Team R-TYPE研究区画の会議室。白衣を着た研究者達が卓を囲んでいる。端末と資料を大量に持ち込み第5世代バイド装甲機の検討を行っていた。
そろそろ中年に差し掛かるくらいの不摂生そうな男性、ローランがおもむろに仁王立ちして話し出す。
「バイド中枢へたどり着いても、バイド化させられて送り返されるならば、バイドの皮をかぶって突っ込めば良いと言ったな。あれは嘘だ」
明らかに突っ込んで欲しそうな気配を感じて、他の研究者達は目配せする。ウザ絡みされそうで嫌だったが、視線での押し付け合いに負けた一人が、渋々突っ込みをいれる。
「バイド素子を持ったR機を誤認してくれないと、ラストダンス作戦を大幅修正しないといけないんだけど、理論間違ってました?」
「いや、正確には理論は間違っていないけど、手段が不足していた」
じゃあ、初めからそう言えと誰も口に出さなかったのは優しさではなく、面倒だからだ。この男は自分に酔うと絡み始める。まあ、好きなことに対して早口になりがちなのはほぼ全員自覚があったので、あまり強くは言えない。BX-4アーヴァンクの機体ではなく手段で失敗しているとは由々しき問題である。皆が目線でローランに続きを促す。
「突入作戦とあってBX-4の操縦系に適性が高いパイロットを選別したんだけどさ」
「いや、あれって一応バイド装甲機だけど汎用ではあるだろ。神経接続で過敏感反応落とす奴はいるけど。というかなんでパイロット選別してんの? 無選別で飛ばせよ、データ狂うだろ」
「データ取る上ではそうなんだけど、軍部から、突入作戦なのだから、試験成績の良い者だけ選りすぐれって、茶々を入れられてさ」
そう言ってアーヴァンクでの突入作戦を実施した際のデータ群を端末に表示させる。それぞれの端末で読み込む開発班。第4世代機であるBX-4アーヴァンクはその試験機的性質から、大量生産はされていない。というよりは目指すべき究極互換機の背が見えてきた今となっては他のすべてはデータ取得用となっていた。それを確認した全員がワイワイとデータを読みながら言い始める。
「なんか、突破率低くない?」
「大型バイドで撃破されてるのがちらほらと」
「そもそも、1機もバイド中枢に到達してないじゃないか」
「それなんだよ。実はさパイロットからすると武装がちょっと癖あるらしくて、被験者の性格が慎重というか臆病な方が、試験成績高く出るんだよね。で、それが採用されたから」
「ああ、スケイル波動砲で一々雑魚を一掃してから進軍するみたいなやり方ね」
「大型バイド相手やバイドが大量出現するエリアでは一点突破が戦術として有効なんだろうけど、性格的にここぞと言うときに乾坤一擲の勝負を選べない奴が多いらしくて」
全員が、あーあという顔をする。
突入作戦をテスト呼ばわりするTeam R-TYPEと、こんな生ものを従来通りの運用で飛ばす軍部、どちらが酷いかと言われると確実にTeam R-TYPEなのだが、そんな常識的なことはこの場では関係ない。
「BX-4の反省を踏まえて、この計画。はい、これ」
べしっと机の上に紙を叩き付ける。雑な手書きのメモには汚い字でB-5A“CLAW CLAW”と“ちょー攻撃的”とか書かれていた。もう筆跡からも名称からも落書きからも寝不足感がでていた。
「クロークローね」
「内容は全くわからないが、何がしたいかは解った」
男が開発方針データを全員の端末に送る。机の上の適当メモに対してある程度は作り込まれている。色々書いてあるが、要は一点、守勢に向いていたBX-4に対して攻勢に重点をこれでもかと置いたのが、このクロークローらしい。まあ、単機突入、一点突破はR機の華。まだまともな機体を開発していた頃からの伝統なので、軍部も受け入れやすいだろう。
「と、いうことでフォース、レーザー、波動砲、装甲全部総取っ替えしてB-5A"CLAW CLAW"開発します!」
***
「一か月ぶり5回目の中間開発会議を始める!」
ローランは更に不摂生が祟って血色が悪くなっているが、Team R-TYPEでは開発中は身体を壊すくらいでないと研究を極められ(楽しめ)ない、という悪しき風習があるので、誰も心配はしない。倒れたら別の研究者がお楽しみを継承するだけだ。今回はそれぞれの基礎研究を終えて形となりはじめて最初の会議だった。
「まず、装甲データ行きまーす。前々回問題視していたバイド組織の爪状器官はバイド素子の分布的に使いづらい上に強度がイマイチなので、色々試験した結果、牙状器官を利用することにシフトしましたー」
「クロー(牙)とは……」
「もうレーザークリスタルをクローって感じで調整始めちゃったんだけど、どうしてくれるの?」
「初手矛盾してくるのやめろや」
根本をひっくり返してきた装甲担当はあっけらかんと笑い、情報を提示してくる。突っ込みはあったものの、データを見れば全員仕方ないなと思える数字だった。クロークロー(牙状装甲)というすでに良く解らない、何となくフィーリングで解るものといった具合の開発に対して、ローランはあまり問題にしなかった。それくらいで無いとこんな魔窟で正気は保てない。
「はい、次は波動砲」
「現状としては、ガンガン撃てる、打ち出しきりタイプで調整中です。バイド装甲機はフォースと装甲のバイド係数との相互影響で波動砲も変化するから、とりあえずエネルギーカップ容量に余裕は持たせてる」
「分かった。他と連絡して進めてくれ。要望は火力だ」
データ以前に、開発できる前提条件が揃っていないので、簡単な報告だけとなる。問題は無いらしいので、すぐに次の担当者に話を振るローラン。
「フォースは」
「スケイルフォースは見た目性能が気に入らなかったから、フォースのエネルギーが見える形に成形した。もちろんバイド係数は盛ってるぞ」
「このかぎ爪のは装甲材と同じ?」
「そう、装甲担当から貰った(奪った)のをロッドにした。フォースの破壊力って、最も高効率なのは接触し続ける事だろ。で、その機能を足していった結果こうなった。機体と物理接続が必要なく、暴走もしないアンカーフォースと言えば分かりやすいだろう」
「これはありだな。レーザーが想像しづらいけど」
「はいじゃあ、このままレーザー担当から。うちは爪状の装甲だとおもってたから、コントロールロッドにエネルギーを添わせて、鷲掴みするのを考えてた」
「そのままでいいんじゃない? 無理に牙に合わせなくても。レーザーなんて一種類は遊ぶもんだろ」
フォース担当は順調だが、レーザー担当は微妙に装甲担当のあおりを受けている様だった。このアンカーフォースの発想に近いフォース案は皆に気に入られた。アンカーフォース系統といえば狂犬と評されるほどの攻撃性の高いフォースだ。それに似ているのは上々だった。
***
「ところで機体のディティールどうするの」
「実は問題があってさ」
他のバイド装甲機は分割したバイド装甲を這わせる、弾力性のある装甲で覆う、もしくはコックピットブロックを取り込ませる形を用いてきた。素子に誘導体を加えて装甲を培養していたので、ある程度自由がきいたのだが、今回はバイドからその部位を切り出す形になるので、形状が自由にならない。同様の手法を用いたアーヴァンクはウロコ状装甲を重ねるというものなので、まだ、なんとかなったのだが。
「牙状器官じゃなあ。しかもR機サイズの装甲材にするなら大型バイドなんだよな」
「培養実績のあるバイドだと……ドプケラドプス?」
「コア体の方にある牙状組織を持ってくるか」
「ないなら作ればいいじゃないか。誘導体を与えて培養体を変質させるのは我々の十八番だ」
「よし、ちょっとバイド研究所行ってくる!」
狂気のバイド研究所やら、他のバイド装甲培養が得意な研究チームやらを巻き込んで、B-5Aクロークローが形を得ていく。
***
象牙色の機体の全面には攻撃性を表すように鉤「爪」状の牙状装甲が飛び出し、風防で囲われたコックピットやミサイル担架、推進部以外のほとんどはシームレスに装甲で覆われている。その意匠を受け継いだフォースだが、姿だけでなく性能も併せ持った物となっている。その波動砲も機体形状を模した様なエネルギーが飛び出してくるというものであり、レーザーについては爪状のものとそうでないものに分けてバランスを維持している。
先行して一機作られたテスト機B-5A"CLAW CLAW"。
それを防護ガラスの向こうから眺めている研究チームの面々。耐バイド素子防護服を着こんでいるので誰が誰だかわかりにくいが、中央にいる男ローランが、べそべそと泣きながら独り言ちた。
「昔、バイド研に勤めてた頃の夢。バイドの有効利用が形になって、もうほんと感無量! 誰に何と言われようと俺のR機はクロークローだけだからああぁぁぁ」
B-5A"CLAW CLAW"はバイドらしい造形をした最後の機体となった。数多のバイド装甲機の成果は後の機体に吸収されたが、最終的にR-9A"ARROW HEAD"に先祖返りしていくこととなる。