R-9E“MIDNIGHT EYE”
「この紙装甲が……」
「第一次バイドミッションから機体性能変わっていないからな」
Team R-TYPEのラボに運び込まれたのは大破したR-9Eミッドナイトアイだ。
コックピット脇に巨大な穴が開いていて、装甲は陥没して円く穴が開いている。
ラウンド型のコックピットカバーは砕け散り、縁に僅かに残っているばかりである。
中で破片が暴れたのか、パイロットシートは上半分が引きちぎられている。
光学兵器ではなく、恐らく実弾で攻撃されたのだろう。
内部の機器を巻き込みながら貫通したようで、機体正面の穴に比べて後部の被害は甚大だ。
ミッドナイトアイのトレードマークである、円盤―レドーム自体は無事であるが、支柱に亀裂が見える。
機体下部に取り付けられているデータタンクも折れているが、これは大破後に付いた傷らしい。
その他にも、至近弾で生じたらしい傷が幾重にも表面装甲に残っている。
誰が見ても廃棄にしようと言うだろう機体だった。
「これを単機突入支援機として改良しろと、軍の上のほうからのお達しだ」
「……無理ですよ。突っぱねられませんか?」
「うちの上の方も乗り気なんだ。前線の方がデータ集めやすいからな」
「そうは言っても、第一次バイドミッション時の機体を
第四次バイドミッションでも使うって事が間違っている気がします」
ちなみに第四次バイドミッションはオペレーション・ラストダンスの事である。
Team R-TYPEの一部門に降って湧いた依頼という名の命令。
“R-9Eミッドナイトアイを単機突入機の支援機として同伴できるように改良せよ”
先ほどぼやいていたTeam R-TYPEの第13研究班のリーダー、アルトマンと、
20台後半の冴えない風体のデーナーはこの命令を受けて現物の検討に来たのだ。
彼らはこれから、斑に戻り改良案を考案していかなければならない。
アローヘッドとともに最初期のR機であるミッドナイトアイは
早期警戒、管制などを目的とする支援機である。
R機パイロット達からはその形状から「皿付き」などと呼ばれる。
開発当初の開発コンセプトは単純明快、
求められたのはバイド計測機器としてレーダー類の充実と膨大なデータ保存量のみ。
アローヘッドと同時期に作られた機体ながらも未だに前線にある。
早期警戒任務はギリギリ勢力圏で行われることが多いので、殆ど問題は無いのだが、
偵察任務については、恐ろしいほどの功績と被害を同時に生み出している。
「ミッドナイトアイは名機ではあるのだが、いかんせん古い」
「アローヘッドは何度かマイナーチェンジしていますけど、ミッドナイトアイは
計測・管制機器類の更新だけですからね。機体性能の関係はいじられてないですし」
「機能としては足りているからな。元々は強行偵察が目的ではない」
「他の機体では出来ないから、無理やりやらされているけど、元々運用が間違っていますよね」
「でも、やらないとな」
「こんな被害機体だけ渡されてもですよね」
ぶつぶつと言いながらも、アルトマンとデーナーは班員の待つ会議室に入り打合せを始める。
そして、アルトマンが頭を抱えながら問題点を数え上げる。
「問題は3つあるな。1つ目は、ミッドナイトアイの装甲がバイドの攻撃に耐えられないこと。
2つ目は、そもそも戦闘の考慮されていない機体を戦闘宙域で運用すること。
3つ目は、戦闘宙域に出ざるを得ないミッドナイトアイが自衛武器しか装備してないこと」
これを検討すると言うことだろう。デーナーもそれについて検討をして、
他の研究員達もそれを見つめて考え意見をだしていく。
アルトマンはそれを黙って聞いている。
「まず、1つ目は論外ですね。根本的にR機に耐久性は求められていないですから」
「どっかの班の馬鹿が耐久性を追及しまくったR-9Aを作ったらしいじゃない?」
「なんだよ、そのゲテモノ。まあそれはほうっておくとして……」
「2つ目も、うちが言ってどうなるものでもない。軍の連中に言わせれば、
強行偵察に適したR機がないのが問題という事になるからな」
「アローヘッドその他、ガチ戦闘機は機体データ容量なんてまともにないですしね。
にしても酷い理論です。そもそも、それは改良の域じゃないですね。開発です」
「ミッドナイトアイが下手に使い勝手が良いのが問題だからなぁ。機能拡張しろってことなんだろう」
まず、問題点1と2について意見を述べると言うよりは、愚痴をこぼす。
アルトマンが半眼で睨んでいることに気がついたデーナーが、
何とか生産性のある流れにしようと、愚痴大会を打ち切る。
「3つ目……これなら何とかなりますね」
「ああ、というよりこれしかないな。もともとR機のコンセプトには耐久力なんて構想はないから」
「基本フォース頼みですからね。フォースを持たせるだけで相当撃墜率が下るのでは?」
「でもフォースつけると目立つんだよな、バイドにもすぐ検知されるし。
そもそも攻撃力を付与するとバイドの誘引性が格段に増すしなぁ」
「撃墜されている状況の殆どが、強行偵察ですから、そもそも自分からバイド群れに飛び込んでいますね」
基本、撃たれる前に撃ち、その機動性を活かして敵の攻撃から避ける。それがR機本来の戦術だ。
フォースがあれば、かなりの攻撃を無効化できるが、機体全面を覆えない以上、鎧ではなく盾にしかならない。
その火力こそが最大の防御力ということだ。
R機は波動砲とフォース、レーザー、レールガンと言った武装を基本装備としている。
しかし、ミッドナイトアイは戦闘を考慮されていないため、レールガンしか武装が無い。
フォースコンダクタや波動砲を乗せるスペースがあれば、観測・管制機器を積み込むからだ。
なので、ミッドナイトアイは自分で火の粉を振り払えないのだ。
そんな結論が出たあたりで、アルトマンが話を締める。彼も武装案に賛成らしく、
その方向で改良することに決定した。
***
数日後、ホワイトボードによく分からない回路図が書かれ、壁にはR機の武装図面が張られている。
数名の研究者が図面を睨んだり、意見を交換したりしている。
そこに平の研究員のひとりがアルトマンに意見を伺いに来た。
「リーダー。波動砲とレーザー、フォースを付けるってなかなかスペース的に難しいのですが」
「今までの、旧式のでかいスラスターやザイオングシステムを更新すれば余剰スペースはでるだろう」
「余剰分はフォースコンダクタとレーザー回路で消えます」
「波動砲なんて低威力の物はほとんど場所をとらないだろう」
「ええ、でも意外にも武装制御システムが場所をとるんですよ」
「武装制御システム? ……もしかして、付いていないのか?」
アルトマンが驚いたのは、R機の基本システムと言えるものが付属していないからだ。
R機は高速戦闘を行う。これはパイロット側の情報処理が問題になってくる。
その大部分はインターフェイスや判断訓練で何とかなるが、
思考的なラグを小さくして、直感的に行動できるシステムが必要になる。
たとえば敵が急接近してきたて、途中までチャージしていた波動砲での攻撃を破棄して、
急遽レールガンでの攻撃に切り替えるといった場面。
本来ならば、波動砲のチャージロックを解除し、
余った波動エネルギーを機体にダメージが及ばない方向に開放して(大体は前方から発射される)、
波動砲に接続されていたエネルギー回路をレールガンに回し、
レーザー回路をレールガンと連動させ、レールガンへ出力して、撃つ。
簡単に言っても、これだけの処理が必要になる。
しかし、これをパイロットがいちいちやっていると確実に間に合わない。
なので、パイロットが感覚的に操縦できるように、
煩雑な操作の簡略化のため武装制御システムが必要になるのだった。
ちなみにR機には武装制御システムが基礎装備として搭載されているのだが、
ミッドナイトアイはそもそも武装がレールガンしかなかったので、これが載せていなかった。
いらない物を乗せるなら観測機器を。ということで完全に戦闘は考慮されていない。
そんな設計上の穴を見つけてしまった研究員達は、
開発後随分と経った今では要らない装備やシステムを総ざらいで検証して、
無駄を省き、いらない機器を下ろして、そこに武装を載せる容量を確保しようとしていた。
「この隔壁じゃまだろ。取っちまえ」
「一応、パイロット保護のための隔壁なのですが……」
「いらない。どうせ被弾したら誘暴するんだから。誘暴したら隔壁なんて関係ないさ。
その隔壁はもともとTeam R-TYPEがいらないって言ったのに、
パイロットの最低限の安全性云とか言って軍部がゴリ押しで基礎設計に加えた物だ」
「役に立たないパイロット保護ですね」
「心理的なものもあるらしいが、あちらがもっと機能をと言っているんだ。
取ってもかまわんだろ。ついでに、余計な装甲も極限まで削って武装に置き換えろ。
どうせデブリ避け位にしか役に立たないんだ」
そんな議論を続ける内に、いつしか無駄を省くこと自体が目的と化していたのだった。
***
かくしてR-9Eミッドナイドアイのマイナーチェンジ版
(とTeam R-TYPEは言い張っている)が完成した。
そして、Team R-TYPEと軍部との間で報告会議が持たれることとなった。
本来は開発課長がでるべきなのだが、“他の機体の開発に忙しぃから”の一言で、
開発課長のレホスの代理として、リーダーのアルトマンが出席することとなった。
「……と、言うのが、今回の改造の内容です。
これによりR-9Eミッドナイトアイの生存性は5割程度上昇するもとと試算します」
説明を終えて、アルトマンが席に座ると軍部の方からどす黒い雰囲気を感じた。
仕様書を見て引きつった笑顔を浮かべている者もいる。
そして、軍部の代表となっている壮年の軍人がゆっくりとした調子で語りかけてきた。
「一ついいかな、課長代理?」
「なんでしょう?」
「我々は現場の意見として、生存性向上のため装甲の強化を依頼したはずなのだが、
何故、逆に装甲が薄くなっているのかね?」
「我々の中で原因から論議しなおした所、生存性に寄与するのは装甲の厚みではなく、
被弾率の問題……ひいては敵掃討のための武装の貧弱さが問題であるとの結論が出ました。
装甲を強化するより、武装を強化した方がパイロット生存率という意味で効果的です」
「……それにしたって、フォースの形状は何だね。カメラフォースとは」
「被弾率を劇的に低下させるためにフォースは必須ですので載せることになったのですが、
機体容量とバイド係数の関係から、既存のフォースでは登載不可能でした。
ならば、いっそ偵察任務に適したフォースを装備すべきという事で
新たにカメラフォースを開発することになりました」
カシャカシャと古めかしい音を立てるフォースの映像がディスプレイに流れ、沈黙が落ちる。
「……で、この索敵波動砲もかね?」
「ええ、情報解析システムと連動させまして簡易標準で捉えることで、
細密な敵情報の収集が行えます。高威力ではバイドが誘引されるので低威力に押さえてあります。
どちらかというと、従来型の情報システムに波動砲が付いたという感じでしょうか。
実際には情報を収集した後に目標を破壊処理するのに便利かと」
「……」
***
こうして、防御面を強化した減装甲機という謎の機体が完成した。
実際の運用で未帰還率が下ったため、軍部も文句が言えず強行偵察型として配備されていく事となった。
ちなみに、攻撃力の付与されたミッドナイトアイは更に
前線での強行偵察に駆り出されるようになり、
結局、未帰還率はもとの水準近くまで上がっていくのだった。
その後、Op.Last Danceのための情報収集として単機で強行偵察に出されることとなり、
その膨大な情報が記録されたデータタンクを残して未帰還となった。
このデータは後の作戦で、突入コース選択のために活用されることになる。