「最初に言っておくが、私は貴様が人間だからと言って、手加減する気は毛頭ないからな」
校庭に下り、僕と向き合うと開口一番、彼女はそう言って来た。
「望むところだね」
僕らの隣でも、木場先輩とイリナさんが互いの剣を手に向かい合っている。
「んー、私としてはイッセーくんと戦いたかったんだけどねぇ。ま、君も聖剣には思うところがあるみたいだね」
「そんな御託はどうでもいい。始めるよ」
二人のやり取りを一瞥したゼノヴィアさんは、こちらに剣を向けながら笑みを浮かべる。
「さて、君も武器を取りたまえ。それくらいは待ってやろう」
「そうかい。………来い! 神機!」
『主よ、蹴散らすぞ!』
『あのような小娘など、妾たちにかかれば』
『恐れるに足りません!』
剣形態のままの神機を見た教会組二人は、少し物珍しそうな表情で、神機見つめている。
「おもしろい形の武器ね? 見たことないわ」
「それが貴様の
……………って言われてるけど?
『ふん、なにも知らぬ小娘が』
『さぁ主君! 行きましょうぞ!』
『我が君に勝利を!』
互いに剣を構えて向かい合う。
剣と剣で戦うのはこれが初めてだ。試合のような、なんのセーフティも無いこの状況じゃ、下手をすればただじゃ済まないのかもしれない。
けれども、心に迷いは無かった。
あるのはただの怒り。大切な友達を侮辱された怒り、大切な友達を泣かされた怒り。結局、彼女の涙を止めてあげられなかった怒り。
空気が緊張する。張りつめた糸のように、静かな水面のように。
さっきまで、僕を必死に呼んでいたアーシアさんの声も聞こえない。
この空気に気圧されて黙ったのか、それとも単に僕の耳に入っていないのか。
沈黙を終わらせるように、ゼノヴィアさんが声を張り上げる。
「では行くぞ、神結ハルト! 懺悔の用意はできたか!」
「そっちこそ、アーシアさんに謝る準備はできたかな!」
動き出したのは同時。
飛び上がったゼノヴィアさんが上から、走り出した僕が下から、同時に剣を振るう。
と、ゼノヴィアさんが唐突に、その口に笑みを浮かべる。
「悉くを砕け!【
「っ!?」
剣と剣が触れ合った瞬間、爆音が響いた。
僕を中心に地面はひび割れ、抉れる。
そんな剣を受け止めた僕には、予想だにしなかった衝撃が襲いかかる。
「ぐぅ……ブラッドアーツ! 【斬鉄】! っらぁ!!」
その衝撃をしたに逃がしながら、なんとかブラッドアーツで対応する。
『主! 無事か!?』
そっちこそ! 大丈夫!? マルドゥーク!
『なんのこれしき! いくらでも打ち合って見せようぞ!』
「………今の一撃を食らって無事とはな。予想以上の硬さだな、その剣」
「それは、誉められてるのかな?」
「それでどうかな? エクスカリバーの威力は?」
「へんっ、大したこと無いね、聖剣って」
「ふん、神の加護も受けられないような異教徒が! 舐めた口を聞くな!」
あれくらいの挑発に乗るなんて、沸点の低い人だ。……………僕も人のこと言えないけどさ。
『神の加護を受けていない、か……………』
どしたの? マルドゥーク?
「はぁ!」
「くっ!」
『この娘が言うように、神の加護とやらが勝敗に関わってくると言うのであれば……………クククッ』
『それこそ、この娘に勝ち目などありませぬ』
「ええぃ、ちょこまかと!」
「【ソニック・キャリバー】!」
「くっ!」
………それは、どういう意味さ?
『主君、あなたが今使っている武器はなんでしょうか?』
神機だね。
『妾たちは、なんでありましょう』
アラガミ、だね……………あ、そう言うことか。
『如何にも! 我輩たちはアラガミなり!』
『厳密に神とは言えなくとも、その名に神話の名を』
『その総称に神の文字を持つ!』
『故に我輩は、我らは主を守ろう!』
『主君の加護となろう!』
『なぜなら妾達は!』
『『『神にあらぬ神! アラガミなのだから!』』』
『たかだか一神のみの加護を受ける者に、主が負ける訳がない』
◆◇◆◇◆◇◆
なんなんだ、この男は。
悪魔でもないのに、悪魔と一緒にいて、魔女を魔女と呼んだだけで怒り、そして私たちを、教会を侮辱した。
悪魔を癒せる力が神の望みだと? ふざけるな。神と悪魔は相容れぬ存在。
なればこそ、神が悪魔を癒す訳がないのだ。神の愛は決して、悪魔と堕天使に向けられる物では無いのだから。
それなのにこの男はそれを否定した。
なにが優しさだ。悪魔に優しさなどいらぬ。悪魔は人を惑わす悪だ。私が出会ってきた悪魔は総じてそんな奴らばかりだった。
けれどもこいつは、それすらも否定するのだろう。
ああ、イライラする。
なんだってこんなにイライラするのだろうか?
攻撃が当たらないから? 奴の
違う…………と思う。
けど、ならばなんなんだ、この苛立ちは?
「【波濤斬り】!」
「くっ!」
強い。
見た目からは想像できない強さだ。
神の祝福も、加護も受けていない癖に、なぜ聖剣に耐えられる? 【
「小賢しい! ああ、小賢しい!」
「そんな闇雲に振り回す剣で、僕に当たると思わないでよね!」
「調子に乗るなよ、異教徒が!」
鍔競り合う。競り合えてしまう。
壊れない。壊せない。
まるで剣に意識があって、壊れることを拒否しているように。
そもそも、あの
「【落花ノ太刀・紅】!」
「ちぃっ!」
赤く伸びた刀身の降り下ろしを喰らい、その威力を殺すためにバックステップで距離を取る。
思った以上に吹き飛ばされてしまった。
だが、この程度の距離なら!
直後、私が認識したのは、まるで銃器の発砲音のような音と、何かが当たって幹が砕け倒れる木の姿だった。
「なっ………」
「ち、腕を狙ったんだけどなぁ。外したや」
神結ハルトの方を向くと、奴は片膝をついて、自分の武器をこちらに向けている。
その武器の先端からは、硝煙のような煙が上がっている。
……………発砲した? あの剣が?
いや、違う。
形が変わっている。あれは剣じゃない。
「銃、だと?」
呆然とする私をよそに、奴はなんでもないかのように、照準を私に向けてくる。
「くそっ!」
とっさに横に飛ぶと、先程まで私の右足があった場所に風穴が穿たれる。
だが、第三射を許すほど、私は甘くはない。
あの姿勢、あの音からして、あの銃は恐らくスナイパーライフルか、それに類する単発特化のハズだ。
たとえリロードが早かったとしても、あの長さならば懐に入りさえすれば……………
「もらった!」
案の定、リロードはできても、至近距離は狙えないようで、一瞬だけ奴の動きが止まる。
すぐさま剣の状態に戻した反応の早さには感嘆するが、それでも、この距離は貰ったも同然だ。
「ハルトさんっ!」
魔女の悲痛な叫び声が聞こえるが、もう遅い。
このまま振り抜けば、この聖剣が奴の上半身ごと持っていくだろう。
まぁもちろん寸止めくらいはするが。
「サリエル!」
「なにっ!?」
しかし、勝利を確信したのは一瞬の事だった。
金属と金属のぶつかる甲高い音が響いたと思うと、気がつけば私の剣はまたしても止められていた。
……………まるで白銀の蝶のような、大きな盾に。
まさか、盾にもなれるとは。
ふと、顔を見上げる。
その瞬間、私の背中になんとも言えない怖気が走る。
なぜならその顔は、嗤っていたのだから。
この距離に入った私を嘲るように。獲物を捉えた餓えた狩人のように。
「……ブラッドアーツ【IE零式――――」
奴の剣の前、私と奴の間に、バレーボールサイズの光の球が浮かび上がる。
マズい。
本能が警鐘をならす。
これはマズい。危ない。殺される。
この男は、私を、殺s――――――
「―――ざ……っ!?」
「ハルトさん!!」
そんな奴を止めたのは、驚くことに魔女アーシアだった。
私が散々扱き下ろし、罵倒し、蔑んだ相手が私を助ける。
なぜだ? 私は恨まれているハズなのに。
直面した死への恐怖と、魔女の不可解な行動への疑問で、私の体は動くことを止め、その場にへたり込む。
「ダメですハルトさん! 殺しちゃダメです!」
「アーシア、さん?」
「お願いです………私の為に、私なんかの為に、ハルトさんが誰かを傷つけるなんて、そんなのダメです……………」
泣いていた。
その魔女は、私を殺すなと、誰かを傷付けるなと、泣いていた。
「なんなんだ、お前らは……………」
◆◇◆◇◆◇◆
途中から、僕は意識がありながらも、無意識に行動していた。
アラガミ三人の力が流れ込んできて、体が凄く軽くなって……………それと、少しお腹が空いていて。
多分、アーシアさんが止めてくれなかったら、僕は目の前のこの人を殺してしまっていたのだろう。
アーシアさんが泣いている。
私なんかの為に人を傷付けるなと。その手を汚すなと。
「私なんか、なんてそんなこと言わないでよ、アーシアさん。そんなこと言われたら、僕が悲しくなっちゃう」
「ハルト、さん?」
僕の腕にすがり付いて泣いているアーシアさんの頭を撫でる。
周りに視線を配ると、隣の戦いは終わっていて、何故か木場先輩の姿が見えないし、小猫ちゃんとイリナさんの服がビリビリに破けている。
……………あとで兄ちゃんには説教だな。
「アーシアさんが、私なんかって自分を下卑したら、僕が怒った意味が無くなっちゃうじゃないか。まぁ、確かにやりすぎだったとは思うけどさ」
「………一つ、聞きたい」
座り込んでいたはずのゼノヴィアさんがいつのまにか立ち上がり、僕の方を見つめながら声をかけてきた。
「なに?」
「お前はどうして…………どうしてその女のためにそこまで怒れる? 情愛の深いグレモリー眷属ならまだしも、お前は人間じゃないか」
なんだ、そんなことか。
あまりに滑稽な質問に、ついつい笑みが溢れる。
「な、なにが可笑しい!」
「だって、あんまりにも愚問だったから」
「愚問だと?」
ああ、愚問だとも。
だって――――
「大切な友達を侮辱されて泣かされて、怒らない理由なんてある?」
「――――――」
だから怒った。だから戦った。
アーシアさんは大切な友達だ。
――――――僕の、一番大切な。