赤き覇を超えて 外伝 夜天光の騎士   作:h995

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2019.1.16 修正


第八話

「……わたし達が来るまで、随分と派手に戦っとったんやな。それでそん時の戦略級砲撃魔法やけど、やっぱりアイゼルンマウアーで耐え凌いだんか?」

 

 私がその時はまだ名を持たなかった夜天の魔導書の管制人格(マスタープログラム)と戦闘を開始した所まで話すと、主上は弾幕を張りながら仕掛けてきた戦略級砲撃魔法、ディバインバスターファランクスシフトへの対処について詳細をお尋ねになられた。私は当時の事を思い返しながら、返答する。

 

「いえ。流石に砲撃魔法の波状攻撃を防げる程、私のアイゼルンマウアーは堅固ではございませぬ。あの時は少し距離を置いて発動したアイゼルンマウアーで向こうの攻撃魔法を受け止めている間に、ドラッヘボーゲンの高速連射でディバインバスターの基点を一つ一つ撃ち落としました。これが主上やリイン、主兄殿、そしてロシウ老師であれば、また違う手立てを思い至られていたのでしょうが……」

 

 主上の問い掛けに対する私の返答を脇で聞いていたリインは、当時の管制人格に同情してしまっていた。

 

「如何に愛剣のカイゼルシュベルトがなかったとはいえ、当時でさえ今の私と同等の基礎能力と私を凌駕する戦闘技術を持っていたところに、ブーストの特性を有する兄上殿特製のドラッヘボーゲンを所持していたのです。当時の向こうの私には同情してしまいますね」

 

 しかし、ここで私が魔導書の中に入り込んだ事についてユーリが尋ねてくる。

 

「でも、それならどうしてお父さんは魔導書の中に入ってくる様な事になったんですか? いえ、確かにそのお陰で私はお父さんに会えた訳ですけど、お話を聞いているとそんな状況にはなりそうにない様な……?」

 

 一年程前は人見知りが酷く、中々自分から話しかけようとしなかったユーリが率先して質問してきた事を嬉しく思いながら、私はその経緯を話す事にする。

 

「あぁ。それはな……」

 

 

 

 ディバインバスターファランクスシフトを切り抜けた後も、私達は激しい戦闘を繰り広げていた。管制人格はデバイスの強化後になのはが習得したアクセルシューターという遠隔誘導が可能な射撃魔法とブラッディダガーを同時に放ってきた。弾速に差をつける事で時間差攻撃を繰り出したのだろうが、私はドラッヘボーゲンでその全てを切り落とした。

 

「無駄だ。この程度の攻撃でどうこうなる様なら、私も夜天の書もとうの昔に滅んでいる。夜天の守護騎士として生を受けてから悪しき主によって封印されるまでの百年間、伊達に生存戦争を繰り広げるベルカの戦乱を駆け抜けた訳ではない」

 

 私はこの様な言葉をあえて放つ事で、管制人格の戦意を挫く事を試みた。だが、管制人格は少し違う受け取り方をした様だ。表情からは私に対する妬みが感じられた。

 

「正直に言おう。私はお前が妬ましくてたまらない。私は愛おしい主を苦しめ、死に至らしめる事しかできない。それなのに、お前は主の為、思う存分その力を振るう事ができる。……この差は、一体何だ?」

 

 この時の管制人格の問い掛けにする私の答えは、今でもけして良いものではない様に思う。

 

「それについては、巡り合わせとしか言えないな。甘ったれるな、とは言わない。私の世界のお前もまた、お前と同じ苦しみを何百年も味わって来た。それをただ見ている事しかできなかった私には、お前のその想いに対して何かを言える資格などない。……ただ、涙を流すお前の姿はどうにも堪える。何としてでも、その涙を止めたくなってくるのだ」

 

 ……正直に言うとな、リイン。私にはお前が泣いている様にしか見えなかったのだよ。それ故に、ついその様な言葉が出て来てしまったのだ。だが、管制人格は自分の涙について、自分の物ではないと否定してきた。

 

「この涙は、主の涙だ。道具に、心も感情もない」

 

 その言葉に我慢ならなかった私は、再びスレイプニールで接近すると同時にドラッヘボーゲンを振り下ろした。それに対し、管制人格は防御魔法を展開して全力で受け止める。至近距離に近づいた私は、その時の管制人格の言葉を嘘だと断じた上で道具にも心が生まれる事を伝え始めた。

 

「自分すら騙せない嘘は言わぬ方が良いぞ? それに、たとえ最初は道具であっても、数百年の時を重ねれば魂を得る。魂を得れば心が生まれ、心はやがて感情を現す様になる。唯のプログラムに過ぎなかった私達が、魂を得て一つの命となった様にな」

 

 だが、管制人格は中々それを受け入れようとしなかった。

 

「それはお前達、いや貴方達がそれに相応しい存在だったからだ。最後まで諦めずに絶望と戦い続けた貴方達には、それだけの報酬を得る権利があるのだから。……絶望に負けて、諦めてしまった私とは違う」

 

 そこで、私はある事実を突き付ける事にした。

 

「ならば、何故今も私と戦っている! 諦めているのなら、戦うのを止めてその時が来るのをただ待てばいい! それができないのは、お前自身がまだ諦めていないからだ!」

 

「私が何を諦めていないというのだ!」

 

「愛しい主と雲の騎士(ヴォルケンリッター)と過ごす、穏やかで幸せな日々をだ! 諦めていないから、それが未練となってはやてを夢に沈める一方で、はやての望みを叶えようとする! それがたとえ錯乱した時に口から出た世迷い事であってもだ! ……それ以外の手段を知らぬが故に!」

 

 この時、管制人格の動きが完全に止まった。その挙動に明らかな動揺を見てとった私は、ドラッヘボーゲンを振り切って彼女を吹き飛ばす事である程度距離を取ると、更に言葉を重ねる。

 

「ならば、立ち向かえ! 己の運命に! その為の手段は、()()()()()! 希望の()は、まだ消えてはいないのだ!」

 

 この言葉を聞いた管制人格は、恨み節とも受け取れる言葉を私にぶつけてきた。

 

「……何故だ。何故、貴方は主達の前に、そして私の前に現れてしまったのだ。貴方さえいなければ、私は絶望の中で諦められた。諦められたのに……!」

 

 その様な管制人格の言動に、とうとう我慢ができなくなったのだろう。

 

「この、駄々っ子!」

 

 フェイトがバリアジャケットの形状を変えると、私の知る限りでは出せない筈のスピードを出して管制人格へと突撃し始めた。

 

「いかん! フェイト、出てくるなと言った筈だ!」

 

 私はそう言って踏み止まる様に言い付けるが、その時のフェイトは聞く耳を持とうとしていなかった。そして、その様な大きな隙を管制人格が見逃す筈がなかった。

 

「……ちょうどいい。お前もまた、主と共に我が内で眠れ。友人と共にいた方が、主は寂しい想いを為されずに済むだろう」

 

 この言葉で管制人格が何をしようとするのかを察したものの、完全に不意を突かれた事に加えて管制人格との間合いを大きく取った事が仇となり、もはやスレイプニールでも間に合わない事を私は理解した。

 

「クッ! ……ならば、キャスリング!」

 

 そこで、ジュエルシードの件の最後の方で行ったなのはとフェイトの模擬戦の時にも使用したキャスリングの魔法を使った。

 

「えっ……?」

 

「フェイトちゃんとリヒトさんが入れ換わった! 模擬戦の時と一緒だ! ……でも、それじゃリヒトさんは」

 

 そして、フェイトの唖然とする声となのはの驚きの声を背中越しに聞きながら。

 

『Absorption』

 

 ……私は夜天の魔導書の内部空間に取り込まれてしまった。

 

 

 

 私が夜天の書の内部空間に取り込まれた経緯を説明し終えると、主上は納得した後で深い溜息を吐かれていた。

 

「そうなんかぁ。結果としては、向こうのなのちゃんの友達に足を引っ張られる格好になってしもうたんやな。……ただな、リヒト。傍から聞いとると、向こうのリインを口説いとる様にしか聞こえへんよ?」

 

「その様なつもりはなかったのですが……」

 

 主上の余りの仰り様に私はその様な意図などなかった事をお伝えすると、主上からは私の当時の思いに対する意見を仰られた。

 

「まぁ、リヒトの気持ちはわたしにもよく解るんよ。リインと全く同じ顔をした(ヒト)が涙を流して泣いとるんや。さっきも自分で言うとったけど、やっぱり気が気でなかったんやろ?」

 

「……そうですな。故に、必要以上に言葉を重ねてしまったのでしょう」

 

 私が主上のご意見が的を射ている事を肯定すると、主上は話をリインへと向けられた。

 

「……という事やけど、ご感想は? まだまだ新婚盛りのリインフォースさん?」

 

「はやて。それを私に尋ねるのですか? ……嬉しいに決まっているではありませんか」

 

 顔を赤く染めながらも微かに笑みを浮かべてそう答えたリインを見て、私は自分の顔が熱くなったのを感じた。不覚にも、私もリインと同様に内心を顔に出してしまった様だ。その様な私達の姿をご覧になった主上は呆れた様な素振りを見せつつ、その表情を笑顔へと変えた。

 

「ご馳走さんや。いやぁ、リインもリヒトもまだまだ初々しいなぁ。これで後はリヒトとリインの間に子供ができれば、ユーリもお姉ちゃんになってめでたしめでたしなんやけどなぁ……」

 

 そうして、主上が私達夫婦に冷やかしを仰られた時だった。

 

「はやて。実は一つ、ご報告がございます。本当は、まずリヒトに伝えたかったのですが……」

 

 決心した様に一つ頷いた後、リインが真剣な表情で報告があると言い出したのは。

 

「んっ? リイン、何かあったん? ……って、チョイ待ち。この話の流れやと、まさか……!」

 

 主上はリインの様子を見て、報告をしっかりと受け取る構えを見せた。ただ、話の流れから報告内容をお察しになられた様で、次第に落ち着かなくなられてしまった。……いや。落ち着かないのは、私も同様だった。主上も私も、思い至った報告内容はおそらく一致している。

 

「……はい。ご想像の通りかと」

 

 そして、頬をやや赤く染めたリインがそれを肯定してきた。その結果、主上は驚きの表情を露わにする。

 

「ホ、ホンマかいな! リイン! ……は、話が余りに急過ぎて、頭がちっとも追い付かへん。けどこうなったら、ユーリの件もひっくるめてアンちゃんに相談せんとあかん。せやから、アンちゃん。会談をさっさと終わせて、早う帰って来て。どないしたらいいか、わたし一人やとさっぱり解らへん」

 

 主上が主兄殿の早いご帰宅を願われる一方で、私はゆっくりとその事実を受け止めていった。そして、私自身の口からリインに確認を取る。

 

「……リイン。私はユーリ以外にも子供を授かったのか?」

 

 私の問い掛けに対し、リインは笑顔と共に返答してきた。

 

「えぇ。その通りですよ、リヒト。三年前までは全く想像もできなかった幸せが、今ここにあります。私は、それが凄く嬉しい」

 

 己に宿った新しい命を慈しむ様に優しく腹部を撫でるリインの姿に、私は改めて己が恵まれている事を実感した。ここで、ようやく事態を呑み込めたユーリがリインに確認する。

 

「お母さん。私はお姉さんになるんですか?」

 

「あぁ。そうだ、ユーリ。もう少しすれば、ユーリもお姉さんだ。……この騎士としての言葉使いも、早い内に改めないといけないな。ユーリはともかく、これから生まれてくる私達の子供が怖がってしまいそうだ」

 

 ユーリの質問に優しく答えたつもりであるが、騎士としての言葉使いによって印象が少々厳つくなってしまっている。それに気付いたリインは、騎士としての言葉使いを改める事を決心した様だ。

 

「リイン。それは長年の習慣なのだ。そう簡単には直らないだろう。だから、慌てる事無く、少しずつやっていけばいい。ただ、これだけは言わせてくれ」

 

 私はリインを窘めた後、ある言葉を伝える為に姿勢を正した。そして、私の子供を身籠ってくれた最愛の妻の手を取り、心からの感謝の言葉を伝える。

 

「……ありがとう」

 

 けして語彙の多くない私では、これ以外に感謝を伝える言葉を見つけられなかった。

 

 その後、暫くしてからようやく全員が落ち着きを取り戻したので、私は夜天の魔導書の内部空間で何があったのかを話し始めた……。

 

 

 

Overview

 

「もう朝だ。起きろ、騎士(リッター)

 

 体を揺さぶられると共に女性の声で起きる様に促されると、リヒトは眼を覚ました。

 

「んっ……。ここは?」

 

 リヒトが状況を把握する為に横たわっていた状態から上半身を起こすと、そこには心中愛おしく思っている女性であるリインフォースがいた。

 

「目が覚めたか、騎士」

 

 彼女はリヒトにそう挨拶して来たので、リヒトも挨拶を返す。

 

「あぁ。おはよう、リイン」

 

 しかし、リインフォースは首を傾げた。

 

「リイン? 誰の事だ? 私は司書(ビブリオテカール)だ」

 

 その名を聞いた時、リヒトの意識が一気に現実へと引き戻された。

 

(成る程。これは確かに悪辣だな)

 

 リヒトは管制人格が仕掛けた夢の世界の設定に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「騎士。主がお呼びだ。早速参るぞ」

 

「あぁ。そうだな」

 

 何故なら、司書という名のリインと共に主の元へと向かっているリヒトが今見せられている夢の時代設定は悪しき主によって心無き雲の騎士と挿げ替えられた時から数代前の、おそらくは最も幸せであった時のものだったからだ。

 

「おや? 珍しいね。騎士がこれ程遅く起きてくるとは」

 

 リヒトにそう声をかけてきたのは当時の夜天の王であり、リヒトの知る限りにおいて最も穏やかにして聡明な主だった。その彼からのからかい混じりの言葉に対し、彼の妻はやんわりと窘めた。

 

「あなた、そんな事を言っちゃ駄目よ? 騎士はあの子達のメンテの為に夜遅くまで起きていたんだから。それより、朝ごはんにしましょうか」

 

「それもそうだね。それじゃ、皆で食べようか」

 

 そうして二人に促されたリヒトは、早速リインと共に食卓に座って、朝食を取る事にした。

 

「……んっ?」

 

 リヒトは口にした料理の味に少し違和感を抱いた。

 

「奥方様。味付けを変えられたのですか? この料理、少々味が違いますな」

 

 リヒトがそう尋ねると、当時の主の妻はにこやかに真相を話し始めた。

 

「それはそうよ。だって、作ったの私じゃないもの。ねぇ、司書?」

 

「お、奥様! それは騎士には教えない約束でしたのに!」

 

 どうやらリヒトには黙っている約束をしていた様で、真相をバラされたリインは慌てふためいている。

 

(そういえば、リインの私に対する態度が変わり始めたのはちょうどこの頃だったな)

 

 リヒトは当時の記憶を思い起こしながら、口にしたリイン作の料理の感想を伝える。

 

「司書。奥方様に比べれば、確かに味は数段劣る」

 

「……そうか」

 

 リインはリヒトの感想を聞いて、肩を落とした。しかし、リヒトの感想にはまだ続きがあった。

 

「だが、こちらの方が私は好みだ」

 

「そ、そうか。……良かった」

 

 自分の作った料理の方が好みだと言われて、リインは安堵しつつも密かに喜んでいた。その様子を微笑ましく見ていた当時の主はリヒトにある頼み事をする。

 

「ハハ。君達は相変わらず仲が良いね。ところで、騎士。朝食が終わったら、悪いけど()()()()の所に向かってくれ。いつもは朝早く起きてくる君が起きてくるのが遅いから、そわそわしていて落ち着かないんだよ」

 

「承知いたしました。主上。奥方様」

 

 リヒトは当時の主の頼み事を引き受けると、朝食を終えてからその場所へと向かった。すると、そこにはリヒトの思った通りの懐かしい存在がいた。

 

「遅い! 遅いよ、騎士! ボク、もう待ちくたびれちゃったよ!」

 

 水色の鱗を持つドラゴンは幼い子供の声で駄々を捏ねた。

 

「ですが、珍しい事もあるものですね。貴方の目が覚めるのがこれ程遅くなるとは」

 

 一方、朱の羽毛を持つ鷹は落ち着いた雰囲気でリヒトの起床が遅かった事を不思議がっている。

 

「フン。我を待たせるなど身の程を知れ、騎士。……と、言いたい所ではあるが、昨夜は我等のメンテナンスをしていたのだ。今回は不問にしておいてやろう」

 

 そして、紫の毛並みをした百獣の王である獅子は傲慢な言葉使いと態度でリヒトに接してくる。

 

 この三匹の動物達は、当時の主が夜天の書に収められた古代の叡智を元に作り上げた構築体(マテリアル)であり、それぞれが確固たる自己を持つ一方でお互いに深い繋がりを持っている。

 その様な構築体達の余りの変わらなさにリヒトは苦笑いを浮かべると、それぞれの言葉に応じていった。

 

「済まないな、レヴィ。後で遊んでやるから、もう少しだけ待っていてくれ」

 

「ヤッタァー! 騎士、約束だよ! 絶対だよ!」

 

 レヴィと呼ばれた水色の龍は嬉しそうにクルクルとその場を飛び回る。

 

「シュテル。それについてだが、どうやら少々眠りが深かった様でな。我ながら不覚を取ってしまったよ」

 

「そうでしたか。……そういう事にしておきましょう」

 

 一方、シュテルと呼ばれた朱の鷹は何処か納得のいかない面持ちで頷いた。

 

「ディアーチェ閣下。寛大なるご処置、深く感謝致します」

 

「ウム。解ればよい」

 

 そして、ディアーチェと呼ばれた紫の獅子は胸を張って感謝の言葉を受け取っていた。

 リヒトにとっては、これらのやり取りも随分と懐かしいものだった。あるいは、もう少しだけ夢に付き合う事も選択肢として出てきたかもしれない。

 

 ……本来であれば、この場にいる筈の少女さえいれば。

 

 だからこそ、終わらせなければならなかった。思い出の中にいる誰かを除け者にする。その様な歪んだ夢を。

 

「騎士、少し話をしようか」

 

 リヒトが決意を固めた所で、まるでタイミングを見計らったかの様に当時の主がリヒトに声をかけてきた。

 

「承知致しました」

 

 リヒトはこれ幸いと当時の主に承知の旨を伝えると、そのまま主に付いて移動を開始する。移動した先は、庭に植えられた5 m程の高さの木の下だった。すると、当時の主が話を切り出し始めた。

 

「さて、騎士。もう解っているとは思うけど、ここは夢の世界だ。しかも、唯の夢じゃない。君の心の奥底にある憧憬を実体化した、いわば「君に都合のいい世界」だ。……君にとっては、正に理想郷と言えるんじゃないか?」

 

 当時の主の言葉を聞いたリヒトは、問いに答える事無く問い返す。

 

「……果たして、そうでしょうか?」

 

(やはり、この様なものを認める訳にはいかない。……このお方は、けしてその様な事を仰ったりはしないのだから)

 

 リヒトは、夢を終わらせる決意をますます堅固なものとした。

 

「私にはとてもその様には思えませぬ。何故なら、ここには……!」

 

 リヒトがここまで言葉を口にした所で、当時の主は安堵した様な表情を浮かべた。

 

「……君なら、必ず解ってくれると思っていたよ。騎士。そうだ。この夢には、本来なら必ずいなければならない()()()がいない。だから、この夢はけして君に都合のいいものではないんだ」

 

 当時の主は夢の住人であるにも関わらず、夢そのものを否定した。そして、穏やかな面持ちを真剣なものへと変える。そこには、リヒトがかつて無二の主として己の忠義を捧げた聡明なる王の姿があった。

 

「甘美な夢に惑わされず、その事実に気付いてくれた君だからこそ、()()()()を託す事ができる。私が病を得て死に至り、元々病弱だった妻も五年の後に私の後を追う様に天に召された後、静かに眠っていた所を無理矢理叩き起こされ、更には利用する為には邪魔であった事から構築体達とも引き離されてしまい、その影響で誰も制御できない破壊の権化へと変えられてしまったあの子の事を」

 

 その言葉の節々に感じられる深い知性に、リヒトはある確信を得る。

 

「主上。よもや貴方は……!」

 

「その呼び方は止してくれ、騎士。私はもう夜天の王ではない。今の私と君は対等の筈だよ」

 

 しかし、真実を確認する前に当時の主からそう言われた事で、リヒトは言葉使いを改めた。そうしなければ、かえって失礼になると思ったからだ。

 

「……エーベルヴァイン。やはり、貴公は」

 

 リヒトの言葉に対し、かつての夜天の王であるエーベルヴァインは頷いた後に自らの素性を明かした。

 

「皆に看取られて最期を迎えたけど、やっぱり未練があったんだろうね。気がついたら、魂となって遺された皆を見守っていたよ。そして、今はあの子と共に闇の書と化した夜天の魔導書の中にいる。だからこそ、こうして夢が不完全になる様に術式を改竄できたんだ。……君がこの世界にいる事を知った時から、密かに用意していた物がある。受け取ってくれ」

 

 エーベルヴァインがそう言って取り出したのは、鞘に収められた一本の長剣だった。鍔に翼の意匠を拵えただけで余り飾り気のない剣ではあったが、リヒトはそれを見た途端に驚愕を露わにする。

 

「それは、一年前に失われた筈のカイゼルシュベルト……!」

 

 リヒトが失われた愛剣が目の前に現れた事に驚いていると、エーベルヴァインが説明を始めた。

 

「やはり、そうだったか。君の今の戦い方を見て、愛剣であるカイゼルシュベルトを失っている事にはすぐに気がついた。だから、もはや原型を留めないまでに改竄されてしまった防衛プログラムの残渣を回収し、それを元にカイゼルシュベルトを私なりに強化を施して作り上げたんだ。……夜天の守護騎士である君の本領は、あくまで剣を用いた白兵戦にあるからね」

 

 そう言って差し出されたカイゼルシュベルトを、リヒトは両手で恭しく受け取る。

 

「エーベルヴァイン。貴公の厚意、ありがたく受け取らせて頂く」

 

 リヒトがカイゼルシュベルトを受け取った後、エーベルヴァインは更に光の球を手の上に浮かせた。

 

「それと、これはカイゼルシュベルトを作った時に余った、防衛プログラムの残渣だ。平行世界における同一存在である君が取り込めば、多少は強化されるだろう」

 

 エーベルヴァインはそう言うと、リヒトの元へと飛ばす。光の球はリヒトの胸に当たると、スゥッとリヒトの体の中へと入っていった。そして、エーベルヴァインはこれが最後となるであろう頼み事をリヒトに託す。

 

「今の君とカイゼルシュベルトの力なら、この夢の世界を一太刀で切り裂ける筈だ。そうすれば、後はあの子のいる所まで一直線に行けるようになっている。だから頼む、騎士。私達夫婦の子を、ユーリを助けてやってくれ」

 

 そうして深く頭を下げて頼み込むかつての主にして心腹の友に対して、リヒトはまず今の己の名前を教える事にした。

 

「……リヒトだ。リヒト・ツァイトローゼ・フォン・ナハトヴァール。それが、今生の主上と主兄殿によって付けられた私の新たな名前だ。エーベルヴァイン」

 

 リヒトの名乗りを聞いて、エーベルヴァインは己の非を悟った。

 

「これはいけないね。友人に頼み事をするのに、名前を間違えるなんて」

 

 そう言って苦笑いを浮かべたエーベルヴァインに、リヒトも苦笑いを浮かべて注意する。

 

「そうだな。次があれば、気をつけてくれ。それとだ。貴公の頼みは確かに引き受けた。ユーリの事は、私が何とかしてみよう」

 

 リヒトがそう言って友であるエーベルヴァインの頼みを引き受けると、エーベルヴァインは感謝の言葉を伝えた。

 

「……ありがとう。リヒト」

 

 友の感謝の言葉を受けたリヒトは、そこから後ろを振り返ると鞘に収められた愛剣をゆっくりと抜く。柄の握り具合は失われる前のカイゼルシュベルトと全く同じで、まるで手に吸い付く様にフィットしていた。

 

(これなら以前と同様、いや秘められている力は以前の物より上である事を踏まえるとそれ以上に力を振るう事ができる)

 

 リヒトは、愛剣を更に強く生まれ変わらせてくれたエーベルヴァインに心から感謝した。

 

「……行っちゃうの、騎士?」

 

 そこに、レヴィの悲しげな声が聞こえてくる。

 

「レヴィ。騎士を行かせてあげましょう。既に存在が失われてしまった私達とは異なり、ユーリはまだ生きています。今を生きている者を救えるのは、同じ時間を生きている者だけです」

 

 しかし、隣にいたシュテルに宥められたレヴィは我慢する事を選んだ。

 

「……ウン。ボク、我慢するよ。だって、ユーリはずっと寂しい想いをしていたんだもん」

 

 そこから、ディアーチェがリヒトに向けて命令を告げる。

 

「行け、騎士! もはや側にいる事が叶わぬ我等の代わりに、ユーリを永遠の孤独から救って参れ! でないと、承知せんぞ!」

 

 そして、エーベルヴァインの妻が最後に言葉をかけてきた。

 

「騎士。ユーリをお願いね。……それと、司書の事もそろそろ答えを出してあげて。もう十分待った筈だから」

 

 これらの言葉を背中に受けたリヒトは、一度だけだが深く頷くと愛剣を最上段に構えてそのまま一気に振り下ろす。

 

「ハァッ!」

 

 その瞬間、空間に切れ目が生じたかと思えば、そこを起点として夢の世界が一気に崩れ去った。後ろにいたエーベルヴァイン夫婦と三基の構築体達もまた、笑顔で世界と共に消えていく。しかし、リヒトはけして振り返る事無く、ただ前だけを見据えていた。そして、己のやるべき事をはっきりと見定めていた。

 

「……確かに、一直線だな。どうやらザフィーラと同じ現象が私にも起こった様だ。以前に比べて察知能力が著しく高まっている。この分では、他の能力も軒並み強化されたのだろう。エーベルヴァイン。貴公の力添えに心から感謝する」

 

 リヒトはそう言って愛剣を鞘に収めると、一気に駆け始めた。……目的地は、友から託された友の娘の眠る場所。

 

「待っていてくれ、ユーリ。君は、私が必ず助け出す」

 

 ただ真っ直ぐに前だけを見据えるリヒトの瞳には、もはや迷いなど欠片もなかった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

マテリアル達の姿については、「そもそも人の形をしていなかった」という原作での発言から思い至った拙作オリジナルです。

では、また次の話でお会いしましょう。
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