振り上げられた刃は恐らく、いや間違いなく、人間の俺では反応できない速度で振り下ろされて、俺を容易く両断することだろう。
死を、覚悟した。
無念も恨みも怒りも、何もかもを果たすことのできないまま、無力な自分にうちひしがれながら、自分は死ぬのだと。
だけど、それなのに……………
―――――フリードお兄ちゃん。
声が、聞こえた。
光が、見えた。
温もりを、感じた。
「な、なんだ、この光は! この、聖なる光は!?」
俺を両断せんと振り下ろされた刃は、しかし俺に届くことはなく、俺とコカビエルを隔てるように発生した光の幕に防がれてしまう。
ふと、右手に温もりを感じる。
きつく握りしめ、爪が食い込み、血が滲んだ右の拳を、暖かく、優しく包み込む温もり。
小さな手の感触が、しっかりと伝わってくる。
それにつられるようにゆっくりと、その場所へ目を向ける。
「……………うそ、だろ」
――――ううん、嘘じゃないよ、お兄ちゃん。
愛くるしい声で、もう聞けない声で、彼女が語りかけてくる。
彼女だけじゃない。
――――兄ちゃんは僕が守る!
――――へへ、兄ちゃんと一緒に戦うんだ!
――――大丈夫? お兄ちゃん。
――――痛いの痛いの、飛んでいけー。
「………お前ら……どうして……………」
どうして、ここに?
その言葉は、喉を詰まらせる感情によって、声にすることはできなかった。
――――お兄ちゃん、みんないるよ。みんなみんな、ちゃんとここにいるよ。
彼女が微笑む。
いつの間にか、気付かない内に心の支えとしていた笑顔で、彼女が微笑む。
「キャサリン………」
そっと、その名を呼ぶ。
ついぞ呼ぶことが出来なかったその名を、今、ここで。
すると彼女は、一度呆けた顔をした後、花咲くような笑顔を浮かべる。
――――やっと名前を呼んでくれたね! お兄ちゃん!
「なぜだ、何が起こっている! なぜ刃が通らぬ!」
コカビエルが声を荒らげて、何度も何度も、光の幕を剣で切りつける。
だが、それでも膜は斬れることなく、むしろその光を増していく。
――――行こう、お兄ちゃん。
キャサリンが手を引く。
「行くって、どこへ?」
問うと、横から赤毛の少年、ユージーンが飛び出してくる。
――――そりゃ、兄ちゃんがごめんなさいしなきゃいけない場所だよ!
「な……………」
驚きの余り、息を飲んだ。
なぜ、この子達がその事を……………。
――――私たちね、ずっと見てきたの。お兄ちゃんが私たちの結晶を取り込んだあの日から。
――――そして僕たちは見たんだ。兄ちゃんの中で、兄ちゃんの昔を。
膝から崩れ落ちる。
この子達にあれを知られるなど、あってはならないはずだったのに。
――――お兄ちゃん、悲しかったんだね。
「――――――ッ!」
項垂れる俺の頭を優しく抱き、囁く声がした。
――――辛かったんだね。
――――寂しかったんだな。
一人、また一人と、俺を抱き締めていく。
――――だからいつも、泣きながら笑って、
――――苦しみながら、歩き続けて、
――――悲しみながら、恨んで来たんだね。
溶かしていく。
司祭の威厳ある説教にも、聖女の慈愛の言葉にも、悪魔の甘い囁きにも、天使の清らかな歌声にも頑なで、溶けることを、自分を曝すことを否とした俺の心が、容易く溶かされていく。
頑丈にかけた心の錠が、一つずつ開いていく。
その度に、言葉が溢れ出す。
誰にも打ち明けたことのなかった、俺の
「誰かを傷つけるのが、苦しかった! 狂気で在り続けるのは、辛かった! この手を何度も何度も血に染めて、心が壊れそうな位に悲鳴を聞いて! 嗤って、狂って、錠を掛けて!
そうやって狂わなきゃ、やってられなかった!」
「何度も立ち止まろうと思った! 何度も投げ出しかけた! でも、その度に聞こえるんだ、殺したやつらの怨嗟の声が! 甦るんだ、聖剣への終わりの無い憎悪が!」
「この身が、血と憎しみにまみれたこの俺が、立ち止まれるわけ無いと、歩き続けなければと、そんな強迫観念にただただ突き動かされて、そうやって屍を重ねてきた!」
「ただ恨みを晴らすために、聖剣を壊す為だけに、そうやって生きてきた!
どんなに間違っていても、どんなに苦しくても、たとえ最期に地獄に墜ちても! それで願いが叶うのならと、それで目的が果たされるなら、それでも言いと、そう自分に言い聞かせてきた!」
「だけど出来なかった! 果たせなかった! 幾百もの屍で作った俺の道は、ただただ空虚な物だった、根本から間違ってたんだ!」
一度口を開いてしまえば、心のままに叫んでしまえば、もはや止まることなど出来なかった。
溢れてくる。自分すらも認識していなかった、自分自身の声が。
声が掠れるほどに叫んで叫んで、溜め込んでいた物を吐き出せば、その最後に残るものは、俺の心からの
「もう…………もう、嫌なんだ、誰かを傷つけるのは…………もう嫌なんだ、誰かを殺すのは!」
それは、どうしようもなく自分勝手で、救いようがなくて、それでも本心だから、誰かに伝えたくて。
「もう、誰も殺したくない……………俺は…………………………
叫んだ。魂の底から、身勝手な自分の願いを、高らかに。
――――うん、うん。頑張ったね、辛かったね。だけね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはきっと許されない。
「……………っ」
キャサリンの言葉が心に突き刺さる。分かってた筈なのに、覚悟していた筈なのに、痛くて、苦しい。
――――でもね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはそれでもやっぱり私の………ううん、私達のヒーローだから。
だから、と彼女は俺の手を引く。
――――行こう? あの歌が聞こえる場所へ。お兄ちゃんが、私達のヒーローが、誰かを守れる、あの場所へ。
歌が、聞こえる。
大嫌いで、なのになぜか安らぎを感じてしまう、清らかな歌が。
「ああ、行こう」
間に合わなくても、もはや償うことは不可能でも、それでも、この心に従って、俺は行こう。
この子達と共に。
◆◇◆◇◆◇◆
落ちた結晶を拾い上げ、きつく握りしめ、僕は涙する。
「皆………っ!」
怒り、悲しみ、後悔、罪悪感。
様々な感情が胸中を渦巻き、心がぐちゃぐちゃになって、ただひたすらに涙を流す。
「皆、すまない…………すまない!」
僕だけが生き延びてしまって。
僕だけが、平和な日常を享受してしまって。
そんな言葉が、口を衝いて零れてくる。
そっと、頬に触れる暖かな感触があった。
――――泣かないで。
――――謝らないで。
――――僕たちは君に、笑っていて欲しいんだから。
涙に濡れる顔を上げ、そしてその光景に目を疑う。
「どう……して……………」
問いかける。
――――君の声が聞こえたから。
――――君の悲しそうな声が。
僕の問いに、彼らはそう答える。
「みん、な」
――――ああ、そうだよ、僕たちだ。
――――久しぶり、祐斗。
光はいつしか人の形となり、僕の回りに降り立つ。
その姿を見た途端、言葉が溢れてくる。
ずっとずっと、抱いていた感情。笑顔の奥底でずっと燻っていた物。
「僕は、僕は君たちに、ずっと謝りたかった!」
「ずっと考えてた! 僕だけが生きてて良いのかって! 僕だけが幸せを享受して良いのかって!
ずっと疑問に思ってた! なんであの時、僕だけを逃がしたの!? なんで………なんで皆と一緒に居させてくれなかったの!?」
叫ぶように問いかける。
あの日、部長出会い、悪魔になったあの日から、抱き続けてきた思いを。
――――僕たちが、それを望んだから。
だけど帰ってきたのは、とても簡単な言葉だった。
――――君に生きていて欲しいと、笑っていて欲しいと、私たちが願ったから。
「なんで、僕なんかを!」
――――私たちは、君が大好きだから。
「……………っ」
――――君はいつも、僕たちを気にかけてくれた。
――――僕たちが笑顔で居られるように、いつも気を配ってくれた。
――――君がいたから、僕たちは明日を望むことができた。
――――君がいたから、私たちは夢を抱くことができた。
「だけど潰えた! 君達みたいに、大切な夢を持ってる人たちが死んで、何も持ってない僕だけが生き残った! 生き残らされた!」
――――それでも僕たちは、君に恩返しがしたかった。
「恩返し………? たったそれだけの為に、君達は命を!」
――――明日を望んで欲しかった。夢を抱いて欲しかった。
「明日……………夢……………」
そんなもの、抱いたことが無かった。
あの頃は、あの苦しい実験を耐えるのに精一杯で、悪魔になってからは、そんなこと許されないと、ひたすらに自分を虐め抜いた。
――――もういい、もういいんだよ。
――――いつまでも、
――――今の君には、やるべき事があるはずだから。
「やるべき、事……………」
視線を落とし、両手を見つめる。
何も握っていない、空っぽな両手。僕みたいに空っぽな。
でも、傷だらけだ。
剣を振り続けてできたマメや、悪魔や魔獣との戦いでできた傷。
――――その手にまだ何も持っていないなら、これから沢山持てるね。
誰かがポツリと、そう呟く。
目を閉じれば、色んな景色が浮かんでくる。
悲しかったこと、苦しかったこと、辛かったこと………………………。
そして、オカ研の皆と出会い、過ごしたあの日々。
――――祐斗、君は、なに?
「僕は、悪魔だ」
――――それだけ?
かぶりを振る。そんなわけない、と。
「僕は、悪魔だ。リアス・グレモリー様の眷属にして、最速の【
――――そっか。それなら君は、どうしたいの?
「守りたい。大切な皆を。大切なあの場所を」
――――うん。
「だから、ごめん。僕はもう、君たちの為には戦えない」
謝ると、彼らは気にするなと笑う。
――――ううん。それよりもありがとう。
――――僕たちの事を忘れないでいてくれて。
――――私達のために、泣いてくれて。
――――――ありがとう。
僕を囲んでいる皆の輝きが増していく。
――――君が、僕たちの大好きな君が道を見つけたのなら。
――――明日を望んで、夢を抱いたのなら。
――――私たちがその背中を押して上げる。
――――見守ってて上げる。
――――だから怖がらないで。
歌が聞こえてくる。彼らが歌う歌。
それは聖歌のようで、少し違って。
――――さぁ、歌おう。
――――僕たちの友の、門出だ。
――――歌おう。祝いを。
――――歌おう。道を照らす歌を。
彼らはいつしか光となり、一つの光球へと形を変える。
――――僕たちは一人じゃ聖剣を扱えなかった。
――――だけど、皆一緒なら、大丈夫。
光が、僕の中へと入ってくる。
祝福するように、闇を照らす光が。
「ああ、行こう、皆」
――――行こう。たとえ神がいなくても。
――――たとえ神が見ていなくても。
――――この歌が、光がある限り。
――――僕たちの心はいつだって。
「―――一つだ」
一層強い光が辺りを照らし、僕を包み込んだ。
そして、何かがカチリと、嵌まるような音がした。
◆◇◆◇◆◇◆
『相棒。あの【
至る………? どういう事だ?
『
その中でも、世界の流れに逆らう程の変化を見せたとき、
つまり、何が言いたいんだよ?
『―――あれは、紛れもなく禁じ手……………
バランス、ブレイク……………って、マジか!?
「すげぇ、すげぇぜ、木場の野郎!」
『む? ………ほう、それだけじゃ無いようだ』
あん?
『意識を集中してみろ。お前にも解るハズだ。お前も持っているのだからな』
俺も持っているって……………まさか!
『ああ、そのまさかだ! ははははは! あの小僧、至るだけでなく、発現までさせやがった!』
この感じ……………ああ、知っている。覚えている。
自分が目覚めたとき、そして部長が目覚めたとき、俺はこの感覚を味わった。
「そうか………木場のやつ、とうとう……………」
昂る感情を押さえ込みながら、俺は木場のところを見やる。
すると、木場の声が聞こえてくる。
「僕は、剣となる。大切な皆を、あの子を守れる、そんな剣に、騎士に、僕はなる!
だから応えてくれ! 僕のこの想いに、誓いに! 【
剣を作るべく木場が構えた両手から、それぞれの力が出てくる。
魔剣の闇と、聖剣の光。
その二つが折り重なり、束なり、組み合わさって、一つとなる。
そして彼の手には、一本の剣が握られていた。
禍々しいオーラと、神々しい輝きを纏う、美しい剣が。
「
剣を右手に握った木場が、左手を上にかざし、そして叫ぶ。
「皆、見ててくれ。これが僕の誓いだ。血の力だ!」
木場から赤い光が発せられ、辺りを照らす。
「邪悪を打ち払う力を! 血の力【
希望が、輝きを取り戻した瞬間だった。
今だ出てこない主人公。
ここまで出番の少ないオリ主がこれまでにいただろうかと考えるレベル。
※人物紹介の『木場祐斗』と『リアス・グレモリー』を更新しました。