R-9Sk2“DOMINIONS”
灼熱波動砲搭載機というイロモノR機、プリンシパリティズの完成から数年が経ったあと、
“代理”がとれて正式に班長になっていたフェルナンドは、唐突に課長室に呼び出されて、
課長のレホスから金輪際聞きたくない単語を聞かされた。
フェルナンドが渡された簡易ディスプレイに目を落とすと、そこには“灼熱波動砲搭載機改良計画”なる文字が躍っていた。
「……レホス課長、灼熱波動砲関連は終わったものと考えておりましたが?」
「一度付いた経歴っていうのは、消えないからねぇ」
どうやら、この計画を復活させようとする馬鹿がいるらしい。
こんな機体(R-9Sk)で自分の評価が落とされるのは業腹と、それなりに読めるレポートにまとめたのが悪かったのかもしれない。
または、その後努めて真面目に波動砲研究を行ってきたのが裏目にでたのか。
人づきあいが良い方ではないが、周囲から陥れられるほどの失点は犯していないはず。
もしくは、ヤザキ班長の呪いという奴だろうか?
そこまで考えて、フェルナンドは頭を振って妄想を追い払った。彼が信じるのは技術だけなのだ。
「なぜ今さらR-9Skなのでしょうか、レホス課長?」
「んー、この前小規模宇宙プラントがバイド汚染された事件があったでしょ?」
「? ええ聞いたことはあります。最終防衛ラインの内側で起きたという事で、軍の上層部が大慌てで火消しに走ったとか」
突然、レホスが良く分からない話題をふってくるが、
天才型やコミュニケーション不足者が多いTeam R-TYPEではよくある事なので、フェルナンドも相槌を打つ。
事件とは先月起きた火星衛星軌道を周回する食料生産プラント、CP2-32がどこからか紛れたバイドに汚染され、
生産中の食料植物と、職員32名を含むすべてがバイド化した事件である。
火星都市といった大規模居住区に近いため、軍によって早急に殲滅されたが、
一時は火星都市の武装警察隊が非常事態体制を取るほどの慌てようだったはずだ。
「そうそう、まあ食料プラントって中身が中身だから生物系、特に植物由来のバイドが増殖しちゃってさぁ、
まあ、例によって消しとばして無かったことにしたんだけど。で、そこの殲滅戦にでたのが……」
「プリンシパリティズ、と」
「そうそう、構成体が植物由来のバイドとあって、灼熱波動砲やファイヤフォースが効果的だったらしくて、
お偉方からアレを増産ってことになって、どうやら、昔、ヤザキ君からうまい話聞かされたらしくて妙に強気でさぁ。
で、今は製造しておりませんって言ったら、後続機作れとか言い出してねぇ。で君が担当だったこと思い出したから、ねぇ?」
レホスに任せたからと、過去の消し去りたい仕事の残滓を放り投げられたフェルナンドは、
とりあえず脳内で故ヤザキ班長を滅多刺しにすることで、怒鳴り散らすのを我慢することに成功した。
***
レホスとフェルナンドの会話の翌日。
フェルナンドは旧班員であるディキシーと、最若手のイライザに黙って資料を配る。
付き合いの長いディキシーは、普段は冷静な班長が癇癪を爆発させそうなであることを察して黙っていたようだが、
まだ十代後半で人生経験の浅い新人のイライザは空気を読み違えたようだ。
「わあっ、班長、これって機体開発の指名ですか! 波動砲でなくて機体を作れるなんてラッキーですね!」
「R-9Sk2……アレの後続機か」
「ディキシーにイライザ、私はこの機体の開発背景について説明したくない。詳しくは資料にまとめておいた。各自読むように」
顔を伏せ、怒りを押し殺した声を絞り出すフェルナンドと、
“R-9Sk2”という表題で事態を察して黙るディキシーと、浮足立って周りの見えないイライザ。
空気は最悪だった。
「新機体開発すごいです、灼熱波動砲とか中二心が擽られていいですよね。これ改造するとか燃えちゃうわー!」
「お、おいイライザ落ち着け……というかちょっと黙れ。な? な?」
「え、ああ、そうですよねTeam R-TYPEとしてはこんなことで興奮していちゃいけないですよね!
いやでもこれ、私にとって初R機デビューなんですよ。炎って主人公属性見たいでちょっとカッコいいですよね。
熱血属性、燃え上がるんです。色もやっぱり赤が主人公色ですよね、フェルナンド班長!」
「……。明日、検討するので、各自、腹案を、作ってくるように」
両手を握ってはしゃぎだすイライザに、絞り出すような声で答えるフェルナンド。
流石に二十歳にも満たない子供に向かって怒鳴り散らすことは彼のプライドが許さなかった様だ。
***
翌日の検討会議でははしゃぐイライザに、寡黙を決め込むディキシーという対照的な面子と、班長のフェルナンド。
フェルナンドはなんとか持ち直したのか、先日の様な爆発しそうな威圧感はない。
「時間なので、検討会議を始める。
先に言っておくが、私はこのプロジェクトにあまり関わりたくない。
だが、一度受けた仕事を放棄するのは、研究者として恥ずべきことであると考えている。
なので、今回の後続機プロジェクトには真面目に取り組むが、終わった後は、それ以上の研究はないものと考えてほしい」
「遺恨が駄々漏れだな」
見苦しく予防線を張り、関わりたくないオーラを出して言い訳をするフェルナンドに、ディキシーがぼそりと呟く。
そこに紅一点若手空気読めない子ちゃんのイライザが意見する。
「班長、真面目にやるならやっぱり全力投球です。自分が作ったかわいいR機ですよ、
なあなあで作られて日陰者でいるよりは、一点豪華でも華々しく散っていって欲しいじゃないですか!」
「君は自分の子供に華々しく散って欲しいのかね?」
「兵器も人もいつか壊れるんです。それなら見せ場を作ってあげたいじゃないですか」
「そこだけ、とてもTeam R-TYPEらしい意見だったが、意気込みは分かった。では、意見を出したまえ」
フェルナンドが、気持ちだけが前のめりになったイライザに聞く。
能天気な調子でイライザが意見を述べると、ディキシーが掛け合う。
「灼熱波動砲が一番の目玉なのだから、それの改良が第一です」
「イライザ、お前、あれはあれ以上の用途が見いだせない上に、当時最新の冷却機の限界だったんだよ」
「あ、そうですね。R-9Skのボトルネックは冷却機構ですよね? ディキシー先輩。
じゃあ、今の冷却機構なら、更に大きな熱量に耐えられるってことですよね。やっぱり波動砲を研究するしかないですよ」
「そんなに火遊びが好きなのか?」
「はい、大好きです!」
良い笑顔で言い切るイライザに、フェルナンドは説得を諦めた。
なぜなら、適当な改修案を上げて、意味のない研究で時間を浪費するくらいなら、
やる気に満ちたイライザの案を採用して、やってみるのも価値があると判断したのだ。
会議後、ディキシーはフェルナンドのデスクブースを訪ねた。
フェルナンドが一度は無用兵装と判断した灼熱波動砲を(消極的ながら)更に改良する気になったのを、不審に思ったのだ。
「どうしたんだ、フェルナンド? R-9Skで懲りたはずだろ。何でやる気になったんだ?」
「私はこのR-9Sk2を技術の袋小路として知らしめる役割と考え、割り切ることにしました。
本気で灼熱波動砲の研究をしてこれ以上の発展がないなら、今後研究するに値しないという結論に至るでしょう。
トチ狂った誰かが誤って触れないように、この波動砲について研究し尽くして、レポートに残しておくべきです」
「波動エネルギーから他のエネルギーへの変換は効率が悪いからな。よほどでなければ割に合わない。
それを内部に教えるってわけか。実地で。」
「ええ、幸い灼熱波動砲はお偉いさんのお望み通りに改良することになるし、冷却機構が進化した分、伸び代もあります。
フォースはフォース班にでもふっておけば良いでしょう。妙なフォースを作るのを望んでいる変人も多いようですし」
「お前……丸くなったな」
疲れた様な、悟った様なフェルナンドの顔を見てディキシーが呟いた。
***
「飛び散る炎! 肌を焼く放射! これぞ灼熱波動砲Ⅱ!」
「イライザ、君がこんな性格だと知っていれば、他の班に押しつけたものを……」
「落ち着けイライザ。フェルナンドももうちょっとR機のことを心配してくれ」
そんなやり取りをしているのは、波動砲実験施設内でのことだ。
最新式の冷却機構を装備する事によって限界まで出力を上げたトカマク型融合炉は、波動の流れすら影響を与えていた。
唯でさえ蛇行してまっすぐとはいえない軌道を描いていた灼熱波動砲だが、
改良型は、蛇行どころか周囲に超高温を纏った波動エネルギーを撒き散らしている。
実験施設内の薄い空気に含まれる可燃物が燃やしつくされ、実験施設の壁は煤だらけだった。
「どうすんだよこれ。生物系バイド殲滅するための波動砲なのに、類焼が怖くて施設や惑星じゃ使い物にならんぞ」
「ディキシー先輩。逆転の発想です。飛び散る炎と波動でバイド素子を燃やし尽すんです。
ちょっと箱モノが溶かしちゃうのも愛嬌ですよ」
「愛嬌でコロニーがマグマの海になるのは御免こうむる。フェルナンドもなんとか言え!」
「これなら、後続機を作ろうとする人間を黙らせることができるかもしれませんね」
もはや、この研究を兵器開発とすら認識していない班長に対し、溜息しか出ないディキシー。
「もう、突っ込むのも疲れた……」
フェルナンドはそもそも止める気もなく、一番常識人であったディキシーが白旗を上げたことで、
若手故にブレーキが壊れているイライザを止める者が居なくなり、開発優先現場無視の暴走を開始した。
ある意味、Team R-TYPEの年中行事であった。
***
「フェルナンド班長、ディキシー先輩、カラーリングはどうしましょう?」
「もう君の好きな色で結構です。赤でも青でも好きにしなさい」
「とりあえずR機といったら白に青いキャノピー、赤のさし色だろ?」
フェルナンドとディキシーの「またか」というような返答に、明らかに異常なテンションで反論するイライザ。
「いえいえ、せっかくの強化版なんですよ。特別色に決まっているじゃないですか。
アローヘッドとかの白が許されるのはオンリーワンだからです。乱用すれば唯の汎用色です。
赤も二番手はだめです。青は添え物ですし、黄はカレーです!
キャノピーとの奇抜な配色で人目を引くなんて言語道断。何より、前と同色でいいなんて信じられません」
無自覚に今までのR機に喧嘩を売るイライザ。
「じゃあどうしたいんだよ」というディキシーの突っ込みに、彼女は何故か胸を張って堂々と言い切った。
「金色です! 金色しかありません。ここはメタル感を全面に押し出しましょう」
フェルナンドどころか、ディキシーまで疲れた顔をして、首を横に振った。
イライザは二人の「好きにしろ」のゼスチャーに喜び勇んで、完成図を端末上でいじくり倒した。
フェルナンドは黙って、“高反射率塗装による熱吸収の軽減”という題の論文を書き始めた。
***
こうして、約一名の欲望が集約されたR-9Sk2“DOMINIONS”がロールアウトすることになった。
熱交換効率を最優先に設計したため装甲をはぎ取られ、スケルトンの渾名を持ったR-9Skだったが、
金色に塗装されたため、異様な「金≒金星」という言葉遊び的な連想と、ドミニオンズ(天使の階級のひとつ)という名称から、
堕天使(ルシファー)という中二病的渾名を貰うことになった。(偶然ながらルシファーには炎を運ぶ者という意味もある)
その圧倒的な熱量によりオーバーヒートが最大の敵であったドミニオンズだが、
一応、過熱警告が装備されていたが、バイドが目の前にいるのに攻撃の手を止める事を躊躇うパイロットが多く、
メルトダウンを起こし、パイロットが冥府に誘い込まれていった。
自機すら溶かす炎。
このことが堕天使という渾名に寄与したことは疑い様がなかった。
ドミニオンズはいつしか、
“火山活動が活発な木星衛星イオでも問題なく稼働するのに、灼熱波動砲Ⅱを連射するだけでメルトダウン警告がでる”
“「出撃毎にあちこち融解するのでメンテナンスで死にそうです」という現場に対して、
Team R-TYPEが 「あれはマッチ(使い捨て)ですから」と嘯いた“
“密集隊形を組んで灼熱波動砲Ⅱをフルチャージで打つと、フォースを残して小隊自体が蒸発した”
などという嘘だか本当だか判断に困る逸話を残すネタ機となっていった。