R-9WF“SWEET MEMORIES”
Q.R-9W系統機についてどう思いますか?
A.
・パイロット殺し
・悪夢の試験管
・人間の生物学的スペックを無視している
・パイロットは部品
・パイロットは充電池
・精神クラッシャー
・もう高性能AIを開発しろ
・バイドに殺される確率<機体に殺される確率
etc.
「……ですって。ワイズマンのイメージ最悪ですね」
「ほとんど、ハッピーデイズは無かった事になってるじゃない」
「なんでこんなアンケートが」
白衣の3人が居るのはWシリーズ開発室。
中肉中背の男は影が薄いと評判のランド。一番年少でまだ勤めだして2年だが、
存在を忘れられて実験室に閉じ込められ、何回かフォースの明りで夜を明かすという経験をしている。
紅一点のセフィエは30代でジーパンにタンクトップで痛んだ金髪を結い上げている。
白衣を着ていなかったら仕事をしているとは思えない格好だ。
太り気味の男はジョー、眼鏡をかけて、サスペンダーでズボンを吊っており、
外見は完全にとっつぁん坊やである。一応班長となっている。
彼らが覗き込んでいるのは、パイロットに行ったアンケート結果である。
皮肉の効いた抗議文として、パイロットの有志達から送付されたそれは、
R機各機への意見を図ったアンケートだ。
今見ている項はR-9W系統の代名詞ワイズマンなど…所謂‘試験管機’を問うたものだ。
試験管機R-9Wワイズマンは、搭乗パイロットに精神面での大きな負担を与える機体として有名だ。
試験的に実装したナノマシン波動砲(誘導式)を装備しているが、
この武装はパイロットの意識で軌道を変えられるが、代償にパイロットに多大な精神負担を強いる。
トレードマークである試験管型のキャノピーは脱着可能になっており、
消耗の激しく自力で機体を降りることができないパイロットの乗り換えを簡単にするため、
パイロットをキャノピーごと入れ換えるためだ。
試験管の中で、動けないまでに消耗した同僚が、部品のように換装される様子は、
多くのパイロットに恐怖心を植え付けた。
しかし、R-9Wワイズマンの挙げた戦果は大きく、戦力の一端を担うまでになっている。
そんな機体を生み出したのはこのWシリーズ開発班だが、
ワイズマン開発当初のメンバーの内2人はすでに入れ替わっており、
現在残っているのは、当時一番下っ端だったジョーのみだ。
Wシリーズは、もともと特殊な波動砲をテストするために開発されている。
ワイズマンの誘導式波動砲やハッピーデイズの分裂波動砲だ。
誘導式波動砲の有用性が確認されながらも、独自の系統機に派生しない当たり、
試験管機が軍部で問題視されているのが分かる。
まあ、テスト機にはピッタリなのでワイズマン以降のWシリーズにも引き継がれている。
***
「なんで、私達のワイズマンばっかりこんな言われなきゃならないの。
何よ精神クラッシャーって。このくらいの精神衰弱、一日寝てれば復活するわよ。
大体ワイズマンが精神クラッシャーなら、ピースメイカーは肉体クラッシャーでしょ!?
なんで、あっちは人気で、こっちはぼろ糞に言われなきゃならないの」
「落ち着いてください。セフィ。気にしちゃだめですって」
「ピースメイカーは市民の味方だからな。’Police’って堂々とマーキングしてあるし、軍用のもパイロットにも人気がある」
「中の人間の死亡率で言ったら、ピースメイカーの方が高いのよ。そもそも、マイクロマシン波動砲ほど有用な……」
ジョーとランドは顔を合わせ、また始まったという顔をする。
セフィエは自分の関与するR機への愛情が尋常でないのだ。
長続きすることの無いボーイフレンドの10倍以上の愛を注いでいるだろう。
もっとも。セフィエはハッピーデイズからの参加で、ワイズマンを開発したわけではないが、
研究班の担当として、追研究をおこなっているため、『自分のR機』と認識している。
自分の機体が馬鹿にされれば、いらだつ。そして周囲にまき散らす。
まあ、Team R-TYPEの研究員は、これくらいのヒステリーは可愛いと思えるほどの個性の持ち主が多いので、問題にもならない。
言いたい事を言ったら収まるので、仕事の片手間に適当に話を聞けばいい。
***
「さて、何時ものがおさまった所で、新規機体開発案を検討しようか」
セフィエのヒスが収まったのを見計らって班長のジョーが切り出す。
すぐにセフィエが食いつく。
「今のトレンドは高出力機だったかしら?」
「主機の改良が足踏み状態だからな、波動砲をいかに効率よく撃てるかだろう」
「では、僕らもその路線で行きますか?」
「いや、それならWシリーズで無くとも良い。我々に求められるのは技術革だ」
「ブースター機能は無いかしら?波動砲を何らかの手段で増幅するの」
ランドが毒にも薬にもならない言葉を話しながら、会話に混ざる。
「増幅ですか…出来ます?」
「ランド、出来る出来ないじゃない。試すか試さないかだ。ふむ、方向性としてはあり…だな」
「さすがジョー、あなた大好き」
「R機に人生を捧げている君に言われてもね。他に案が無いならこの方針で行こうと思うけど。ランドは何かあるかい?」
「いえ、それでいいと思います」
「じゃあ、明日までに波動砲ブースター機能の構想案を上げくること。検討するから。解散」
先ほどとはうって変わって機嫌が良くなったセフィエと、無視されても常に平常心のランドが部屋から出て行く。
***
波動砲の基礎部分の設計を立てているセフィエとそれを見やるジョー。
波動砲中にナノマシンの一種を散布し、特殊な効果を得ることができるが、
彼女は脳の感情を司る部位に同調するように調整を掛けていた。
「これで決定かな。…感情制御によるナノマシン活性の誘発と、それによる波動砲のブースト」
「そう、精神論に近いけれど、ナノマシンの可能性を追求する案よ。感情によるナノマシンの異常活性を逆に利用するの」
「ランドは?」
「僕の波動砲螺旋収束案より、想定最大威力が高いですし、そちらの案で良いと思います」
ランドが役に立っていないが問題ない。
彼の神髄は、淡々と、ひたすら淡々とそれが可能になるまで、ひたすらと試行錯誤を続けることだ。
どちらかというと研究というより、技術に偏っている。
「それでは、R機自体はハッピーデイズからのマイナーチェンジで問題ないな」
「ナノマシンと波動砲の同調機能はワイズマンのものを、箱だけ再利用しましょう」
「問題は、ブースター機能と、パイロットインターフェイスの改良ね」
「じゃあランドは、ナノマシンによる波動砲ブースターの開発、
セフィエはインターフェイスプログラムの作成草案を頼む。私は問題の洗い出しと上への書類作成だ」
***
【課長室】
今日のレホス課長のシャツはワインレッドのストライプで、全体に暖色系で揃えている。
白衣の袖も赤インクで塗装してあるのはご愛敬だ。
「…というわけで、ナノマシンブースト機能を持った幻影波動砲と、その機体を提唱します」
「ふむ、少々イロモノ感が否めないが、Wシリーズならばそれもありかねぇ。波動砲の威力向上に陰りが見えたのも事実だし」
「パイロットには嫌がられますが、やはり試験管コックピットです。パイロットの育成も同時に行います。テストパイロットを下さい」
「ああ、先週来た検体から好きなの見つくろって良いよ。
派閥争いでこっちに来た軍人だからパイロット適正が低いけど」
「まあ、ある意味問題は感情の起伏なので、それでも構いません」
「神経接続は従来性のものを使うの?」
「接続機器は従来性を使いますが、新しくプログラムを起こそうかと」
「…へぇ。じゃあプログラムも実装前に提出してね」
ニマリと笑顔になるレホスと、その笑みに引くジョー。
「レホス課長、なんか仕込……いやなんでもないです」
「さすがジョー。僕の事分かっているね」
***
【二ヶ月後_実験検証室】
R機は幻影波動砲ですべて撃ち落とした後、沈黙している。
生命反応はあるが、脳波の特定領域がフラットになっている…ようは「落ちている」状態だ。
幻影波動砲の威力は素晴らしく、デコイの周囲の岩礁ごとえぐり取っていた。
ディスプレイを通してその様子をジョーと課長のレホスが並んで見ている。
壊れかけのサンダルは部屋の中だけにしてほしいなと思いながら、ジョーはレホスを見やる。その目は半眼になっている。
「で…レホス課長。うちの機体に何を仕組んだんです?」
「なにかなぁ、証拠も無いのにそんなこと言って良いワケ?」
「たしかにあのシステムは体力を取る設計になっていますが、コネクタによる精神汚染は設計していないのですが」
「だからなんで僕だと…、でもまあ生命エネルギーを使っているんだから、精神衛生なんか瑣末なことだよね?」
「何年あなたと付き合っていると思っているんです?
課長しか居ないじゃないですか、R機のプログラム仕様書とか隅から隅まで読む人。
パイロット達の神経接続デバイスに変なプログラムが書き加えられてあったんですよ。
相当巧妙に書かれていて、専門で無い限り分からないでしょう」
目の端であんまりな試験結果に喚くセフィエと、彼女をなだめようとして殴られるランドを横目で見ながら話す2人。
「ちょっとねー。人間の空想ってさ、意外と一定の枠を出ないんだね。
夢っていうのも記憶を反復する作業でさぁ、脳の入力作業の余波みたいなものだし、起きた瞬間に忘れちゃうくらい印象薄い。
でもさ、悪夢だけは非常に強い精神活動を伴うんだよね。感情は強く現れるし、肉体活動も誘発する」
「…で、ナノマシンでその強い精神活動を行う悪夢を誘発させたと」
「そう。プログラムに手を加えて、‘恐怖’の刷り込みを行ったんだよ。
脳接続器具内に常駐して、恐怖を感じたときに特定の刷り込みを行う様にしたり、睡眠中に、そのイメージを開放して、刷り込みを強固にしたりね」
「それで、毎日悪夢を見るようになったパイロットが多かったのですね。……でも、あれだけで落ちるとなると、改良が必要ですね」
「まあ、作戦継続中は落ちないようにしてね。POWや工作機で機体回収ってさすがに面倒だし、未帰還率が高まるからデータ取れない」
ところで、と言いながらジョーがディスプレイに繋がっているキーボードを操作する。
ディスプレイはパイロットが気絶する前に撃った幻影波動砲の場面をリピート再生し始めた。
試験管付の戦闘機から発射されたそれは、最初はただの衝撃波動砲の様な挙動をしているが、
一定距離に達すると、空間振動を撒き散らしながら取り留めのない映像を送り出してくる。
完全に戦闘機であるとか、宇宙空間、武装であることなど無視したシュールなラインナップだ。
「ところで、…なんなんです?あのパルテノン神殿や五重塔は?」
「んー。特に意味はないけど僕の端末の壁紙集だよ。あまりありふれているものに恐怖を持たせると、
日常生活に支障をきたすからね。普段あまり見ないものにしてみたよ」
「つまり選ぶのが面倒だったんですね。土星に恐怖を抱くパイロットが多くて困るんですけど……どうするんですかあれ」
ここはゲイルロズ、木星―土星圏に浮かぶ軍事基地だ。
「これでまた、Wシリーズは悪評を抱えるわけですね」
「今更だから。というかR-9Wのときに試験管式コックピットを考案したのはジョー、君だろう」
「あれは当時の先輩達からプッシュされたんです。
ワイズマンは次期主力機になるから、どうにかしてパイロットの乗換え問題を解決しろって、
冗談であのコックピットユニット構想を考案したら、採用されてしまったんですよ」
昔のことを懐かしそうに話すジョーにレホスが面白そうに話しかける。
「常識人ぶっているけど、冗談であの発想が出る辺り、君も狂ってるよね」
「なんですかそれ、ほめ言葉ですか?」
***
R-9WF スイートメモリーズ試作機完成。