R-9AX“DELICATESSEN”
兵器開発は最新鋭の技術と、古くから蓄積された経験の両方が求められる混沌とした現場である。
そんな新旧が交じり合う場所では、よく分からない伝統が生まれる。
Xを機体番号に持つ機体は実験機もしくは実験的新技術を搭載した兵器だ。
と、いうのもその一つだろう。
もともと、Xというアルファベット自体に未知の物に対する仮称という意味があり、
旧世紀の大気圏内戦闘機などで、実験機にXを付ける命名基準があるのを継承した形だ。
R-9AXはR-9Aアローヘッドをベースとした試験機であった。
***
南半球第一宇宙基地にあるTeam R-TYPE開発部長室では、人工の物でない陽光が差し込んでいる。
地球をはじめとした一部の居住区域でしかできない贅沢だ。
この部屋の主であるスーツ姿の中年女性は、それを無造作にブラインドで遮る。
応接セットに待たせていた若い男の前に座ると、話を切り出す。
「レホス班長、プロジェクトRの件でとある開発方針が決まったわ」
「そうですか、バイレシート部長。でもあまりつまらない物だったら部下に回しても良いですか?」
「その時、貴方は被研究対象になるわね。少なくとも開発指揮は執りなさい。今回の案件はこれよ」
女性から機密文章仕様の末端を受け取ると、レホスはセンサーに指紋を読み取らせて、
文章に掛かったスクランブルを解除し、開発方針の文書を読む。
暫く、黙って書類を読んでから、顔を上げるレホス。
「新しい武装の試験。その為の元となる機体ですか」
「そうよ、第一次バイドミッション、サタニック・ラプソディ、第二次バイドミッション。バイドは2回甦ったわ。地球連合政府の発表ではバイドは駆逐したとしているけど、
3回目もあるものとして準備を進めているの」
「バイド残渣の駆逐とか言ってR機を維持して、我々Team R-TYPEも規模を維持していますしねぇ。
飯のタネである次の単機突入機のための試作機ですか」
「それもあるけれど、追い詰められての単機突入型ではなく、多様性を持たせるための実験よ」
手元の文章には新たなマン-マシンインターフェイスの確立、新機軸波動砲の模索などが書かれている。
新しい技術に触りたくて、民間からTeam R-TYPEに転職したレホスは、
この0から始める新技術開発に関わることをこの場で決めた。
***
レホスの研究室に荷物が搬入されてきた。
新しい研究開発に使う資料や資材の一部だ。
ちなみにレホスの部下となる研究員とは今日が初顔合わせだ。
もしかしたら知っている顔もあるかもしれないのだが、人事書類を流し読みしたので覚えていない。
「さて、そろそろ班員が来るはずだけど……誰が来るんだっけ?」
上司への挨拶があったので、やり手ビジネスマンを思わせる格好をしていたレホスだが、
仕立ての良いジャケットを脱ぎその辺に掛け、革靴をロッカーに放り込むと、
荷物の中から皺だらけの小汚い白衣と履き潰したサンダルを取り出し、身に着けた。
残念な研究者スタイルの完成である。なまじ中身が身奇麗なだけにより残念だった。
いつもの格好になって満足したレホス。そこへ研究室の入り口から声がかかる。
「新しく配属されたドンとジェクトです。レホス班長はいらっしゃいますか?」
「ああ、入って良いよぉ。ええとドンと誰だって? キミ」
レホスが奇妙に間延びした調子で呼ぶと、二人の老若二人の男性が姿を現す。
中年で腹の出ている体形のドンは知っている。
年は食っているが確かな実績がある研究者だ。
若い方のジェクトはいまいち知らない。どこかで会ったことあるのだろうが。
「ジェクトです。よろしくお願いします」
Team R-TYPEに似合わず生真面目そうな男だったので、レホスは思わず笑ってしまった。
***
会議机に座るレホスは、目の前のドン、ジェクトに記憶媒体を渡し話しかける。
「さて、僕も他の仕事を掛け持ちしているから、簡単に終わらせるよぉ。
この企画書に合うものを作るから研究対象を絞るよ」
「“特殊武装テストベース”ですか。武装は……スタンダードフォースにスタンダード波動砲? レーザー欄が空欄ですが?」
「あ、でもドンさん。スタンダード波動砲“X”ってなっていますよ」
「本当だ。エックス?」
疑問符を浮かべるドンとジェクトにレホスが言う。
「Xっていうのはぶっちゃけ未定って意味だからぁ。
新しいネタを盛り込んだ波動砲を作って良いってことだね。
ただし、全くの新機軸とするって制約がつくけど」
「なんです? その投げっぱなしは」
「効率ばっかりだと、袋小路に行き詰るからねぇ。上も気にしているんじゃない?」
引き出しは多ければ多いほど良い。
もしかしたら、ある引き出しには勝利への約束手形があって、人類の未来へ繋がっているかもしれない。
バイドとの小競り合いの中で、押し返してきた所為で人類の力を過信しつつあるが、
バイドにとっては屁でもないのかもしれない。人類は絶賛、滅亡の危機にある。
もしかしたら精神安定のために無関心を装っているのかもしれないが。
何にせよバイドと戦うための武器が必要で、そのための一環なのだ。
まあ、そんな裏事情は、ヒラ研究員は知らなくても良いことだが。
「そんな訳だから、一つ面白い発想が出るようにみんなで考えようと思ってね」
「方向性もまっさらですか」
ジェクトがぼやくと、ドンが前向きに言う。
「まあ、どうせなら、普通に出したら蹴られるような案を出したいですね」
「そうだね。あと試験機だから先が見える様なものが良いねぇ。じゃあ発想を柔軟にして考えてね。
じゃあ、僕は詰まらない会議に出なくちゃいけないらしいから、これで行くけど案を考えておいてね」
言うだけ言って席を立つレホス。
無責任だと思う二人だが、レホスが忙しい原因の半分は自分達にあるため、強くは言えなかった。
Team R-TYPEの研究員は、基本研究以外の仕事はしない態度なので、
対外交渉ができる人材というのは貴重なのだ。
レホスは傍若無人の塊のような男だが、有能で政治的な駆け引きもできる。
周囲にとっては不幸なことだが、そういった事情で仕事がレホスに集まり多忙になる。
本人は研究畑が天職だと思っているし、才能もあるのだが、
政治的な駆け引き(脅迫を含む)ができる人員があまりにも少なすぎるため、
その他の仕事も出来る研究員=出世頭として周囲に認識され、外回りの仕事が多いのだ。
もっとも、レホス本人もその余計な仕事に付随する権力や影響力を利用して、
自分のやりたい研究を強力に推進しているため、単純に苦労人という訳ではない。
それはさておき、残されたドンとジェクトは有って無いような方針に従って計画をたて始めた。
「……先ず決まっていることは、新技術実験機であること、インターフェイスの一新あたりでしょうか」
「明確な課題であるインターフェイスから取り組もう」
年下のジェクトの呟きにドンが答える形で二人会議が始まった。
「インターフェイスといってもソフト面では既にできることはやりつくしている感じですね。
新しいプログラムだとかは第二次ミッション時に散々検討されましたし」
「結局、頭を開いて電極を直付けするっていう力技だったがね。あれは脳の個体差とかあるから、
機器のセッティングも一人ひとりオーダーメイド状態で、しかも、パイロットは機動を憶えるための訓練が必要だ。
あれをシステムといえるのかは疑問だね。万人とはいえなくても一定レベルのパイロットには使えるようにしたい」
「この時点でエンジェルパックはないですね。既存のタッチパネル、視線制御、音声認識、ボタン制御も」
既存の技術について話しながら、最新の研究データを探る二人。
暫く益の無い会話が続くが、ジェクトがふと顔を上げて、ドンに声を掛ける。
「ドン、これはどうですか?」
「……有りかもしれないな。計画に組み込んでもいいな」
“脳内情報の外部受信について、またそれによるナノマシン制御について”と表示されたディスプレイだった。
***
ドンとジェクトが何とか企画書をまとめて、多忙なリーダーであるレホスを捕まえられたのは、
当初の会議から優に2週間は経過してからだった。
「サイバーコネクタ式。とナノマシンによる波動砲操作ねぇ」
「どうでしょう?」
「ありかな。どの道既存インターフェイスは先が見えているし、ここらで冒険してみるのも手だね。
ナノマシン制御も新しくて良いよ。なんたって通常機で提案したら軍から文句言われること請け合いだからね」
露骨にほっとするドンとジェクト。ここでやり直しと言われる事だって十分にあったのだ。
これでやっと明確な武装について検討し、技術研究が始められる段階に入る。
「で、フォースとレーザーはどうしよっか、案ある?」
「いえ、まだそこまでは検討していません」
「僕としては高エネルギーの幾何学構造による効率的伝播っていうのを研究してみたいんだけど?」
レホスはそう言って幾つかの基礎研究論文を二人に送信する。
要約だけを斜め読みにしたドンが回答した。
「つまり、レーザーを直進ではなく幾何学的経路をとらせる事で、エネルギー拡散による減衰を防ぐと?」
「そうだね、おもしろそうじゃない?」
「レーザーがここまで新機軸という事は、フォースもそれに対応した新型になりますね。大丈夫ですか予算?」
心配そうに言うジェクトに悪い笑みを浮かべたレホスが返す。
「今回は結構予算つけて貰ったからねぇ。面倒な会議に出た意味があるってものさ」
こうして、費用対効果を完璧に無視した開発が始まった。
***
アローヘッドを素地とした簡素なフレームの機体に、赤と黒の警戒色の様に塗装されたR機。
その前方に付いたフォースはスタンダードフォースのロッドを基礎に、追加ロッド部品が取り付けられている。
六角形を並べた様な幾何学的経路で発射されるレーザーのために新たに開発されたスタンダードフォースHである。
軍人や他のTeam R-TYPE研究者を呼んで、始まったR-9AXの波動砲試射実験。
研究施設では何度も試射を重ねているので、実際には新型機のお披露目といった意味合いだ。
各レーザー射撃などウォーミングアップの後、的を射出しての波動砲射撃実験が開始された。
まずは静止目標相手に波動砲をチャージする。
試作とあり2ループという軽いチャージしかできないため、直ぐにチャージ完了音がする。
まっすぐに伸びる波動の光が的を打ち抜いて、行く筋かの燐光が宇宙空間に飛び散る。
観衆は黙ってそれをみているが不満げだ。アローヘッドのスタンダード波動砲を対して違わないように見えるためだ。
続いて、複数の移動目標が宇宙空間に射出された。
同じようにチャージし、同じように単目標を打ち抜くと思われていたが、
先頭の的を打ち抜いた四散した燐光が再び殺到し、残りの的を撃破した。
中にはほぼ180°に近いUターン軌道を描いて目標を撃墜した燐光もあった。
おお、と歓声が上がった。技術者や研究者の一群からだ。
軍人組はスタンダード波動砲とどこが変わるんだと言わんばかりの表情であったが、
この実験を見た他のTeam R-TYPEの研究者達は色めき立った。
何故なら、今までの常識であれば、波動砲に追尾性を持たせるには
そのエネルギーのほとんどを電気に変換しなければないとされてきたからだ。
外部来客が集められた会場に実験終了のアナウンスが流れ、解散となった。
発射時こそスタンダード波動砲と同様に、単純な波動エネルギーを投射しているように見えるが、
目標着弾時に貫通できずに拡散する余剰エネルギーを、ナノマシンで再び目標に向かって追従させる。限定的ながら波動エネルギーに追尾性を持たせた画期的な波動砲であった。
惜しむらくは、ナノマシンで制御できる波動エネルギーが小さいため、余剰エネルギーしかできない点だ。
試験的な波動砲という意味を込めてスタンダード波動砲Xの名を与えられ、
R-9AXはデリカテッセンという名前を与えられることになる。
***
研究者達や軍関係者の反応を会場の隅から観察していたドンとジェクトから報告を受けているのは、レホス。
またもや別の会議に出ていたのか、スーツや靴を脱ぎながら話を聞き流している。
「……ですので、軍はともかく内部的な話題には十分かと思います」
「まあ、どうせ実戦配備することはないから、反応はこの際どうでも良いよ。
でも、僕的に結構良い結果になったから次回も予算つけて実験できるでしょ」
研究室の会議机にパックに入った出来あい料理を並べて、昼食を取るレホス。
個々は美味しそうだが、ハンバーグに奈良漬け、サムゲタンに春巻きというなんとも酷い取り合わせだった。
「お惣菜って時間が無い研究者にうってつけだよねぇ。
そのまま食べても良いし、手を加えてもっとアレンジしてもいい。
まあ、先ずはそのままいただくって事にしようか。アレンジはこれからのお楽しみってことで」