赤き覇を超えて 外伝 夜天光の騎士   作:h995

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長らくお待たせしました。一月ぶりの最新話です。

追記
2019.1.16 修正


第六話

Overview

 

 時は十日程前、雲の騎士(ヴォルケンリッター)がシャマルの転移魔法で撤退した直後に遡る。

 安全な場所まで転移した所で、ザフィーラは何かを思い出した様な素振りを見せると、シャマルに治療を頼み始めた。

 

「いかん、忘れる所だった。シャマル。色々と疲れている所を悪いが、今から治療を頼む」

 

 シャマルはこの時、ハッキリと好意を自覚したリヒトが敵になった事で精神に著しく負荷が掛かっており、誰が見ても憔悴していると思われる表情で了解する。

 

「……えぇ、解ったわ。それで、リヒトさんから一撃貰った場所を治療すればいいのかしら?」

 

 シャマルからの確認に対し、ザフィーラは誤解があるとして詳細を説明し始めた。

 

「いや、治療して欲しいのは俺ではない。実は前回、闇の書への攻撃に巻き込まれそうになっていた所をとっさに保護した重傷者がいる。だが、治療魔法を使えない俺では手の施し様がなかった為、瞬間凍結魔法で強引に延命措置を施したのだ。だから、お前には強引に使用した為に術式が雑になってしまったであろう凍結魔法の解除から頼みたい」

 

 ザフィーラから飛び出した問題発言に、シャマルはまずザフィーラに凍結魔法が本当に使えるのかを確認する。

 

「えっ? ザフィーラ、貴方にそんな事ができたかしら?」

 

 ここでザフィーラは前回の時の己の状態から説明する。

 

「……正確には、前回の時にそういう事ができる事を思い出していたと言うべきだろう。そして、重傷者の事を含めて、その事をつい先程まで忘れていたのだ。詳しい話は後でする。だから、まずはそちらを優先してくれ」

 

 これ以上はここでは話してもらえない。ザフィーラの雰囲気からそう察したシャマルはまずは人命救助を優先した。

 

「解ったわ。それじゃ、早速その人を出して」

 

「あぁ」

 

 そして、ザフィーラは十一年前に救出したという人物を闇の書の内部空間から引き出した……。

 

 

 

 雲の騎士達が八神家に戻ってくると、はやてが帰りを待っていた。そこでザフィーラが人型になって意識を失っている男を背負っているのを見たはやては、四人に事情の説明を求めた。そこでザフィーラは背負っていた男を客間のベッドに寝かせた後、そこでシャマルに説明した事をそのままはやてに説明した。彼に関しては、特に隠す様な恥ずべき行いはしていなかった為である。

 

「そないな事があったんやなぁ……」

 

 ザフィーラからの説明を受けたはやての第一声がこれである。

 

「はっ。ついては主。この者が意識を取り戻すまで、この家に置かせて頂きたいのですが」

 

 ザフィーラは内心勝手な事をして申し訳ないと思いながらも、はやてにこの男を八神家に置く許可を求めた。それに対し、はやては即答で許可を出す。

 

「えぇよ。十一年前にザフィーラが人助けをした結果なんやからな。それに、ザフィーラの今の主はわたしや。そやから、この人の事を面倒見る責任もきっちり果たさんとあかん」

 

 このはやての大物ぶりに、ザフィーラは心から感謝した。

 

「ありがとうございます。主」

 

 そこで、ベッドの上で眠っている男に意識が戻る兆候が現れた。

 

「うっ……」

 

 男は一声呻くと、ゆっくりとその瞳を開けていく。

 

「気が付かれたか」

 

 この場にいる八神家を代表して、彼を救ったザフィーラが声を掛ける。すると、男は意識を失う直前の状況を思い返した。

 

「ここは一体……? 私は確かに一人艦に残って暴走した闇の書の侵食を抑え込み、そのままアルカンシェルで闇の書と共に消滅した筈……」

 

 男の発現を聞いたザフィーラは己の想像通りの事態だった事を悟り、当時の自分が何をしたのかを男に説明する。

 

「やはりそうだったか。その消滅の直前、正に実体化しかけていた俺が貴殿を外の空間からは完全に隔離された闇の書の内部空間に引き込む事で、どうにかやり過ごす事ができた。だが、その時には既にかなりの深手を負っていて、治療魔法が使えぬ俺では手の施し様がなかった為に、既に意識を失っていた貴殿の意志を確認する事無く凍結処置を施したのだ。そして今、治療魔法を使える仲間のお陰でどうにか命を救う事ができたという訳だ」

 

 ザフィーラが説明を終えた所で、男は状況を理解すると共に現在の日付がいつなのかを確認してきた。

 

「そうだったのか……。ところで、今は何年だろうか?」

 

 ザフィーラは男が時空管理局の魔導師である事から、ミッドチルダを中心とする管理世界で用いられている新暦で答える。

 

「時空管理局が管理する世界の暦で言えば、新暦65年だ」

 

 このザフィーラの答えに、男は驚愕の余りに思わず上半身を起こしてしまった。

 

「じ、十一年も経っているのか! ……いや。凍結処置であれば、それくらいの時間は何とか延命できる。まずは私の命を救って頂き、感謝する」

 

 状況を把握して、まずは己の命を救ってくれた事に感謝の意を表す男にザフィーラは好感を持った。それだけに、やむを得なかったとはいえ十一年もの長い間放置する事になってしまった事に罪悪感を抱いてしまった。そして、ザフィーラは謝罪の言葉を伝えた上で名前を尋ねる。なお、この時に自分と主の名を伝える事を忘れないのは、「人の名を尋ねる時はまず自分から名乗る」という礼節を重んじる騎士としての意識の表れだろう。

 

「いや。こちらこそ、本当の意味で命を救うまでに十一年もかかってしまった事を深くお詫び申し上げる。それで、貴殿の名前をお教え頂きたい。俺の名はザフィーラ。闇の、いやあえてこう言おう。夜天の主に仕えし盾の守護獣。そして、この方が今代の夜天の主、八神はやて様だ」

 

 ザフィーラの名乗りを聞いて、男は再び驚愕した。しかし、気を取り直すと男は自分の名をザフィーラに名乗る。

 

「ザフィーラだと! そう言えば、先程闇の書の内部空間に引き込んだと。……いや、それは一先ず置いておこう。貴方は管理局のデータにある盾の守護獣とは明らかに違うし、夜天の主だというこの少女からは何ら悪意を感じられない。私は時空管理局提督、クライド・ハラオウンだ」

 

 

 

 この時、少し離れた場所で八神家の様子を窺っていた者は動揺を抑え切れないでいた。

 

「あぁっ……! クライド君が、クライド君が生きていた? しかも、唯のプログラムと思っていた盾の守護獣が寸での所で助けてくれていたなんて。それじゃ、それじゃ私達がやろうとしていた事は……!」

 

 その声には、明らかに戸惑いと後悔の色が含まれていた。

 

 

 

 クライドの名乗りを聞いたザフィーラは、今後はどうするのかを尋ねてみた。同時に、今はこの家に留まる事を尤もらしい理由をつけて勧めるのを忘れない。今、自分達がやってしまっている事を考えると、管理局に戻られる訳にはいかない為だ。

 

「それで、どうする? 俺としては、怪我こそ治っているが十年以上も体を凍結されていたのだから、この家でしばらく安静にして体を徐々に馴らしていくべきだと思うのだが」

 

 クライドは暫く考えた後に、ザフィーラからの申し出を受け入れた。

 

「そうさせて頂こう。それに十一年も経っていれば、私はもう死んだものとして扱われている筈。その様な私が今更妻や息子に会いに行ったとしても、悲しみを乗り越えて前へと歩みを進めているであろう二人に迷惑をかけるだけかもしれない。それなら、いっそ……」

 

 クライドが続けようとした言葉を察したザフィーラは、その言葉を遮った。この場には、はやてがいた為だ。

 

「我が主は幼少の頃にご両親を失われている。故に、そこから先は口にしないで頂きたい。……幸い、体が元通りになるまでしばらく時間が掛かる。結論は、それまでじっくりと考えてから出すべきだろう」

 

 ここで、はやてはクライドが何を言おうとしていたのかを察したのだろう。明らかに暗い表情をしていた。これを見たクライドはこの場で口にするべき事でなかった事を悟り、ザフィーラの提案を受け入れる。

 

「了解した。……済まないが、これから眠っても良いだろうか? 正直な所、意識を保つのが辛くなってきたのだが」

 

 クライドがそう言って来た時、実際に少し体がふら付いていたので、ザフィーラは受け入れる事にした。

 

「そうだな。流石に凍結処置を解かれたばかりでこの様な長話をすれば、疲労もけして小さくはないだろう。このまま、心穏やかに休まれるといい」

 

 はやてもザフィーラの言葉に同意した上で、クライドには休む様に強く勧める。

 

「そやな。クライドさん、今はゆっくり休んで下さい。疲れとる時に考え込んでも、きっと暗い考えばっかりになると思いますから」

 

「……感謝する」

 

 クライドは二人に感謝の意を伝えた上でその身をベッドに横たえると、間もなく寝息を立て始めた。その為、はやて達は静かに客間を後にした。

 

 

 

 その後、夜も更けていったがクライドは深い眠りに入っているのか、結局一度も目が覚める事はなかった。そうしてはやても寝室に入って眠り込んだ所で、雲の騎士達はザフィーラに事情の説明を求めた。

 

「ねぇ、ザフィーラ」

 

 シャマルがそう声を掛けると、ザフィーラは疑問に思っているであろう事について説明を始める。

 

「解っている。何故俺が瞬間凍結魔法という高度の魔法が使えたか、という事だろう。しかし、それについては誤解がある。正確には、魔導書に記されている瞬間凍結魔法を俺が使用しただけだ」

 

 いきなりの爆弾発言に、まずはシグナムから待ったが掛かった。

 

「……ザフィーラ、待て。そもそも闇の書の力は基本的に主以外は扱えない筈だ。一応、闇の書のページを消耗すれば使えなくもないが、当時は蒐集した魔力などなかったのだろう?」

 

 そこで、ザフィーラはシグナムの誤解を訂正するところから説明を始める。

 

「シグナム、まずそこが間違っている。実は、俺達守護騎士には主に命の危険が差し迫っており、尚且つ管制人格(マスタープログラム)が起動していない場合に限り、魔導書に備わっている一部の魔法や機能を自身の魔力で使用できる様に予め設定されているのだ。延命措置を目的とする瞬間凍結魔法や主の身柄の保護を目的とした内部空間の利用もそれに当たる。尤も、ハラオウンについては当時は既に主が不在であったから実行できた、正に裏技なのだがな」

 

 このザフィーラの説明に、シャマルは一種の希望を見出した。

 

「ちょっと待って。それなら」

 

 このシャマルの問い掛けを先んじる形で、ザフィーラは話を進める。

 

「あぁ。シャマル、お前が考えている通りだ。たとえ間に合わない事が確定した場合でも、主にご説明して同様の処置を行う事で時間稼ぎはできる筈だ」

 

 ここで、記憶の一部を取り戻したヴィータが懸念材料について質問する。

 

「……でも、魔力を集め終わると闇の書、じゃなかった。夜天の魔導書がはやてを取り込んで暴走するって問題が解決してないと意味がねぇ。その辺はどうするんだ?」

 

 このヴィータの質問については、ザフィーラは宛てがあるとだけ答え、詳細な説明を避けた。

 

「それについては、宛てがある。……が、今はたとえ念話でも話せん。少々厄介な耳があるからな」

 

 そう言ってザフィーラが鋭い視線を向けた先には、八神家を監視する存在がいた。

 

「か、完全に気付かれてる。今までアイツ等には全く気付かれてなかったのに。さっきのSランク相当の戦闘もそうだけど、あの盾の守護獣に一体何があったっていうの? ……いや、それよりも一刻も早く、お父様にクライド君が生きていた事を知らせないと……!」

 

 監視者はそう言うと、すぐさま転移魔法でその場を後にした。

 

Overview end

 

 

 

「……以上です」

 

 ザフィーラの説明を聞き終えた時、私は言葉を失った。ここから、ザフィーラは己の推測を語り始めた。

 

「ここからは私の推測になるのですが、おそらく私に人格プログラムが搭載されたのは十一年前、正にハラオウンが死に直面していた時なのでしょう。そして人格プログラムの影響で今までの記憶を全て取り戻していた私はとっさの判断でハラオウンを救ったものの、まもなく次の主の元へと転生する段階に入った所でその時の記憶をリセットされた様です。どうも、転生の際に実体化していた時の記憶の大部分が削除される様でして」

 

 このザフィーラの推測から、私はある確信を得ていた。

 

「ザフィーラ、貴公の推測が的を射ているとすれば、私の世界とこちらの世界の間に時間のズレがある、という事になるな。人格プログラムが次元の狭間へと落ちていったのはこちらに来るまでの時点でおよそ一年前。そして、貴公の推測が正しければ、人格プログラムがお前に搭載されたのが十一年前。これが時間軸のズレによるものなのか、時の流れる速さが異なるからなのか、現時点で判断するのは無理だ。ただ一つ言えるのは、元の世界での出来事がこちらの世界に影響を与えてしまったという事か」

 

 私は次元を越えた巡り合わせに奇妙なものを感じていた。すると、クライド殿が私に話し掛けてきた。

 

「貴方の話はザフィーラから聞いている。元々は防衛プログラムとして夜天の書とその主の守護を担う一方、悪しき主に対する抑止力としての使命を帯びていた、夜天の書の真なる守護騎士と呼ぶべき存在である事を。だが、悪しき主の奸計によって書の奥底に封印されて以降、数百年にも渡って心無き雲の騎士の破壊と殺戮を見せ付けられて、それでもなお心折れる事なく夜天の書と雲の騎士を救済せんと抗い続けたと。それを承知の上でお尋ねしたい。……十一年もの間、私がいなくなった事で苦労を重ねて生きてきたであろう妻と息子に会わせる顔が、ただ眠り続けただけの私にはあるのだろうか?」

 

 この時のクライド殿の考えが、私には手に取る様に理解できた。……正直な所、この時の私もクライド殿と全く同じ思いを抱いていたのでな。

 

「その問いに私が答えるのは、少々難しいな。私とて、挿げ替えられてからの数百年もの間に積み重ねられた血塗れの業を管制プログラムであるリインフォースに一人で背負わせてしまった。……闇の書が夜天の書へと戻った時、共に実体化した事でリインフォースと顔を会わせる事になってしまったが、本当なら彼女の前にこの身を晒すつもりはなかった。彼女が許す許さないではない。私自身が彼女に会わせる顔がなかったのだ」

 

 私が自身の思いを吐露すると、ザフィーラはそれを察して言葉をかけてきた。

 

「長、やはり貴方はリインフォース様の事を……」

 

 私はザフィーラの言葉に対し、挿げ替えによる封印直前にあった事を絡めて答えとした。

 

「リインの方から告白を受けた。そして、一晩考えた末に返事をしようとした。だが、その前に挿げ替えられてしまった。それから数百年、私は何もできぬままに共にあった時よりも遥かに永い時間を一人で待たせてしまったのだ。その意味では、冷凍処置という事情からやむを得なかったハラオウン殿の方が遥かにマシであろう」

 

 愛する女を何百年も待たせる様な男に、その様な甲斐性などない。……その時までは、その様な罪悪感を抱いていたのだ。

 

「だが、その女性に既に会ってしまわれたのだろう? その時のリインフォースという女性の反応は?」

 

「自惚れでなければ、私との再会を歓迎していたと思う。ただ、それは……」

 

 あくまで、本来の守護騎士の帰還を喜んでの事だ。クライド殿にお前の反応を聞かれた時、私はそう答えようとした。……リイン。頼むから、その様な顔をしないでくれ。唯の悪足掻きであった事は、私自身が誰よりも理解していたのだからな。だが、その答えはクライド殿によって遮られてしまった。

 

「それなら、やるべき事はたった一つだ」

 

 彼はそう言うと、私が為すべき事を叩きつけてきた。

 

「男なら、何を差し置いても愛する女を幸せにするべきだ! 長い時間を待たせたのなら、再会できた事を喜んでくれるのなら尚更だ! 妻と息子の中で死んだ事になっている私とは違い、その責任と義務が貴方にはある!」

 

「自分の事は棚に上げて、随分と言ってくれるな」

 

 私はクライド殿の言い様に苦笑いを浮かべてそう言い返した。しかし、クライド殿は私と自分の置かれている立場は違うと言ってきたのだ。

 

「先程も言ったが、私は妻と息子の中では十年以上も前に死んだ人間だ。そんな昔に死んだ人間が今更生き返っても、碌な事にはならないだろう。それならば、私は死人らしく二人の幸せを草葉の陰から見守る事にするよ。それがお互いの為だ」

 

 ……確かに、私はあくまで封印されただけでまだ生きている事をお前は知っていた。だが、クライド殿は十一年前に死んだとクロノ執務官に聞かされていた事から、リンディ提督とクロノ執務官にとってクライド殿は昔に死んだ人間である事は疑い様がない。

 この時、私にはクライド殿に反論する術がなかった。私が彼の立場なら、間違いなくそうしていたというのもある。だから、この反論は全く別の所から為されたのだ。

 

「クライド、それは不可能だ」

 

 そう言って現れたのは、初老の男性だった。その人物を見たクライド殿は驚きを露わにする。

 

「グレアム提督! 貴方が何故ここに……?」

 

 ギル・グレアム提督。

 クロノ執務官とリンディ提督が家族ぐるみで付き合いがあるという時空管理局の重鎮だ。当然、クライド殿との関係も深い。

 

 ……だからだろう。グレアム提督はクライド殿の手を取ると生存していた事に対する感謝の言葉を告げ始めた。

 

「クライド。よくぞ、よくぞ生きていてくれた。十一年前、お前の残る艦に向けてアルカンシェルを放って以来、私はずっと後悔に苛まれてきた。何故、闇の書をお前でなく私の艦に載せなかったのか。何故、もっと封印を厳重にしなかったのか。その様な「何故」が幾度も私の頭を過ぎり、その度にこう思って来た。あの時に死ぬべきだったのは、年若く妻子もいたお前でなく、妻も子もいない年老いた私であったと」

 

「あの時は、各々の為すべき事を果たしただけです。それを気になさる必要は……」

 

 クライド殿はグレアム提督にそう言葉を掛けたが、グレアム提督は苦笑いを浮かべるだけで更に言葉を重ねていく。

 

「そうだな。管理局の提督としては正しい判断だった。だがな、クライド。人間とは、そのお題目で完全に割り切れる程上手くは出来ていないのだ。この十一年間、私はずっと後悔に苛まれてきたよ。お前が実は盾の守護獣の手によって助け出されていたという事を知るまではな」

 

 この老人の苦悩がどれほどのものであったのか、今の私にも本当の意味で理解する事は不可能だ。……ただ、いくら手を伸ばしても届かなかった無念だけは、雲の騎士達を救えなかった私にも理解できる。

 クライド殿もその様なグレアム提督の苦悩を察したのだろう。話題を変えようとして、最初に声を掛けた時の言葉について触れてみた。

 

「グレアム提督……。提督は先程、私の考えを不可能と断じましたが、今なら提督が口外しなければ良いだけでは……?」

 

 だが、このクライド殿の言葉に対するグレアム提督の答えはクライド殿にとって青天の霹靂だった。

 

「いや。今この場に来たのは、何も私だけではない」

 

「え?」

 

「……クライド」

 

 クライド殿の名を呼びながら現れたのは、クライド殿の妻だった。

 

「リ、リンディ? 何故君がここに?」

 

「そんな事、今はどうでもいいわ。それよりも」

 

 リンディ提督はクライド殿の元に駆け寄ると、そのまま彼に身を寄せた。

 

「……温かい」

 

「そうだな。……本来ならあり得ない。いや、あってはならない温かさだろう」

 

 リンディ提督がクライド殿の温もりを感じていると、クライド殿はそれをあってはならないものだと断じた。しかし、リンディ提督はその様な言葉には耳を貸さず、この十一年間に渡る己の想いを語り始めた。

 

「貴方がいなくなってから十一年間、クロノと二人で頑張ってきたわ」

 

「解るよ。今の君は、私の知る君よりずっと綺麗になった。……だが、それ以上に何処かやつれている様にも見えた。勝手にいなくなった私の責任だな」

 

「そうね。貴方のせいよ。勝手に私達を置いて死んでしまって、私達がどれだけ悲しんだのか、解る? ……それに、今でも時々夢に見るのよ。貴方が私の目の前で消えていく夢を。そして、その度に貴方がもう何処にもいないという現実を思い知らされて、クロノに気付かれない様に声を押し殺して泣いてきたわ」

 

 ……正直に言えば、私はまるでお前に恨み節をぶつけられている様な気がしたよ。リンディ提督と同じ様な想いをお前にさせてしまったと思えばな。それだけに、この後の言葉は私に大きな衝撃を与えた。

 

「でも、今ここにある温もりが、今まで重ねてきた悲しみや苦しみを全て吹き飛ばしてしまった。現金なものね。貴方が生きてここにいる。ただそれだけで、私は幸せになれてしまうのだから」

 

「リンディ……」

 

 クライド殿もそれは同じだった様で、驚愕の表情を浮かべていた。

 

 ……永い別離をも乗り越えた愛。

 

 リンディ提督からは、ただそれだけが感じられたのだから。

 

「ねぇ、クライド。もし私に申し訳ないって思うなら、……約束。一つだけ、約束を守って」

 

 リンディ提督はクライド殿にそう言い付けると、約束の内容を話し始めた。

 

「たった一日だけでいいの。……私よりも、長生きして」

 

 そして、リンディ提督は涙を流しながら微笑むという複雑な表情を見せる。

 

「愛する貴方がいない世界。そんな世界をもう一度生きていく自信が、私にはもう無いから」

 

 最後の方は途切れ途切れになったが、言いたい事は傍から聞いている私にも伝わった。それなら、言われた本人であるクライド殿に伝わらない筈がない。……クライド殿はリンディ提督を強く抱き締めた。

 

「解った。約束するよ、リンディ。私は。……いや、俺はもう君を遺して逝ったりはしない。これからは、ずっと一緒だ」

 

 クライド殿は力強く宣言した。……もう一度、家族と共に歩んでいくという事を。

 

「クライド……!」

 

 この言葉に感極まってしまったのだろう。リンディ提督はクライド提督の胸に顔を押し当てると、そのまま嬉し泣きを始めてしまった。……そこまで見届けた私とザフィーラ、そしてグレアム提督は静かにその場を離れる事にした。

 

 

 

「公園を離れた後、グレアム提督からはやてに関する話を聞かされた。闇の書を永久封印する為に独自の調査を行っていく中で、友人から送られてきた写真の中に闇の書の写った幼いはやての写真があったらしい。更なる調査ではやてに身寄りがないのを知ったグレアム提督は、最終的にはやてごと闇の書を凍結する形で永久封印する事で悲しむ人間を極力減らせると判断した様だ。その際、少しでも余生を健やかに過ごせる様に、自身の友人から許可を得て住所を教えてもらった上で資金援助を始めたとの事だった。……グレアム提督の苦悩には、罪のないはやてを死に至らしめる事への罪悪感も含まれていた様だな」

 

 私はその後、グレアム提督から告白された内容について簡単ながら説明した。すると、この話を最後まで聞いたリインは複雑な表情を浮かべる。

 

「……人というものは、難しいものですね」

 

 確かにそうだろう。だが、それだけではない。私は自分の事を踏まえる形で、リインにそれを伝える。

 

「人というよりは、心だろう。人でない私でさえも、己の想いにままならぬ事もあったのだからな」

 

「そうかもしれませんね。……ですが、こうなると少々失敗したかもしれません」

 

 リインは私の言い分に理解を示したものの、今度は失敗したと言い出した。

 

「んっ?」

 

「今、貴方とこうしていられるのは二人が永い別離を乗り越えたお陰であるとすれば、私は感謝の言葉を伝えに行くべきなのですが、向こうの世界ではもう十年以上経っている事を思うと……」

 

 確かに、こちらにとってはまだ一年程だが、向こうではもう十年は経っている。それ程昔の事に今更感謝を伝えられても、クライド殿とリンディ提督は困惑するかもしれなかった。

 

「そうだな。それに、わざわざ感謝を伝える為だけに向こうの世界に訪れるというのも少々不味い。それならせめて、私達が二人への感謝を忘れないようにしよう」

 

 何とも身勝手な話ではあるが、これぐらいしか私達にできる事が無いのもまた事実だった。

 

「えぇ」

 

 リインも私の言い分を納得した所で話を続けようと思ったのだが、どうやらそれは敵わなくなりそうだ。

 

「リヒト」

 

「解っている。……どうやら、主兄殿の仰った通りになったか」

 

 明らかにこちらに向かって来る強い魔力が複数、敵意と共に感じられたからだ。リインもそれを感じ取っているので、昔話はここまでと意識を戦闘へと切り替えた。

 

「どうやら、話はこれで終わりになりそうですね。それと、かなり心苦しいですが、はやてにも起きて頂きましょう」

 

 リインはそう言ったが、それは無用だろう。

 

「もう起きとるで、リイン」

 

 何故なら、主上は既に起きておられていたからだ。

 

「……いつから起きておられたのですか?」

 

 リインがそう尋ねると、主上は正直にお答えになられた。

 

「魔力が家に向かってるのを感じ取ってからやから、心配せんでもえぇよ。それに、わたしが狸寝入りしとったら、リインはともかくリヒトが気づいとるやろ」

 

 主上のお言葉に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。そして、私が先陣を切り、後詰をリインと共にお願いする事を伝えようとした時だった。

 

「それでは、参りましょうか。先陣は私が務めますので、主上はリインと共に……?」

 

「……これ、わたしの気のせいなんかな? 家に向かってきとる魔力の数がどんどん減っていっとるんやけど」

 

 主上の仰った通り、敵の数がどんどん減っているのだ。リインも主上の言を肯定する。同時に、一際大きな魔力についても言及した。

 

「いえ、はやての気のせいではありません。ですが、一際大きなこの魔力は……!」

 

 ……一際大きな魔力の持ち主について、明らかに覚えのあった私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「もう少しすれば私が迎えに行くと言っておいたのに、待ち切れずにこちらに来てしまったか。……全く、仕方がない子だ」

 

 私がそう言うと、主上が私を窘められた。

 

「まぁまぁ。それは言わんでおこうか? あの子、リヒトに助け出されるまでずっと辛い思いをしとったからな。これくらいは大目に見んとあかんよ。……でもよう考えてみたら、アウラが生まれた事で小学生の叔母さんになるんを割とすんなり受け入れられたんは、あの子の存在があったからかもしれへんな」

 

 主上は最後にその様な事を仰られた。……それはあり得るかもしれないと思ったのは、到底口にはできんな。

 

「では、迎えに参りましょうか」

 

 リインがそう提案するが、主上は私達夫婦で迎えに行く様に命じられた。

 

「そやな。けど、別働隊がおったらあかんから、迎えにはリヒトとリインの二人で行って欲しいんよ。それに、そっちの方があの子も喜ぶんやないかな?」

 

 私は主上のお気遣いに感謝して、その命を受け入れた。……仮に別働隊がいたとしても、主上の側には銀殿もいる。我々が異変に気付いて戻ってくるまでの間、十分持たせる事ができるだろう。

 

「承知しました。では、リイン」

 

「えぇ」

 

 そして、私達は現在も敵の数を減らし続けている魔力の持ち主の元へと向かった。それ故に、私達が発った後で主上がこの様な事を仰っていた事を知る由もなかった。

 

「これはアンちゃんを通して、色々な人に相談せんとあかんなぁ。……リヒト達が常に実体化して新しい生活を始める為に必要な事も含めて」

 




いかがだったでしょうか?

夜天の主従が口にする「あの子」については、後ほど。

では、また次の話でお会いしましょう。
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