改稿前はパウアーマーの前になっていましたが、
読みやすさ優先で入れ替えました。
RX-12“CROSS THE RUBICON”
投下型局地殲滅ユニット・モリッツGの暴走から始まったサタニックラプソディ事件において、
R-9A2デルタとRX-10アルバトロスは任務達成後無事帰還、
R-13Aケルベロスは任務達成後に未還となった。
R-13Aケルベロスが未還機となったのは、その開発番号の所為だ。
そもそも「13」とは、西洋発祥の宗教において悪魔の数字であり忌み数であり、
地球連合軍が良く兵器の愛称に使用する北欧神話においても、13は最終戦争を連想させる数である。
一部の噂好きな人間の間ではそんな話がもてはやされていた。
事実、前世紀の兵器においても開発番号で13を付けるのを避けるために、
12に次ぐナンバーに、14や100を当てることも合ったらしいので、
もはや習慣として忌避感を持つ数なのかもしれない。
宇宙を行動半径としてからもなお、験を担ぐという事は、生死をかける軍人には重要な事柄のようだ。
実際の所、R-13Aケルベロスの未帰還の理由は、その波動砲の性質にあったとされている。
僚機デルタ、アルバトロスとともにバイド反応を追跡し、異相次元にまで乗り込んでの決戦の後、
フォースを喪失し、波動砲を電気エネルギーに変換していたケルベロスは、
波動砲だけでは異相次元の壁を打ち破れず、異相次元に取り残されたと推測されていた。
異相次元の壁を突破するのにはフォースか、強力な波動エネルギーが必要になるのだ。
この事件以来、R-13Aという機体番号は欠番になっていた。
その後もバイドの脅威は消えず、R-9シリーズは波動砲の改良をメインに順調にロールアウトしていたが、
この事件の余波として、高いバイド係数フォースを持った特殊機についての研究は足踏み状態であった。
R-13Aが欠番として存在を封印されたため、その成果たるフィードバックが得られなかった事と、
R-13Aの失敗にかこつけて、軍が高バイド係数フォースに関する研究を制止していたためだ。
***
サタニック・ラプソディの記憶が、人々の間で過去のことと処理され始めた頃。
Team R-TYPEで一つの開発プロジェクトが立ち上がった。
表向きはアルバトロスの特殊フォース運用機を改良したものとしてあったが、
実際にはR-13Aから研究が止っていた高バイド係数フォースの流れを汲んだ機体であった。
ケルベロス以後頓挫した、新たなフォース研究のために開発される機体だ。
Team R-TYPEの研究施設内でこっそりとこんな会話が持たれていた。
「さて、このプロジェクトは軍が圧力をかけて研究を妨害している高バイド係数でのフォース運用機についてだ」
「リーダー。R-13の流れを汲んだ機体開発は、軍から圧力掛かっているのに大丈夫なのですか?」
「書類上はアルバトロスの発展系としておくし、機体番号もR-13系ではなく、R-12系としておく。
まあ、若手にはあまり勧められん手段だが、こういう手段を学ぶのも研究者を続ける上では有用だ」
「何気にアルバトロスのテンタクルフォースも実用化されたなかではバイド係数が高めだからな」
リーダー格の中年男が、まだ若い長身の男に教え込むように言う。
それを補足するのはもう一人の中年太りの男だ。
どうやら、中年二人は若手の研究員に経験を積ませることも目的らしい。
「そういうことだ、アルバトロスはデルタと同じく英雄機だから軍部の覚えも目出度い」
「RX-12が晴れて結果を出せば、高バイド係数フォースの安全性も喧伝できて、
それに続く機体としてR-13系列の復活もありえるわけですね」
ここで顔を合わせて、黒い笑いを浮かべる3人の研究者達。
リーダーは企画書作成に端末を叩き、中年太りともう一人の若い研究員が開発準備を進める。
若手も作業自体はスムーズに行う。その少し汚れた白衣から完全な素人ではないことが分かる。
「では、そういう方針で計画書を策定して、案を上げようか」
***
会議机でまた例の3人が打合せをしている。
R機の設計は、基本構造がテンプレート化した事に合わせて、
少人数でのチーム編成を実施している。
リーダーと小太りの男は貫禄のある40~50代の男性だが、
もう一人の若手は少し汚れた白衣を着た20代なかばに見える若い男であるので、
どうみても、3人チームでなく、2人の研究者と助手といった感じだった。
若手がリーダーに質問をする。
「リーダー。フォースはアンカーでは無くテンタクルの発展系ですか?」
「ああ、いきなりケルベロスと同じアンカー型では軍が過敏に反応するだろうし、
テンタクルフォースのフォースロッドは防御に優れていて非常に優秀だ」
「あ、そうそう、名称だけはパイロットから不評であったから、別の名称を考えよう。
生物系の単語はバイドを連想させるから、避けるべきだろうな。若手君、何かいい案はあるか?」
若い白衣の男は少し考え、参考となるテンタクルフォースの図面を見ると、
幾らかの単語を口の中で呟き、そして、リーダーに回答した。
「特徴はアーム部分……フレキシブル、フレキシブルフォースでどうでしょう?」
「フレキシブルフォース。いいな、それでいこう。特徴を上手く捉えていて、嫌悪感も誘発しない」
そのまま、フォースの培養方法、通称「餌やり」方法の検討を続ける三人。
エネルギーやバイドルゲンの与え方で、バイド係数や性質の違うフォースが生まれるが、
今の所試行錯誤でしか、新しいフォースを生み出せないので、
ともかくトライ&エラーで実験を続けることとなった。
「ともかく、形状はテンタクルフォースに近くするが、アンカーフォースに近いバイド係数を目指す」
「これが成功すれば、アンカーフォースの再開発をするにも安全であると言いやすくなる。
若手君もやりたいだろう? 君も一部手がけたR-13系列を」
「そうですね、思い入れはあります。出来ることなら開発に関わったR-13Aにもう一度日の目を当てたいです」
「ウォーレリックの開発班も可哀想だな。あの一件だけで軍から干されるとは」
そのまま、あれこれと開発の内容を詰めていった。
フォースをそれなりに開発方針を決めて、一時休憩を挟んだ後、
そのまま同じ席に座ると今度は波動砲についての検討が始まった。
「圧縮炸裂波動砲?」
「そう、もちろんループ機構はつける」
「Team R-TYPEで開発していたものですか?」
「そうだな。軍からは堅実な機体ばかりもとめられていたので、実装できなかったが、
幸いにRX-12は実験機だからな」
「冒険をするならまとめて。ですね」
中年太りが若手に波動砲の案を説明する。
適宜、話題に反応してくる若手が面白いらしい。
ギラギラした目を見る限り研究的な野心もあるようである。
「この結果によっては他の機体につけてもいい。正直フォースとレーザーが期待通りであれば、
波動砲はそこまで性能は問わない。それに実験機だからな。最強の機体を作るわけじゃない」
「高バイドフォースのテストが受け入れられたら、次はR-13のライトニングの再実装に向けた研究なのでは?」
「一応ね。私としてはいいデータがでたなら、圧縮炸裂波動砲をこのまま使ってもいいさ」
「そういえば、辺境警備隊や警察がこの技術を使っていたような気が……実験段階だったか?
レスポンスが悪いから情報が伝わってこないな、あそこは」
「射程が短いから警察としては使い勝手がいいのでしょうか?」
***
研究班でフレキシブルフォースと波動砲、新たなR機の研究を続けていたある日。
「あ、サブリーダー、技術員がおかしなことを言っていると報告書が来ています。
技術員はフォースをずっと見ていると色盲症状がでると」
「色盲? どんなだね」
「イエロー以外の色覚が非常に弱まり、特にブルーは全く認識していません。
まるで周囲が黄昏時のように見えるとのことです」
「ふむ、サリンなどの神経毒を服用すると、瞳孔が窄まり黄昏時のようにも見えるというが」
「瞳孔収縮はみられません。そのた毒物や薬物判定も検出されていません。
リーダーの指示で再度バイド係数の精密調査を行っていますが」
その時扉が開いてリーダーが入ってくる。何故か防護服を着てヘルメットを手に持っている。
何事かと、若手と小太りが不審な顔をする。
「いやー参った参った。あの技術員フォース培養するときに防護服を着ないでやっていたらしい」
「まさか、バイド汚染ですか!?」
「まあ、簡易式で検出できないほど係数が低くて外部にも拡散してないみたいだけど、
ちょっと区画の除染を命令してきたよ。これ研究者の仕事じゃないよ」
「では、先ほど若手君から連絡のあった色盲もバイド素子が悪さしたせいかな」
「らしいな。何にせよ内部で処理できてよかった。
これで軍の連中に知れていたら、高バイド係数の実験なんてできなくなる所だった」
中年同士がそんな事件の顛末を語り合っていると、若手が質問をする。
「リーダー、その技術員はどうするのです」
「実験隔離区画に入れてあるけど、基礎技術班に渡して経過観察かな」
なんともいえない白々しい雰囲気が漂っていた。
確かに今件自体は誰も予想していなかった事態だが、起こったからには、
三人ともが人間のバイド化について見てみたいと思っていることは確実だった。
「事故だから仕方が無いですよね。経過観察も仕事ですし」
「危険性は説明していたし、防護服の着用も義務付けていた。軍も強くは言えないさ」
この事件の後、技術員は失踪したと事務処理された。
軍にも処理済事項としてやんわりと伝えられたが、
明らかに技術員の不手際が原因であるため強く言えず、闇から闇へと処理された。
実際にはR機の実験班ではなくバイド素子の性質の研究など、基礎研究を行う部署に回された。
これが前例となり、後々Team R-TYPEの常套手段となってゆくこととなる。
***
新たに実験デッキに配置された機体はRX-12。
アズキ色の機体色に、黄色いコックピット。自然界における警戒色の様だ。
後方のフォース置き場には、オレンジの明るい光を放つ直系5m球体に、
2本の細い鎖の物体が付随し、床にとぐろを巻いた状態で保管されている。
機体の毒々しいカラーリングがフォース置き場から漏れ出る琥珀色の光に照らされて、
なお一層不気味だった。
RX-12は“CROSS THE RUBICON”
「ルビコン川を渡る」という名を付けられた。
後戻りのできないような重大な決断をすることの例えとして、使われる慣用句だ。
整備員や技術員が作業する中、ルビコン川のギリギリこちら側で3人の研究者の話し声が聞こえる。
「これで、我々Team R-TYPEは高バイド係数でもコントロールできることを実証した」
「ああ、これでバイド自体の研究にも弾みがつく」
「それにR-13Aも、もう一度日の目を見ることがあるかもしれませんね」
フォースの光で白衣もオレンジに染まっている。
フォースと非常灯の照明のみの、暗い実験デッキで研究者がクスクスと笑う様子は、
どう見ても悪の組織の研究風景だった。
「しかし、君はなんでそんななれない敬語を使って話しているのか? 普通にしゃべったらどうだ?」
「ウォーレリックにいた頃から敬語だったか?」
リーダーと小太りは若手が前職場に居るときから知っているので、
Team R-TYPEにヘッドハンティングされて同僚となった今回から
妙にかしこまっているのが気になっていたらしい。
「いえ、Team R-TYPEでは新入りですし敬語を使っておこうかと。
あとウォーレリック社にいたころから、上司には敬語使っていましたよ。一応」
「似合わんな」
「似合わない」
「ですよねぇ」
二人の中年研究員は、研究さえできればTeam R-TYPEには敬意さえ不要であると豪語した。
「研究者に必要なのは失敗を恐れない勇気と探究心だ。それがあれば少なくとも開発班の中では敬語はいらんさ」
「そうそう、特に君はバイド…もといフォース研究がしたくてTeam R-TYPEに来たのだろう。
それだけの熱意があれば十分。我々の間では気遣いなんて無用だ」
「そうですかぁ、じゃあ今度からは地でしゃべることにします」
「そうそう、それでいい」
リーダーとサブリーダーに言われて口調を軟化させる若手。
研究の世界は完全に実力主義だ。
もちろん実力の中には政治力も含まれるが、年齢とは無縁の世界なのだ。
若手に遠慮があって、意見が出にくくなるのは全体の不利益になる。
というのが、彼らの考え方だ。要は役に立つならなんでもOKという微妙な懐の広さだ。
「あ、そうそう、君はウォーレリックでの実績もあるし、次のR-13系列の牽引をしてくれ」
「いいんですか。いきなり僕でぇ?」
「問題ない、RX-12は重要なテスト機だったから我々が当てられたけど、
今後は積極的に若手に開発班を組ませて開発することになるから。
それに君はウォーレリック社での開発経験もある」
「分かりましたぁ。バイド研究…もとい、R機開発なら人生をかけられますからねぇ」
ルビコン川の彼岸に何があるのかは分からないが、賽は投げられた。
Team R-TYPEはそこに新たな地平があることを望んで、対岸に一歩を踏み出した。