なお、システムβ君は作者に忘れられていたため終盤になりましたが、αとγはすでに書いてあります
時期はバイド機開発初期から中期に移ろうとしていた頃。
初期型のバイド機が出そろい、Team R-TYPEの研究員達は開発研究の新たな地平(バイド機地獄)を臨み沸き立ち、軍人達は「近年開発されたR機リスト」と言う名の新規バイドカタログに驚愕していた。
定例で開催されている軍と関連組織での兵器開発会議に軍の技術者の一人としてリュンターは出席していた。
会議では新規兵器開発計画が立ち上がったことなどの連絡があり、会議自体はつつがなく終わった。
こういった会議の後に開かれるのが、会議出席者達による情報交換である。大体において会議そのものよりも情報交換の方が重要となる。社交もあるのだが、会議で話される情報は確定情報か、ある程度の確度が保証された予測である。そのような情報は別ルートで伝わるので、生の情報こそ重要になるからだ。リュンターは会議出席者のTeam R-TYPEの課長を捕まえ、会議では話せない私的な戦況判断などの情報を話してみたが、この細身の上級研究者は新規R機の開発資料を見せてくれた。これは軍事機密であって話のネタに見せてはいけない物なのではないかな。と思いながら軍事担当者はそれを拝見した。それを読み進めたリュンターはIQが下がる様な奇妙な感覚*1を覚えて、コメントした。
「どうして頭のネジ投げ捨てちゃったの? 自重しよ?」
「研究開発において、自分で制限を掛けることほど馬鹿馬鹿しいことはないのですが」
「急に真面目にならなくていいから。ちゃんとネジ拾ってきて」
「それは今あなたに必要なのでは」
この研究者の指摘はおそらく第三者から見たら至極まっとうなのだろうが、原因である開発書の出所であるだけに少し腹が立つ。
要旨にバイドらしい見た目とか、邪悪さとか書いてあればだれでもそう思うだろう。先制攻撃が強すぎる。
リュンターはそれでも冷静になれと頭の中で何度も唱えて、情報を読み取ろうと努力をする。情報こそが前線の兵士達の命綱となるのだから。無理矢理方向修正をして、疑問点を質問する。正直、要旨以上に意味不明過ぎて地球の言語で書かれているのか不安になってきた。
いやが上にも目が止まるのは画像データだった。他の系統の様に何かに変じた生体組織のようなものではなく、正しくバイドといった形状だった。
「この装甲素材なのだが、私にはこれがバイドそのものに見えるのだが」
「昔の基準で言えばバイド組織でしょうね。これはバイド素子を制御下に置いた状態にありますので、現在のGBM基準ではバイド素材という扱いになります」
「しかし、高バイド係数素材を保管するリスクがあるだろう」
「そうですね。取り扱いに慎重は要しますが、フォースの時点でバイド素子を用いていますし、問題は無いかと思っています」
耐バイド素子作業服も用意しています。とにこやかに述べたこの研究者をリュンターは狂人認定した。ちなみにフォースの場合は、中心部のバイド素子に接触する前に周囲の高エネルギー場によって人間だろうがなんだろうが蒸発するし、要塞の隔壁などにぶつけても中心部はその斥力によってほぼ接触しないので、危険には変わりないが、バイド汚染の拡散という意味ではあまり問題にならない。
「装甲保管法も考えなければなりませんね」
「確かに運用上の問題点ですね。基地はともかく各艦隊に我々の研究設備と同じだけのセーフティを設けるわけにはいけませんから。しかし……」
「何か対策が?」
「いえ、このB-1D2ではありませんが、別の系統ではご心配も解消されるかも知れませんね」
「バイド汚染の心配の無い系統があるのならば、そちらに一本化するべきなのではないか?」
「いえ、バイド係数は同程度にあるのですが、なんとB-1B系統においては装甲を回復させることが実証されています。それを発展させれば予備装甲が必要なくなるかも知れませんね」
「勝手に回復ってそれはもうバイドそのものなのでは*2」
「いえ、むしろバイドそのものを目指している系統こそ、このB-1D系統機なのです」
「……*3」
理解できない理念への薄ら寒い恐怖がリュンターの背筋を撫でた後、全く理性的ではないのだが心の奥底から殺意がわき上がり、こいつを今射殺した方が人類のためなのではないだろうかと、思考がそれる。
手が腰のホルダーに伸びかけたところで、それを鉄の意志でねじ伏せる。
なお、理性と勇気を絞り出して、資料を読み進める。資料は完成予想図の全体スケッチだが、本来はスモークでみえないコックピット(らしきもの)に人影が書かれているが、どう考えてもパイロットが捕食されて内部にとらわれているようにしか見えない。一応コックピットブロックは既存R機のものを使用していると記載があるが、最早気にするべき部分はそれではない。
その造形だ。
前身であるB-1Dも大概であったが、噂ではあれは鹵獲機であると聞いているため、まだ分かる。……いや、やっぱりそれを再生産してパイロットを乗せるのは分からない。などと、自分の思考に突っ込みをいれながら、考える。それはバイドそのものであった。通常バイドはこれといった外見は無いが、肉感や機械など感覚的だが嫌悪感を抱く形状をしている。故意でないにしても配慮が必要なのではないだろうか。パイロットの精神衛生の上でもだが、これでは誤射されかねない。パイロット達は味方R機がバイド汚染された場合を想定して、バイド係数などの複数の条件が揃えばIFFが反応していても撃墜できるよう訓練されている。
思考がぐちゃぐちゃになりながらも研究者に質問をする。
「君ら開発最前線の事はあまり詳しくないが、この外見はバイド的過ぎないか」
「お解りになりますか!」
「なぜ嬉しそうなのか知りたくも無いが、これだとおそらく味方に撃墜されるのだが」
「実は今までもバイド装甲機ではそういった事例があるのです」
「だろうな」
「そこで! このB-1D2”BYDO SYSTEMβ”はバイドの持つ邪悪さを隠す方向ではなく、押し出す事となりました」
「……私では、君たちTeam R-TYPEの思考回路をシミュレートするには脳容量が足りないようだ*4」
リュンターは気のせいでもなく、本格的に頭が痛くなってきた。
しかし、目の前の男は楽しそうに話し続け、機体後部から発射される主砲だとか、眼球状組織を用いたミサイルの様なナニカの話を怒涛の如く話し、いつの間にか消えていた。リュンターが我に返ったのは清掃担当の兵に声を掛けられてからだった。会議の復命書を作るのは明日にしようと、資料類を基地のロッカーに追いやり、リュンターは自宅に直帰した。
その日の夜は夢*5でうなされた。
注釈は彼の心象風景です