R-9AX2“DINNER BELL”
外部発表も行われない試験機ながら、Team R-TYPE内部の盛り上がりによって、
開発続行が約束された、R-9AXシリーズ。
新型インターフェイスであるサイバーコネクタも、当初こそ扱いづらいといったテストパイロットの声があったが、
次第に慣れたのか、バグ取りや改良が進んだのか、反応速度は順調に良くなってきている。
そんな、アフターサービス的な仕事に追われていたドンとジェクトだった。
「ドン、サイバーコネクタのバグがまた一つ見つかりました」
「これは小さい奴だな。ジェクトお前に任せた」
「何時までやるんですかね、こんなデバッガーみたいな作業」
サイバーコネクタ技術は単に脳から直接信号を取り出して機体を制御する機器ではない。
脳波を捕まえたり、脳波を返すセンサー類ももちろん技術の粋を集めたものだが、
むしろ、中に書き込まれている、脳波-マシン間を翻訳するシステムこそが重要なのだ。
しかも内容が特殊すぎるため、研究員が自らプログラムを書き修正する。
ほぼ全員がプログラムを書けるあたりTeam R-TYPEの研究員の特殊性が窺えるが、
当人達はプログラム作業やバグ取りだけでも外注できないものかと真剣に考えていた。
「新技術だから不具合が山のようにでるのはしょうがないにしても、
パイロットの意識ごと強制シャットダウンだから性質が悪いですよね。一回は精神ごと持ってかれましたし」
「それでも、初期稼動時の様にR機に乗ったまま暴走されるよりはマシだ」
「最弱武装のレールガンとかでも、格納庫内で撃たれて人間に命中したらバラバラどころか血煙になりますからね。
僕、人間って撃たれると塗料になるんだって初めて知りましたよ。レールガンはエアーブラシだったんですね」
「あの整備員は尊い犠牲になったのだ。まあ、うちの実験施設内でよかったよ。軍開発局の施設だったら一大事だ」
「ドンもジェクトも頑張ってるぅ?」
不穏な会話をしつつ、デスマーチ進行中に研究室に入ってきたのは、殆ど研究室に居ない班長のレホスだった。
「そろそろ死にます。レホス班長」
ドンが端的に答えたが、レホスはどこ吹く風で言いたいことを言い始める。
ジェクトはもう言葉を発する余裕が無い様だ。
「波動砲のナノマシン制御とか、サイバーコネクタとかの新技術の実証なんだけど、
まあ、本当にその技術が成り立つの? っていう感じだった訳さぁ、上としては。
「まあ、そのための実験機ですし」
「つまりR-9AXの意義は、実験前実験だった訳でー。それが通った今、本実験に入るって事だねー」
「それってつまり……」
嫌な予感に、今まで黙っていたジェクトが起きだす。既に顔が引きつっている。
レホスは懐から小さな記憶媒体を取り出し、ドンに握らせる。
そして、良い笑顔で止めをさした。
「はい、これー。R-9AX2の企画書」
「……つまるところ、早くこのデバッグ作業を終えてサイバーコネクタの完全版を作れということですか? レホス班長」
「まさかそれだけの為に、僕が来るわけないじゃない? という訳でー」
スタンダード波動砲Xの改良もよろしく。と言い放ってレホスは去っていった。
記憶媒体を持ったまま微動だにせず沈黙しているドンと、それを見て固まるジェクト。
二人の背中は煤けていた。
***
「げっつ、げっつ、かーすいっ、もく、きんきーん!」
「……ジェクト、余りふざけているとサイバーコネクタで試験されるほうに回すぞ」
「すみませんでしたまじめにやります」
もはや音階を合わせる気も無いほど調子っぱずれた歌を歌っていたジェクトに、
苛立つドンが怒りを抑えた声で注意する。
すでに平均睡眠時間2時間のデスマーチは3ヶ月に突入していた。
スタンダード波動砲XX(仮称)の研究にも手を付けたが、結局のところナノマシンによる追尾性を向上させるには、
ナノマシンの量や性能の改良による効果は微々たる物であり、そのナノマシンに命令を伝える操作側である
サイバーコネクトの改良がもっとも効果的であるという結論に達した。
その結果として、ドンとジェクトはひたすらプログラム言語と戦うことになった。
内部機材を新調してはバグを取り、
プログラムを改良してはバグを取り、
バグを取ってはそれによって新しく発生したバグを取り、
上から投げつけられた些細な仕様変更により発生したバグを取り
更にプログラムを最適化してはバグをとり、
……といった作業をひたすらひたすら繰り返すこととなった。
「ドン、最近、プログラム中にニュートが巣食っていて
正しいプログラムを侵食しているんじゃないかと思うようになってきたんですよ」
「通常ならバイドの精神汚染を疑うところだが、私もここ数日ディスプレイの奥にライオスが見える気がするんだ」
「それ、ファントムセルですよ」
軍の人間に聞かれたらその場で波動式焼却炉使って消し飛ばされそうなことを言っているドンとジェクトだが、
沈着して染み付いた目の下のクマと、伸び放題になった髭などを見れば、
慢性的な疲労によるものであることが分かる。
そんなデスマーチ進行中に研究室に入ってきたのは、やっぱり研究室に居ない班長のレホスだった。
「ひっさしぶりー。三ヶ月前から死ぬ死ぬ言ってたけど、存外元気そうだよねぇ」
「また仕様変更ですか、またですか、また組みなおしですか、死んでしまいます。
ふりじゃないんです。本気です。ストレスと寝不足と精神負担でヒトは死ねるんです。
本当にやめてください。お願いします。振りじゃないんです」
無理と知りつつ泣きながら助けを求めるジェクトと、言い返すのも無駄と沈黙するドン。
それに朗らかに笑いながら答えるレホス。
「何言っているのさぁ? Team R-TYPEの研究施設では汚染防止のため、
各研究員の身体データは管理されているんだよ。
それによるとコレくらいのストレス指数なら人間の95%は死ななからダイジョーブ。
脳神経が永続的に変性してちょっと思考回路が組み変わって人格がおかしくなる程度だからねぇ」
施設管理システムの情報を手元に呼び出しながら、軽く告げるレホス。
通常、研究班長クラスのセキュリティ権限では施設管理システムなど触れられないはずなのだが、
なんでもないように、精神疲労度の数値などを読み上げる。
「でもって、これでベータテストも終わったし、R機に組み上げて良いよ。
それじゃあ、機体組み上げたら僕に書類上げてね。実機テストまで持ってくから」
言いたいことだけ言って、また去っていったレホス。
ドンとジェクトは暫く、彼の出て行ったドアを見ていたが、いきなり奇声を上げて抱き合
う。
立ち上がろうとしても、足腰がもうまともに動かないためもつれながら、ドアを出たあたりで倒れ込む。
無精ひげだらけ、皺だらけの男二人が抱き合うという非常に汚い絵面だが、本人達は幸せの絶頂にいた。
何せ、組み上げに入ってしまえば、久しぶりにまとまった睡眠時間を取れるのだ!
それを二人きりの班員(レホスは班員ではなくもはや課長級の上司)と分かち合うのに、躊躇いはなかった。
ちなみに、二人にはそんな考えはなかったが、完全に性別を超えた関係にしか見えず、
周囲から“汚ホモ達”の名を頂戴することになってしまった。
そんな研究員達の、男の矜持と、名誉と、健康を犠牲にしてR-9AX2ディナーベルが完成することとなった。