R-99 “LAST DANCER”
宇宙基地に比べて地球の日差しは厳しくも柔らかい。
大気で減衰した光線が窓越しに届いている。
Team R-TYPEの本部である南半球第一宇宙基地にある研究部長室である。
そこで対話をしているのは部屋の主であるバイレシートと仕事で尋ねてきたレホスだった。
「……Bシリーズの総合評価としては、以上のようになっています」
「B-5D ダイヤモンドウェディングの成果も上がってきているわ」
「皆、価格に目を眩ませて、その他の部分に疑問を持たなかった様ですしねぇ」
「そうよ。そのために態々、ダイヤで装甲を作るなんて馬鹿な真似をしたのだから。
ダイヤなんて工業的には稀少でもない物なのに、装飾品企業のブランド戦術に惑わされるなんてね」
「そうですよねぇ。いくらダイヤが主原料だからって、R-9Kの720倍の価格なんてなるわけないのに、
こうも簡単に騙されてくれるとは、連合議員も人がよろしいようで」
「そうね。でもこの資金はちゃんとR-99の資材になってくれているから。
横領したわけでもないし、証拠だって挙がらないわ」
このBシリーズ(バイド装甲機)の第五世代、通称レアメタル機の開発過程で、
Team R-TYPEの会計担当や設備課主任をはじめにして、
前軍務大臣、エバーグリーン追悼事業に関わった人々が、
肉体的、精神的、社会的に次々に再起不能になっている。
今や政府や軍ではTeam R-TYPEの暴走を危惧し、その存在自体に疑問が投げかけられている。
いくら成果をあげるとはいえ、このままではTeam R-TYPEの存続に関わる事態だ。
それらを知ってなお楽しそうに笑うレホス。
対する開発部長も、余り深刻に考えてはいないようだ。
レホスの前に座る開発部長の手元には、バイド機成果についてと題されたレポート。
「この製作草案を提出します」
レホスが端末に呼び出したのは『機密』の赤字が表紙付いた文書。
常にセンサーに指紋を読ませていないと、
データにスクランブルがかかって読めなくなる最高機密文章仕様のデータだ。
開発部長は左手の親指をセンサーに読ませるとレポート文が浮かび上がる。
『究極互換機R-99仕様書(案)』
「理論的には実現可能ですが、技術面で少々手間取るかもしれません」
「いいわ。これを妥協するわけにもいかないし、Team R-TYPEの全力を出しなさい」
機密文を読み始めた技術部長に対して捕捉を入れるレホス。
いくつかの質疑応答があった後、開発部長が末端を手放す。
瞬間、文章にスクランブルが掛かり文字化けし、ロックがかかる。
「いいでしょう。少し詰めなければならない部分もあるけれど大筋はこれで行きましょう」
「ではいよいよ。究極互換機の開発ですね」
「ええ。Project Rも大詰めよ」
***
集団行動という概念があるかどうか怪しいTeam R-TYPEであるが、
この大会議室にはかなりの人数がひしめき合っている。
「課長に呼ばれて来たんだけど、お前何か聞いてる?」
「新機体の基礎研究のためって聞いたけど」
「レホス課長からオーダーでたぞ」
この会議室に集められているのは、Team R-TYPEの中でも下位に属するメンバーたちだ。
全員が集められることは余りないので、皆何があるのかと興味津々でざわめいていた。
そこに、書類一式をもって来た研究員が、会議室の全員に声を掛けた。
全員の視線がその研究員に集まる。
「えーと、R機に搭載可能な高出力主機の開発、及びそれに伴うラジエータの高性能化。
機体の高速化にともなうザイオング慣性制御システムの改良。機体制御系の強化…
その他仕様は資料を確認のこと。期限は4ヶ月とする、だってさ。全力のR機を開発するみたいだな」
その仕様に驚く研究員たち。
今までの研究開発はとても対バイド戦力として本気とは見えない、正に試験機体であったが、
この内容は、文面から“本気”が見え隠れしている。ただしその内容に順じて仕様は厳しいものだ。
研究員達は、喜びや期待を込めた目で我先にと仕様書に手を伸ばす。
すぐに皆読み始める。が、乾いた笑みを浮かべる者、見た事実を否定するかのように資料を閉じる者、
目蓋を揉んで目の前の文を疲れ目のせいにする者など反応は様々だった。
簡単に仕様書に目を通して、とりあえず全員が黙る。
「あの人、鬼か?」
「今更すぎる」
「主機のオーダーが、最低でカロンの1.8倍。しかも継続航行距離を見るに、燃費も向上させなきゃならない」
「しかも、“全長15m以下に収めるため、以下のサイズに収めること”……こんなサイズにできるのか?」
「問題は主機だけじゃないぞ。ザイオング慣性制御システムもどうにかしないと。
この条件だと、R-11S2ノーチェイサーの直角急制動かそれ以上の負荷が掛かるぞ」
「あの完成されたシステムを今更どう変えるっていうんだ…もうザイオング博士呼んで来い」
「ザイオング博士はとっくに死んでいるから、今出てきたらゾンビだな」
エンジンなどの内部機関を得意としている研究員たちがぼやく。
それだけでなく他の研究員たちも顔が引きつっている。
「ラジエータとサブ制御機構もタチ悪いぞ。何気に従来比2倍の効率を求められている」
「ラジエータ……いっそ液冷にするか?」
「デブリくずが吸気口に入っただけで、壊れるのでは」
「液の冷却効率を上げるために、機体全体が血管みたいな管に覆われてるんですね。分かります」
「ついでに、液冷だと重量制限に引っ掛ると思うぞ」
「これ、制御系どうすんだ。“汎用性強化のため高レベルの外科処置や現場への特殊機材の持込は禁止とする”」
「エンジェルパック禁止……と」
「特殊機材に入るか微妙だが、場合によっては試験管キャノピーの溶液も入る」
「そもそも試験管型って。精密制御性能は高いが、思考閾値の関係で即応性は微妙だぞ」
「ああ、でもセクシーダイナマイト2みたいなのは論外なんだろうな」
「手動はどう考えても無理だ。制御系‐脳での情報交換システムの根本的な技術革新が必要になる」
思いつく開発項目を挙げる若手達。
誰が合図するともなく沈黙が形成され、続いて、ハァというため息の大合唱が、会議室に響く。
皆、遠い目をしている。
長期にわたるデスマーチ(72時間働けますか?)が確定したためだ。
全員で見詰め合っても開発期限は待ってくれない。
無理やりまとめにはいる。
「とりあえず、最優先課題は主機の改良だ。3~4班体制でかかろう。
次に制御システムだが班分けにせずに、各班から人員をだそう。その方が多くの発想がでる。
冷却やその他の改良は2班ずつでいい。後は実験シミュレーションを行おう」
無言で肯定の意を示す研究員たち。
一応の体制が決定して、ゾンビを思わせる所作でのろのろと立ち上がる。
そのまま、各開発班の持ち部屋に吸い込まれていった。
***
究極互換機の開発令が発動して4ヶ月。
開発課長室では一人レホスの声が響いている。
ディスプレイには各班から持ち上がってきた研究報告が多数。
「もしもしー? 開発課長のレホスなんだけど。君の所の部長をお願いねぇ。
……あ、部長ですか。ええ、R-99の開発の件です。……順調です。
B-5Dの研究成果により装甲のバイド係数は0.02Bydo。すでに通常では検出不可能なレベルまで下りました。
……そうです。そのままでも使えますが、後のことを考えて更に係数制御を進めています。
他の内部機構については部下に研究させています。中間報告の様子からみるに、期限には間に合いそうです。
ええ……もちろん………そうですねぇ。それがなければ究極互換機になりませんから。
来月には武装の換装について研究に掛からせます。機体バランスの最終調整もありますから、
早く見積もっても、半年後ですね。え? 分かりました武装については一ヶ月繰り上げましょう。
はい。ではーおつかれさまです。」
受話器を戻すと、端末を叩くレホス。
複数あるディスプレイを交互に睨みながら。独り言をもらす。
「うん、どう見ても開発期間は縮まらないなぁ。どこか省ける箇所は…あ、ここでいいや」
受話器を再び持ち上げ、そのまま内線につなげると、まとめ役の部下の一人に命令を下す。
***
究極互換機が発令後定期的に開かれていた研究員会議の場。
再び会議室に集められた若手研究員達。
お茶の代わりに机に並べられているのはTeam R-TYPE印の栄養ドリンクだ。
一応、前回全ての開発案件が開発期限にすべり込んだのだが、
それを持ち込んだ次の日に、課長から新たな指令が下ったのだ。
「で? 課長から飛び込んできたオーダーはまた無茶振りなんだろう?」
4ヶ月間に渡って平均睡眠時間が2時間を切っていたため、
たった一日の休息で疲れが取れるわけもなく、全員が目の下にクマを作っている。
「そりゃあ…課長だからな」
「いままでのR機の武装を取り外し可能にしろって」
「外す? 波動砲コンダクタをか?」
「コンダクタだけじゃなくて、ミサイル、フォース、ビット全部を換装できるようにって」
「……念のため一応聞く。バイド装甲機のやつもか?」
「もちろん」
「ですよねー」
反論するだけ無駄だと思ったのか、みな反応が薄い。
あるいは、反応できるほど思考が回っていないのかもしれない。
「R-9DH系列の異常に巨大化したコンダクタと制御装置はどうする?」
「あれの開発は結構昔だから、今の技術で改良すれば小型化が見込める」
「TWやTPはコンダクタの形状が特殊なんだよな。あれも規格を統一しなきゃ」
「R-9/02のギガ波動砲はどうするの? あれは一種の完成形だから機体バランスとの調整が難しい」
「どうにかするしかない。それよりもBシリーズの波動砲どうするんだ?」
「とりあえず、バイド装甲を耐バイド素材で覆って直接接触しないようにして、ユニット換装できるようにするとか」
「簡単に言うなよ」
それでもなんとか方向性の筋道をつけると、ため息が続く。
「ミサイルはいいとして、ビットなんだが」
「バイド機の目玉ビットか? ダイダロスのシリーズのポットか?」
「いや、それは目処がたつんだけど……Leoのサイビットどうする?」
「波動エネルギーで活性化する自立砲台か。面倒な」
「たしかさあ、Leoシリーズってサイビットの制御機構が容積をとったから、
波動砲がスタンダードなんだろう。制御機構を小型化せにゃ」
「小型化、小型化、小型化……ああ、スモールラ○トが欲しい。」
「単純にスケールだけ小さくしたら、電子部品とかトンネル効果が起きて役立たずになるぞ」
フォース班の闇も深い。
「フォースって簡単に見えて、一番めんどうなのでは?」
「既存のフォースすべての互換性…。後期のフォースはバイド係数高すぎてなぁ」
「初期型のラウンドフォースとかも、逆にフォースロッドの機能が限定的過ぎて制御が難しい」
「Bシリーズのどうする? そもそもフォースロッドないぞ。アンカーフォースみたく有線にするか?」
「光学チェーンを何でもつけるのはやめろ、機体が汚染される。
……小型のフォースロッド射出機構をつけよう。無理やり言うことをきかせよう」
「暴走したら目も当てられないのだが」
「単独行動っていってもせいぜい一週間くらいだろ。その間持てばいいよ」
みな覇気がないが、意見交換だけはしっかり行う。
「あ、言い忘れたけど、今回は開発期限が1ヶ月早まって3ヶ月らしいよ」
「「「「「マジで!?」」」」」
悲鳴の大合唱が響き渡り、廊下に居た清掃員(被検体)までもびびらせた。
***
セキュリティレベルが高い試験室の奥にR機のシルエットがみえる。
対バイド拘束具もないので、ここ何年もかけて開発されてきたBシリーズではないようだ。
R機の進化は特化の歴史であった。
特殊化、専門化が繰り返されては、限界に突き当たり、
そのたびに画期的な技術革新とともに、基礎性能の向上を図り、新たなステージへと進む。
特化した機体は、形状を複雑に変化させ、場合によっては戦闘機という形状すらも破棄した。
そうして進化してきたRの系譜に反して、
その影は、流線型をしていて突起が少なく、より複雑に進化した後期のR期とは一線を画すものだった。
むしろ始まりのR機、R-9Aに近い。
そして、波動砲コンダクタが取り外されて、接続器だけが機体下部に見えている。
その部屋にいるのは二人、スーツ姿の中年女性と、薄汚れた白衣を着た長身の男。
開発部長のバイレシートと開発課長のレホスだった。
「完成ですね」
「完成ね。これでProject Rの完成がみえたわ」
「最強のR機を作る計画ですか。最強を求めた結果が最高の汎用性とは、中々な皮肉ですねぇ」
「R-99は最強足りえるのは、今までの98機があってこそよ」
「究極互換機R-99…ここにあるのはプロトタイプなのですが、各種試験は済ませてあります。
試験の後、軍がそれを寄越せと五月蝿くてですねぇ…実地はいつします?」
「一ヵ月後。Op.Last Danceに投入するわ」
「Op.Last Dance……R機の墓場ですね」
軍が威信を掛けて進めているラストダンス作戦であるが、
最初のR-9Aの突入以後、バイド中枢へ突入の成功例はない。
そのR-9Aすら、中枢破壊には至っておらず、公式にはロストとなっている。
「R-99の名前…どうしますぅ?」
「作戦名にあやかってR-99 “LAST DANCER”にしましょう」
「軍がよろこびそうですねぇ。……ラストになるといいのですが」
「Project Rとしてはまだ終わりにはできないわ」
薄く笑うレホスと真剣なまなざしのバイレシートは暫くその場に佇んでいた。
***
「報告が、終わった」
「うふふふふ。やっと寝れらるわ」
「これで、あの〆きり地獄から戻ってこれらたな」
死屍累々といった形容がぴったりと来る景色が会議室に出来上がっていた。
人数が少ないのは、ここにまで報告に来られずに、
成果をメールで送るだけしかできなかった者が、複数いたからだ。
なんとかここまで来れたものも、素人判断で分かるくらいには病人であった。
「入院は何人?」
「すでに復帰したのが3人、まだなのが4人。さっき倒れたのが2人」
「畜生。俺達が不眠で戦っているときに白衣の天使と遊んでいるとは、ケシカラン」
「いや、軍の病院だから白衣の天使(笑)しかいない。基本女医なんていないから」
「ざまぁ。まあ俺達も半病人だよな。途中から食事が面倒になって点滴で補ってたし」
たった今報告書を提出し仕事が終わった所であるが、
だれも打ち上げなどをしようと、いうものは居なかった。
そして、全員そのまま会議室の椅子や床で眠り始めてしまい。
件の清掃員が掃除に入り、死体かと思って悲鳴を上げるまで惰眠を貪っていた。
***
R-99 ラストダンサー完成。
その後、パイロットの習熟期間を経てOp.Last Danceに投入される。
一週間後、R-9Eミッドナイトアイの強行偵察によって目標巨大バイド反応の消失を確認。
更に1ヵ月後にR-99の残骸を発見。
残骸を回収して内部データを調査した結果、中枢の破壊に成功し作戦を完遂したことが確認される。
この成果を以って地球連合政府からOp.Last Dance終了が宣言される。
終わりません。
当時はR-99、R-100、R-101で終わらせる予定でしたが、
そのまま続くこととなりました。