BX-2 “PLATONIC LOVE”
【課長室】
課長レホスに唐突に課長室に呼び出された研究班班長のフィエスタは、いきなり愚痴を聞いていた。
なんでも軍からTeam R-TYPEへのクレームが来たらしい。
門前払いされずに、Team R-TYPE内での議題として上がるとは結構な圧力だったのだろうか。
ちなみに内容は、第一世代のバイド機の外見がパイロットの精神に悪影響を及ぼすとして、軍部からクレームが来た。
つまり「グロテスク過ぎるんだよ!乗る方の事を考えろ、ボケ!」と怒られたのだ。
「ってわけで、また頭の固い軍人さん達から訳の分からない文句がきてさー。見た目を改善しろってさぁ。
君の班って全員女性だったよね。一人くらいデザインできそうだからやってくれない?
後継機は認めない単発機だけど、第二世代Bシリーズの枠一つあげるから」
「はい、やります」
フィエスタは突然降って沸いた幸運に、何も聞かずに二つ返事で引き受ける。
レホスはこれ幸いと、資料を積んで渡してくる。
「じゃあよろしく。機体素材については此方で用意したの使ってよ。
今、ちょっとゾイドとかゲルとかあーゆー柔らか系のバイドの研究を進めたくてさぁ。
ということで、今回君たちの班にやってもらう機体コンセプトは柔軟素材実験機」
新規枠に釣られたフィエスタは、技術はもとより最優先任務がデザインと聞いて、
少し不安になったが、今更あとにもひけず、とりあえず資料を持って研究室に帰っていった。
***
フィエスタがレホスに半ば押し付けられた新規バイド装甲機の研究開発に着手して2週間。
すでに、機体の技術的な開発は終わりつつあり、微調整中である。
BX-2の型番を振られる事になっているこの機はレホスの方針により、バイド装甲を柔らかい素材で作ることになっている。
このためバイド装甲培養のための誘導体の選定、装甲素材による機体の技術的特性の付与、デザイン案などを同時進行している。
ちなみにバイド装甲機は波動砲、レーザーが装甲素材の影響を強く受けるため、現状では偶然性に任せている状況である。
まだ、バイド装甲機自体が分野として若いので波動砲、レーザーについては技術蓄積を行い、
各種専門にしている班が改良していくことになる。
話をフィエスタ班に戻して、BX-2はデザイン以外はほぼ確定している。
各種試験により柔軟な組織を形成させる誘導体はいくつか選定できた。
この中でBX-2に使えると判断したのは、反発力に優れるグミ状の装甲材と、さらに軟らかく流動性に優れる装甲材の二種である。
グミ状のものを芯部にして、その周囲を流動性のあるゲル状の装甲材で覆うことで、
敵の攻撃を取り込み、装甲自体を流動させて衝撃を逃がすことがデータ上は可能となった。
問題はその所為で、デザインに制約が掛かってしまったことだ。
なぜか、柔軟装甲材は半透明のピンク色だったのだ。
悩んだフィエスタは、半日考えた後に自分で考えても答えが出ないことを悟り、
2人の班員セリアとレベッカにすべてを任せることにした。そうすれば自分は趣味の妄想に没頭できる。
おそらく二人とも個性的で頭が少し残念な女性なので何とかなるだろうと、自分のことを棚にあげて思っていた。
下請けの下請けというあんまりな仕事を振り分けて、安心していたのもつかの間、
問題がでてきた。レベッカの美的センスは別格だったのだ。
今日も、いろいろな意味で美的センスの卓越したレベッカがデッサン案を持ってきた。
「レベッカ、あなたがどちらかと言えばフィーリングを大事にしていることは知っているけど、これはどうかと思うの」
そう言ったのはまだまともな方であるセリエだ。彼女は彼女であまりまともでもないが、
苦労人といった風が似合うのと、美的センスはまあ通常の範囲に収まる。
第二世代目バイド機のデザイン案と書かれた書類を提出してきたのは、美的感覚がまともでない方のレベッカ
そこに書かれているのはビビッドな色で彩色された機体の外形案。
お題の色のピンクをメインに、コックピットブロックやスラスターに紫、グリーンといった色がふんだんに使われている。
それらをまとめて置いたのは会議机の上、班長のフィエスタと班員のセリア、レベッカが卓を囲んでいた。
机の上には溢れんばかりのデザイン草案がばら撒かれている。
イラストとしては非常に上手いのだが、どう贔屓目にみてもTシャツのデザインにしか見えない。
鏡面仕上げの正八面体だったり、星型であったり、何のためにあるか分からない翼っぽいものがあったり…
「これは何。なんで私マンガイラストの原稿みてるの?」
「可愛いじゃない。それにセリア、案を出さずに否定しちゃだめよ」
ため息とともにセリエがそう毒を吐くので、妄想を一時打ち切って宥める。
個性は個性。引き出しきれば何かになるというのがフィエスタの信条である。
レベッカはコミュニケーションが圧倒的に間違っているが、裏表はあまり無く額面どおりに言葉を取る。
こういう相手は褒めるに限る。フィエスタはニコニコしながらレベッカを撫でる。
こうしておけば彼女はフィエスタの邪魔をしないでご機嫌でいてくれる。
「フィエスタが可愛いって言ってくれた。今度結婚してあげる」
「あらあら、嬉しい」
「もう何、この人達……」
無表情のレベッカとニコニコしているフィエスタを見て、ため息をつくセリアだった。
セリアは二人を無視して原稿を手に取っている。
とりあえず、最低限任務に支障の無い形状のものを選定してゆく。
一時選定が終わった辺りで、レベッカとフィエスタが此方の世界に戻ってくる。
フィエスタが一つの原稿に目を止める。
「あら、これ……」
「げ…何そのハート型」
「これが良いわ。これにしましょう」
「はい? 班長何言ってるんですか? ハート型のR機とか」
「それは私の自信作」
フィエスタが握り締めているのは、ピンクの機体で、上からみるとハート型をしている素案だ。
しかも濃いラインが機体上を走り回り、ひび割れているようだ。
セリアの感性からするとすごく、趣味が悪い。
が、それを見たフィエスタの感性に火がついてしまったようだ。
「これにのってプロポーズを」とか、「愛を感じたバイドが…」とか、
フィエスタの口からはおかしな単語が出てくる。
完全に自分の世界に入っているフィエスタと、無表情ながら(たぶん)満足げなレベッカ。
このなかでは、異端は自分なのだと思い知り、セリアはため息をついた。
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【課長室】
デスクに座る男は、ストライプのワイシャツにブラックのスラックス。
しかし、白衣はそろそろ裾がほつれかけているし、サンダルは底が擦り切れてしまっている。
「失礼します。レホス課長」
「ああ、君か。BX-2の事?」
「はい、書類が出来たのでもってきました。」
レホスはデータの入った記録媒体を端末に読ませると、
出てきた文章とデータの羅列を読み進めていく。
意外と几帳面で隅から隅まで目をと通し始める。
黙って書類を読むレホスに対して、フィエスタがしゃべり出す。
「この形状のモチーフは愛です。この機体は戦場に愛を伝道しようと彷徨うのです。その途中で彼女は、先に出征し戦場で心を磨耗していたR-9に出会います。彼女は擦り切れそうなR-9について献身的に面倒を見ます。R-9は彼女の純粋さがまぶし過ぎて、自分が汚れているように見えるので邪険にしますが、それでもかまってくれる彼女に次第に心を引かれていきます。しかしそこは戦場、出撃毎に味方がどんどん減っていき、ついに二人っきりになってしまいます。R-9はこう思います。彼女を失うのは耐えられない、と。それならばと、R-9は彼女に黙って次の単独突入任務に志願してしまいます。当日にそのことを知った彼女はR-9を見送ることしか出来ません。悲嘆にくれる彼女ですが基地の人を守るのはもう自分しかいないと、気丈にも立ち直ります。それから暫くして彼女にも単独突入の命令が下るのです。その命令を聞いた彼女は先に発ったR-9が失敗したと悟り、失意の中で彼女は単機バイドの巣に乗り込みます。彼女はバイドを蹴散らしながら進みますが、一体の小型バイドがどうしても振り切れません。遮二無二追従して来るバイドを討つために、バイドの巣の最奥で戦うことにします。肉欲を我慢できず彼女に向ってくるバイド。しかし、彼女は愛を忘れた哀れなバイドに純粋な愛を教えようと、正面から挑みます。敵の猛攻をフォースで弾きながら、彼女はラヴサイン波動砲でそのバイドのコアを撃ち抜きます。バイドは、最後に戦った相手が彼女であることに気付き、止めてくれた事に感謝しながら爆発します。彼女は最後の瞬間爆風の中にあのR-9の姿を見つけて…」
「資料読み終わったけど、そちらの話は終わった?」
「はい、これから第二部に続くところです」
「その話、支離滅裂だけど、機密も含まれてるから他所でしないようにね」
「大丈夫です。私は基本研究区画からでませんので」
大体を聞き流していたレホスが、ちょうどフィエスタの妄想話が終わったタイミングで顔を上げる。
そのまま、すべてをスルーしつつ質問に移る。
「で、技術的な話なんだけど、この波動砲は性能としてどうなのさぁ?」
「広域を制圧できる攻撃として、有効です」
「この軌道でぇ?」
「意外と役に立つと思います」
とても個性的なR機は、波動砲もとても個性的だった。
今回特筆すべき点でないので、それについてレホスは軽く流す。
そして、研究肝心の柔軟バイド素材装甲についての質問を投げかけた。
「装甲は? スペック上はデブリなんかの衝突に耐えられるようになっているけど」
「それに関しては今までとそれほど代わりませんね。
どの道コックピットブロックは剛体ですから、一定以上の力が掛かれば潰れます。
装甲の厚みに制限がある以上耐久度はそれほどは変わりません。中に伝わる衝撃は和らぎます」
「なんだぁ、低質量物体の衝突振動がカットされるだけか」
「でも低速時ならば、通常機体より衝撃に強いです」
「ふーん、まあ此方の要望はだいたい盛り込んであるから良いか」
そういいながら、レホスは製造許可をサインしてこの話を終わりにした。
BX-2プラトニックラヴ完成
***
【後日】
「ああ、フィエスタ君かぁ。はいこれBX-2の軍部からの評価書」
「あ、レホス課長。運用データもう来たんですか?今回はやけに早いですね」
「運用データというより、一緒に来た意見書を此方に回したかったんだろうねぇ」
はい、といって渡される意見書。フィエスタが読むとこんな事が書かれていた。
第二世代のバイド装甲テスト機についてTeam R-TYPEとして対応を行ったことについては考慮するが、
現場の意見としてBX-2の外見及び武装は、搭乗パイロット及びその寮機パイロットの戦意を甚だ低下させるという結論が出ている。
これらのことから鑑みて、地球軍としてはR機の外見の正常化を求める。
ここでいう正常な外見とはR-9及びその派生機のうちR-13BまでのR機を指す。
機体の特性上、確実にそれが不可能であるならば、第一世代バイド装甲機に類似した外見もやむを得ないものとする。
なお……
その意見書には要約すると、
「俺たちが悪かった。第一世代のバイド装甲機のデザインでいいからアレはやめてくれ」
であった。
フィエスタが「可愛いのになんで!?」などと言って、憤然とした表情になったが、
それはそれで妄想が膨らむので、それ以上それに突っ込むことは無かった。
「さて、軍部もこれで少しは黙るだろうし、横槍を入れられずに開発に励めるねぇ」
レホスは二マリと笑って、そう嘯いた。