プロジェクトR!   作:ヒナヒナ

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R-9DH“GRACE NOTE”

R-9DH“GRACE NOTE”

 

 

 

新しい研究室。新たに班長となったジェニファーの住処となる場所だ。

真新しい第一歩だ。と、勢い込んで踏み入れたのもつかの間、その光景に幻滅する。

 

 

型落ちした端末、机の裏のケーブル類はぐしゃぐしゃ、椅子は黒ずみ、

壁には落としきれなかった落書きだか何かのコードだか分らないもの。

とんだ中古物件だった。

ジェニファーは新任班長なんてこんなもんだと、自分を宥めながら部屋に踏み込む。

 

 

「えーと、ともかくナンブ班長に無理言って独立させてもらったのだから、頑張らないと。

ところで、私の班に配属になった人達どこよ!?」

「はい、ここです」

 

 

短く悲鳴を上げるジェニファーだが、その足元にあるダンボールの山がもぞもぞと動く。

その隙間から腕が出てきて、周囲のダンボールを退かすと、痩せて小汚い中年白衣の男が出てきた。

長さがバラバラの長髪にぼうぼうの髭、いつ洗ったか分らない白衣、明らかに垢の浮いた肌、そんな男だ。

 

 

「おはようございます。貴方が新しい班長のジェニファーさんですね? 僕は実験屋のスコッターです」

「ジェニファーよ……、なんというか、ゾンビ風? なかなか斬新な登場方法よね?

というか実験屋はともかく、不法定住者(スコッター)て何よ」

 

 

スコッターと握手した手を白衣の裾で拭きながら、ジェニファーが言う。

語尾が震えているのは怒りの所為だろうか。そんな事を気にせず中年男は言う。

 

 

「僕は実験処理とか研究で実際に操作するのが、それはそれは好きなのですが、

ずっとこの研究室で暮らしている所為か不法定住者(スコッター)と呼ばれていまして」

「ずっと?」

「ずっとです。ここ10年くらい研究所の外に出ていませんね」

「……もう良いわ。もうひとり、研究員が来るはずなのだけれど?」

 

 

フケだらけの頭を掻きながらスコッターが言う。

ジェニファーは眉間に皺を寄せて、落ちるフケを見ないようにしながら「もう一人の研究員は?」と問う。

 

 

「もう一人は前のプロジェクトが遅れているらしくて直ぐには来られないので、

今回は隣の研究室から人を借りることになっています」

「分かったわ。とりあえず私は研究室を整えるから、貴方はまずお風呂に入ってきなさい。今、すぐ。

でないと、フォース部品洗浄漕に叩き込むわよ!」

 

 

ジェニファーはギリギリ笑顔だったが、声は怒りを押し殺した震え声だった。

 

 

***

 

 

結局、まともな話し合いが出来たのは翌日の昼過ぎだった。

 

 

「スコッターだよ」

「ピンチヒッターとして隣の研究室から貸し出されたラヴィダです」

「班長になったジェニファーよ」

 

 

無精者のスコッターだが、その長髪を一束に結い、無理やり髭を剃らせると、少しだけ見れる顔になった。

浮浪者からヒッピー位には格上げできる。

ラヴィダは人数が足りず研究がひと段落着いた隣の研究室から来た助っ人で、

ガチムチ体型だが常識人の様だった。ちなみに、この研究の目処が立てば、元の巣に戻る予定だ。

若く始めての班長を経験するジェニファーを補佐する予備要員という役割だろう。

 

 

「さて、行き成りだけどすでに作る物は決まっているわ。すでに書類は通してある。これよ。

機体性能その他はR-9Dシューティングスターで出来ているわ。コレを実現する方法が欲しいの」

 

 

ジェニファーが端末に映し出したのは、R機の仕様書だった。

端的に表すと、機能は最低限ただし波動砲は特殊。波動砲の継続時間が秒単位なのだ。

尾を引いているので、長く見えるが通常はエネルギーが弾頭状になるので精々ミリ秒くらいだ。

これに答えたのはピンチヒッターのラヴィダと、それに答えるスコッター。

 

 

「圧は力だから、発射というか照射時間伸ばすと威力は下がるでしょう」

「それに波動エネルギーの濃度分配も心配だね。実験すると分かるんだけど、

波動砲は先頭部分が一番濃くて、末端は尻すぼみで薄くなる。だから貫通力もでる。

照射時間が長くなると威力を安定させる機構が必要になるね」

 

 

問題点や課題を洗い出す班員二人、この中で最も若いのはジェニファーで、

ラヴィダは熟練研究員、スコッターに至っては冴えないが実験研究のスペシャリストだ。

二人が問題点を挙げるたびにホワイトボードに書き込まれ、字で埋め尽くされるのもすぐだった。

 

 

喧々囂々打ち合わせ会議が続き、どうにか形になって来た頃、

スコッターが電卓を叩きながら呟いた。

 

 

「波動砲コンダクタなんだけど、この条件だと、R-9Dより更に加熱される」

「冷却装置は間に合うはずでは?」

「いや、コックピットの骨格が不味いんじゃないかな? 

計算上は連続発射しつづけるとコックピット下部の外部装甲が溶けるよ」

 

 

R機の波動砲コンダクタは胴体部下部から前方に伸びており、

コックピット下部にその先端がくる形状になっている。

スコッターの説明では、コンダクタ周辺が異常加熱してその直上にあるコックピットを炙るというのだ。

ジェニファーが思いつきで、改良案を出す。

 

 

「R-9D2モーニングスターみたいに、各所を最新機器に置き換えて隙間を空けて、

空いた空間に大型冷却装置を置くのはだめかしら?」

「加熱するのはコンダクタから放射を浴びる所為だし、コックピット部はフレームが下部にしかないから、

そこを直に炙られるのはちょっと構造的に厳しい。最悪機動時にコックピットがもげる」

 

 

 

予想される熱量の計算式をホワイトボードに書きこむスコッター。

ジェニファーは唸りながら更に案を出すが、これはラヴィダが否定する。

 

 

「コックピット周辺だけ断熱構造にはできないかしら?」

「断熱素材とか、耐熱塗料とかですか? それを突き詰めて研究すれば出来るかもしれないですが、

別に僕らはコックピットを丈夫にしたいのではなくて、新型波動砲を付けたいのだから、

楽な逃げ道があるなら其方がいいのではないでしょうか」

 

 

大型冷却機案、もっと下方に付ける案。分離案、など色々意見がでたが現実的ではない。

ジェニファーがヤケクソ気味に発言する。

 

 

「ええ、もう、だから背負えば良くない?」

「うーん、コックピットは少し下向きだから多少でも被放射量も少なくなるかな」

「でも上部なら、異常加熱したときはコンダクタを上向きに上げて冷却を待つことも出来るかも」

 

 

ジェニファーにとっては苦し紛れの一言だったが、

意外にも、そうだそうだと、男二人が盛り上がって話が進んでいく。

 

 

話が煮詰まったと見るや、スコッターがホワイトボードに図面を書いていく。

そのラインは職人芸のように狂いが無い。

基礎フレーム、コックピット、ザイオングシステム、各種スラスター、レーザー機器、ミサイル。

R機の‘背中’に砲塔が出来上がり、そこから細い棒状の砲身ができあがる。波動砲コンダクタだ。

わぁ、とため息を漏らしながら見ているのはジェニファーだ。

するすると図面が出来上がるのを見ながら、コレならいけるわねと呟く。

 

 

「さて、今のところの案は、こんな形ですが如何ですか、班長?」

「凄いわね。貴方のこと唯の浮浪者かと思っていたけど見直したわ」

「いや、研究室に住んでいるうちに、アパートの家賃を払い忘れたら追い出されましたから

住所不定といっても過言ではないのですが」

 

 

微妙にずれた和やかな雰囲気が出来上がっていた。

即席研究班ではあるが、チームとしてはまとまってきたようだった。

今回が班長初仕事となるジェニファーは特に、興奮しているようだ。

 

 

ジェニファーが「貴方最高ね」と、右手を差し出す。信頼の握手を要求しているのだ。

スコッターは少し照れたように頭を掻いてから手を出す。

ジェニファーとスコッターが世代を超えた友情を育んでいるときに、それは起きた。

 

 

スコッターの腕から何かが跳ねてジェニファーの腕に乗ったのだ。

ジェニファーが不思議そうに左手でそれを摘んでみるとそれは虱だった。

 

 

「……」

「あ、悪いね。全部洗い落としたと思ったけど、新しい卵が孵化してしまったかな」

「スコッター、あなた坊主とDDTどっちがいい?」

 

 

ジェニファーの声は怒りで震えていた。

 

 

***

 

 

持続式圧縮波動砲のコンダクタを背負った白いR機R-9DHが最終調整を終えて、お目見えの時を迎えていた。

 

 

剃りあげられて頭髪が無くなったスコッターとジェニファーは新たに出来上がった機体を見ている。

ラヴィダが居ないのは、開発の仕事が一段落した頃に、「新たなR機を閃いた」

などと言って、もとの班に戻っていったからだ。

ジェニファーはこの機体R-9DHの名付け親にスコッターを選び、

(不潔さは信じられないが、実験段階でも彼の能力は非常に有用だった)

彼は、R-9DHをグレースノート(装飾音)と名づけた。

 

 

「グレースノートとは君の事だ」と言われたジェニファーは無邪気に喜んでいたが、

スコッターが意図したのは、ジェニファーが怒った時の震え声が装飾音のようだから、

などという事は露も知らなかった。

 

 

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