――――夢を見た。
――――夢を見ている。
――――夢を彷徨っている。
何もない無限の中を。
何にでもなる夢幻の中を。
ここはどこ?
なんで僕はここにいるの?
声が響く。
『戦いが怖いのか、主よ』
うん、怖い。すごく怖い。
『死を恐れますか、主君』
死は嫌だ。味方も、敵も。
『なぜ怖いのですか、我が君』
それは僕が臆病だからだ。
だから血が怖い。痛いのが怖い。戦いが怖い。
余りに自分が役立たずで、皆の足枷で、本当に腹が立つ。
『そうか。主は自分の弱さが嫌いか』
うん。
『だからこそ、主君は我らを呼んだのでしょう?』
ああ、そうだったね。
『だったら、何を怖れますか』
どういうこと?
『我らは主が、そなた自身が望み、欲した力』
『主君が願い、手を伸ばした力』
『故に妾達は、その手を取った』
僕が、望んで手を伸ばした?
『恐れる必要はない。そなたの苦しみは』
『我らが全て喰い尽くしてしまいましょう』
『だから、恐れる事などありませぬ』
王が、騎士が、女王が、僕を包み込む。
守るように、慰めるように、
―――――喰い尽くすように。
『さあ、手を伸ばせ』
『そこに主君の求めた
『そう、
その力があれば、もう何も怖くないかな?
『恐怖など、とうに喰い尽くした』
僕は強くなれるかな?
『弱さなど、力で塗りつぶせば良いのです』
僕は皆を守れるかな?
『敵対する全てを
そうか。
僕の望む全てが、そこにあるんだね。
なら僕は手を伸ばすよ。
もう、臆病なのは嫌だから。
もう、皆の足を引っ張りたく無いから。
そして、あの優しいシスターを、救いたいから。
「だから僕はまた、君達に手を伸ばすよ」
◆◆◆◆◆◆
夢を見ていた。
どんな内容かは朧気だけれど、何をすべきかは分かった。
「――――皆を、守れるくらいに強く」
なるんだ。
なりたい、ではなく、なる。
それが、僕の願いで、望みなんだ。
◆◆◆◆◆◆
アルジェントさんを救えなかった次の日、僕は学校を休んだ。
僕は大丈夫だって言ったけれど、小猫ちゃんや姫島先輩、それにその二人に説得された両親に、無理やり休まれた。
「暇だなぁ…………」
ぶっちゃけ、今の現状はそれに限る。
『強くなる。心も、体も』
そう決意はした。
目標も決まった。
けれど、何をすれば良いのかはまだ分からない。
でも、とりあえず今は、じっとしてられない。
「………外に出ようか」
天気も良いし、散歩でもすれば、気も紛らわせられるだろうし。
◆◆◆◆◆◆
「…………ハル、お前なにしてんだこんな時間に」
「…………イッセー兄ちゃんこそ」
公園に行くと、そこで黄昏ているイッセー兄ちゃんに出会った。
言葉を交わしながら、僕は兄ちゃんの横に腰を下ろす。
「助けられなかったなぁ、ハル」
「うん…………」
兄ちゃんの言葉に頷きながら、息を吐いて空を見上げる。
空には雲一つ無く、暖かい春の陽光が辺りを照らしている。
沈んだ気分なのに、気持ちいいと思える天気だ。
「助けられなかった。僕が足を引っ張ったから…………」
「それはもう良いって。言ったろ? お前が悪いんじゃないんだって」
「でも、僕が…………」
「ていっ!」
「あだ!」
次から次へと弱音が出てくる僕の頭を、イッセー兄ちゃんが軽くはたく。
「いつまでもうじうじ悩んでんなよ。自分が弱くて嫌なのは、俺も同じだ」
「イッセー兄ちゃんも?」
「そうさ。
「…………」
「でもな、俺は諦めねぇ」
「え?」
「たとえどんなに実力さが絶望的でも、俺は諦めねぇ。何がなんでも、アーシアを助ける。そう決めたんだ」
「…………やっぱりカッコいいね、兄ちゃんは」
ホントに、この人は、こう言うところでカッコ良くて、そして僕は、兄ちゃんのそんなところに憧れたんだ。
憧れた人が諦めてないんだ。僕もうじうじしてられないな。
「そんなこと無いさ。俺はカッコ良くなんかねぇよ」
そう言ってイッセー兄ちゃんが腰を上げたとき、僕の視界に見知った金髪が写り込んだ。
…………全く。噂をすれば影、って誰が考えたんだろうね。的を射すぎているよ。まさか外人にも有効だとは。
「アルジェントさん…………」
「え? アーシア?」
「あ。…………イッセーさん、ハルトさん」
◆◇◆◇◆◇◆
今日は楽しかった。
ハンバーガーショップではアーシアがバーガーを買えずに困惑したり、ハルトが信じられない量を購入したり(俺の奢りだった。泣きたい)、アーシアがバーガーの食べ方が分からずにアウアウ言ったり、ハルトが大量のバーガーをペロリと平らげたり。
所変わってゲーセンでは俺とハルのレーシングゲームの三番勝負が始まったり(なんとか勝てた)、アーシアがもぐら叩きでアウアウ言いながら必死になったり、クレーンゲームで俺が何度か失敗しながらぬいぐるみを取ったり。
そして最後は、三人で写真を取った。
アーシアを真ん中に挟んで、三人で取った写真はきっと、俺達の大切な宝物になるだろうな。
自然に、そう思えた。
「アーシア、俺達はもう友達だ」
ふとしたことからアーシアの
「イッセーさん?」
「俺も、ハルも、アーシアの友達だ。だから、絶対にアーシアを助けてみせる」
俺がそう言い切ると、ハルも拙くて辿々しい英語を使って同意する。
「…………それは、悪魔の契約としてですか」
「そんなわけあるか! 俺達は今日、目一杯遊んだだろ? だったらもう友達なんだ。悪魔とか人間とか神様とか関係なく! 話したい時に話して、遊びたい時に遊ぶ! 俺達は、今日からそう言う友達なんだ、な?」
ハルも、それに頷く。アーシアの言葉はわからないだろうけど、ハルだって、アーシアを友達だって思ってるんだ。
アーシアの双眸から、涙が零れ落ちた。
ああ、本当に楽しかった。誰かさんのせいで軽く破産しかけたけど、それでも、とても楽しかったんだ。
――――
ちょうど、ハルがトイレに席を立った時の事だった。
「悪魔と友達? はっ、笑わせないでもらえるかしら? お腹が捩れてしまうわ」
そんな、冷たい声と笑い声が聞こえた。
「ゆ、夕麻ちゃん…………」
俺の驚いた声音に、彼女は興味深そうな視線を向けて、クスクスと笑う。
「へぇ、生き返ったの? 良かったわね、あなたの主様は胸が大きいわよ?」
その小馬鹿にしたような声は、あの可愛らしい夕麻ちゃんのものではなく、大人っぽく妖艶さを感じさせるものだった。
「……レイナーレさま…………」
アーシアが夕麻ちゃんをそう読んだ。
レイナーレ? あぁ、そうか。
忘れてた。いや、忘れようとしていた。
なるほど、彼女の本当の名はレイナーレか。
堕天使レイナーレ。俺を殺した張本人。
「………堕天使が何の用だ?」
「は、汚らわしい下級悪魔が、気安く話しかけないでちょうだいな」
向けられた視線は、先程の興味深そうな物ではなく、侮蔑したような、見下したような視線だ。
「アーシア、戻ってきなさい? 逃げても無駄なのだから」
逃げる? どういうことだ?
「嫌、です…………。私は、もうあそこへは戻りたくありません…………人を殺すような、場所へは…………」
「そんなこと言わないでちょうだい。これでもかなり探したのよ? ほら、帰りましょう?」
俺はとっさに、震えているアーシアの前に立つ。
それを見たレイナーレは、心底めんどくさそうな顔をする。
「じゃましないで貰えるかしら、イッセーくん。また殺すわよ?」
「やれるもんならやってみろ! 来い! セイクリッド・ギア!」
啖呵を切り、俺は左手に赤い籠手を装着する。
だがレイナーレは、俺の籠手を見て哄笑を上げる。
なんでも、俺の
「だけど、今はそれだけで十分だ! 動きやがれ、俺の
『Boost!!』
よし、これで!
力が強化されて、俺は踏み込む。
だが、
「無駄よ。あなたがいくら強化されても、私には決して届かない」
俺の両足に、光の槍が突き刺さる。
「が!?」
「イッセーさん!?」
駆け寄ってきたアーシアの光が、俺の足を包み込み癒していく。
倒れ伏した俺に槍の切っ先を向けながら、レイナーレは冷たくいい放つ。
「アーシア。その悪魔を殺されたくなかったら、私と共に戻りなさい?」
「うるせぇ! お、お前なんか!」
「わかりました」
「アーシア!」
足の治療を一通り終えたアーシアが、レイナーレの元へ歩いていく。
「イッセーさん。今日一日、ありがとうございます。ハルトさんにも、そう伝えておいて下さい」
ふざけんなよ! だからなんでそんな、そんな悲しそうに笑うんだよ!
俺は、そんな顔が見たくないから!
だが、俺のそんな内心も知らず、アーシアはレイナーレの翼に包まれる。
「ふふふ、ごきげんよう、イッセーくん。次生まれるときは、もうちょっとましに生きなさいな」
そう言って、レイナーレは槍を振りかざす。
「そんな! レイナーレさま、お話が違うではありませんか!」
「黙りなさい。悪魔は滅するべきなのよ」
アーシアの慌てた言葉に、堕天使は冷たい声で答える。
そして、光の槍が降り下ろされた。