R-9E3“SWEET LUNA”
倒しても復活して襲っているバイド。
3度目の正直にしたいと、決行されたOp.Third Lightning(第三次バイドミッション)を
完遂したとはいえ、
今までの経緯を知る軍や、バイド研究機関としての側面を持つTeam R-TYPEは、
再びバイドが現れると警鐘を鳴らしていた。
第四次大規模侵攻が確認されたことによって、俄かに活気付いたTeam R-TYPEは、
ここに来て人類の生存を探るように、通常の戦闘機だけでなく様々な形状のR機に研究の手を伸ばした。
その中の一つが、Eシリーズだ。
R-9Eミッドナイトアイ、R-9E2アウルライトと続いてきたE系列機だが、
軍部での評価に対して、Team R-TYPE内での評価は決して高くなかった。
何故なら、R機本体の開発に新しい技術が用いられていないからだ。
それでも開発されるのは、一部開発斑の熱意と、軍部に対する餌など、
その他もろもろの思惑が混じった結果だった。
比較的、上手く動いていたE系列機アウルライトだが、新たな問題が持ち上がった。
整備性と耐久力に問題が出てきたのだった。
耐久力に問題があるのは、はじめっからだろうと思い、開発班がリサーチをかけてみると、
対バイド戦での耐久力ではなく、デブリによるダメージや機体劣化が大きいということだった。
ここに来て、またアルトマンら第13開発班は調査が乗り出した。
***
「で、原因は分かったか?」
「はい、R-9Eシリーズの劣化や故障はレドームに集中しています。
レドームの耐久性に問題があるのでしょう」
「レドーム自体は索敵能力を持つ上ではしょうがないだろう」
「ええ、そうなのですが、整備回数が多く前線の負担になっているようです」
「また運用上の問題か?」
「いいえ、ご存知の通り、ザイオング慣性制御システムはその効果が距離に反比例します。
機体中央付近に乗っているパイロットやその他の機器は殆どダメージを受けませんが、
機体から突出しているレドームと、それを支える支柱には無視できない負荷がかかります」
半壊したR-9E2アウルライトの前で会話するTeam R-TYPE第13班。
アウルライトの本体にはデブリが掠ったような跡はあるものの問題ない範囲の損傷だった。
しかし、上方に目線を移すと無残にもレドームの外殻が剥離し、それを支える支柱も若干曲がっている。
ザイオング慣性制御システムは高速での機動で、機体やパイロットを保護するためのシステムであり、
品質や出力は違うが全R機や艦艇についている。
ザイオング慣性制御システムが起動すると周囲に慣性制御圏が出来、
その中では擬似的に物理法則が書き換えられている。
一般には夢の万能システムとして余り知られていないが、
ザイオング慣性制御システムの慣性制御圏は絶対ではない。
余りに周囲の空間と物理法則を切り離してしまうと、空間そのものが不安定となり、
亜空間とはまた違う制御不能な空間によって弾かれる恐れがあるためだ。
この現象はザイオングシステムの実験段階で、
観測機器や被験者がその身を持って教えてくれた。
慣性制御圏はシステム中央からの距離が伸びるに従って減衰する。
つまり機体中央から遠い、機体の末端に負荷が集中するのだ。
特にE系列のレドームは精密に出来ていて、かつ重量もあるため非常に負荷がかかる。
これがレドームの寿命を縮めていると言うことだった。
話がそれるが、戦艦などの慣性制御には巨大な複数のザイオング慣性制御システムを同期させ、
艦体全体に制御圏を維持しながら加速度の無視、外部衝撃の緩和などを行い、
さらに内部では別の重力システムを起動させるといった膨大な処理をしている。
「……という訳だ」
「つまり、運用ではなく機体の方の問題であると」
「システム上の問題だな。今まではそもそも機体寿命が短かったのと、
戦闘機動そのものが少なかったので、表面化してこなかったのだろう」
班員会議の席でアルトマンが総括して原因をまとめた。
この問題が出てきたのは機体性能が上がったせいだともいえる。
ミッドナイトアイはその貧弱さからバイドと遭遇すると直ぐに落とされるか、
不利を悟った時点で、一目散に逃げ帰るのがセオリーだった。(そして大体撃墜される)
しかし、皮肉にも第13班が強化型のミッドナイトアイや、
後続機のアウルライトを開発した所為で、今までは即死か一路退却しかなかったE系列に
強制偵察という任務が課せられてしまったのだ。
こうして、E系列の思わぬ弱点が露呈することとなった。
「これは根本的な問題だ。改修だけじゃダメだな」
「もう一機枠取れるでしょうか?」
「俺たちが取れなくても、軍から依頼が飛ぶだろう」
こうして、新たな開発が始まった。
***
13班が間借りしている会議室では様々な原案が飛び交っている。
意図を説明しようとしたらしきスケッチが撒き散らされ、
ディスプレイにはデータ群が溢れていた。
連日開催されているこの会議は既に4日目に突入した。
「レホス課長、やるなら7日で構想だけでも持ってこいって……
あと3日しかないじゃないか」
「案を詰める必要があるから、方向性だけでも今日中にまとめませんと」
アルトマンが上司の無茶ぶりに頭を抱えていると、部下も泣きを入れてくる。
全員やつれていた。
原因は課長のレホスが出した条件。
詳細データはなくてもいいが、どういったものを作るのか7日で案を持って来いという命令だった。
レホスはTeam R-TYPEの益を考えているので、
軍からの要請や、既存機の改良についてはあまり乗り気では無い。その上での無茶ぶりであるが、
普段冷遇されていたミソっかすの第13班は、このE系列は自分達のものだと言って、
猛烈に動き始めたのだった。
***
しかし、ザイオング慣性制御システムとR機の根本に関わる問題であるので、
早々に暗礁に乗り上げた。
レドームがなければE系列で必要とされるレーダー性能は達成されないし、
ザイオング慣性制御システムは、現時点での最高のものを使用しても、目的を達成できない。
戦艦などの艦艇に使われるものは大出力を約束するが、
R機には積めないくらい大型で膨大なエネルギーを喰う代物なので利用は出来ない。
案を出しては検討し廃案にするという作業を繰り返してきた13班は段々疲れてきていた。
「艦艇用のザイオングの小型化は無理って話が出ただろう」
「無理ですかね。突き詰めれば……」
「それはきっとR機じゃなくてザイオングシステムにスラスターつけて飛ばすようなものになるぞ」
「廃案。他に案は?」
「小型を複数つけても同期するために大きな制御システムが別に必要になりますし」
「レーダーや管制、その他情報系の機器が積めなくなるな」
「レドームは捨てられないし」
「他の攻撃用の機器は研究が進んでいるから小型化が著しいが、情報機器は小型化しないからな」
「それでも機体本体容積は最適化して40%の余地ができた。これを利用できないか?」
「ダメだな。大型ザイオングを積むには小さすぎる」
大きなため息の合唱が起こり、額に手を当てたり、頭を抱えたり、天を仰いだり……
様々なボディランゲージで疲労や閉塞感を表す白衣たち。
休憩や仮眠を挟みながらも数日間R機について議論を続けるあたりが、一般から見たら狂気の一端であり、
彼らが弾かれ者ながらTeam R-TYPEの一員である証明であった。
「……もういっそザイオング制御圏の中心をレドームに持ってきたらいいのでは?」
「お前はパイロットをミンチにしたいのか?
パイロットが一番軟弱だから機体の中央部にザイオングが積んで、
そのすぐ前をパイロットシートにしてあるのだろう」
「ですよね」
ヤケクソ感の漂う声に何人かが否定の声を上げる。
言った方も否定されることが分かっていての発言らしく、大人しく意見を引っ込める。
人間はR機の中でもっとも特殊なパーツであるとは、Team R-TYPEの言である。
最も軟弱で、最もエラーを吐き、最も換装が効く、しかし絶対に必要なパーツ。
なので、パイロットシートは、距離に比例して減衰するザイオング慣性制御圏の中心に、
位置することが設計上のおきまりとなっている。
そんな共通認識を持っていた彼らだが、班員の一人であるデーナーがそれに対して疑問を覚えた。
「なんか引っ掛るのだが、何か見落としてないか?」
何だろう。などと呟きながらデーナーが頭を抱え始める。
その様子に周囲の班員も頭ごなしに否定したのは早計だったかなと思いなおし、
一緒に悩み始める。10分くらい、いい大人が揃って呻いているという、
異様な光景が展開された後、リーダーのアルトマンがポツリと言った。
「あ、前提がおかしいのではないか?」
「前提とは何ですか?」
「レドームが機体から半分離している構造。変えられないか?」
疑問符を浮かべる班員を尻目に、アルトマンは廃案が書かれた模造紙の裏にペンを走らせる。
模式図の外形が書かれたあたりで、皆ポカンとした表情になり疑問符が更に量産される。
基本的な構図が描かれるに至って、デーナーがまずアルトマンの構想を理解できた。
そして、周囲もアルトマンの意図を察していき、
いつの間にか静まりかえった会議室で誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
会議机に広げられた模造紙に視線が集中する。
思いつく限りの図を描いたアルトマンがペンを置き、言う。
「レドーム耐久度強化型機だ」
R-9Eミッドナイトアイが皿を被ったR機なら、その図は皿を飲み込んだR機だった。
データタンクなどにE系列の面影を残す機影だが、
その本体中央部がぽっこりと円盤状に膨らんでいる。
図には機体からはみ出した円盤外縁部には補強のための補強版が取り付けられ、
強度も考えられているようだ。
「これ、いけますかね?」
「ともかく、皆で検証しないと」
R-9E系列の弱点を克服できるかもしれない素案にデーナーを始めとした班員は
目を輝かして、素案を食い入るように眺めている。
皆、新たな技術に挑戦するという研究者の本分も一応満たされているし、
自分たちの手がけてきたR-9E系列が、新たな進化を遂げるのに希望を抱いている。
疲労状態から一瞬で復帰を果した13班は、異様な熱気を孕んだまま、
徹夜で検証を続け、細かい修正をしながら原案を描いていく。
時計の針が翌々日の始業時間を指したころ、図面が上がった。
***
数ヵ月後、カッコ良くないと一部不評があったものの、
効果はテキメンで機動が原因のレドーム損傷は起こらなくなった。
ついでにパイロットの乗っているコクピットと同じ中央にレドームがあるため、
回避計算がしやすくデブリなどによる損傷も減少した。
軍部からは評価され、第13班は軍部に近いTeam R-TYPEの良識派として軍人の間で記憶された。