B-3A“MISTY LADY”
時刻は地球標準時で昼下がり。と言っても研究施設内部は常に一定の明かりが点っている。
太陽がほど遠いこの研究施設では、施設は常に太陽方向を向いているので、月日の管理はデータ上のものだ。
それでも、一般的には地球標準時に合わせて、仕事の真っ最中にあたる時間ではあるが、
この研究室では紅茶が供され、和やかなティータイムとなっていた。
抽出粉末やティーバッグではなく、宇宙では見なくなって久しいティーポットの中に茶葉が踊っている。
砂時計が落ちきると、暖められたカップに紅茶が注ぎ込まれ、男ばかりの茶会が始まった。
「また、上が新しい発想を?」
「バイド装甲機だったか。あれは装甲性能だけではないということか?」
「そう、第三世代機にはそれが求められている」
発言順にデステム、プエブロ、ドンである。
平均年齢は50後半で、開発班の中では最も高齢のグループだ。
特にひらめきを重んじる風潮の強い、バイド機の開発に挑戦する班のなか断突だ。
実際、現在のTeam R-TYPEの中でも古老と言ってよい面子だが、
出世はいらないから現場に、と拘って今でも末端の研究班に籍を置いている面々だ。
彼らも彼らで変人なので、例えかつての部下や後輩に命令される立場になろうと、
研究さえできれば全ては問題ないと言い切っていた。
デステムは頭の薄くなった長身の男で、低い声と鷲鼻が特徴的。
プエブロは、しわがれ声の老教授といった風情をした白髪初老の研究者だ。
班長のドンは痩身中背の男で、白髪交じりの茶髪。ちなみに本名は誰も知らない。
紅茶を飲みながら静かに話す三人。
研究室の外からは喧騒―たまに破壊音―が聞こえるが、室内は静かだ。
ドンは開発方針を詰めることから始める。
「若者の役割はその溢れんばかりの活力で、開発を進めることだが、我々にはちとキツイ。
レホス課長の意図がどこにあるか。それこそが我々が考え開発すべきものだ。
お前はどう思う?レホスの教師だったプエブロ」
「ふむ。アレは学生の時分から自分の趣味や興味を優先するところがあったが、それを直して出世した。
少なくとも今更興味だけで、このお祭り騒ぎを助長しているとは思えんな」
「興味だけではない。バイド機の開発によって何か得る物があると?」
少し前から新たな発想の機体、バイド機、バイド装甲機、Bシリーズなどと呼ばれる機体群の開発が急ピッチで進められている。
それこそ、若者―3人は40歳以下をそう呼んでいる―達の間で、開発枠の争奪戦になるほどだ。
今まで、三人の老博士達はこの研究班では静観してきたが、話題としては知っていた。
「レホスの出したレポートにヒントがあるのではないかな。
あのB-1Dは恐らくレホスの作ったものではないだろう。遊びが多すぎる。アレの趣味ではないのだから」
プエブロのかつてレホスを教えた記憶からすると、彼はギリギリ手が届くものを見いだすプロなのだ。
その時の技術で「絶対に無理」と言われていたものも、レホスができると言って手を出せば、実際にできてしまう。
若手の頃は、R機の事ならなんでも作り上げる天才研究員として名を成したが、
プエブロはそれが、できるかどうか彼なりの嗅覚で、できると判断したからこそやったことであるし、
できないと判断したらおそらく手をださなかっただろうと知っている。
そうした嗅覚をもって、バランスが崩壊しないギリギリまで攻めたものを作り上げるのだ。
もっとも、それを天才というのかもしれないが。
「プエブロが言うならばそうなのだろうが、レホス課長ならば喜んでおかしな機能を付けそうだが……」
「いや、デステム、それだけで課長職にはなれんさ。
レホス課長が今まで関わった機体を見ると、一応発想こそ奇抜だが、洗練すれば発展可能な技術だ。
課長は根っからの研究者のようなので、改良は余り重きを置いていて居ないが」
「B-1Dが彼の作ったものではないなら、どこかから手に入れたものだろうな。
おそらく、‘バイド機’ではなく、‘バイド’なのだろうが、
所内で出所すら明かせないほどのものを公開してくるとは。本気だな」
三人の目の前のディスプレイにはレホスの書いたB-1Dの設計企画書が映っている。
その横には膨大なバイドのデータ。
ドンはそれを全て消して、新たな文面を呼び出す。
表紙には「バイド素子添加プロジェクト」と銘打たれている。
それを見ながら、ドンが独り言のように言う。
「今、若者たちは自分の思いついたアイデアを開発することにご執心だが、我々はそうじゃない。
我々の年老いた者の役目はそれで何が出来るかを示すことだ。最強の機体を作ることじゃない」
「若者はオモチャを与えられれば、直ぐに飛びつきたがるからの」
「若いものが手数で勝負するなら、我々は少し頭を捻って考えるか。
確かに上層部の者たちの考えは、若者には読めんな。我々の考えるのはそこだろう。ドン?」
「若い者達は、反応の鋭敏性、防御性能、攻撃性など、所謂バイドらしさに拘っているようだが、そこは余技だろう」
「バイド素子はどのような可能性を秘めていて、どのように技術として転化できるか。だな。
レホスも大人になった。おそらく参加したい気持ちもあるのだろうが、抑えて起爆剤の投下に留めておる」
雑談のような会話を続けながら、開発の方針を次第に固めていく三人。
データを次々に立ち上げながら、プロジェクトの構想に添って計画を立てていく。
昼過ぎから続いた打合せは、夕刻に差し掛かった時点で一時休止となった。
そして、彼らは仕事の話を切り上げて、食堂に向っていった。
が、周囲から見た彼らは終了時間中に長々とティータイムを楽しんだ挙句に、
そのまま食事に向かうと言う、完全無欠のサボりに見えるのだった。
***
午前の始業時間開始とともに、三人が研究室に入り、打合せを始める。
多くのTeam R-TYPEの面々は、基地内に設定された就業時間など守らない―主に超過勤務という意味で―のだが、
この研究室では奇跡的に機能しているようだった。外から見ると他の研究室と同様であるが。
「今日の打合せを始める。ではまず昨日の夜の確認から。バイド装甲と通常装甲の相違点は?プエブロ、デステム」
「常に活動している点かの」
「常時発現型の機能として有用なもの…それは攻撃には向かず、防御機能になる」
「ああ、しかし、バリアはフォースとビット以上に有用な物はつくれん。
ここまでが、昨日の内容だが、私が考えたのはサポート機能を付与することだ」
「しかしドン、単機突入機にそれは必要か?」
「デステム、必要かどうかではない。出来るかできないかだ」
「班長の言うと居りだの。
このプロジェクトの真の目的は最強や有用な機体を作ることではないようだから、
出来うる技術を余さず実現することに意義があるのではないかな」
「プエブロのいうとおりだ、だから私はこれを提案する」
ドンが草稿をプエブロとデステムの端末に送信する。
すでに打ち合わせはすべて終わったとばかりに、淡々と端末を操作して草案を見る二人。
草案が出来上がれば概要を流し読みして、確認を行う。
そして、すぐに面白そうに目が細めて、直ぐに関連技術の論文を検索し始める。
しばらく無言の時間が続いた後、代表したようにデステムがそれを読み上げた。
「霧状防護膜実験機。そうか、装甲そのものではなく代謝物に目を向けるということか」
「これはこれは、班長も面白い物を考えるの。物理防御性能ではなく、煙幕のような物で被弾率を下げると」
「第二世代実験機は柔軟な装甲を追求したもの。しかし、性能は今ひとつだ。
では装甲そのものの物理耐性ではなく、装甲の意義を変える機体を考えてみた」
「ふむ、そもそもあのプラトニックラヴの発想もレホスの息が掛かっていそうだの」
一見、穏やかに談笑しているようで、会話自体は非常に物騒だった。
バイドの能力を如何に制御できる形で引きずり出すか。そんなことを笑いながら話し合う。
明らかに外見と会話の内容が合致していないが、Team R-TYPEとしては正常だった。
「そう、ただ他の技術で代用が効くものを作っても意味が無い。
いかにバイド由来の特殊性能を引き出せるかが、このプロジェクトのミソだ」
「では、我々の午後の仕事は考えうる特殊性能と、その材質を探ることか。……誘導体についてプエブロ何か案は?」
「我々は今までバイド機には携わっていないから、今すぐには出んの。
しかし、我々に情報提供を申し出ている者がおる。しかも、彼らは自分が宝を我々に進呈しているのに気がついていない様子だ」
プエブロが皮肉気な笑みを浮かべながら、関連論文を引っ張ってくる。
他の研究班―彼らの言葉で言うと若者―がまとめた、素子培養の失敗実験をあげた論文である。
それを見て、三人は共犯者の笑みを浮かべる。
「プエブロの言うとおりだ。情報提供者はいっぱいいるらしいな。なんとももったいない、若者達はこの宝の山には興味が無いらしいぞ」
「彼らの開発思想と我々の開発思想は多少違うからな。同じ見方をするなら我々がいる意味が無い」
「せっかく、パーティーの準備をしてもらったのだから、招待を受けるのが紳士というものだの」
デステムが大仰に肩をすくめて、演技がかった口調で言うと、ドンとプエブロが苦笑しながら、続けて皮肉を言う。
他の開発班が失敗と判断したデータから、候補を拾い上げてゆく。
物理耐性が低くても、特異な反応を見せるものが集められる。
やがて、三人の老研究者達はそれぞれの実験の用意を始めた。
***
【第一種バイド実験設備】
実験区画では、バイド機の研究を行う研究者用に、特別区画が設けられている。
‘バイド性廃棄物処理にについて、緊急用の固定式波動砲の使用を禁止します―施設課’
と書かれた張り紙が入り口にはしてある。
バイド機開発ブームもあって、区画は全て埋まっており、活気がある。
その中の1つの区画に、防護服に身を包んだ3人の老博士達がいた。
防護服は分厚いが、間接部にサポートモーターが付いているので、力の弱いものにも動かせる。
「これはどうだろう。ドン」
「霧状防護膜試作No.26か。これはなかなか拾い物かも知れんな」
「ああ、物理耐性は皆無だが、この情報遮断する性質はいい」
正面のシリンダーの中にはR機のコックピットブロックに装着されたバイド装甲があるはずだが、
真っ白に煙っていて何も見えない。
ついでに、その煙幕はレーダーやその他の実験機器の探査をことごとく無効化しているので、
三人は旧式の赤外線探知型のサーモグラフィーを引っ張り出して観察している。
が、画像が荒く、データ精度にも難があるため、実験は難しいものとなっている。
「煙幕の発生濃度も比較的良好だの。あと波動砲との親和性もある」
「それは重要だな。何せ波動砲を撃つたびに丸裸になっては意味が無い」
「ただ、余りにも波動砲が非力だ」
「そうだな、ドン。装甲維持にエネルギーが必要だから波動砲が非力だが、もし威力がたりないならば補えば良い」
「もしかしてデステム。あの失敗作の酸性ガスを添加するとな?」
「ふむ、単体では役立たずだが、ありだな。やってみよう」
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【課長室】
デスクには清潔感のあるワイシャツにグレーのスラックスをはいた部屋の主。
しかし、足元はサンダル―とうとう寿命が来てガムテープで補強されている―で、
メーカーものの上着の変わりに、数々のシミの付いた白衣を着ている。
「プエブロ教授の班のドン班長ですか。珍しいお客さんですねぇ」
「別に先週あったじゃないですか。レホス課長」
「まあ、定例会議があるから顔は合わせるけど、課長室にわざわざくるなんてねぇ」
「最近基礎研究が多かったですからね。企画書を提出しに着ました」
「企画書? 今は新しいR系統機は出してなかった気がしたけど……ん? B系統機?」
ドンの持ってきた記録媒体から企画書データを呼び起こしてみると、レホスが驚いた顔をした。
今までバイド素子添加プロジェクトには全くアクションを起こしてこなかったのだ。
目の前の男の班は、昔ながらのR機の開発に多く関わっており、レホスは所謂頭の固くなった老人かと思っていた。
その班から第三世代バイド装甲機とかかれた資料を見せられるとは思わなかったのだ。
「珍しいこともあったものですね。あなた方がバイド機の開発に参加するとは」
「なに、若者のやり方を見ていたら、ちいと助言したくなりましてな」
「助言?」
「上の意図を読んで開発するということですな」
「口で伝えればいいのでは?」
「それでは若者のためになりますまい」
「それで態度で示すために、これを?」
「ええ、もちろん中身は詰めてありますよ」
年上の相手だろうと、ほとんど態度を変えないレホスだが、
流石に自分の子供の頃からR機を開発している、目の前の科学者には、
最低限の敬意を払っており、無意識の内に口調が微妙に改まっている。
「このレーザーの仕様は?」
「指向性の問題ですな。機体形状から上方へ向けることは出来ません」
「もしかして波動砲もぉ?」
「波動エネルギーをスプレーに載せているので、どうしても指向性が付きますな」
「このジャミング性能は見所があるけれど、視界最悪では?」
「滅多なことでは姿をさらけ出さないのが淑女というものです。
眼球状肉腫を改良したレーダーを神経に直接接続しますので、そこまで問題ないでしょう」
何時もなら、機体性能を口実に追い返すが、相手が此方の手の内を読んでくるので対応に困るレホス。
少なくとも目の前にいる老人は、バイド機に戦闘能力が求められていないことを知っている。
「なんてパイロットに優しくない機体」
「あなたに言われたくは無いです。そもそもバイド機で勝つつもりは無いでしょう?」
「そこは、余り他所で言って欲しくないですねぇ」
「その辺りは心得ています」
「まぁ、集団戦法に向いた機体の研究と思えばぁ…何とかなるのか?」
「どうでしょう。実証するのは外の人間でしょう?」
「確かに。…まあ、技術革新は行っているから許可します。明日書類を上げるので正式開発はそれからにしてください」
ドンが後ろ向きのまま一言呟いた。
「そうそう、管理職はどっしり構えて指導するのが仕事です。説明が面倒だからと言って、
餌で釣って、部下を操縦しようと言うのはいけませんな。それでは」
ドンがTeam R-TYPEに似合わない挨拶をして部屋から出て行くと、
余裕のある表情をしていたレホスが、ため息をつく。
「……これだから、じいさん達の相手は苦手なんだ」
***
【試験格納庫内】
「AIによる仮想性能テストをみたかね?」
「ああ、あの劣化AI試験か。私は見ていないのだが」
「とうとう、あの試験でR-13系統を破ることが出来たようだの」
「まあ、あの試験は余技だし、AIもバイドを模したらしくて頭悪いからな」
今、ここで行われているのは新規機体の指標の一つとして行われる試験で、AIを搭載してR機同士の演習を行わせるのだ。
その昔、バイドが鹵獲できないころに考案された試験だが、バイドが培養可能になった今では、正直時代遅れの実験だ。
それでも続けられるのは、対外的にはバイドの培養が伏せられているので、一般に落とせるデータが必要だからだ。
今までの結果ではR-13ケルベロスの系統が最強系統となっていた。
これはひとえに誘導性の高いライトニング波動砲のおかげだ。
これは頭の悪いAIの思考ルーチンの影響が強く、本来性能を表さないとしてTeam R-TYPEから嫌われている。
「最強が最良とは限らないな」
ドンが紅茶を飲みながら、呟く。
「昔、戯れに話していたものだの。実用面における最良とは飛びぬけた性能ではなく、最高の汎用性だと」
「最良の機体か。是非に作ってみたいものだ」
「それは我々の仕事ではない。我々老人は筋道をつけるだけ。あとは若者の仕事だ」
「違いない」
その日、三人の紳士に一機の淑女を加えて、試験格納庫でお茶会が開かれた。
B-3A ミスティ・レディ開発完了。