R-9DH2“HOT CONDUCTOR”
「ジェニファー班長? グレースノートのアンケート分析終わりましたよ」
ダンボールと毛布が積み重なったスコッターの“巣”が撤去され、
多少こなれた感のある研究室に現れたのは比較的若い男だった。
前の仕事が長引いたため、遅れてジェニファーの研究室にやってきたワイドだ。
班長のジェニファーと、若手のワイド、ベテランのスコッターがこのDH研究班のメンバーである。
R-DHグレースノートが順調にロールアウトして、実績を積んだ今、後続機の計画が持ち上がっているのだ。
ワイドの持ち込んだデータを素早く呼び出して、ディスプレイに表示すると、研究開発会議の始まりだ。
「さて、データを見ると……比較的好意的に評価されているようね」
「ええ、これなら大筋は変える必要はなさそうだね。」
特出すべき問題は無かったことに、ジェニファーと
坊主を脱出しショートカット程度に髪が伸びてきたスコッターは安堵する。
そこにワイドが質問を上げた。
「となると……威力を上げるように要請がありますけど、これを実施するとなると
R-9Dシューティングスターの系統と性能が被ってきますよね?」
「私が企画したDH系列のコンセプトはなぎ払いビームが撃てるR機よ。威力は次点だわ」
ジェニファーは地が出てきたのか、笑顔で己の欲望を臆面も無く吐き出した。
如何に現場の意見を取り入れようと、そこに個人のエッセンスを仕込む。
「好きな物を形にしたい」という開発欲こそがTeam R-TYPEの原動力の一つだ。
「まあ、D系列との差別化を含めて、DH2の方針は波動砲照射時間の延長ってことになるかな」
「なぎ払いには最低ラインで2倍の照射時間が欲しいわね」
ともあれ、スコッターが言う通り、すでに方針は決まったような物だ。
あれよあれよという間に、機体の基礎性能は据え置きに決定し、
増強された主機と冷却機の能力は、波動砲に注ぎ込まれるのだ。
もはや波動砲が本体といったR機だ。
こうして、時間は過ぎていく。
***
「あ、これもしかして、冷却装置のラインが持たないんじゃない?」
「ええと、また異常加熱ですか?」
「どれどれ」
いつも通り電卓を叩いていたスコッターが疑問を投げかけると、
ワイドとジェニファーが検討する。
「ほら、DH系ってコンダクタ部が突出していて機体側にある冷却装置で直接冷やせないから、
コンダクタまでラインを引いているんだけど、この出力の波動砲だと、コレじゃ持たないよ」
「もっと、太く? 支柱内部を通すのはダメかしら?」
「稼動部が多くて、砲身も大きくなるから強度も必要。支柱に手を入れるのは危ないのでは?」
通常のR機は波動砲コンダクタを冷却するのに、
コンダクタ基部と冷却装置が機体内で隣接するように配置されているので問題にならなかったのだが、
DH系列は外付け背負い式波動砲コンダクタであるので、冷却装置から遠い。
グレースノートは波動砲の出力が弱く、ラインも細いので何とか支柱に這わせる形で収まったのだが、
照射時間を2倍(予定)に伸ばすR-9DH2ではそうも行かない。
「このコンダクタに供給する冷却システムの増強が必要だ」
「でも、俺が思うに機体側との接続面が狭いからラインが通る隙間が無いですよ?」
「他と干渉しないように、空間的余裕まで考えると最低でも……100mm径は必要だね」
「支柱にそんな穴あけたら強度不足で、機動時に折れますね」
R機はザイオング慣性制御システムによって慣性の法則を無視するので、
急加減速や急制動による機体へのダメージは無いように思われがちだ。
しかし、ザイオングシステムはそこまで万能ではないので、完全に0には出来ない。
機体中心部では特に強く働くが、機体外部ほど本来の慣性を受けやすい。
すでにR機の制動能力が常軌を逸しつつあるR-11シリーズなどで顕著だ。
高機動機、大型機などで問題があり、大型化した波動砲コンダクタが機体中央から離れて配置されている
R-9DHもその問題に引っかかり、コンダクタを支える支柱の強度を増すことで無理矢理解決している。
考え込むジェニファーを余所に電卓を叩きつつスコッターとワイドが話し込む。
「波動砲の威力1.5倍程度に抑えれば、コンダクタも軽いし、ラインも中を通せるんだけどね」
「それはダメ。じゃあもう、後ろからライン繋げば良いわ!」
スコッターの妥協案にジェニファーが不満げに言う。
そのままつかつかと模式図が描かれたホワイトボードの前に歩み寄ると、
支柱側にあったラインを消して、無造作にコンダクタ後方から外部に露出した細いラインを書き込む。
「班長、それって俺が思うにラインの強度が不味いのでは?」
「クッション剤を充填したチューブに通せば良いわ」
ワイドの意見に、ジェニファーは自分の描いたラインに上書きするように書き込む。
まるで掃除機のチューブの様なパイプが出現した。
「試算では……出来なくはないね。ただし冷却システムが外部に晒される分、外部衝撃には弱くなるよ」
「D系列には劣るにしても、長距離狙撃機であるDHシリーズに肉薄されるようでは、作戦自体がダメなのよ。
DもDHも砲よ。遠距離から一方的に攻撃できるから砲なのよ。運用の問題だわ」
班長ジェニファーの強い押しもあって、結局、この案で決定した。
***
こうして、従来の2倍の照射時間を誇る持続式圧縮波動砲Ⅱを持ったR-9DH2が製造過程に入った。
背負い式の波動砲コンダクタと、そのコンダクタを強化するための外装のため、
まるで大きな銃器を備え付けたようにも見えて、物々しい。
その砲身の後ろと機体後部を、掃除機のチューブのような巨大な冷却システムのラインが繋いでいる。
通常R機よりも大きい、そのずんぐりむっくりな機体形状とその物々しい砲身の取り合わせに、
愛嬌さえも感じるのは、研究班がR機に毒されている証拠だろう。
「私のDH、私のDH2、私の照射時間延長型~」
特殊工廠とはいえ、Team R-TYPE以外の工員が出入りする製造現場で、
変な節を付けて即興の歌を歌うのは研究班班長のジェニファーだ。
見渡しの良い足場の上に陣取って、手すりから身を乗り出さんばかりだ。
周囲の工員が明らかに避けて通っているのは彼女のTeam R-TYPEの身分証とテンションの所為だろう。
ちなみにスコッターはまだ実験したいと、実験棟に篭っており、一緒に居るのは若いワイドだけだ。
「班長、ご機嫌ですね」
「ええ、やっと波動砲の威力的にもD系列に並んで、嬉しいのよ」
「Dは余りにも尖りすぎていましたからね」
D系列は地球から月まで狙撃できる精度と射程を前面に押し出した機体群だが、
R-9D2モーニングスターを最後に開発中止になっている。
「そういえば、ナンブ班長はどうしたのかしら? D系列の開発中止を聞いて落ち込んでいたけど」
ジェニファーが独り言を言うと、ワイドが拾う。
「ナンブ班長ってジェニファー班長の前の研究室の人ですよね。
あの人、R機研究を辞めたらしいですよ。なんでも「ここに作りたい物はない」って」
「えっ!? ナンブ班長Team R-TYPE辞めちゃったの? というかワイドが何で知っているの?」
ワイドの首根っこを掴んでグラグラと揺するジェニファーに、
うっかり足場から突き落とされては大変と、ワイドが慌てて答える
「ちょこっと前に噂になりましたからね。何でも軍の研究開発に行ったらしいですよ!」
「そうかぁ、ナンブ班長辞めちゃったんだ。詰めが甘かったけど悪い人じゃなかったのに……
でもなんで、軍の研究開発なのかしら。あそこ大型艦艇とか施設がメインじゃない」
「さあ? そこまでは」
テンションがだだ下がりのジェニファーはワイドの首元から手を離すと、
手すりに頬杖をついてため息をついた。
「はあ、気分が盛り下がっちゃった。ワイドあなたが名前決めて良いわよ」
「意味が分りません」
「R-9DH2の現物見て命名しようと思ってたけど、テンション下がっちゃったから貴方に任せるわ」
「そんな、適当な……」
思ったより気分屋なジェニファーに呆れるワイド。
流石にテンションを理由に命名を他人に任せるのはどうだろう?
でも、これ以上仮称で通すわけにも行かないし、一度言ったらこの班長は聞かないし。
と、ワイドは考えを巡らせて、諦めた。
「あとで文句言わないでくださいよ。……そうですね。“ホットコンダクター”なんてどうでしょう?」
「ホットコンダクター?
装飾音(グレースノート)もだけれど、熱演する指揮者(ホットコンダクター)って随分と気取った名前ね。
でも系統で命名基準が統一されているし良いかもしれないわね。それで行きましょう!」
「え……? ああ、まあ、それでもいいです」
急に元気になったジェニファーを見て、ワイドは余計なことを言うのをやめた。
ワイドは“異常加熱ギリギリの(波動砲)コンダクター”の意味だと語ることは無く、心の中にしまい込んだ。