赤き覇を超えて 外伝 夜天光の騎士   作:h995

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第七話

 リインに一年前の話をしている最中、主兄殿のご家族である主上やご尊父、ご母堂を狙う者達がこの兵藤家に接近してきているのを察知した。そこで話を切り上げた後、事態を察してお起きになられた主上と共に迎撃するつもりであったのだが、いつの間にか襲撃者の魔力反応が減っている事に気付いた。その場所には一際大きな魔力があり、その魔力に覚えがあった事から、別働隊に備えて主上が銀殿と共に家に残り、私達は現場に急行した。

 

「やり過ぎていなければいいのだがな……」

 

 こうしている間も魔力の数が減っていくのを感じ取った私は、あの子の身の安全よりはむしろ戦場周辺への影響の方を心配していた。あの子は持っている魔力が膨大な為、牽制の攻撃でクレーターを作ってしまう事が珍しくない程に力加減が下手なのだ。クロノは一応「かなり改善されてきた」と言ってはいたのだが……。

 

「その辺りは、あの子を看てくれたクロノを信じましょう」

 

 その様な私の心配を察したリインはそう言ってくれた。

 

「それもそうだな。子を信じるのも親の務めだ」

 

 私はそう言って、自身の不安を振り切る。すると、随分と可愛らしい掛け声が聞こえてきた。

 

「とりゃー」

 

 そして、巨大な爆発音が辺り一帯に響き渡る。……どうやら、最後の一人が墜とされた様だ。

 

「ひょっとして、あの子は封時結界を張っていないのか?」

 

「……いえ、封時結界はちゃんと張ってあった様です。ただ、最後の攻撃の余波に耐えられなかっただけでしょう」

 

 私達は揃って溜息を吐いた後、何とも言えない雰囲気を振り払って先を急いだ。

 

 

 

 私達が目的地に辿り着くと、そこには一人の少女がいた。

 年の頃はアウラ姫より一、二歳程上であり、ウェーブの掛かった金髪を腰まで伸ばしている。服装は白を基本として袖の長い上着を纏い、下は炎の意匠のある袴にも似た紫色のズボンを穿いている。

 その少女はこちらに気づくと、笑顔で手を振ってきた。

 

「あっ。お父さん、お母さん」

 

 この少女の名は、ユーリ・ツァイトローゼ。旧姓エーベルヴァイン。

 

 一年前に私達の子として引き取ったのだが諸々の事情でクロノに預ける事となり、その諸々の事情に関する対処が為されたので、もう半月ほどして特に異常が出なければ私が迎えに行く事になっていた。

 

「ユーリ。確か、もう暫くすれば私が迎えに行く事になっていた筈だが?」

 

 私がユーリに予定と異なる事を仕出かした事について問い質すと、ユーリは何とか弁明しようとするも中々言葉が出て来ない。

 

「えっ、えぇっと。その、あの……」

 

 やがて、言い訳を考える事ができずに観念したらしく、ユーリは深々と頭を下げてきた。

 

「……ゴメンなさい。やっとお父さんやお母さんと一緒に暮らせるって思ったら、どうしても我慢できませんでした」

 

 ……やはり、そうだったか。

 

 私は想像通りの答えを聞いて、申し訳なさそうな表情を浮かべるユーリの頭にそっと手を置いた。

 

「本当なら少し叱らなければならないのだが、主上から「大目に見る様に」と釘を刺されてしまったからな。今日の所は特に何も言うまい。ただ、次にこの様な事をすれば、流石に見逃せないぞ」

 

 私はユーリの頭を撫でながら今日は見逃すが次はない事を伝えると、ユーリはまるで花が咲いた様に笑顔へと変わった。

 

「はい、気をつけます!」

 

 このユーリの笑顔を見て、私は一年前に自分の取った行動が正しかった事を改めて実感した。そこに、リインが私達に声をかけてくる。

 

「リヒト。ここで立ち話も何ですから、はやての元に戻りましょう。もちろん、ユーリもだ」

 

 もちろん、私もユーリもリインの提案に否はなかった。

 

「そうだな。それに、時間差で襲撃されないとも限らない以上、この場に長居は無用だ」

 

「えぇっと……?」

 

 ただ、ユーリはまだ状況がよく解っていない様で首を傾げている。この分では、私達のいる兵藤家に向かっている所に襲撃者と偶々遭遇し、口封じの為に襲われたので撃退したといった所だろう。リインもそれを悟った様で、帰り道に説明するとユーリに伝えた。

 

「ユーリ。今の状況については私が道すがら説明しよう。……ところで、他の者達は?」

 

 リインが本来なら共にいるべきである者達について尋ねると、ユーリの表情は沈んだものへと変わる。

 

「……再構成自体は、お父さんから受け取った基礎データを元にすれば可能だそうです。ただ、私と切り離されていた時間が余りにも永過ぎたと言われました」

 

 ここでリインは何があったのかを悟り、ユーリに確認する。

 

「基礎データはあくまで基礎でしかない。だから、ユーリやエーベルヴァイン様、そして奥様と共に過ごした記憶は既に失われてしまっているという事か」

 

 リインの確認に対し、ユーリは肯定した上で悲しみを堪えながら自分の想いを語っていった。

 

「……はい。だから、たとえ皆が甦って昔の様に一緒に暮らしたとしても、皆は私の知っている皆じゃないんです。そうなってしまったら、私は今と昔を比べてしまいそうで。そんなの、どっちにも失礼じゃないかって。だから、私は……!」

 

 最後は瞳から涙が零れそうになっていたユーリを、リインは優しく抱き締める。

 

「ユーリ、もういい。……辛い選択をさせてしまったな」

 

 リインにそう声を掛けられると、ユーリは首を横に振った。

 

「いえ、きっとこれで良かったんです。確かに、ディアーチェやシュテル、レヴィにはもう会えなくなってしまいましたけど、思い出は私の心の中で今も息づいています。それに、クロノにはこれを作ってもらいましたから」

 

 そう言うと、ユーリは右手首に装着した朱色と水色、そして紫色の三色で構成されたバングルを見せてきた。

 

「それは?」

 

 リインがバングルについて尋ねると、ユーリはどの様な物であるのかを説明する。

 

「皆が担っていた無限連環(エターナルリング)構築体(マテリアル)としての機能を集約した、私専用のエグザミア制御用デバイスです。名前は、エターナルリンク。私達紫天の子の絆の証。私達はこれからも一緒です」

 

 バングル型のデバイスに名付けられた名前の意味を理解したリインは納得した。そして、ユーリに対して一緒に家に帰る様に呼び掛ける。

 

「そうか。では、行こう。……ではないな。帰ろう。私達の家に」

 

「……はい!」

 

 そう答えたユーリの瞳には、もう涙はなかった。

 

 

 

 三人で連れ立って兵藤家に戻ってくると、主上が銀殿と並び立って私達をお待ちになられていた。どうやら別働隊はいなかった様だ。主上はユーリの姿を確認すると、歓迎のお言葉を述べられた。

 

「よう来たな、ユーリ」

 

 主上のお言葉に対し、ユーリは頭を深く下げて感謝の言葉を伝える。

 

「はい、お久しぶりです。ハヤテ。一年前は本当にお世話になりました。お陰で、もう何の心配も無くお父さんやお母さんと一緒にいられます」

 

 主上はユーリの感謝の言葉を受け止めた上で、これからの事はゆっくり決めていく事をご提案になられた。

 

「構へん、構へん。わたしとしても、リヒトとリインの子供なら大事にせんとアカンからな。それで、これからどうするんかは後でゆっくり決めていこか?」

 

「はい!」

 

 ご自分の提案を承諾したユーリに笑みを零された主上は、やがて困った様な表情へと変わられた。

 

「……でも、ちょっと困ったなぁ。すっかり目が冴えてしもうて、ちょっと寝付けそうにあらへん。そこでや、リヒト」

 

「はっ」

 

 主上は私に声をお掛けになると、私にある事をお命じになられた。

 

「ユーリもおるし、この際やから一年前の話をしてくれへんか? 特に、ユーリを助け出した時にどんなやり取りがあったんかをな」

 

 幸い、リインに聞かせていた話がちょうどその直前まで進んでいたので、私はそれを承知した。

 

「承知いたしました」

 

 そして、私ははやての持つ闇の書が暴走を始めた所から話し始めた……。

 

 

 

Overview

 

 リヒトがザフィーラから闇の書こと夜天の魔導書の現状に関するデータを受け取ってから、更に十日余りが過ぎた十二月二十四日。

 この日は、リヒトの元の世界と同様にクリスマスイヴであり、街はクリスマスに因んだ装飾で彩られていた。そうした街中を、クライドは狼形態を取ったザフィーラを伴って歩いていた。

 

「……さて、頼まれていた物はこれで全て揃ったか」

 

 クライドはザフィーラに頼まれて、商店街で色々な物を買い揃えていたのだ。それがようやく終わった所で、ザフィーラは念話で感謝を伝える。

 

〈済まないな、ハラオウン。入院してしまわれた主の為に病室でもできる様な(ささ)やかな祝い事を催そうと思ったのだが、俺ではその辺りの機微がまるで解らなくてな〉

 

 これに対し、クライドもまた念話で返事した。

 

〈気にしないでくれ。……それより、確か今日だったな〉

 

 クライドが今日の予定を確認すると、ザフィーラはそれを肯定した。

 

〈あぁ。夜天の魔導書の修正プログラムがようやく完成し、それについて主に説明するのはな。長も「何とか間に合った」と安堵しておられた。……そちらも予定があるのだろう?〉

 

 ザフィーラもまたクライドの予定を確認すると、クライドは今後の予定をザフィーラに告げる。

 

〈あぁ。この後、リンディが拠点としているマンションの一室に向かう事になっている。……リンディは私を受け入れてくれた。そして、私の体が本調子を取り戻すまで待ってもくれた。後は、クロノが私の事を受け入れてくれれば……〉

 

 ……実は、リンディとの再会を果たしたクライドは未だにクロノとは顔を合わせていなかった。まだ体が万全でなかった事から、どうせなら元気な姿で息子と再会したいというクライドの父親としてのプライドが多分に混じった願いをリンディが酌んだ結果だった。

 その兼ね合いで、あの場にいたリヒト、ザフィーラ、グレアム、クライド、リンディの五人で話し合いをした結果、はやての事については下手に明かすと魔力蒐集に対して未だに望みを抱いているシグナム達がどう動くか解らないとザフィーラから懸念を伝えられた事から時機が来るまで重要機密とする一方、ザフィーラは引き続き魔導書の侵食を抑える為にはやての側に待機し、リヒトもまた修正プログラムの完成に専念する事となった。

 なお、この時にグレアムは本来ならはやてに対して使用する予定だった「氷結の杖」デュランダルをクライドに託している。このデバイスは十一年前、闇の書を始めとする遺失危険物に対抗する為にクライドが発注したものの、クライドがMIAとなった事で開発が止まったのをグレアム達が引き継ぎ、十一年の月日を経て完成させた氷結系に特化した最新式のストレージデバイスである。グレアム曰く「このデュランダルは闇の書の永久封印を達成した後でクロノに譲る予定だったが、本来はお前が持つべき物だ」との事。

 実の息子との十一年ぶりの再会に少々気負っている素振りを見せるクライドに対し、ザフィーラは発破をかける事でその背を押した。

 

〈それについては、俺からは何とも言えんな。……まぁ息子からは、何発か殴られる覚悟は必要だろう。それで済めば御の字だ〉

 

 ザフィーラから背中を押されたクライドは、息子と向き合う覚悟を決める。

 

〈そうだな。覚悟を決めるか。……これは!〉

 

 しかし、ここで強大な魔力の発生と広範囲の隔離結界の展開を二人とも察知した。隔離結界に取り込まれた二人は驚きながらも状況の把握を急ぐ。

 

「何だ、この圧倒的な魔力量は! どう見積もっても、Sランクはいっているぞ! それに隔離結界の強度も、魔力量に応じて私が知っている中でも最高に近いものがある!」

 

「まして、この魔力の波長は主の物。まさか、主の身に何か……!」

 

 余りに膨大な魔力が発生した事で事態の急変を悟ったクライドは、ザフィーラにはやての元へ急行する様に促した。

 

「ザフィーラ、行け! この分では、はやてさんの身に何かあった可能性が高い! 私はこの隔離結界に巻き込まれた者がいないかを確認した後で向かう!」

 

「済まん! そうさせてもらう!」

 

 クライドに促されたザフィーラは飛行魔法を発動して、隔離結界の中心であり、はやての入院している海鳴大学病院へと急行した。

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 

 クライドとザフィーラが言った様に、リヒトは海鳴大学病院に向かっていた。

 

「どうにか間に合ったか。後は、はやてや雲の騎士(ヴォルケンリッター)達に説明した上でどう説得するか、だな」

 

 リヒトの手には、夜天の魔導書の修正プログラムが入った魔法用の記憶媒体が握られていた。なお、彼女達の信用を得る為ならば、リヒトははやて達に説明する際に自らの素性を明かすつもりだった。しかし、彼の行動はほんの僅かであったが遅きに失した。

 

「隔離結界だと?」

 

 リヒトは病院の屋上で隔離結界が展開されたのを察知した。……術式は、ベルカの物。リヒトは何が起こったのかを瞬時に悟った。

 

「まさか、なのは達と雲の騎士が鉢合わせしたのか? だが、接点は一体何処にあったのだ?」

 

 ……リヒトは知らなかったのだが、実はなのはとフェイトは共通の友人を介してはやてと面識を得ていた。そこで、なのは達はサプライズではやてに何ら知らせずに友人達と四人でお見舞いに行ったのだが、そこで病室に詰めていたザフィーラ以外の雲の騎士達と鉢合わせしてしまい、何も知らない雲の騎士達は口封じの為に戦いに及んでしまったのだ。

 

 流石にそこまでの事情は解らなかったリヒトだが、状況が相当に悪化した事はすぐに理解した。本当であれば文字通りに病院へと飛んでいきたかったが、いくら何でも人通りの多い場所で飛行魔法を使用する訳にもいかず、リヒトはもどかしい思いを押し殺しつつ全力で走り始めた。 

 

 

 

 リヒトがどうにか病院の入り口まで辿り着いた所で、病院の屋上から膨大な魔力が天に向かって立ち上った。

 

 魔力光の色は、白。

 

 そこから更に病院の屋上に展開された物よりも規模も強度も大幅に上回る隔離結界が展開された。リヒトは自身も隔離結界に取り込まれたのを察すると、騎士甲冑を纏ってから飛行魔法で結界の中心である屋上へと向かった。そこには、バリアジャケットを展開したなのはとフェイト、そして体中に呪印の様な物を浮かび上がらせた、銀髪と赤い瞳の二十歳前後の女性がいた。その背には、魔力によるものと思われる六枚の黒い翼がある。……見間違え様がなかった。

 

「あぁ。また終わってしまった。結局、何も変わらなかった」

 

 女性は瞳から涙を流しながら悲嘆の言葉を口にすると、リヒトは彼女に声をかける。

 

「随分と諦めが良くなったな、管制人格(マスタープログラム)。私の知っているお前は、もっと熱い心を持っていたぞ」

 

「リヒトさん!」

 

 ここでリヒトが来たのを悟ったなのはは喜びの声を上げる。……それだけに、管制人格から飛び出した爆弾発言には、側にいたフェイト共々驚愕した。

 

「主と風の癒し手が出会った時にもしやと思ったが、どういう事だ? お前にはアウトフレームはおろか人格や自我すらなかった筈だぞ。……防衛プログラム」

 

「「えぇぇっ!」」

 

 管制人格によって己の素性を暴露されたリヒトは、自ら詳細を語り始める。

 

「正確には平行世界における同一存在だが、その認識で間違いない。ただこちらの世界とは違い、雲の騎士達は夜天の叡智の悪用の為に邪魔となる私を排除した後の手足として作られた、心を持たぬ殺戮兵器であった。私は雲の騎士達に取って替えられた数百年もの間、欲望に囚われた夜天の王と心持たぬ雲の騎士達が犯す愚行の数々をただ見ている事しかできなかった。その結果、雲の騎士達は主兄殿によって主上共々お救い頂いた時に因果が巡る形で消えてしまい、雲の騎士達を救う為に私が用意していた人格プログラムもまた、一年程前に元の世界で発生した次元災害に対処した際に次元の狭間へと落ちていった。……幸い、その人格プログラムの一つがこちらの世界のザフィーラに宿り、その技と魂を継承してくれたが、ザフィーラはこちらの主上、いやはやてと共に歩む以上、元の世界では私が最初で最後の守護騎士となるだろう」

 

 リヒトの説明を聞き終えた管制人格は、リヒトにある事を問い掛けた。

 

「ならば、一つだけ尋ねたい。騎士達と出会う事がなかったそちらの主は、幸せになられたのか?」

 

「その問いには、こう答えよう。主上は時に泣き、時に笑い、時には家族と喧嘩をし、そして仲直りする。そうした、何処にでもある様な平穏な日々を過ごしておられる。そして、人によっては何とも思わない様な日常に対し、主上は幸せであると考えておられる。……これで良いか?」

 

 リヒトの返答を聞いた管制人格は安堵の笑みを浮かべる。……その笑みは、主に対する慈愛で溢れていた。

 

「そうか。そちらの主は、確かに幸せを掴んでおられるのだな。……良かった」

 

 やがて、管制人格は表情を険しいものへと変え、主であるはやての願いを語り出す。

 

「……こちらの主は、この世界が夢であって欲しいと願った。そして愛する家族を奪ったこの世界を否定した。本当に否定するべきは、暴走の果てに愛する家族を奪ったこの夜天の魔導書と、夜天の主を支える使命を果たせずにいるこの私だというのに」

 

 ……リヒトは知る由もないが、夜天の魔導書は暴走を開始すると、はやてを戦闘の行われている病院の屋上へと強制的に転移させた。そして、はやての目の前でシグナム達三人のリンカーコアを吸収し、自らの手で魔導書を完成させたのである。その際、リンカーコアの吸収によって三人が消滅するに至る一部始終をはやては目撃してしまった事で絶望してしまい、管制人格が口にした通りの想いを口走ってしまったのだ。

 

「だから、防衛プログラムの認証が得られぬ今、まもなくはやての魔力を強奪して防衛プログラムが発動するその前にこの世界を破壊する事でその望みを叶える。……そう言いたいのか?」

 

 リヒトは管制人格にそう問いかけた。その表情は、偽りを許さないといった険しいものだった。すると、管制人格は観念したかの様に己の心情を明かしてきた。

 

「自分でも、これが憂さ晴らしの為の唯の八つ当たりである事は理解している。如何に平行世界とはいえ、誰よりも私の近くにいて私を最も理解しているであろうお前には誤魔化しなど通じない。……だが、それなら私はどうしたらいい! ただそこにあるだけで愛おしいと思える主と騎士達を不幸にし、更には世界に破壊と殺戮しか齎さない! そんな呪われた存在である私は、一体何をすれば主に報いる事ができるというのだ!」

 

 それは、数百年に渡って絶望の運命を背負わされてきた管制人格の心からの叫びだった。その積み重ねられた悲しみや苦しみの重さに、まだ幼いなのはとフェイトは絶句するしかなかった。そして、それを受け止めたリヒトは夜天光の騎士としての使命を果たす決断を下す。

 

「……解った。それがお前自身の意志なら、せめて私の手でお前を止めよう。それが夜天の王と夜天の書、そして書に収められた無数の叡智を守ると同時に、その悪用を未然に防ぐ事を使命とする私の務めだ」

 

 リヒトの宣言に対し、管制人格は少しだけ寂しげな表情を浮かべた。

 

「そうか。夜天の魔導書には、私などではなくお前の様な存在こそが必要だったのだな。……ならば、真なる夜天の守護騎士よ! 悪意の闇に堕ちた私を止めてみせろ!」

 

 管制人格はそう言い放つと、魔力を一気に高めて戦闘態勢に入る。ここで、狼形態のザフィーラが飛行魔法で駆けつけてきた。ザフィーラは現状を一目見て何があったかを悟ると、人型へと変身してリヒトに確認を取る。

 

「長。……間に合わなかったのですか」

 

 リヒトはそれを肯定すると共に、まだ終わっていないと断言した。

 

「あぁ。だが、それはあくまで魔導書の暴走についてだ。はやての天命は、まだ尽きてはいない」

 

 初遭遇の時に激しく戦ったとは到底思えない二人のやり取りに、なのは達は眼を丸くして驚いていた。その様ななのは達を尻目に、リヒトはザフィーラに将として指示を出す。

 

「ザフィーラ。この隔離結界に魔力を持たぬ一般人が巻き込まれている。急いで保護に向かえ。一般人の安全を確保した後は、なのはとフェイトの護衛を頼む。流石にこの大馬鹿者を相手にして、この二人を守りながら戦う余裕はない」

 

 命を受けたザフィーラだが、ここで一般人については既に手を打ってある事を伝える。

 

「長、ご安心を。一般人については、既に手を打ってあります」

 

 ザフィーラの言葉でリヒトは再び周辺の魔力を探ると、クライドがその巻き込まれた一般人の元へと急行しているのを察知した。これを受けて、リヒトはザフィーラへの指示を一つ繰り上げる。

 

「……成る程、その様だな。では、貴公はこのままなのはとフェイトの護衛を頼む」

 

「はっ。お任せを」

 

 ザフィーラはリヒトの命を受けて、なのはとフェイトの側に立った。それと共に、リヒトはなのはとフェイトに戦闘に参加しない様にきつく言い付ける。

 

「なのはとフェイトはザフィーラの護衛の元、己の身を守る事だけを考えるのだ! けして、私とこの大馬鹿者の戦いに加わろうとは思うな! 解ったな!」 

 

「で、でも!」

 

 このリヒトの言いつけに対して、なのはは反論しようとしたが、その前にフェイトに袖を引かれて止められてしまった。

 

「フェイトちゃん?」

 

「なのは。ここはリヒトさんに任せて、私達は下がろう。……たぶん、ここで私達にできる事は何もないよ」

 

 だが、管制人格はなのは達を見逃すつもりはなかった。

 

「そうはいかない。刃以て、血に染めよ」

 

 そうして、攻撃魔法を放とうとした時だった。

 

「ティターネンツォルン!」

 

 管制人格の意識が自分から逸れた一瞬の隙を突いて、リヒトが管制人格の鳩尾に強烈な一撃を入れる。管制人格は体中に衝撃が走るのをはっきりと感じ取り、急いでリヒトから距離を取った。

 

「クッ……! 一瞬の隙を突かれたとはいえ、たった一撃で私の防御の全てを抜いてくるとは……!」

 

 攻撃を入れられた鳩尾を押さえると鈍痛を感じた事で、管制人格は自分の防御を一度で全て越えてきたリヒトの攻撃力に驚きを隠し切れない。一方、リヒトは管制人格に対し、持てる全てを以て戦う様に言い付ける。

 

「戦闘を専門とする私を前にして、主の補佐こそが本領であるお前にその様な余裕などあるとでも思ったか? だとすれば、私も随分と舐められたものだな。管制人格。お前の持ち得る全てをぶつけて来い。そうでもせねば、私に勝つ事など到底不可能だぞ」

 

 リヒトの言葉が大言壮語でも何でもない純然たる事実である事をティターネンツォルンを食らった事で実感した管制人格は、今までの認識を完全に改めた。

 

「……確かに、お前を相手取るには全力を注がねばならない様だ」

 

 そして、管制人格は高速飛行で病院の屋上から一気に距離を置くと、先程撃てなかった射撃魔法を発動する。

 

「刃以て、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー」

 

『Blutiger Dolch』

 

 その手に持つ魔導書からの音声が発せられると共に、血の色をした短剣が二十本以上放たれた。

 

「成る程、自分の得意な距離で一方的に叩こうという事か。……だが、甘い!」

 

 そして、リヒトの元に全ての短剣が殺到し、その場が爆発の炎と光に包まれる。

 

「リヒトさん!」

 

 防御魔法を使用した形跡のない事から、なのははリヒトの身を案じる様に声を上げた。しかし、フェイトは違った。彼女は呆然とした表情で管制人格の方を見ている。

 

「……そんな。あの時ですら、まだ全力じゃなかったの?」

 

「フェイトちゃん?」

 

 なのはがフェイトの様子を訝しげに見ていると、ザフィーラがフェイトの疑問に答えた。

 

「当然だ。長が本気になられたら、俺など一分も持たん。まして、あの時の長を全力だなどと思っていたお前達では、十秒持てば奇跡だろう。しかし、まさか今の長の動きが見えたとはな」

 

 最後はフェイトに感心した様なザフィーラの言葉であるが、フェイトは胸を張れる事とは到底思えなかった。

 

「……こうして離れていたから、かろうじて見えただけです。実際に対峙したら、反応なんてできません」

 

 一方、攻撃を仕掛けた管制人格であったが、当たった手応えをまるで感じられなかった。そこでハッとなって後ろを振り返ると、そこには背中合わせの状態で腕組みをしたリヒトの姿があった。

 

「バカな! いつの間に私の後ろに回り込んだのだ!」

 

 管制人格が驚愕する中、リヒトは管制人格に向き直ると使用した魔法について説明する。

 

「スレイプニール。そちらではどうなっているか知らぬが、こちらでは近接戦闘を得手とする騎士が遠距離から攻撃を仕掛ける魔導師に対して間合いを詰める際に使用する瞬間加速魔法だ。ベルカの騎士は、この魔法を以て数多の魔導師達を打ち破っていったのだ」

 

「クッ!」

 

 このままでは、圧倒的に分が悪い。そう判断した管制人格は無詠唱でのブラッディダガーで弾幕を張りつつ、必死に距離を置こうと後退する。

 

「逃がさん!」

 

 リヒトもブラッディダガーを捌きつつ間合いを詰めようとするが、弾幕が厚い為に思う様に前に進めずにいた。

 

「よし、これなら!」

 

 上手い具合に足を止める事ができた管制人格は、ここでなのはとフェイトのリンカーコアを蒐集した事で獲得した魔法を融合させる。

 

「ディバインバスター」

 

 即ち、なのはが得意とする常軌を逸した威力と射程距離を有する砲撃魔法を。

 

「ファランクスシフト」

 

 フェイトの切り札である、射撃用スフィアを利用した一点集中高速連射で放つという、正に常識を超えた砲撃魔法である。

 

「撃ち砕け!」

 

 そして、管制人格はもはや戦略級と称しても何ら語弊のない砲撃魔法を、たった一人に向かって一切の躊躇いなく放ち始めた。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

突っ込み所は多々あるとは思いますが、今後の物語をお待ち下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。
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