『タベモノ、タベモノ、タベモノ…………オナカ、スイタァァァァアアア!!!』
半狂乱になりながら、ハルは俺達に襲いかかる。
いや、正しくは夕麻ちゃんに、だ。
俺の事を視界に入れつつも、なぜか素通りしていった。
「く、来るな、化け物め!」
夕麻ちゃんが光の槍を次々に連続で投げるが、その全てが退けられるか『喰われる』かのどちらかだ。
「なんで攻撃が当たらないの!? なんで、なんで喰われるの!?」
夕麻ちゃんが空を飛びながら攻撃する。
そしてハルが、人間とは思えないような身体能力を駆使して、空を跳ぶ。
ハル…………ハル…………、
「ハルッ!!」
気がつけば、俺は駆け出していた。逃げるためではない。ハルを、大事な弟分を止めるため。
ハルの身に何が起きているのかは判らない。でも、あのままじゃ駄目だって、なぜか理解できている。
「おいハル! お前いったいどうしちまったんだよ! ハルッ!」
呼び掛ける。爆ぜた地面から飛び散った石が体を掠め、皮膚が裂ける。
それでも俺は、ハルに手を伸ばす。
「ハル、どうしたんだよ! 何が起きてる!」
ハルの左手を掴み、こちらに引っ張る。
―――なんだこれ! ビクともしねぇ!
まるで石を引っ張っているような感覚だった。
その時、呼び掛けが届いたのか、ハルの動きが止まった。
そして、俺の方を向き、口を開く。
―――――ッ!!
『…………イッセー、ニイ……チャン?』
一瞬、喰われると思ってしまった自分を殴りたい。
目は血走り、息遣いも荒く、視線の焦点もあっていないようだけど、それでもハルは、俺の名前を呼んだ。
「ああ、そうだ、俺だ、イッセーだ! ハル、目を覚ませ! お前に今、何が起きてるんだ!?」
恐怖心なんか一切無かった。
ただただ、コイツを止めなければと言う思いしか、俺には無かった。
―――――だから。
―――――背後の動きに気付かなかった。
後ろから、強い衝撃を受けた。
続いて、口から水のような物が溢れる。
それを俺が血だと認識するより先に、膝の力が抜けて崩れ落ち、痛みを通り越した熱さが襲い来る。
俺の腹を貫いていたのは、先ほど夕麻ちゃんが持っていた、光の槍。
触れようとすると、槍はふっ、と消え去った。
ポッカリと開いた穴から吹き出る、赤い紅い、俺の血。
それが、地面と、ハルの体を汚していく。
「とんだ化け物の乱入があったのには驚いたけど、予定通りあなたを殺せて良かったわ。
ゴメンね? あなたが私たちに取って危険因子だったから、始末させてもらったわ。恨むなら、その身に
セイ…………なんだって?
よく判らない事をいって、彼女は俺を見下ろす。
意識が遠くなる。腹の痛みはもう無い。
俺、死ぬのかな? マジかよ…………人生半分にも満たない年齢で、ロクに親孝行もせず、しかもあんな状態のハルを残して、俺は死ぬのかよ…………。
ああ、明日の学校、どうなるのかな?
松田や元浜は驚くだろうか? 泣くのかな? いやまさか、あいつらに限って…………。
お袋、親父…………最後までどうしようもねぇスケベ馬鹿でゴメン。
あと、自室のエロ本が見つかるのもシャレになんねぇ。
そして、何より―――――。
『イッセー、ニイチャン? ドウシタノ? ネェ…………ねえ、イッセー兄ちゃん!」
―――――あんな泣きべそかいてるハルを置いて死ぬなんて…………。
なけなしの気力を振り絞って、俺はハルに手を伸ばす。その手は血に濡れて、紅く染まっている。
「ハル………お前はほんと、泣き虫だなぁ…………」
「イッセー兄ちゃん! なんで? ねえ、なんで!?」
「ゴメンなぁ、ハル。俺、もう…………」
「嫌だよ、兄ちゃん…………嫌だ、置いていかないで、僕を、ハルを置いていかないでよ、お兄ちゃん!!」
あぁ、懐かしいな、その呼び方も。
泣きじゃくるハルが俺の名を呼ぶなか、俺の意識は本格的に遠くなっていく。
そんな状態で俺の脳裏に浮かぶのは、一人の女の子。
紅い髪をした、年上の美人。
どうせ死ぬなら、あの人の胸で…………って、俺は最後の最後までいったい何を考えているんだろうか。
…………畜生、薄っぺらな人生だったなぁ…………生まれ変わるなら、俺は…………。
途切れる意識の瞬間、俺の得た情報は三つ。
一つは、泣き叫び、獣の咆哮をあげるハルの声。
二つ目は、先ほど浮かべた、紅い髪。
そして三つ目は、
「あなたね、私を呼んだのは」
そんな、女の子の声だった――――…………。
◆◇◆◇◆◇◆
―――――僕は今、どこにいるんだろう?
ここは真っ暗だ。何もない。
覚えているのは、デパートでエンカウントしてしまった姫島先輩から逃げるために鬼ごっこを繰り広げ、なんとか撒いたあと、水を飲んで空腹を紛らわすために、公園へ向かったところまで。
そこからの記憶は無い。
ただ一つ言えることは、
―――――お腹が、空いていない。
どころか、ここは暖かくて、心地よくて、全てを委ねてしまいそうになる。
そんな時、
『おいハル! お前いったいどうしちまったんだよ! ハルッ!』
イッセー兄ちゃんが必死に僕を呼び掛ける声が聞こえた。
そして、視界が明るくなっていき、一番最初に目には言ったのは、
『…………イッセー、ニイ……チャン?』
焦ったような表情をしたイッセー兄ちゃんが、僕の手を握っていた。
何があったのか聞いてくるけど、それは僕にも判らない。むしろ聞きたいくらいだ。
ふと、イッセー兄ちゃんの後ろに視線を向けるとそこには、黒い翼を生やした天野さんが。
天野さんはこちらを何とも言えないような目で見ていて、しかも中に浮かんでいる。
…………やっぱりUMAちゃんじゃないか。
混乱している頭が、そんな割りとどうでもいい事を考え付かせる。
そして、僕が今の状況を尋ねるために口を開いた瞬間―――。
イッセー兄ちゃんが、死んだ。
光の槍のような物で腹を貫かれ、沢山の、ほんとに沢山の血を流して、倒れた。
殺したのは目の前の天野さん。さっきら何か訳の判らない事を言っている。
僕は泣きながら、イッセー兄ちゃんにすがり付く。
嫌だよ、死なないでよ、イッセー兄ちゃん!
そんな僕に、兄ちゃんは優しく話しかける。
そして、
そして、
そして、
兄ちゃんの体から、力が完全に抜け落ちる。
一瞬だけ、紅い光と誰かの声が聞こえた気がしたけど、そんなことはどうでも良かった。
ただ一つ、僕がするべきは、
目の前の敵を、喰イ殺スッ!!
『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!』
だけど次の瞬間、僕の四肢は地面に縫い付けられた。
「悪いけど、複数人でかからせてもらうわ、得体の知れない化け物さん?」
目の前には、天野さんだった、やたら露出度の高い服を着た女の人。そして、もう三つの黒い翼を持つ人達。
その四人が、光の槍を手に、僕に歩み寄る。
しかし、
「ダメよ。彼はやらせないわ。彼が死んだら、朱乃が悲しむもの」
そんな四人の前に立ちはだかったのは、紅だった。
「あなたがなんでそんな姿になっているのかは判らないけれど、今はまだ深くは聞かないわ。今は、ね。
さて、堕天使達? よくも私たちの縄張りで好き勝手やってくれたわね。高くつくわよ?」
―――そして、超常同士の戦いが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
驚いたわ。
いきなり《王》である私が呼び出された事もだけど、なによりも転移したその先の光景に。
そこにいたのは、四人の堕天使と、
そして、異形の姿をして涙を流し叫んでいる、朱乃のお気に入り、神結悠斗くん。
私は彼を守らなければいけない。
朱乃が悲しむ姿はもう見たくないし、なにより、
「よくも私たちの縄張りで好き勝手やってくれたわね。高くつくわよ?」
この落とし前は、つけさせなくては―――――。
でも、流石に4対1は厳しいかしら? 困ったわ。
…………プロローグと若干違う気がしなくもないけど、気にしたら敗けだよね!
…………あ、違う? やっぱり?