R-9DP3“KENROKU-EN”
「だから、なんでR-9DP3の開発許可が下りるのです?」
資料室の一部を改装したやっぱり狭っくるしい研究室にエルの呆れ声が響いた。
試作機とはしたが、アサノガワはどう考えても、使いやすい機体ではないのだ。
アサノガワは帯電式パイルバンカー試験機として、とりあえず実験機として数機が生産された。
ハクサンより格段に威力が向上したアサノガワは、何とか使えるかといった機体になったが、
試験機として特筆すべき結果が出せず、パイル機ファンであった軍高官の権力をもってしても、
パイル機の開発は凍結されることになると思われた。
にも関わらず、このパイルバンカーシリーズの開発許可が下りた。
正直、意味が分らない。と思ったのはエルだけではないだろう。
ことの原因はというと、やっぱりTeam R-TYPEだった。
Team R-TYPEの上層部は、パイルバンカー機アサノガワ(表向きは超高硬度パイル装備)を、
“バイド”から得られた技術である流体金属についての活用事例として評価し、
秘密裏に後続機の開発が決定されたのだ。
***
「帯電式パイルバンカー改良型……どうします?」
一発屋で終わると思っていたパイル機なだけに、先の展望などもともと無かったのだ。
パイルでバイドが打ち抜かれたら、爽快だ。そう思っただけなのに。
エルが心の中で呟いていると、ビルが答える。
「攻撃力を極めるしかないだろう!」
「極めるって、えらく抽象的な表現ですが」
「射程も、使い勝手も、需要も知らん! ただただ破壊力を!」
アジテートするかのように叫ぶビル。
当初はまだ常識を繕うことは少ししていたビルだが、最近は完全に向こう側の人になっている。
しかし残念なことに彼の周囲には同じ班員のエルとルーニーしかいない。
すでに十分過ぎるほど染まっているので、止める者も居ない。
「攻撃力って、アサノガワの時点で中級バイドまでならほぼ一撃ですよ?」
「そこまで来たら次は大型バイド……いや、A級バイドさえも一撃で葬れる威力だ!」
「んな無茶な……」
恐る恐るといった体で聞いてみたエルは、ビルの答えに顔を引きつらせる。
ドプケラトプスなどA級バイドを倒すには、弱点に波動砲で波状攻撃するか、
フォースロッドの破損覚悟でフォースをめり込ませるしか手が無いのが現状なのだ。
それを一撃破壊など……
「狂気の沙汰です」
「なに、波動砲でのワンショットキルなら、とある班が研究しているらしいと噂で聞いた。
なんでもチャージに時間がかかり過ぎて、とても現実的とはいえないらしいが」
「……近接攻撃ですよ?」
「パイルには可能性が詰まっているから問題ない」
撃沈されたエルに変わってルーニーが攻めてみるが、ビルの方針は変わらないらしい。
エルとルーニーは顔を見合わせる。
「ルーニー、吹っ切れました。
こうなったらいくとこまで行ってみましょう。やるなら楽しまなきゃ損です!」
「エル君……そうだね。ここまできたら当初の通り突き進まなきゃ。
趣味に賭けて、Team R-TYPEに入ったんだから、全力で趣味に走ろう」
そんな事を良いながら、エルとルーニーは手を握り合う。
そして、それはパイル班にブレーキが無くなった瞬間だった。
***
打って変わって、積極的な雰囲気になったパイル班の作戦会議はサクサク進む。
欲望や期待を実現するために、技術や常識に無理をさせる気満々なのだ。
目をぎらつかせたエルが意見する。
「ビル、このパイルの発射機構ですが、いっそ完全波動砲式にしましょう」
「前回みたく、表向きは帯電式と誤魔化すとして、瞬発力はどうする?」
「火薬を充填していた薬莢の代わりに、エネルギーカプセルを内部に装填し、発射時はそれを解放します。
Eカプセルは指向性に難があるので波動砲自体には使えない技術ですが、パイルの形成には使えます」
表向きと真実が乖離しはじめ、すでに公式スペックには本当の事を書く気はさらさら無い。
Team R-TYPEとしても、技術成果さえ蓄積できれば問題ないと考える者が大勢である。
そんな、エルの意見にルーニーは注意するどころか、新しい案を付け加える。
「なるほど、使い捨てEカプセルでパイル形成をして、波動砲出力はすべて打ち出しに回すということか。
エル、Eカプセルは薬莢より小さくて、容量が開くからそこに、液体金属漕を増設しよう。
Eカプセルの出力があれば、これだけ長さ延長できるから、射程も延ばせる」
「ルーニー、射程はともかく威力は大丈夫ですか?」
「Eカプセルのエネルギーをすべて液体金属の硬化に回すなら全然問題ない。
それに、廃棄されるEカプセルを薬莢って言っておけば、表向き火薬ですって通るかも」
模式図にはR-9DP3(仮称)そのものより2倍以上突き出した杭が描かれた。
ルーニーがパイルの根元にある波動砲コンダクタの側に数式を書き込む。
「うーん、試算では波動砲のチャージは4ループくらい見ておきたいな」
「むしろ、4ループで済むのが意外です」
「普通の波動砲は波動エネルギーの一部だけを物理的破壊力に回しているから、
A級のコア部まで食い込めないんだ。で、バイドは再生するから何度も何度も打ち込むことになる。
パイルは物理的衝撃をもって直接抉りこむから、消費エネルギーは少なめになるよ」
「パイロットな熟練じゃないといけませんけどね」
ルーニーとエルが更に書き加える。
「試算だと、打ち込み速度が上がるから、攻撃後に飛び散る破片も危険度が増すね」
「シールドを増強しましょう。ダクトだけでは無くて機体全面を覆うように、こう……」
「エル君、これコックピットに破片が直撃しない?」
「うーん、コックピットが邪魔なので、突撃時には後方に動かしましょう。
あとは対物理性を強化すれば良いでしょう」
「うん、レーザーなんかには無力そうだけど、単純な物理破壊は免れそうだね」
シールドが更に拡大され、もはやシールドの隙間からコックピットが少しだけ覗いている状態だ。
すでに、R機としての形はコックピットの形状でしか判断できない。
エルがふと思い出したように、ビルに聞いた。
「ビル、忘れていたのですが、フォースとビット、あとレーザーはどうします?」
「どうでもいい些事だ。むしろ主機と冷却系とスラスターを大型化するのに邪魔だから、
取ってしまっても良いくらいなのだが……」
「いやいや、エル君もビルも何言っているの? 流石に許可が下りなくなるので一応つけよう」
「仕方ない。つけるにはつけるが従来型で十分だな」
「従来型というか、うちの班パイル以外の研究なんてしていないから、DH系列の
ディフェンシヴフォース改とレーザー一式をそのまま流用しているんじゃ……」
ビルは、パイル機のフォースについて、弾除け以外の用途を見出していなかった。
しかし、流石にフォース無しのR機というのは認められなかったため、
パイル機DPシリーズの原型となったDH、DVシリーズの武装を踏襲しているのだ。
こうして、開発方針が詰められていく。主にパイル周りが。
主機や冷却系、スラスターの改良にしても、
A級バイドを破砕できるエネルギーをパイルに送るにはコレだけの出力が必要とか、
それでオーバーヒートしないようにするには、コレだけの冷却能力が求められるとか、
大型化したR-9DP3を機動させ、パイル打ち出しに負けないようにするには、とか……
パイルを中心に研究が回っていた。
整備性やエネルギーカプセルの弾数については端から議論されなかった。
会議の終わりにビルが怪しい笑い声をもらす。
またかと諦観したエルとルーニーがビルの“発作”が終わるまで待っていると、
突然、拳を突き上げて大声で叫んだ。
「よし、究極パイル機ケンロクエンを作り上げるぞ!」
「え? もう名前決まっているんですか?」
こうして、R-9DP3ケンロクエンの開発がスタートする。
***
パイル機に関わる諸問題を、熱意だけで押し通して1年以上。
とうとう、R-9DP3ケンロクエンのデビューの可否が決定する実験なのだ。
すでに塗装意外は完全装備されている。
「さぁて、R-9DP3の破壊力とやらが、ちゃんと発揮できるかどうか見ものだねぇ」
開発課長のレホスがビルに話しかける。
実験指示を行う実験指令区画にいるのは、レホスなどTeam R-TYPEでも一部の人員だ。
今回、実験を行うのは、以前アサノガワをテストした軍の実験区画ではなく、
Team R-TYPE所有のとある巨大研究施設であるためだ。
「今回はA級バイドを一撃で粉砕できるかテストするから、研究体であるアレをだしたけどぉ」
レホスは、一度言葉を止めてビルの反応を確認してからゆっくり実験区画の物を指し示す。
何重もの装甲で囲まれたその区画の中央に据えられているのはひとつの筒。
その中には胎児のような異形が沈められている。
奇形乳幼児のような長い頭部のような器官を頂点に、湾曲した背骨状の骨格が繋がっている。
背骨から続く、本来なら二本の尾となるべき器官は未発達のようだ。
腹部に当る部分からはもう一つの奇妙な“顔”が飛び出している。
特徴だけ拾うならば、それは生ける悪魔として、恐れられているドプケラトプスだ。
ただし、実験区画の筒の中に居るのはR機数機分程度の小型のものだった。
「ドプケラトプス幼体の実験体。
あれ自体は失敗作とは言え、安いモノじゃないからぁ、絶対に結果を出してね」
「もちろんです! 私の作ったケンロクエンに打ち抜けないモノ等ありません」
Team R-TYPEの狂気の実験の結果として、ドプケラトプスの幼体を発生させることは
出来たのだが、それ以上の成長ができない上に、培養液で満たされた筒から出した瞬間、
周囲を巻き込んで内部崩壊する失敗作であった。
現在、諸問題によって実験は凍結中であるが、施設や実験素材は維持されている。
培養液内でしか存在できなくても、その硬さは本家ドプケラトプス並みということで、
その内の一体が実験に使われることとなった。
正直、A級バイドを培養しようとしているだけで、
外に漏れたら関係者の首が飛ぶほどの問題なのだが、
Team R-TYPEでは些細な事だった。
レホスはビルやエル、ルーニーの顔を見渡して、A級バイドについて
情報を漏らすものならどうなるかを確認したあと、実験のゴーサインをだした。
筒に拘束されたバイド体の前で、ケンロクエンが打ち出し準備に入る。
テストパイロットがトリガーを引くと、波動砲コンダクタが低い唸り声を上げて出力を上げる。
チャージメーターが上がり始めた。
一段階目に入ると、液体金属に波動エネルギーが流され、パイルの先端だけ生成される。
同時にコックピットブロックが後方に下げられ、ガシャリとEカプセルの装填音が聞こえる。
続く、2ループ目ではパイルの先端に漏れ出た波動エネルギーが集まり、帯電しているように見え始める。
3ループ目バチバチとスパークが起こりだすと、
テストパイロットはパイルバンカーの打ち出しアプローチの為に突撃コースを取る。
最終、4ループ目が溜まると同時に、一気に加速する。
Eカプセルからのエネルギーが液体金属を、超高硬度のパイルに変え、長大な光の杭を作り出し、
インパクトの瞬間にチャージされた波動エネルギーが解放される。
巨大な研究所自体を微震させるような衝撃の後。
実験区画中央に据えられていたドプケラトプス幼生は跡形も無くなっており、
周囲の隔壁には機械部品であった破片がめり込んでいる。
静かになった実験区画には、空になり排出されたEカプセルだけが転がっていた。
***
とにかく目立つようにと、赤く塗装された制式版のR-9DP3がロールアウトしてくる。
試験機の枠を出ず、小数生産のみだったハクサン、アサノガワと違い、現場に配備される分だ。
操縦が難しく難のある機体ではあるが、扱うことも出来るパイロットに当れば大きな武器となった。
討伐に艦隊が必要とされていたA級バイドを一撃で破壊できることに、価値を見出したらしい。
精々、十数発しか装填できないエネルギーカプセルの補充問題も、
大物狙いが推奨されるケンロクエンに置いては制限要因にはなりえなかった。
作戦が長引くようならPOWから補給を受ければ良いし、
A級バイド対策としての短期ミッションに投入されることが多いためだ。
整備の問題であるが……
何故か煩雑のはずのケンロクエンの整備が他のR機に先がけて終わるという謎現象が見られた。
それを聞いたビルは「整備にも分る人間が居るようだ」と高笑いをしていたという。