R-9DP2“ASANO-GAWA”
「え? R-9DP2の開発許可下りたんですか!?」
資料室の一部を改装した狭っくるしい研究室にエルの大声が響いた。
R-9DPは“近接戦専用戦闘機”という謎機体である。
戦闘機における格闘戦や近接戦は、ドッグファイトと呼ばれる。
旧世紀の有視界戦に端を発した概念で、互いに後ろを取ろうと目まぐるしく動き回る戦闘だ。
R機においては、レールガンやミサイルを使っての1対1もしくは、1対少数の戦闘のことを指す。
しかし、物量で押してくる対雑魚バイド戦において、格闘戦を挑むなど愚行だ。
それこそ、短期突入であっても雑魚は無視して進むことが前提とされている。
しかも、その武装の一つであり長射程・大威力の波動砲を捨ててパイルバンカーという、
ほぼ密着しないと敵に届かないような武装(皆これを波動砲とは呼びたがらない)を持った
R-9DPハクサンはあまり生産されていないのだが、駄作として知名度だけは高かった。
しかし、基本的には“駄作”の一言だが、一部においてはファン層が形成されつつあった。
それはごく一部であったが、“浪漫”というあまり現実的ではない要素に魅せられてしまった人々だ。
現場の大多数にとって不幸なことは、その一部に高級軍人が名を連ねてしまった事だ。
もっとも一部の高官が無理やりねじ込んだ予算なので、許される開発費は非常に少ないが。
「ああ、軍にもこのパイルバンカーの素晴らしさが分る人間が居ましたか!」
「マイノリティというものは、その反動として非常に高く評価される傾向にありますからね」
「障害が多いほど燃え上がるっていうやつだな!」
発言順にルーニー、エル、ビルのDP研究班の三馬鹿だ。
ひとしきり歓声を上げると、ビルが一応釘を刺す。
「まあ、そうは言っても開発資金は最低クラスだし、開発期間も長くは取れないがな」
「そんなことは関係ない! 僕らのパイルが俺のパイルがもう一機作れる!」
「ヒャア、我慢できねぇ。反対する奴は杭打ちだー!」
ある意味、自分達の妄想の産物である浪漫機が世に送り出せただけで、満足しつつあったのだが、
後続機開発の希望が見出せたことで、異常なテンションとなりつつあった。
普通ならリーダーであるビルか、聞き役に回ることの多いルーニーが押し留めるのだが、
二人とも冷静なのは口先だけで、自身も興奮状態にあるため、制止役にはならない。
結局、そのまま後続機の開発会議となってしまった。
***
「R-9DPハクサンの問題点はパイルバンカーの威力です!」
力強く言ったのはエルだ。
実際には射程だったり、波動砲の不在であったり、硬度であったり、
色々足りない上に、そもそもからしてコンセプトがおかしかったりするのだが、
そんな事は最早、彼らにとって問題ですらないのだ。
「あれ以上はやはり超高硬度金属では無理だったからな。新しい案を考えないと」
三人の方針はパイルバンカーの強化だ。
すでにバランスという言葉からは遠い機体であるので、徹底的に尖らすことになったのだ。
ルーニーや、エルが思いつきを言葉に出していく。
Team R-TYPEで更なる高硬度物質を開発する?
開発経費が絶対的に足りない
打ち出し速度を抑えて、他の威力向上手段を考えるか?
それは粋ではない
条件によっては火薬量を増やしても可能なのでパイロットの技量にかける?
それは研究者としての沽券に関わる
……
議論が何時までたっても煮詰まらない現状を打破しようと、一度頭を冷やすことになった。
そして、エルが問題点の解析データを呼び出して、確認のため説明を始めた。
「問題はパイルに使っている超高硬度金属がほぼ理想的な剛体ということです。
超高速での接触時に先端が耐え切れずに崩壊を起こすのです」
「どうしたものですかね……」
実験施設でのデータを見ながら、
冷えたコーヒーを飲んで、喉を湿していたルーニーがぼやいた。
そのまま、ため息の連鎖が広がるが、数分の沈黙を挟んでビルが突然大声を出した。
「前回のアレだ。パイルの表面に波動エネルギーの幕を張れば良い。
パイル先端が固体に打ち付けられる直前に波動エネルギーで、
相手の装甲に小さな穴を開け、そこをパイル本体で押し広げ、破壊する!」
「ちょ、ちょっと待ってください。
チャージ回路の外で波動エネルギーを滞留させるなんて、一つ間違えば大惨事です」
エルが慌てるのも無理は無い。
波動エネルギーは拡散しやすいが、高密度時には接触した物体の殆どを解体してしまう。
それが波動エネルギーを扱う研究者の中での常識であるからだ。
だから、波動砲では虚数次元という隔離された空間でエネルギーを扱うのだ。
「実はな、基礎研究部から面白い情報を手に入れたのだ。
エバーグリーンの残骸跡で発見されたバイド群生体“Xelf-16”を元に開発された液体金属なのだが、
実は波動エネルギーを内部に溜め込んで保持できる性質があるらしい。
しかも外部刺激によって、液体から固体まで硬度が自由になるのだ。
研究部の連中は、その鹵獲体が何とかと言っていたが……」
ビルの勢いに感染したのか、ルーニーはすでに興味深そうな顔で発言しだし、
この研究班ではブレーキ役になりつつあるエルも乗ってきたようだ。
「ビルの情報が本当なら、波動を纏わせることだけじゃなくて、収納性も解決できるな」
「そうですね、射程も改善できるかもしれません」
「そうだろう。この物質は強い物理刺激で特に硬化するらしいので、火薬も併用していこう」
三人は確信犯の笑みを浮かべた。
「しかし、ビル。回路の外での波動エネルギーを滞留の件はどうします?
Team R-TYPEの内部にはともかく、軍にそのまま話すのは不味いですよ」
「適当に誤魔化して火薬を増やしたためと言っておこう。
どうせ、漏れ出た波動エネルギーはスパークするように見えるだけだからな」
「ビル。それなら摩擦で静電気を帯びていることにしたら良いです。帯電式とかいって」
「良いですねルーニー。それなら何とかなる気がしてきた。じゃあ、帯電式パイルというわけですね」
こうして、方針の固まったR-9DP2は前回よりも幾分慎ましい実験を繰り返し、
ひっそりと形作られていった。
***
「……そろそろR機の形状ではなくなってきましたね」
新しく試験機として出来上がったパイルバンカー系列2番機は、
リーダーのビルによってアサノガワという名前を与えられた。
試験機ということで白い機体色に、更に大型化したダクトシールド、
波動エネルギーを操作するために、大型化した波動コンダクタが付け加わっている。
シールドが主張しすぎて、正直戦闘機の形状ではなくなってきている。
「これが帯電式パイルバンカー試験機、R-9DP2アサノガワだ!」
高笑いするビルを見ながらルーニーがエルに尋ねる。
「ねえ、エル君。ハクサンのときも思ったのだが、アサノガワってなに?」
「さあ、噛みそうな名前だけど……なんかこう、ジャパニメーション風のネーミングですよね」
「ジャパニメーションって、独特のデフォルメが特徴のアニメ手法の一つだっけ」
「所謂、ロボット物とか熱血物と言われるアニメは大体ジャパニメーションで、
もともとは蔑称? だった気が……たしか北半球の何処かの国が発祥だったよ」
もはや、自分の趣味分野以外は覚える気がない二人は首を捻ったが、
ビルが熱烈な旧世紀のアニメーション愛好家であり、趣味的懐古主義者であったことは知っていた。
ついでに言うと、オリジナリティを求めたビルは、軍艦や戦闘機などの著名な名称を避け、
北半球のジャパニメーション発祥地のたまたま目に付いた半島にあった名称を利用したのだ。
「ま、まあ、何にせよ次回の課題は完全波動エネルギー化だね」
「次回……あるか心配ですね」
ルーニーは満足顔、対してエルは心配顔で呟いた。