉だった。そして、その後まもなく最悪の結末を迎える筈だった。
「我築くは、厄を遮る
この場にいない筈の、第三者の声が聞こえて来なければ。余りに強固な、正に「鉄壁」の名に相応しい魔力防壁が主と竜巻の間で展開されなければ。
「この様な幼い身で、しかも未熟に過ぎる魔法の技量で随分と無茶をする」
そう言って彼女達の前に現れたのは、漆黒の
「……貴方は?」
フェイトは突如現れた騎士風の男に問い掛けると、その男 -リヒト・ツァイトローゼ- は己の名前を名乗った上で次に己が取る行動を宣言する。
「ベルカの技法と叡智を伝え守る者。夜天光の騎士、リヒト・ツァイトローゼだ。……あの結晶体は、私が全て破壊する」
それを聞いて、驚いたのはアルフだ。彼女は慌ててリヒトを押し留めようとする。
「なっ! 待ちな! それはフェイトが身を削りながら探し続けて、ようやく見つけ出した物なんだ! フェイトを助けてくれた事には感謝するけど、だからって……!」
しかし、リヒトの決意がその程度で揺らぐ事はなく、逆にこのまま放置した場合の末路を口にし始める。
「だがこのまま放っておけば、あの結晶体の膨大な魔力が更なる共鳴反応を起こして時空間を歪ませてしまい、最悪の場合は時の流れが止まり、因果律も崩壊し、やがてこの世界は滅亡の一途を辿る事にもなりかねない。私は主上と主兄殿から賜った騎士の称号に懸けて、その様な事を断じて認める訳にはいかない。何より、この世界とここに住まう全ての命、そして今ここで生命の危険に晒されている君達二人の命には代えられない」
そう力強く語るリヒトの瞳には、今この世界に存在する全ての命を守らんとする堅い決意だけが宿っていた。それを察したアルフは、尋ねなくてもいい事をリヒトに尋ねてしまう。
「ア、アンタ。ジュエルシードが目的じゃないの?」
尋ねてしまった後で、アルフは後悔した。今目の前にある物が希少な価値を持つロストロギアである事を知ってしまえば、この男はきっと考えを変えると思ったからだ。だからこそ、この問いかけに対するリヒトの答えが彼女の想像から完全に外れたものとなった。
「ジュエルシード? それがあの結晶体の名なのか? ……確かに内包する魔力はかなりの物だが、所詮は物だ。替えなどいくらでも利くだろう。まして、世界が無限に広かろうとも、君達の命はお互いにたった一つしか存在しないのだ。その様な貴重な命といくらでも替えが利く物、どちらが重いかなど比べるまでもない」
そして、それはアルフの主であるフェイトも同様だった。
「ハッ? ……エェッ?」
フェイトは困惑の余りに何とも間の抜けた様な声をつい出してしまったが、無理もないだろう。今まで彼女が魔導師として接してきた人間の全てが、その目的が異なるとはいえジュエルシードを求めていたのだ。それが、ジュエルシードに対して何ら求めようとはしないどころか破壊すると宣言し、更には自分達とは比べるまでもないと断言した。
フェイトは、いつの間にか自分の中で張り詰めていた何かがスッと緩んだ様な気がした。……だからこそ、油断してしまった。
「詳しい話は後回しだ。まずはあのジュエルシードとやらを破壊しよう。……主兄殿。賜ったばかりの新たなる力、今ここで使わせて頂きます」
自分が追い求めたジュエルシードを破壊する為の行動を、リヒトが取り始めたのを見過ごしてしまったのだ。
「ドラッヘボーゲン!」
リヒトがそう声を懸けると、握りの部分を持つシンプルな構造で中央に赤い結晶体が填め込まれた黄金の弓が彼の左手に現れた。
愛剣であるカイゼルシュベルトを一年前のヒドゥン襲来時に失ったリヒトの為に、一誠が天才的な少年技師であるクロノ・ハーヴェイの監修の元で創り上げた傑作、魔導弓ドラッヘボーゲンだ。白兵戦にも対応できる程の強固な作りを持つこの弓の最大の特徴は、中央に填め込まれた赤い結晶体だ。龍血晶と名付けられたこの結晶体は、二天龍の一頭である
リヒトがドラッヘボーゲンを構えると、それと同時にリヒトの右手に魔力が圧縮されていき、やがて一本の矢として物質化した。そして弓道の八節に従って矢を番えながら、己の魔力を際限なく高め続けていく。
「な、何! このバカみたいに膨大な魔力は! あのクソババァがまるで子供みたいだよ!」
矢として物質化するまでに圧縮しつつ、今もなお留まる事無く高まり続けるリヒトの魔力を間近で感じたアルフは、次第に体が震え出すのを止める事ができなかった。アルフが持つ獣の本能が理解したのだ。
……あれは、けして敵に回したらいけないものだと。
「あの人の膨大な魔力が、大気を震わせながら雷を呼んでいる……?」
一方、魔力を電気に変換できるという特殊な資質を持っているフェイトは、高まり続けるリヒトの魔力によって大気が鳴動し、その影響で雷が発生しつつあるのを感じ取っていた。やがてリヒトの上空で雷が発生すると、その雷はリヒトの番えた魔力の矢へと落ちて来た。リヒトはその雷さえも矢に取り込み、ドラッヘボーゲンに組み込まれた龍血晶と連動させる事で矢に込められた力を更に高めていく。
そうして全工程を終了したリヒトは一瞬だけ別方向に鋭い視線を向けた後、全てのジュエルシードが射線上に重なった刹那の瞬間を見逃す事なく、天の鉄槌たる雷を宿した必殺の矢を放った。
「ドンナーシーセン!」
裂帛の気迫と共に放たれた必殺の矢は、一筋の閃光となって荒れ狂う大気の奔流と無数の竜巻をまるで何もないかの様に貫いていき、やがて全てのジュエルシードを射抜いていく。射抜かれたジュエルシードはその膨大な魔力を全て破壊され、その影響で全て砕け散ってしまった。
リヒトは一誠から教わった心霊医術を応用した魂への直接攻撃であるダイレクト・アタックの概念が何百年もの間蒐集し続けた魔法技術の中にあった「対象に宿る魔力にダメージを与える事で傷を殆ど与える事無く無力化する」非殺傷設定と似通った所が多い事から、それなら非殺傷設定で使用した魔法の威力が極めて強大であれば魔力そのものを破壊できるのではないかと考えていた。
そこで、リヒトはドラッヘボーゲンによる全力攻撃であるドンナーシーセンをこの非殺傷設定で使用した。その結果、ジュエルシードではなくそれに込められていた魔力を直接攻撃、破壊する事に成功し、単にジュエルシードを破壊した場合に発生する魔力の暴走を未然に防いだのだった。
「どうやら上手くいった様だな。主上の元へ帰還してから主兄殿とロシウ老師と共に検証する必要があるが、これで非殺傷設定には主兄殿のダイレクト・アタックと同様の効果がある事がほぼ確定した。しかし、これではもはや非殺傷設定とは到底呼べないな。やはり、幾ら全力をぶつけても命の危険はない等という都合のいい話がそうそうある訳ではないという事か……」
自分の想定通りに事を運べたリヒトは、非殺傷設定に秘められた可能性について改めて検証する必要性を感じていた。
因みに、元の世界に戻った後でリヒトが一誠やロシウと共に検証を重ねた結果、やはり魂への直接干渉に近い事が判明し、直接接触する必要があるダイレクト・アタックの弱点を完全にカバーする事になる。
一方、このリヒトの行動の一部始終を別の場所で見ていた者達がいた。
次元航行艦アースラのブリッジでは、ツインテールに髪を纏めた少女、高町なのはがその光景を見て呆気に取られていた。
「暴走する六個のジュエルシードを、全部まとめて撃ち抜いちゃった……」
そのなのはと同年代と思しき少年、ユーノ・スクライアもまた、リヒトの力量に感嘆の息を漏らす。
「アレ、なのはのディバインバスターを間違いなく超えている。それに、膨大な魔力量だけじゃない。それを完璧に制御し切っているし、あれだけの魔力を使った反動を物ともしていない。世の中、上には上がいたんだ……」
リヒトは知らない事だったのだが、実はジュエルシードを巡る騒動は二ヶ月程前から始まったものであり、最初はこの二人がジュエルシードの封印を行っていた。しかし、途中からこの世界とは異なる世界からやってきたフェイトとジュエルシードを巡って争奪戦を繰り広げる様になり、やがてジュエルシードを一度激しく暴走させてしまったのを機に複数の次元世界を管理する時空管理局の介入が始まった。そして、なのははその時空管理局から派遣されてきた人員に現地協力者として協力する様になったのだ。
リヒトがフェイト達の前に姿を現したのは、彼女達がフェイトが無謀な行動を取り始めたとの連絡を受けてブリッジに入ったばかりで、フェイトへの対応をこれから協議しようとした時だった。そして、何処か儚げな雰囲気を持ったフェイトを助ける為に飛び出そうとするなのはを宥めながら、一先ずは様子を見ようという事で落ち着いた。なのはもリヒトがフェイトを守った事で落ち着きを取り戻し、最終的には同意している。尤も、なのははリヒトの発言を聞いた後で後悔に苛まれる事になったのだが。
アースラのブリッジクルーの一人でオペレーターのエイミィ・リミエッタから新たな報告が返ってきたのは、二人がまだ驚愕から立ち直っていない時だった。
「それだけじゃありません! ジュエルシードの反応が全てロスト、どうやら破壊された模様です!」
その報告を受けた時空管理局提督兼アースラ艦長のリンディ・ハラオウンは、次に破壊されたジュエルシードに内包されていた膨大な魔力がどうなったのかを確認する。
「ジュエルシードの魔力はどうなっているの!」
指示を受けたエイミィは急いで確認作業を行うと、確認した自分自身が信じられなくなる結果が出てきた。
「あ、ありません! どうやらジュエルシードの内包魔力も同時に消失した模様!」
「ジュエルシードだけでなく、その内包魔力も全て破壊したというの?」
次から次へと入って来る「あり得ない」情報に、リンディは困惑気味であった。それは、彼女の息子でアースラ所属の執務官であるクロノ・ハラオウンも同様だった。
「世界は「こんな筈じゃない」事ばかりだけど、今回のこれは今まででも最大級だ。世界崩壊級のロストロギアを、完全に破壊してしまうなんて」
クロノはそうしてしばらく呆けていたが、やがて正気を取り戻すとあの場にいる者達の身柄確保の為の出撃を進言する。
「……ハッ! 呆けている場合じゃない! 艦長! 被疑者確保の為、直ちに出撃します! それが間に合わないなら、せめて今回突如現れたリヒト・ツァイトローゼと名乗る男だけでも!」
このクロノの声で我に返ったユーノとなのはは、それぞれクロノに同行する事を申請した。
「……ぼ、僕も行きます! ジュエルシード発掘の責任者である僕なら、話を聞いてくれるかもしれません!」
「わたしも一緒に行きます! それに、フェイトちゃんとこの街を守ってくれたお礼もしたいんです!」
状況は一刻を争う。そう判断したリンディの対応は早かった。
「出撃を許可します。クロノ。身柄の確保はジュエルシードを破壊した彼を優先する様に。それとエイミィ。念の為に聖王教会に問い合わせを。彼の名乗りから考えて、おそらくベルカに関わりを持っている筈よ」
「了解しました、艦長」
責任者としての指示の裏側にある母親の意図を読み取ったクロノは、その指示を承知する事を伝えてからなのはとユーノを伴って転移していった。
しかし、彼等はこの時、まさかリヒトの口から想定外にも程がある事実を知らされるとは夢想だにしていなかった。彼が平行世界からの来訪者であり、中でもなのはとクロノについては同一存在が世界崩壊の危機に際して共に立ち向かった戦友であるという事を。
Overview end
私が呼び出された平行世界において最初に接触した魔法関係者は、当時はなのはと敵対していたフェイト・テスタロッサとその使い魔であるアルフだった。ジュエルシードという名のいわば魔力結晶体を破壊した私は早速二人から話を聞こうとしたのだが、その前に現れたのがクロノ・ハーヴェイの同一存在と思しき少年だったのだ。
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンと名乗ったこの少年は、かなり小柄ながらも修羅場を幾つも乗り越えてきた者の眼をしていて、こちらの世界のクロノより少しだけ長く生きている様に見えた。その彼から同行を求められると、アルフは主であるフェイトに逃亡する事を促し、フェイトもそれに応じて慌ててその場を立ち去ろうとした。
……その時はまだ状況がよく解らなくてな。逃げようとする二人の首根っこを捕まえて、そのまま私と同行させてしまったのだ。そうして、それぞれの話を聞かせてもらったのだが、私にしてみれば驚きの連続だったよ。
「まさか、次元間移動がそれ程制限されておらず、それに伴って数多の次元世界の管理・維持を目的とした時空管理局なる組織があるとはな。ベルカが招いた災厄を繰り返さぬ為に、緊急時を除いて次元間移動を厳しく制限しているこちらの世界とは大違いだ。だが、それ故に今回の事件が発生したとも言えるな」
私がそう呟いていると、それを向こうのクロノが耳聡く聞いてしまった様で私の素性を改めて尋ねて来たのだ。
「貴方は一体……?」
そこで、私はあえて向こうで名乗った仮の姓でクロノ執務官に確認を取った。
「少々ややこしい話しになるのだが、それでもよろしいかな? ハーヴェイ執務官」
すると、姓を間違えられた事に憤りを感じたのだろう。クロノ執務官はムッとした表情で名前を訂正する様に求めて来た。
「先程も名乗ったが、僕はクロノ・ハラオウンだ。訂正して欲しい。確かにハーヴェイは父方の祖母の旧姓だが、何故それを?」
……話に乗ってきた。そう悟った私は、畳みかける様にこちらの世界のクロノの話をしてみた。
「成る程。それで、私達の前ではハーヴェイ姓を名乗っていた訳か。今も共に行動しているなのははもちろん、私も共に次元災害に立ち向かった戦友の一人だというのに、なのは以外には本姓を黙っているなど何と水臭い事を」
私がそこまで話をした所で、この場にいた者達の視線を集めたクロノ執務官は明らかに身に覚えのない事に対して狼狽し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな事、僕には全く覚えがない!」
「あ、あの。私が魔法を使えるようになったのも、クロノ君に出会ったのもつい最近なんですけど……」
なのはも己に覚えのない事に言及してきた事で、私は種明かしを始める事にした。
「ハッハッハ。それは当然だ。ハラオウン執務官、そしてなのは。今の話は君達の事ではない。二代目翠屋店長として桃子殿の後を継ぐという自覚を持っているなのはと同い年でありながら喪失技術を再現できる程の天才技師であり、己の世界と異なる世界で出会ったなのはと心を交わし合った末に互いに恋に落ちた、平行世界の高町なのはとクロノ・ハーヴェイの物語だ」
私がそう暴露すると、平行世界の同一存在とはいえ自分達が恋仲になると聞かされた二人は驚きを露わにした。
「「えっ!」」
そうしてお互いに顔を見合わせると、お互いに顔を真っ赤にしてすぐに視線を逸らしてしまった。どうやら、私の言葉を切っ掛けとして少なからず意識するようになってしまった様だったよ。そして、その様な二人を見てムッとした表情に変わったのが、ユーノ・スクライアと名乗った少年だった。
少々遊びが過ぎた様で、当時の私は三人に対して少し申し訳なく思ったものだ。
「平行世界……?」
一方、私の言葉に首を傾げていたのは、こちらの世界には存在していない事から話について来れなかったフェイトだ。見るとアルフも同様でキョトンとした顔をしていた。そこで、私は己がその世界とは非常によく似た平行世界からやってきた事を、その証拠として翠屋の事を例に出して伝えた。……ただ、自分の世界では元気に過ごしている父親がこちらの世界では自分が生まれる前に亡くなったものの、その代わりに居候が多かった為に家族に構ってもらえ、幼心に寂しい思いをしなかったという事を聞かされたなのはは酷く戸惑っていたが。こうして話を終えた後、私は自分が今後どうするのかを伝える。
「では、貴方はこの事件にはこれ以上介入しないと?」
クロノ執務官からそう尋ねられると、私はそれを肯定した。
「そうだ。私は所詮平行世界の存在で、いわば余所者。今回は私が状況を把握できていなかった為に手を出してしまったが、本来なら平行世界の問題はその世界に住まう者達で解決するべきだと私は思う。まして、すぐ近くには君達の様に事態に対処できる者達がいたのだから尚更だな。その意味では、私は余計な手出しをしてしまった訳だ」
私が余計な事をしたと自省していると、フェイトがそれを否定してきた。
「そんな事はありません!」
「フェイト?」
フェイトが大声を出したのが余程珍しかったのか、アルフが首を傾げる中、声を上げたフェイトはその後、顔を俯かせてしまった。そして、小さな声で話し始める。
「私は母さんに頼まれたから、この世界のこの街に散らばってしまったジュエルシードを探し集めていました。その中で、この子やジュエルシードを取り込んでしまった子猫を傷付けてしまったり、街中にあるジュエルシードを見つける為に空間を隔離しないまま魔力を流したりしました。……でも、あの時の貴方の言葉。たかが六個の結晶体など、この世界とここに住まう全ての命、そして今ここで生命の危険に晒されている君達二人の命には代えられない。その言葉で、私は気付いてしまったんです。私はただ、ジュエルシードを手に入れる事で母さんに喜んでもらう事しか考えていなかったって。この世界に住んでいる人達の事なんて、私は全く気にもしていなかった」
それは、フェイト・テスタロッサという少女が己の罪を自覚した瞬間だった。だが、それになのはが待ったをかける。
「フェイトちゃん、それは違うよ! 確かに、フェイトちゃんのやっていた事は本当に悪い事だった! でも、わたし達にはこれ以上関わらない様にって言ってくれたのは、わたし達の安全を考えてくれたからだよ! 全く気にしていないなんて事、ない!」
なのははフェイトにそう言ったものの、その後で自分も俯いてしまった。
「それに、わたしだってフェイトちゃんと一緒だよ。わたし、フェイトちゃんの事で頭がいっぱいになってた。そんなだったから、さっきのリヒトさんの言葉で初めて気付かされたの。ついさっきまであそこで起こっていたのは、わたしの家族や友達、それに海鳴市を含めたこの世界の危機だったんだって。だから本当は、この世界に住むわたしこそが真っ先にあそこへ駆けつけなければいけなかったの。でも、わたしはフェイトちゃんと友達になる事しか、自分の事しか考えてなかった。だから、そんな大事な事に気付けなかった。……わたし、本当に大馬鹿だよぉ」
この時のなのはの様子を見て、私は気負い過ぎていると感じた。実はこの事件の最初の頃、ジュエルシードの暴走で街がかなりの被害を被ったらしく、それを未然に防ぐ機会があったにも関わらず気のせいだと見過ごしてしまった事を悔やんでの事だったのを知ったのは、この事件が終わってからだった。……だが、この時の私はその様な事になっていたとは知らなくてな。
「なのは。そういう事を考えるのは、私達大人の役目だ。子供である君が、責任を感じる必要など何処にもない」
なのはの背負った物を降ろそうとしてこの様な事を言ったのだが、今思えば随分と無責任な言葉だったよ。実際、この時のなのははかなり困惑していたのだからな。
「で、でも、海鳴市で魔法をまともに使えるのは……」
「確かに君達だけだ。いや、君達だけだったと言うべきだろう。しかし、今は違う。それを本職とする時空管理局の者達がいる。だから、なのは。君が今やるべき事は彼女と、フェイトと話をする事だ。……時間はかかるだろう。時には、激しい口論にもなるだろう。ともすれば、言葉ではなく拳での語り合いになるかもしれない。だが、それでも怯む事無く己の想いを伝え、そして相手の想いを受け止めるのだ。そうする事で、人はお互いに解り合っていく。大切な事は相手の想いを尊重し、その上で己の意志を崩さない事だ」
私がなのはにこれからやるべき事についてアドバイスらしきものをすると、なのはは私の言葉を素直に受け入れてくれた。
「相手の想いを尊重し、その上で己の意志を崩さない。……はい! リヒトさん。私、やってみます!」
なのはの決意を聞いた私は、そこでフェイトとアルフに確認を取る。
「ところで、フェイト。そしてアルフだったか。一つ確認したい。私がドンナーシーセンを使用する際、私に対して次元を超えて攻撃しようとした者がいる。私が使用前に牽制したから攻撃を断念した様だが、フェイトによく似た魔力の波動の持ち主だった。君達に何か心当たりはないか?」
そうフェイトとアルフに問い掛けると、二人とも何を言われたのか良く解らない様だったが、やがてアルフが激しい怒りと共にその者に対する罵倒を開始した。
「へっ? ……あのクソババァ! フェイトが危うく死にかけていたのを、何もせずにじっと見ていたって事か! それどころか、フェイトを助けようとするコイツに攻撃しようとしていたなんて! 何で、何でそんな事ができるんだよ! プレシア! フェイトは、アンタの娘じゃないのか!」
アルフの口から出てきた「プレシア」という名に反応したのは、クロノ執務官だった。
「プレシア……? それが彼女の母親の名前なのか?」
クロノ執務官がそう尋ねると、激昂していたアルフが腹の中に貯め込んでいた物を全て吐き出す様にフェイトの母親の事について話し始めた。
「そうだよ! プレシア・テスタロッサ! それがフェイトの母親の名前だ! だけどこのクソババァ、フェイトは言われた通りにジュエルシードを集めてきたのに、数が足りないって言ってフェイトの事を何度も鞭で……!」
「アルフ! それ以上は駄目!」
フェイトはアルフにこれ以上は言わせないと大声を懸けたが、もう遅い。
「鞭……? フェイト。まさか、君は母親から虐待を受けているのか?」
私がそう確認すると、フェイトはそれを否定してきた。
「違う! 母さんは悪くない! 私が母さんの期待に応えられなかったから!」
あの時のフェイトの言葉と反応は、虐待を受け続けた子供がそれでも親を庇おうとする時に出て来る典型的なものだった。私はこのフェイトの否定の言葉で、彼女が虐待を受けている事を確信した。
……ならば、やるべき事は唯一つ。
「ハラオウン執務官。私はこの事件についてはこれ以上介入しない。この意志は今でも変わらない。だが、フェイトの母親をここに連れてくる事については、私も協力させて頂きたい。言っている事が矛盾していると思われるかもしれないが、これはフェイトの家庭問題、つまりは一個人の問題だ。この世界の問題になり得ない以上、私が介入しても問題にはならないだろう。まして、一人の少女が親から虐待を受け続けても、誰かに助けを求める事すらできずにいたのだ。その声なき声に応えられずに、どうして騎士の称号を名乗れようか」
自分でも、これがただの詭弁だとは理解していた。だが、それでも親の虐待に内心怯えている少女に手を差し出さないという選択肢など、私にはなかったのだ。
「それは、ただの詭弁だ。……だけど、僕はあえて貴方の詭弁に騙される事にしよう。貴方の詭弁は、助けを求める事すらできないでいた少女に手を差し伸べる為のものだから」
クロノ執務官は私の発言がただの詭弁である事を理解した上で、あえて騙されてくれた。私は感謝の言葉を伝えると共に目的地は既に解っていて、後はそこへ向かうだけである事を伝えた。
「ハラオウン執務官、貴方のご厚意に感謝する。それと実は先程、フェイトの母親が私を狙って攻撃を仕掛けようとした際に彼女のいる場所を調べておいた。私は一刻も早く彼女の元へ向かうべきだと思うのだが、どうだろうか?」
その私の提案にクロノ執務官は複雑な表情を浮かべたものの、最終的には了解して上司に掛け合うと言ってくれた。
「……あぁ、そうだな。確かに、娘が捕まったのなら今の拠点から別の場所へと移動しようとしても全くおかしくない。それなら、少しでも早く行動した方が先手を取れるという事か。僕が艦長に進言してくるから、少し待っていてくれ」
アースラの艦長にして時空管理局の提督であるリンディ・ハラオウンがクロノ執務官の進言を容れてフェイトの母親の元へと向かう事になったのは、それから十分程後の事だった。
いかがだったでしょうか?
この物語はリヒトの回想の為、場合によっては原作の場面を大幅にカットする事があります。予めご了承ください。
では、また次の話でお会いしましょう。