R-9WB“HAPPY DAYS”
ジョーは困惑していた。
何故なら、一機種こっきりの奥の手であった試験管コックピットが、
なぜか後続機にも装備されることになったからだ。
本来、試験管コックピットはパイロットの神経と精神に多大な負担をかけるため、
R-9Wワイズマンのリスク回避的な裏技だったのだ。
だから、実験を担当していたジョーとしてはワイズマンの能力をそのままに
通常のラウンド型コックピットに落とし込むことが次の課題だと思っていた。
が、目の前の上司は違うと言う。
「じゃあジョー、任せたよ。
ナノマシン制御による新しい波動砲を装備した機体であることが条件だからぁ」
「試験管コックピットで、ですか?」
「そうだよ。軍ではワイズマンを次期主力機として運用することになった。
なので、各基地で試験管コックピットの対応改修を行っているからねぇ。
利用しないのはもったいないだろ?
君が通常コックピットでのナノマシン制御機構が考えられるなら別だけど」
「分かりました。班に戻り検討をしてから案を持ってきます」
部屋を出るころにはジョーの頭の中は、ナノマシン制御による新波動砲の事で一杯であった。
***
「という、訳でナノマシンを使った波動砲搭載機になってな……」
研究班に戻って事の次第を話すジョーに、二人の班員パイとイシダが検討に入る。
「ナノマシン制御という事はナノマシン波動砲の軌道に関するものということですね」
「いや、パイ、エネルギーのロスが課題だが、外部的な付与属性を与える研究があったはずだ」
「パイもイシダも基本的な方針としては、パイロット負荷の少ない波動砲を目指す事を念頭に置いてくれ、
レホス課長は気にしなくていいと言っていたのだが、実は現場からの文句の声が大きいらしくてね、
ワイズマンのアレが常態になるのは不健全ということらしい」
現場を担当する軍人達としては格納庫に試験管が並び、医務室に精神衰弱患者が溢れるといった光景は御免願いたかったのだ。
現在は試験管機ワイズマンの配備は防衛基地だけであるが、これが艦隊にまで広まるようでは悪夢である。
なので、できるだけ早急にナノマシンの通常運用化を進めたかったのだが、軍上層部やTeam R-TYPEはそうは思わないらしい。
「何はともあれ、新たなW系列機の方向性を決定しよう。ではイシダ、ワイズマンの技術的な問題点を挙げなさい」
「はい、ナノマシン制御型波動砲の精神負荷の一番の原因は二つ。
人間の脳がイメージする複雑な情報から、波動砲軌道を最適化、数値化するのと、
もう一つは誘導するナノマシンが膨大な量におよび、発射から数マイクロセカンドに及ぶための、長時間の演算処理です」
「うーん、脳内イメージのマシン言語化は、計算が煩雑だけど今の形式じゃないと汎用性がない。
人間側にマシン言語に直しやすいように思考するよう訓練すれば良いのかもしれないが、
結局パイロット育成期間が長期間かかるから現実的ではないな」
現状確認としてイシダが問題を提示してパイが意見を返した。
ジョーが仮決定として方向性を定めた。
「そうだな。ナノマシンの操作時間が長すぎる事が原因の一つだし、
搭載するナノマシンの量が限定されることもワイズマンの作戦時間を押し縮める一因でもある。
新しいW系列機はナノマシン制御を扱えば何でも良いとされている。
なので私としては、ワイズマンの弱点であるパイロットの異常消耗を緩和した機体を製作しようと思う。
ここはナノマシン制御負担の軽減に焦点を合わせて研究するとしよう」
***
所変わってTeam R-TYPEの研究室の一室。白い壁で囲まれたそこには、ホワイトボードが立てかけられている。
そして、議論をしていたのは班長のジョーと班員のイシダとパイだ。
議論の内容は、ナノマシン制御による脳負担の緩和方法についてだった。
「誘導式ではリアルタイム……といってもラグはありますが、この形式ではナノマシンとの同期が非常に負担になります。
なので、如何に短時間での誘導を掛けるかピンポイントでの誘導を掛けることが必要になります」
パイの説明に対し、イシダが挙手をして発言を求めた。
「パイ、君の意見では誘導の合計時間を図るとのことだが、そもそも誘導は負担がかかり過ぎないか?
むしろ操作の簡略化を図った方が、脳への負担が減ると思うのだが」
「しかし……」
暫く、イシダとパイの意見の応酬を眺めていたジョーだが、頃合いを見て二人を止めた。
「パイ案の制御時間の短縮と、イシダ案の制御機能の限定化、両方取り入れようと思う。
流石に軍の通常パイロット達が皆ワイズマンの鬼の様な負担に曝されるのを見るのは忍びない。
ワイズマンからの負担軽減を目的とした本機をR-9WA(仮)として開発計画を上げる」
ジョーがそう方向性を決定すると、パイとイシダは素直に了承して案を出し始める。
Team R-TYPE内においては、非常に扱い安く毒のない研究員達だが、
問題があるとすれば、真面目なだけに大本が狂っている事に気が付かない事だった。
***
一ヶ月後。
汚れたホワイトボードのある研究室で、小会議が始まった。
「さて、レホス課長に書類を上げたところ、制御時間短縮と制御機能の限定化の両面での強化案で通った訳だが、
イシダとパイの予備実験はどうなっている? まずはパイから報告を」
「はい、ナノマシンの制御時間の短縮、もといナノマシンの同期時間を短くする研究ですが、
基本的には成功しています。微弱力場を形成する時をピンポイントで狙って波動砲を誘導することで、
負担を軽減できる事が実証されました」
「問題は?」
「あります。まずナノマシンと常に同期している訳ではないので、誘導精度が非常に甘くなります。
ワイズマンの様に機動中の敵を波動砲で追尾させるような使い方はできません。
なので、現状では停止目標、または鈍速の目標以外には効果的な攻撃ができません」
「常に同期させると直ぐに被検体が根を上げるからな」
試験画像でもカクカクと曲がる波動砲といった感じで追尾性はほぼ見込めない様に見える。
パイはその他のデータを提示して説明を終える。
ジョーは続いてイシダを指名して説明を求めた。
「制御機能の限定化ですが、被検体による任意の力場の形成という機能を捨て、
此方から力場のパターンを構築したものを被検体にダウンロードさせて実験しました。
こちらのデータです。反射、正弦波、拡散など複数のパターンを試験した結果、成績が良かったのが、分裂パターンです」
指向性を持ったエネルギーが被検体の指定するポイントで弾け飛び、再び指向性に従って進む。
光がシャワー状になっている様子は非常に綺麗ではあった。
「一撃は薄いが弾幕状になるのか。パイ案の命中率の問題は解決されそうだが……此方も問題があるんだな?」
「はい、負担はワイズマンの25%程度ですが、被験者への負担がまだ大きく、投薬状態での使用がやっとです」
「まだ、汎用化はできないか」
「はい」
ふむ、と言ったきり、暫く考え込むジョー。両方とも帯に短し襷に長しといった案である。
しかも、いずれにしろナノマシンの微弱力場を利用する波動砲であるため、
サイバーコネクタに最適化された試験管コックピットの呪縛からは逃れられそうにはない。
色々な案を考えた結果、ジョーは方針を打ち出した。
「よし、長所を相取りしよう。ある程度の剛体に当たった時のみ、波動砲のナノマシン制御を行い分裂させよう。
これなら命中率の問題も解決できるし、ナノマシンと同期するのも短時間だからワイズマンより負担も減るだろう」
パイとイシダに共同で試作型の波動砲コンダクタを製作することを指示した。
***
「どうしてこうなった……」
ジョーの目線の先では、コックピットに接続された状態で失神する被験者。
泡を吹いて時折痙攣している様はとても無事とは思えない。
「まさか、多段分裂試験にこんな罠があるとは、分かりませんでした」
「分裂先でまた、分裂して分裂して、条件次第ですが一回の分裂で4~6に分裂します。
……この試験では分裂4段目の時点で制御点が1000を超えています。一回当たりの負荷は軽いといえ、
過負荷で脳内回路が焼き切れたようですね」
パイとイシダも溜息しかでない。
ディスプレイのリプレイ画像では、目標に見立てた隔壁に分裂波動砲を打ち込む試作機と、
分裂に分裂を繰り返してディスプレイを埋め尽くす波動の嵐が映る。
一回一回の分裂に係る負担は軽いが、ネズミ算的に増える分裂回数の所為で、波動エネルギーが拡散するまでに、
ワイズマンすら上回る負担が被験者の脳にかかる羽目になった。
「まさか、負担を減らそうと思ったら逆に負担が倍増するとは」
取り敢えず、ジョーの班では負担を減らす改善策を模索することとなったが、
しょげ返ったジョーが一応事の顛末をまとめて上に報告すると、意外な返事が返ってきた。
コンセプトと威力はそのままに、パイロットが戦闘中に意識を喪失しない様にと求めてきたのだ。
特に言われなかったが、手段は問わない、ということだろう。
ジョーからその報告を聞いたイシダが言った。
「どうします? 現行での負担軽減策は頭打ち、分裂回数を2~3回に制限を設けようかと思っていましたが」
「もう、なる様にしよう。とりあえずその他の負担軽減で単発なら負担に耐えるようになったのだったな、イシダ?」
「はい、でも一度打つと脳内のクールダウンのために5分待たけなければなりませんが、戦闘中にそれは不可能でしょう」
機体性能ではなく、人間の性能によって制限がかかるなら、システムではなく人間の方をどうにかしようと考える
「……仕方ない、余りやりたくなかったが最終手段だ」
「え……最終手段ですか? 流石にパイロットを使い捨てにするのは、当初の目的から外れるのでは?」
「使い捨てにはしない。が、軍の現場の意見もあるが、上からの方針には逆らえないよ。
どうやら上は分裂波動砲のバイド殲滅能力を買っている様だ。なので、本計画でまずは火力を安定させた試作機を製作する。
負荷はかかるので確実に試験管コックピットになるな。後に後続機の開発計画を立て負担軽減機をつくろう.
コンセプトの変更に伴い機体番号をR-9WAからR-9WBへと変更する。で、新しいシステム変更点は……」
イシダとパイは後続機が製作されるのかと思ったが、機体さえきちんと完成すれば良いという、
非常にTeam R-TYPE的な考えに至り、ジョー班はR-9W系列の負担軽減から火力重視へ180°の方向転換を図った。
***
半年後。
軍とTeam R-TYPEを交えた新開発機体の説明の場。
ジョーは軍人相手にR-9WBハッピーデイズの説明を行っている。
必要以上のエネルギーを消費せずに、標的を捉えると次々に標的に襲いかかる分裂波動砲の
面的な火力を見た軍人からは称賛の声が上がる。
仕様書を見る限りナノマシンの消費も抑えられ遊撃などの任にも使えそうだ。
「この通り、面的火力を優先しており、誘導ナノマシン制御システムの改変により、
以前よりも戦闘時間を長くとれるため防衛以外にも使用できるようになっております」
「ワイズマンでは結局廃人となるパイロットが多いが、その為の方策はどうなっているのか?」
「はい、脳神経が過負荷で死ぬため、波動砲発射毎に脳内の別の部位にナノマシンを同期させるようにしました。
このシステムにより、作戦時間が資料の通り伸びました。
発射時の負荷で脳部位が局所的に可塑的変性を起こしますが、戦闘後安静状態を24時間保つ事で97%は回復可能です」
それから暫く質疑応答が続いた。
質問が切れて、軍の高官達は小声で何事か相談していたが、意見がまとまったか、
一人の将官が代表して発言した。
「よろしい。ではW系列設備を用いた新規機体として分裂波動砲試験機R-9WBハッピーデイズを採用する」
ハッピーデイズと嫌味たっぷりに命名された試験管機は、脳への負担のためパイロットが搭乗後丸一日寝込むという機体になった。
そして、じわじわと脳を侵食しパイロットは長年乗っていると、若年性痴呆症状を引き起こすという機体だったが、
波動砲を乱射する様な状況下ではR機パイロット、特に試験管機のパイロットの生存率は高くなく、
表立って関連性を追求できる者は居なかった。
後続機はそのコンセプトすら忘れたころに認証され、試験管とナノマシン以外は関連のない
全くの別計画となっていく。