プロジェクトR!   作:ヒナヒナ

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R-9DH3“CONCERT MASTER”

R-9DH3“CONCERT MASTER”

 

 

 

「もっと、もっと照射時間を!」

 

 

お昼時のDH班研究室。

ジェニファーが拳を振り下ろした衝撃で、机の上の機器類や食器が耳障りな音を立てて震える。

口元にミートソースを付けた班長のジェニファーが唐突に吼えた。

 

 

「汚いなぁ。食べ終わってから喋って下さいよ」

 

 

突然の奇行に驚きもせずに苦言を呈する当たり、最も若年のワイドも慣れたものだろう。

ワイドは嫌そうな顔をしながら机を拭き、ボンゴレを口に運ぶ。

 

 

ちなみに同じく班員のスコッターは、昼休みに入るなり流動食を10秒で胃に流し込み、

さらに1分後には椅子を3つ並べて、その上に器用に寝ていた。

 

 

巷で恐れられるTeam R-TYPEの研究室は、意外と俗っぽく駄目な研究室だった。

 

 

***

 

 

寝癖が付くほどには髪が伸びたスコッターを叩き起こして、ワイドが食器類を片付けると、

先ほどまでの食卓は小さな会議スペースに早変わりした。

別の部屋からジェニファーがホワイトボード2枚ほどを引っ張ってくると、会議開始だ。

 

 

「さて、私の方針は唯一つ。“R-9D2モーニングスターに追いつき、追い越せ”よ」

 

 

「もっと照射時間が延ばせるはず」だの「DHの潜在能力はまだまだ」などと、

ジェニファーがいつも呟くのを聞いていれば、改めて言われなくても分っていることだ。

そして、この班長が言い出したら聞かないことを知っている班員二人は黙って聞く。

 

 

「今日の検討議題は最長の照射時間、予定ではDHの3倍、6秒を狙うわ。

それを得るにはどうするか。さあ二人とも意見をどうぞ」

「そうだね。威力を据え置きにして、チャージループを増やせば可能だと思うけれど、

今までの実験からいくつかの問題点が出ているね」

 

 

スコッターが一つ一つ項目を挙げていくと、ワイドがホワイトボードに書き取る。

 

 

「冷却装置の出力、主機出力の上昇、波動コンダクタの大型化。

あと、これらによる機体の大型化。こんなところですか」

「あと、現場からはフォースとレーザーの改良を求める声がありますが」

「フォースとか照射時間に関係ないから却下!」

 

 

スコッターに続いて、ワイドが一応注意するがジェニファーはにべも無く現場の声を拒否する。

決め手に欠けるディフェンシヴフォースと、それに対応したレーザーは余り好かれていないのだが、

最早、なぎ払いビームこそが正義と信奉しているジェニファーには雑音に過ぎなかった。

 

 

「これくらいかしら? じゃあ一つずつ検討しましょう。先ずは冷却装置……って

これは単純に機器の効率を上げるしかないかしら?」

「そうですね。スコッター先輩と俺とで調べた結果、6秒のオーダーを実現するには、

最低で、このくらいの冷却装置が必要です。体積的には3割増で」

「まあ、これはどうしようもないから良いわ」

 

 

何も書いていない方のホワイトボードに冷却装置の図が書き加えられる。

 

 

「次は主機の出力だけど、これも最新型載せるしかないわね。保留して次。

波動砲コンダクタの大型化。どのくらいになるかしら?」

「機体全長は優に超すね。あと径も大きくなるからコンダクタの重量は2倍じゃ済まない」

「これを後方の支柱だけで支えるのはちょっと」

 

 

ホワイトボードの模式図にはコックピットより大分突出したコンダクタが描かれた。

ご丁寧にも“so heavy!!”の字が書き足される。

ワイズがスコッターに意見を求めながら、模式図に冷却装置から伸びるラインを書き込むと、

スラスターよりも後部に張り出してしまった。

 

 

「そうね。あと、ラインの引き方も考えなきゃね。で、どれくらい機体は大きくなったの?」

「機体全体重量で当社比1.8倍です」

「流石にそのままは無理ね。案が通らないわ」

 

 

ホワイトボードにはもはやR機の成分が薄れて、砲塔に機体がめり込んだ様な形になってしまっている。

流石に機動出来ないまでになっているのは不味かろう。

 

 

「……。一番の問題は波動砲周りね」

「そうですね。というか改良点はそこくらいですからね」

「波動砲の重量とコンダクタの長さはもうどうにもならないよ。実験研究で散々やったしね。

コンダクタが重すぎて、後方の支柱で支えきれないのをどうするかだね」

「冷却装置もこの大きさはないですよ」

 

 

実際に模式図はR機ではなく波動砲のお化けである。

 

 

「じゃあ、コンダクタを装甲で覆ってしまえば良いのよ。外骨格として使って支えにするの」

「それなら、支えになるかな。こんな感じで」

 

 

スコッターは波動砲コンダクタ覆う様な立方体の筒をホワイトボードに書き込む。

彼の描写スキルもあって、巨大な砲塔を積んでいるように見える。

それをみたワイドがコメントを投げる。

 

 

「でも覆いなんてしたら、唯でさえギリギリの冷却が追いつかないですよ」

「冷却は……冷却剤かなんかを装甲の内部から噴きつけるような型にして強制冷却!」

「それ冷却材の補充が必要になりませんか?」

「燃料よりは少ないわ。補充が容易なように設計すれば、燃料補給時にいけるわ」

 

 

明らかに思いつきで話すジェニファーに食い下がるワイド。

二人が揉めていると、実際データを取るスコッターが意見を出す。

 

 

「実験をしてみないと何ともいえないけど、試してみる価値はあるね。

冷却装置が小型化するだけでも、主機出力も余裕が出るし機体重量を削減できるからね」

「出来るかしら?」

「実験してみないと何とも? でも計算上は無理じゃないね」

 

 

スコッターは模式図を書き換え、冷却装置を小型化して波動砲コンダクタへ繋がる、

冷却ノズルを複数書き加えた。

 

 

***

 

 

ここは戦略的に価値の余りない宇宙空間。

周囲では機雷を模した標的がそこら中に浮いていて、その一つ一つに赤い警告灯が点っている。

それを遠くから眺めるR機が一機。試作機のためか塗装も白一色の試作R機が宇宙空間に浮かぶ。

機体側面には大きくR-9DH3と書かれている。

 

 

輸送艦からの指示にしたがって、テストを行っていたのだ。

今のところ、機動試験でも砲がもげる事は無く順調だ。

 

 

『試験機、300秒後より波動砲連続発射試験を行う。異常を感じたら報告をせよ』

 

 

“異常を感じたら発射を中止”でないあたり、不穏である。

Team R-TYPEでの試験では、テストパイロットとは熟練者の名誉ある仕事ではなく、

うっかりすれば消費財として非常に軽く考えられている節がある。

 

 

しかも、元となるDシリーズは初期実験でコックピット(無人)を溶かしかけた前科持ちだ。

そんな情報を知らないわけではないだろうが、パイロットは命令どおり実験を開始する。

 

 

パイロットが波動砲のトリガーを引き絞るとカチリと音を立ててトリガーが途中で止まる。

甲高い音とともに波動砲チャージメーターが溜まり、視界の上部に光が灯る。

メーターが溜まりきると独特の音が響く。聴覚に直接伝えられたチャージ完了音である。

パイロットがトリガーを引きっぱなしにしていると、1テンポ置いてチャージメーターが再び動き出す。

チャージ音もその度に高くなっていく。

2ループ、3ループ……4ループ。

波動砲コンダクタの回路にエネルギーが満ち、完全チャージ状態になる。

 

 

『試験機、圧縮持続波動砲Ⅲを発射せよ』

 

 

パイロットが波動砲のトリガーを最後まで引ききると、機体を揺さぶる様な低音とともに、

コックピット上部の砲身から光の束が生まれる。

光柱は肉眼では見ることすらままならない遠方にある機雷標的を消しとばし、

そのまま機軸をずらすと、周囲に展開している標的を幾つも巻き込んでいく。

標的を軽く10は破壊した後、重低音が除々に収まり、同時に光の束も消えていく。

直ぐに、波動コンダクタの冷却が始まり、コンダクタの外部装甲から冷却液が吹き付けられる。

 

 

機体内部にはヤカンから蒸気が噴出す様な音が伝わってくる。

パイロットの目の前には、即座に波動砲発射可能状態を示す“WC Ready”の文字が浮かぶ。

 

 

『試験機、連続試射開始』

 

 

パイロットは言われた通りに、再びトリガーを引き絞った。

そんな試験を繰り返し、POWアーマーによる補給を挟みながら、100射を無事終えた。

試作成功作のテストパイロットは、

自分の前任者が70射目にして煮えてしまったことを知らなかった。

 

 

***

 

 

その試験を輸送艦で見守っていた白詰襟の軍の関係者はこの結果に満足げに頷き、

開発研究責任者として同席していたジェニファーに賛辞を送る。

 

 

「すばらしい。このR-9DH3は非常に強力な支援機になるだろう」

「ありがとうございます。私もDHシリーズを開発した甲斐がありましたわ」

 

 

白衣のジェニファーは普段はしない様な口調と、余所行きの笑顔で受け答えをする。

 

 

「ところで、この機体の愛称はなんというのだね?」

「ええと、決めていなかったのですが……DH系列は音楽関係で命名していますから、

そうですね、楽団を仕切るコンサートマスターなんてどうでしょう」

「R-9DH3コンサートマスターか。軍としても、直ぐにでも配備をお願いしたい。

生産ラインが動き出し次第ぜひ連絡を」

「うふふ、わかりましたわ。あ、実験後のコンサートマスターを見たいので、失礼しますわね」

 

 

笑いが漏れる口元を隠しながら、艦橋を辞するジェニファー。

艦橋を出るなり走り出し、ハンガーに駆け込む。

そして、大声で勝鬨を上げる。

 

 

「やったわ! これで現場の心はキャッチしたわね! 私のDHシリーズは名実共にD系列に勝ったのよ!」

 

 

突然現れるなり大声で叫び、高笑いを続ける白衣の研究者を遠巻きに見た整備員達により、

「まともそうに見えてもやっぱりTeam R-TYPEは狂人の集まりだった」と噂されることになる。

 

 

***

 

 

同時期

軍主導のとあるプロジェクトがスタートしていた。

海王星の向こう、カイパーベルト帯に浮かぶ、まだ中空の円柱しか出来ていないソレである。

太陽周辺域から数百枚の巨大ミラーと、数十箇所の中継地点を用いて、

太陽光を凝縮しながら砲塔にエネルギーを集め、指向性を持たせて一気に放出する。

その圧倒的な熱量は、バイド汚染された物質を根こそぎ破壊する。

巨大光学兵器ウートガルザ・ロキの完成であった。

 

 

「はっはっは、狙撃砲がR機に積めないなら、いっそ超巨大にしてしまえば良いではないか!

これなら、月-地球どころか、海王星-地球間の狙撃だって狙えるぞ! 私の勝ちだDHシリーズ!」

 

 

完成後、

高笑いしながら、とある対バイド巨大兵器開発プロジェクトの主任設計者は、試射実験をしたらしい。


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