R-13“CERBERUS”
・とあるオフィス
「みんな。わがウォーレリック社が新型コンペ枠を取ったぞ!」
20名強の人間の作業するオフィスに、自信に満ちた足取りで入ってきたのは、
社名の付いたジャケットを着たウォーレリック社の開発部長だった。
彼の姿を認めた部員達は口々に歓喜の声を上げる。
「本当ですか部長!」
「これでライバル企業を一歩リードできますね」
「R機本体の開発とは…燃えますね」
「WR社に移籍してよかった!」
宇宙関連企業が軒を連ねる月面都セレーネ近郊に広大な実験施設を持つ
軍事メーカー、ウォーレリック社の開発部だ。
軍事企業の中では比較的新しい企業ながら、人類の宇宙進出に合わせていち早く月に進出し、
そのフットワークの軽さから様々な兵器を開発提供してきた。
宇宙戦力の華、R機と大規模艦艇建造こそ守備範囲外であったが、
艦艇に関しては艤装を担当している部分も多く、特に携行用重火器や小型艦艇用火器はお手のものだった。
R機開発計画プロジェクトRが発令されたときもいち早く手を上げて、武装の開発に食い込んでいる。
今、勢いのある企業だ。
特にR-9Aに使われているバルカンは、連射性能に優れていて弾詰まりし難く信頼性が高いため、現場からも評価が高い。
艦艇艤装も艦首砲こそ造っていないが、自衛用バルカンから各種レーザーを担当している。
「ただ、我々はフォースについては素人なのでTeam R-TYPEと共同開発することになった」
「「「「え……」」」」
「軍としても、新型フォースと新型機を組み合わせてコンペしたいらしい。
まあ、軍はお得意様だし向こうの顔も立てておかなきゃならんしな」
開発部長としては、このコンペを機にR機の本体開発に食い込みたいというのが本心だ。
すでに軍との開発については十分な実績がある。
R機本体の生産技術についてはこれから勉強も必要であるが、
ヘッドハンティングなどで、他企業から多くの技術者を引き抜いているので、
ノウハウさえ取得できれば大きな問題ではない。
しかし、フォース研究は決定的に違う。
危険物質であるバイド素子を管理する関係上、フォースはTeam R-TYPEでしか開発環境がない。
これに関してはTeam R-TYPEに任せるしかないだろう。
R機丸ごとそのものの開発についてウォーレリック社は実績が無い。
フォースなどの美味しい部門をTeam R-TYPEに取られるのはやむを得ない。
むしろ、常に汚染の危険が付きまとうフォース開発を積極的に担当してもらおうと彼は考えていた。
***
特に開発に参加したいものを募ったところ、研究開発に携わってきた人間のほとんどが手を挙げた。
そのため、会議は打ち合わせ室ではなく、大きめの会議室で開催し、
ウォーレリック社きっての開発規模となっていた。
「さあ、みんな。わがウォーレリック社の新たな飛躍となるプロジェクトだ。
意見は惜しまずどんどん出して欲しい」
「本体については大筋R-9Aから改変しなくても良いのではないでしょうか」
「我々は本体構造に未熟です。開発期間を考えると大幅な改造は危険です」
「我々の得意分野である武装関連で勝負すべきです」
「アローヘッドの弱点は攻撃範囲の狭さです。フォース、レーザーが無い状態ですと、
機軸上の敵機しか攻撃できません。特に後方は致命的です」
「後方を攻撃できる能力……それは波動砲に持たせればいいか」
「波動砲は虚数空間に溜めた波動エネルギーに指向性を持たせて開放する兵器です。
細かな操作には向かないのでは?」
「電気はどうでしょう。敵を避雷針に見立てて波動エネルギーを電気エネルギーに変えて攻撃は出来ないでしょうか」
「そのまま、電流を流すのは兵器として問題があるが、発想はいいかもしれん」
「波動砲コンダクタにエネルギー変換機能もつけないといけませんね」
ついにR機をそのまま任されるとあって士気の高い開発陣は、
今まで暖めていた案をここぞとばかりに出し始め、会議室はヒートアップし、
結局朝から始めた会議は深夜まで続いた。
***
Team R-TYPEの研究施設でもこの件について検討が行われつつあった。
ただし、ここは同時進行しているRX-10アルバトロスの開発チームとは別の研究施設であった。
研究員達が、それぞれの情報を持ち寄って意見を交わしあっている。
「さあ、みんな新しい仕事だ。今回はフォースのみになりそうだが、
上はコンペ用だから有用なら自由にしていいと言っていた。RX-10やR-9A2に負けないものを作るぞ」
「やっぱりR機は防御より攻撃だよな」
「よし、とりあえずバイド係数を上げてみようぜ。制御機構は後で考えよう」
「ロッドもただの制御部品で無くて、相手を保持できるようにしよう」
「釣り針型? 鉤詰め型? それとも吸着という手段も……」
「バイド係数上げすぎ。コントロールロッドが壊れるし、制御どうするんだ」
「失敗を恐れてTeam R-TYPEが勤まるか! 何とかして打開策を見つけてやり遂げるぞ!」
新しいオモチャを与えられた腐れ研究者達は、やっぱり趣味を全面に出して、新規フォース案を詰めていった。
***
「なんか厳ついフォースだな」
Team R-TYPEとの打ち合わせ後部長のつぶやきは、ウォーレリック開発陣の意見を代表していた。
周囲の研究担当も持ってきたデータを見て目を丸くする。
そのフォースはラウンドフォースより少ない三本のコントロールロッドが付いているのだが、
鉤爪のようなアタッチメントが付属していおり、先端が動くようになっている。
フォースをぶつけるだけでなく、敵機を保持して自ら喰らい付くようだ。
それは非常に攻撃的な形状をしていた。
「部長、これは何というか攻撃的ですね」
「しかし、耐久力の高いA級バイドに対しては有効かもしれない」
「黄レーザー凄いな。スキも多いが実現できればかなりの武装になるぞ」
「しかし、このレーザーは完璧に単機突入を前提にしているな。編隊とかは組めないな」
「青は目標追尾型だが…うーん、攻撃力が微妙かな?」
「この赤色レーザーに関してはアローヘッドの二重螺旋の方が使いやすいような…」
フォースとレーザーに注目する部局員たち。
Team R-TYPEの技術力を再確認し、少々気後れしているようだった。
が、そこは研究者魂に火がつくところである。
ライバルが良いものを造っているのを見て奮起しない者は研究員ではないのだ。
「部長。このフォースは何ていうのですか?」
「仮称では、アンカーフォースだそうだ」
「アンカー…錨ですか」
「なんかカッコいいな」
「なんか、俺達の作るケルベロスが攻撃性において負けている気がする。面白くないな」
こうしてウォーレリック社内部で、Team R-TYPE打倒の思いが共有されたのだった。
***
Team R-TYPEでもウォーレリックの考えた本体案を検討していた。
「なんだか、中身は普通っぽいな」
新型R機の素案を見た研究者の一人の声を聞いて、
Team R-TYPEの面々が集まりだした。
R機(やフォースやバイド研究)に異様な情熱を注ぐ彼らにとって、
いい話のネタなのだ。
「中身はR-9Aの焼き直し版だな。よく言って改良程度だ」
「波動砲コンダクタの形状が変わっているな…ライトニング波動砲?
あれ、これ波動エネルギーを一度電力様エネルギーに変換しているな」
「本当だ。なんでわざわざ…。一応ほんの少し波動エネルギーが乗っているから、
物理的に破壊できていれば消滅させられるけど、打撃力不足じゃないか?」
「あ、コンセプトがあった。えーとなになに、波動砲に追従性を持たせ、
非フォース装備状態での攻撃力を上げ…ってフォースないのが前提かい」
「高出力機だが……燃費はどうなんだ?」
Team R-TYPE班員がわいわい集まって好き勝手に批評する。
容赦の無い批評で有名(うらまれている)研究者達なので、部外者には容赦なかったが、
発想が気に入ったのか、追撃の手は緩い。
「班長。この機体は何ていうのですか?」
「ウォーレリック社部局長曰く、ケルベロスだそうだ」
「ケルベロス…地獄の番犬ですか」
「ふっかけてくるな」
「なんだか、我々の作ったアンカーフォース無しでもやれるぜ。っていわれている気がする。
面白いじゃないかこの勝負受けて立とう」
***
両者の打ち合わせ後、研究期間が持たれたが、
お互いをライバル視し始めていたTeam R-TYPEとマクガイヤー社は、
相手に舐められてたまるかと、良く分からない何かと戦いながら研究を進めていた。
「コントロールロッドで制御しきれないから、機体側のフォースコンダクターを改良しろ? 冗談だろ。」
「切り離されているんだから、問題はフォースコンダクターでなくて、ロッド側の容量だろ」
「暴走して自機を襲ったりしないだろうな。これコントロールしきれるのか?」
「俺達のケルベロスに対する挑戦と見た!」
***
同時刻のTeam R-TYPEでは……
「うお、また主機の出力を上げてきやがった」
「ライトニング波動砲を強化するために大きな動力が必要になるらしい」
「あいつら今までの開発を知らない分、むちゃくちゃにぶっこんでくるな」
「フォースコンダクターのスペースも押されているな。フォースより波動砲を主眼にしているらしい」
「おのれウォーレリック。絶対に我々のアンカーたんの有用性を認めさせてやる!」
***
“第9回R-13開発打ち合わせ”とかかれた案内板がある会議室。
その会議室はなぜか軍の基地内部におかれていた。
両者が白熱しすぎたため、ジャッジが必要となり間を取り持つ形で軍が割って入ったのだ。
会議室は熱気、というよりは執念に満ち溢れていた。
長い会議卓を挟んでウォーレリック社とTeam R-TYPEの面々が顔を合わせている。
第7回打ち合わせでケンカにまで発展したため、両社を取り持つべく呼ばれた軍の開発局の人員は、
そっとため息をつくと、開会を宣言した。
「では、第9回次期R機開発打合せ会議を開催します。まずは開発報告から」
「はい、ウォーレリック社開発部リーダーです。資料の4ページからご覧ください。
前回からの改良点としまして、ライトニング波動砲における高機動時の追従性能の強化と、
自機発射ミサイルを波動砲システムが目標と認識するシステムバグの改良が行われ……」
「次はTeam R-TYPEからお願いします」
「はい。では資料は87ページです。まず、コントロールロッドの目標保持性の改良として
アームの脆弱性の是正を行いました。また、高ドース時の対応として……」
双方から研究成果が上げられ、質疑応答が終了する。
嫌な沈黙が流れる。理由は全員が分かっている。
フォースのコントロールについてだ。高ドース時にフォースが暴走する事故が相次いでいるのだ。
対応策も分かっている。フォースの拘束をきつくすればいいのだ。
問題はどうやってそれをクリアするかだった。
軍の開発局もこの話題に触れたくなかったのだが、
この問題が解消されない限り、R-13は欠陥機になってしまう。
「前回打ち合わせからの引継ぎ事項ですが、フォースの暴走回避について、意見は?」
「Team R-TYPEとしては、機体側のフォースコンダクター出力を増幅して、抑える方法を提案する」
「ウォーレリック社としては、コントロールロッドの性能強化による事態の収束を考えております」
「……」
「……」
互いに、自分の担当分野を100%生かす為に、
フォース暴走の処置について押し付けあうこととなっている。
「これ以上コントロールロッド強化は無理だって言っているだろ!」
「ふざけんな。要求されたフォースコンダクターだと機体重量の20%に及ぶんだぞ。そんなスペースあるか!」
「波動砲関連でスペース使いすぎだろ。だいたい、なんでライトニングだし!?」
「ああ゛!? フォースなんてオマケなんだよ。波動砲こそが正義だ!」
「ざけんな!フォースが無かったら単機突入型のR機なんて只の的なのだよ。フォース舐めんな!」
また始まった似たもの同士の痴話喧嘩に軍の開発局員は、盛大にため息をつく。
意固地になっている双方を解きほぐして、打ち合わせを生産的なものにするのは骨が折れるのだ。
暫く現実逃避しても、まだ両者はフォースのコントロール強化装置をどうするかで喧嘩している。
またこの話題かと開発局員は頭を抱えてボソリと呟く。
「もう、いっそ有線にしたらどうです?」
「「「「え?」」」」
「え?」
会議室内の視線を全て受けることとなった開発局員は、半身を引いてたじろぐ。
不用意な発言を謝罪しようとした次の瞬間、WR社、Team R-TYPEの両者がまくし立ててきた。
「それだ。それなら送信部が無くてもいいから、コンダクタを大型化しないで負荷を減らせる」
「そうだな、有線式なら暴走前に此方でドースをコントロールできる」
「Team R-TYPEの。有線式ならば協力できるぞ。うちの開発部が開発した試作兵器に、
光学鞭という物がある。威力がしょぼくてお蔵入りしたが、有線としての機能もつけられる」
「光学チェーンか…。それなら重量も無視できるし物理的な収納場所も取らない。
なにより対雑魚用の武装としても使える。やるなウォーレリックの」
突然喧嘩が終り、二人の開発チームのトップががっしりと握手した。
またため息をつく開発局員。
「何がどうなっているのか分からない。これだから研究者は……」
***
こうして、地獄の番犬の名前を冠したR-13“CERBERUS”が完成した。
紆余曲折はあったが、軍事企業ウォーレリック社とTeam R-TYPEの共同開発(意地の張り合い)
によって開発された機体は、
攻撃力の高さを全面に押し出したコンセプトが評価され、事前テストでも高評価を得た。
そして、R-9A2、RX-10とともに次期主力機を決定するコンペティションが開催されることとなり、
前線近くの基地に集められていった。