R-9C“WAR HEAD”
「新たなバイドの大群が確認された」
重苦しい空気のこの部屋は、地球連合政府本部にある会議室だ。
議場の地下にあるこの会議室には窓は無く、寒々しい壁面を補うように壁面を緞帳が覆っている。
部屋の中央の机にはスーツを着た連合議長やその他の政府閣僚、そして軍服姿の高級軍人などが並んでいる。
心なし、皆顔色が悪いように見える。
「バイドどもの進路は地球だ。奴らはまた地球を狙っているようだ」
押し黙っているメンバーに対して議長がもう一度確認するように話す。
そして、軍務大臣に対して現状を説明するように要求する。
軍務大臣は、立ち上がり会議の席で次のことを説明した。
今回の襲撃が第一次バイドミッション、サタニック・ラプソディ以上の戦力を持つ大規模襲撃だということ、
現状の対バイド戦力は、サタニック・ラプソディでの兵器暴走の影響もあり
稼動状態にあるR機はほぼ0であること。
宇宙艦艇での遅延作戦を実施するが、持って半年で地球にバイドが到達する恐れのあること。
現状ではR機によるバイド帝星と呼称する敵中枢の破壊がもっとも可能性のある作戦であるということ。
ため息の漏れる一同。絶望的な戦力差と現状を打破する戦力がないからだった。
先ごろ終結を見たサタニック・ラプソディ事件は、
バイド汚染された英雄機R-9Aが原因の一つとされていたので、
連合政府は対バイド戦に使用したR機の全機廃棄処分を命じていたのだ。
以前のバイドミッションで使用した単機突入型のR機、
R-9Aアローヘッド、R-9A2デルタ、RX-10アルバトロスは
すでにバイド汚染を懸念されて厳重に封印されている。
一部、性能の劣る予備機は存在するが、今から新たな単機突入型を一から作るには遅すぎる。
ふと、机や資料の上を彷徨っていた参加者達の目線が一人の人物に集中する。
この会議にオブザーバーとして参加している人物だ。
壮年の彼はこの会議の出席者の中では若く、その雰囲気からスーツ姿ではあるが浮いている。
そして、胸元にはTeam R-TYPEを示す徽章が光っている。
周囲からの視線を受けて彼はおもむろに口を開く。
こんな事もあろうかと――
***
「くぅぅぅ。俺も言ってみてぇ!」
Team R-TYPEのラボで一人の白衣男が大きな声を上げる。
白衣の研究員が入り乱れる中、一人の白衣が奇声を発しても周囲はまたかという顔をしてスルーする。
ここのところ徹夜が続き、まともに寝ていないので、定期的に壊れる人間がでるのだ。
なんでも無いのに急に笑い出して止らなくなったり、
フォースに向って説教をしていたり症状は様々だ。
そのたびに周囲の人間はこう言い捨てることになる。
「時間もないから働け」
傍らにはR-9Aアローヘッド(予備機)が外装を外されモスボール状態で佇んでいる。
今、Team R-TYPEは規模拡大と、それに付随して積極的な対バイド機の研究が課せられた。
二回目のバイドの大規模攻勢に備えての機体開発の真っ最中だ。
Team R-TYPEでは手始めに過去の戦役で活躍したR-9を元にカスタム機を作っている。
R-9Cという開発番号の単機突入機である。
「俺達が開発案を出さないと後が完全につっかえているんだ。たたき台でも出して検討しないと」
「R-9の機体に新波動砲と新レーザー、フォースも新調、あと脱出機構……死ねるな」
「お前が過労死して、地球圏の大勢の人間が救われるなら死ねばいいんじゃないか?」
「……R-9の時点で内部は結構ギチギチに詰まっているからな。
構成を変えるのならば、根本的に内部構造を考えないと」
波動砲、ミサイル、レーザー、フォース。
それぞれの担当が方々に散って思い思いの場所で打ち合わせ、改良案を出している。
床に図面を広げてその上に赤ペンでラインを重ねる研究者や、
目をつむってぶつぶつと構成を練る者、壁に構想を直接ペンで書き付ける者、
複数人で激論を交わすものなどそれぞれが忙しそうに作業を行っている。
***
アローヘッドの骨格から抜き出された波動砲を前に座り込んで端末を叩いて、
検討しているのは波動砲の担当班だ。
「波動砲はどうする? アロ-ヘッドの波動砲は威力不足が訴えられているぞ」
「今回の作戦では異相次元への突入が考えられる。少なくともライトニング波動砲は危険だ」
「ケルベロスは未帰還だからな。威力を求めるならアルバトロスの衝撃波動砲も不可だな」
「拡散波動砲にしよう。デルタの班が研究していた奴だ。
あれならチャージすれば広域攻撃可で、収束点では威力が倍増する」
「ああ、それがいい。只でさえ内部スペースが足りないからな。
デルタは全長9mと小型だから波動砲も場所をとらない構造になっている」
「では組み込み用に構造を弄ろう」
波動砲を研究しているチームは比較的早めに構想を決め、
更なる威力を求めてひたすら、研究を続けていった。
***
壁に直接カラーペンで複雑怪奇な模様を描いているのは、レーザー担当。
壁が、赤、青、黄、グレー、緑の線や図で溢れかえっていて、前衛芸術のようだ。
「対空、反射、対地はいいとして、まだ、増やすのか?」
「俺としてはショットガンレーザーをどうしても加えたい」
「必要かそれ? 容量としては大して問題にならないが、致命的に射程が短い。
コレじゃ波動砲のカス打ちと大して変わらん」
「正直、サーチレーザーもいらないなぁ。
ケルベロスの反射に近いよな、これ。ホーミング性能もなぁ」
「とりあえずは構想段階だからいいんだよ。
ショットガンレーザーは対空のを、サーチレーザーは反射の回路を利用する。
これなら回路を余分に取らないし、武装は多いほうが選択肢が広がるだろう」
「でも、レーザー回路に必要なエネルギーを得るのに、
レーザークリスタルが必要になるだろ。POWに積載できる物資には限りがあるぞ。
どこにどんなバイドがいるか分からないし、
どのクリスタルを持ったPOWといつ会うか分からないから、狙って仕込めないし」
「とりあえず、たたき台だから全部つけて置け。問題があるなら後で外せばいい」
そんなことを言いつつも、最低限必要なレーザーという議題を詰めないため、
もちろんレーザー全部盛りになるのだった。
***
円座を組んで机を占領しているのはフォース班。
フォースはアローヘッドのものと同じラウンドフォースの様だった。
フォースロッドの構造図が表示されている。
「フォースはマイナーチェンジで仕上げよう。
サタニック・ラプソディ時に採用されていたアンカーは事故が怖い」
「ケルベロスは戻れなかったし、アルバトロスもフォースを奪われている。デルタも奪われたが、
少なくともラウンドは前ミッション時にバイド中枢を破壊した実績がある」
「しかし、前ミッションで破壊したバイド中枢が復活するとは……。もしかしてフォースを食ったのか?」
「バイド中枢の観測データは、次元の揺らぎで途切れ途切れの上に精度がメチャクチャ悪いのだが、
何か反応があるんだよな。アローヘッドのSOS発信のようにも見えるんだ」
「波長が歪みまくってよく分からんな。しかし、アローヘッドのデータを持っているとすれば、
それは前ミッション時のマザー個体、もしくはその生き残りか?」
「同じ個体なら、同じフォースは不味い。免疫になっているかもしれん。
ラウンドフォースも多少は変えないと」
***
他の班が何やかんやと改良案に取り掛かっている頃、
アローヘッドの周囲を取り囲んで難しい顔をしているのはコックピットを受け持った班だった。
皆骨組みの内部を執拗に覗き込み、眉間にしわを寄せたり、首を振ったりしている。
「……無理ですね」
「はじめっから諦めるな。どんな技術だって最初は無理って言われていたんだ」
「ですが、正直このスペースに脱出機構を取り付けて、
反応速度をアローヘッドの1.5倍以上にするなんて」
「正直、これ以上の反応速度を求めるには脳波接続してもラグが出ますコレを無くさない限り厳しい」
「あと、速度自体も問題だ。ザイオング慣性制御システムを持ってさえ8G以上たたき出す。
体重60kgのものなら頻繁に480kgの過重に耐えることとなる」
「Gに関しては、高密度ゲルで衝撃を吸収してはどうです?」
「高密度液化衝撃吸収剤は対象の周囲を覆わないとならない。そんなスペースはない」
ゲルなどによる対衝撃資材はパイロットの体を保護するのに一定の厚みが無くてはならない。
衝撃緩衝資材があっても衝撃を吸収する前にカプセルなどの壁面に激突すれば、人間の身体なんて潰れてしまう。
スペースをとろうにも、各種新型武装によって容積が圧迫されており、キャノピーだけ巨大には出来ない。
「脱出機構ってどうするんだ。強制冬眠にしても完全に新陳代謝が止るわけじゃないんだぞ。
それに流石に冷えすぎると困るから保温もしないと、単独で100時間耐えるだけの脱出機構って……」
「分離式しかないな。しかし、分離式コックピットにするとさらに容積が減る……」
「これ、もう人間が入れない大きさしか残らないじゃないか」
端末上で適当にR-9の骨格モデルの上からにオーダーである脱出機構を配置して、
さらにコックピット内にザイオング慣性制御システムや新武装の制御系などを並べてみると、
どう最適化しても子供が膝を抱えて座るくらいのスペースしかない。
もちろん、こんなスペースではバラバラ死体ならともかく、生きているパイロットを納められない。
沈黙が落ちる。
「これは、どれか削るしかないな。これ以上は物理的に無理だ」
「武装、フォース、制御系、脱出機構、ザイオング……は削ったらマジ死ぬな。どれも削れないよ」
「しかし、機体を大型化するわけにはいかない」
眉間のシワを深くし、唸り始める研究者達。
パズルにしてもはじめっから枠を超えるピースを納めるのは土台無理だった。
収納を諦めどれを削るかで話し合い始めた頃、横から意見が入る。
「パイロット削っちゃえばいいじゃん」
R機にパイロットは必要だ。なぜなら、何故か高次のプログラミングはバイドの汚染に弱く、
高度なAIを乗せた無人機の類は非常に簡単にバイドに乗っ取られるのだ。
例外といえば、バイド素子を厳重に内蔵して、
かつ最低限のAIを積む事でバイドを騙しているPOWくらいだ。
ともかくも、研究員の一人が放った意味の分からない言葉に、
はぁ? と思った研究者達だが、発言者の様子を見ると、
明らかに過労で目の縁取りが真っ青になった研究員が床に寝そべっていた。
さすがに死にそうなので、もう寝ろコールが入る。
しかし、当の本人はハイになっているのか、調子っぱずれた声で意見を述べる。
「違うって。無人機じゃなくて、パイロットを物理的に削っちゃうの」
「はぁ? だからそれは無人だろ」
「イヤだからさ。脳さえあればいいんだって。どうせ反応速度的に直接接続なんでしょう?」
コックピット班の総意として、手動操作はすでに不可能であるという見解に達しており、
脳波を利用した操縦形式が提案されていた。脊髄に端子を接続する形式を想定されている。
過労死寸前の研究員は、どうやらすべての無駄を省けと言っているらしい。
よくよく考えてみれば、パイロットが必要なのはR機の頭脳としてであり、
そもそも生命が維持されていて、考えることさえできれば手足がある必要が無いのだ。
さすがにしり込みをする研究員も居るが、少数派のようだ。
それどころか、目を輝かして身を乗り出しているものも少なからずいた。
「脳と脳幹の缶詰か。技術的には可能だ。積み込み形式は考える必要があるが」
「……有り……だな。それなら脳髄の保存液を高粘度ゲルにすれば対G対策にもなる」
「反応性は十分です」
「脱出機構の強制冬眠も脳だけなら楽だし、酸素消費量も少なくて済む」
「真面目に考えるべき案件だな」
最初の驚きが過ぎてしまえば、八方塞でいい加減に思考が疲れている研究者たちには魅力的な案に思えた。
一般常識を保っていた者も「たたき台だから」と言われれば、検討しないわけにはいかない。
後にエンジェルパックと呼ばれるTeam R-TYPEの狂気が発案された。
***
この後、バイドの恐怖に怯えた連合政府は新型単機突入型R機の開発を急務であるとして、
開発過程における人体実験を黙認。それどころか情報の隠蔽に走る。
Team R-TYPEの良識派は実験に眉を顰めるが、緊急事態だとして見ない振りをし、
一部過激派はこれを機に一気に発言力を拡大することとなった。
こうして、第二次バイドミッションに合わせてR-9Cウォーヘッドが完成。
苛烈なバイドの歓迎の中を走り抜け任務を達成したウォーヘッドは、
その非常識なまでの強さから、後に「突き抜ける最強」などと呼ばれた。
しかし、公式には否定されている噂
“R-9Cのパイロットは四肢切断されてパック詰めされている”
という悪名高きエンジェルパックの導入機であることの方が有名となるのだった。
地球圏はこの第二次バイドミッションの完遂をもって、10年の平和を手に入れた。
R-9Cウォーヘッドの開発により、更なる発言力を手にしたTeam R-TYPEでは、
これを機に、狂気の対バイド研究に盲進してゆく事になる。