R-11S“TROPICAL ANGEL”
かつて、デモンシード・クライシスという事件があった。
投下型局地殲滅ユニット“モリッツG”が暴走に端を発したサタニック・ラプソディ事件の裏で、
地球上の各所で戦車や砲台といった大型兵器が暴走しだした事件である。
モリッツGの鎮圧に手いっぱいであった軍は初期対応に遅れ、広域でのバイド汚染を引き起こしていた。
それを鎮圧するために動き出したのは、軍ではなく各都市に配備されていた武装警察隊であった。
武装警察隊はパトロールスピナーという愛称で呼ばれる警察用R機R-11B“PEACE MAKER”を駆り、
各街の防衛にあたったR-11B各機は空から降ってきたバイドの中継コアである巨大バイドを各個撃破することに成功する。
中継コアを破壊された事で、地上に降り注いだバイドはその活動をしだいに鎮静化しだし、
バイド汚染初期という事もあり、局所的な消毒のみで都市部からバイドを掃討することに成功した。
この二つの事件を機に水面下で新たなR機開発を開始した軍では、R-11Bの高機動、限定破壊能力に目を付けた。
が、時期悪くバイドの大規模侵攻が再び観測され、第二次バイドミッションが開始されてしまい、
多くのR機開発計画とともに一時計画を凍結される。
第二次バイドミッション後数年経った頃、再び高機動機の開発計画が持ち上がることになる。
ただし今回は警察用機ではなく軍用機としてであった。
***
真っ白に塗装されたR機がテストチャンバーに浮いている。R-11Bピースメイカーだ。
チャンバーに取り付けられた青いスタートランプが点灯すると、
前方より突風、と言うには生ぬるい風が吹きつけていた。
チャンバー内では2000km/hの風が吹き荒れている。
秒速に直せば500m/s以上という地球上ではありえない暴風だ。
暴風に曝され、ザイオング慣性制御システムを使用しても尚、前後左右に揺さぶられるR-11B。
テストされているR-11Bにはザイオングシステムが最低限しか作用していないため、風にひどく翻弄される。
大気中での運用を前提としているこの機体の再試験として、かなり無茶な風洞実験を受けていた。
テストチャンバーの外部に取り付けられた、青いランプが消え、停止を示す黄色のランプが点灯すると、
やっとテストチャンバーには平穏が戻ってきた。
内部にあったR-11Bは形状こそ変化は無いが、
表面には大気分子によって鑢かけされた様になって塗装が剥げている。
それを見ていた白衣の研究員達の声が実験室内に響く。
「うーん、大気内運用が前提でもやっぱりそのまま全環境での運用は無理があるかな」
「いや、ノナカ。ザイオングシステムを最低にして海王星並みの暴風で実験する君の実験に無理があるのではないか」
「でもさ、ハキム、そうしないと流石に班長のオーダーをクリアできないだろ」
ノナカと呼ばれた中肉中背の男と、ハキムという名の髭面の男が何事か話している。
白衣であることと、胸に付けている身分証明書、何よりここがTeam R-TYPEの試験設備であることが彼らの所属を示している。
ハキムが適当に慰めると、溜息をついたノナカが心配そうに言う。
「だってさ、班長も言ってたろ。軍用としても使うから汎用化しろって。宇宙空間は問題ない。
ワープ空間も次元安定装置と多少の改良でいいんだけど、極限状態では運用が難しいんだ」
「……一応、イオの超高温環境も冷却装置全開で何とかなるし、
海王星の様な強風もザイオング慣性制御システムを姿勢維持に半分以上回せば、
推力は落ちるが宇宙空間と変わりなく機動できるのではないか」
「まあ仕方ないか。これで一応報告してみるか。班長に怒られそうだな。ハキム、お前も道連れだからな」
肩を落として歩いく二人は、研究棟へと戻っていった。
***
「ハキム、ノナカ、この実験結果によるとR-11Bは極限状態では余り役には立たないと?」
頭を短く刈り込んだ男が資料を眺めながら言う。
より高みを目指す傾向のある暑苦しい男が、新たなR-11系列開発班の班長のレイジだ。
今回も、“都市運用を前提とした旋回性の向上”という命令を、
“全状況下での機動性の確保”を読み替えて実験を行っている。
その前には実験を終えたノナカとハキムが立っており、自分達のボスが難しい顔をしているのを見ていた。
「レイジさん、もともと民間用に設計していますし、そのままでは流石に無理ですよ。
あれの活動域は都市用、人間の生存環境内であることが想定されていますから」
「あと、R-11Bの驚異的な加速性能は、小型化と武装の軽さでもありますから軍用には向きません」
ノナカとハキムが、班長のレイジに補足する。
彼らは警察用としてベストヒットを飛ばしたR-11Bピースメイカーを軍用にすべく設置された班だった。
「それに、R-11Bは航続距離はともかく、作戦時間が短いですから」
「聞いたかハキム。なんか、通常出動でも制限時間付きだって言ってたぞ。
燃料の補給もあるから全状況型の指揮車を常に傍に置いて、帰還できるようにする必要があるって」
「あれは指揮“車”というよりは、輸送艦だがな。ヨルムンガント級輸送艦とは輸送量を比べるべくもないが」
ノナカ、ハキムが愚痴を言い始めた。
彼らは、R-11Bを改修型として軍で運用できないかという班長レイジの想定のもと実験したが、結果は散々だった。
R-11Bは加速能力や旋回性能から軍でも用いられているが、燃費が悪く、とても艦隊では使えない。
R-11Bが配属されているのは、基地内部の守備部隊が殆どだった。狭い通路では使い勝手が良い。
そんな機体をせめて艦隊運用に耐えるようにするのは、もはや改修ではなく新しい機体が必要であった。
そんな中、R-11Sの開発計画が立ちあがってしまう。
班長のレイジが言った。
「よし、R-11系列の後継機をつくるぞ。方針としては燃費の向上、武装強化とフォース対応化、
あとは旋回性と、何よりもスピードだ」
「レイジ班長。今でも旋回性と加速性能はトップクラスなのですが更に上げるのですか?」
「レイジさん、フォースって、フォース班がR-11B用に作っていた、アレですか」
「ハキム、R-11の存在意義は、1にスピード、2にスピード、3、4が無くて、5に旋回性だ。
フォースも、ノナカの言うフォースではなくて、更に改良するようにフォース班に発破をかけろ!
波動砲は、出力はそのままで良いからロックオン機構の強化を行う。制御系を強化しよう」
力の入った宣言をするレイジの脇でノナカが呟く
「あれ、上からの命令って、都市用だったような……」
しかし、ノナカの一言は機動性信仰に燃える班長レイジには聞こえなかった。
***
1ヶ月後、ノナカとハキムがザイオング慣性制御システムの洗い出しをした結果を相談していた。
「とりあえず、最新式のザイオングシステムを搭載すれば、出力4割増で、重量は2割落とせる」
「でもノナカ、以前の実験結果をみると、イオとか海王星は無いとしても結構出力を機体制御に取られる。
出力1.4倍だとスピードは大して伸びない。班長が認めるとは思えない」
「うーん、重量増加には目を瞑って、ザイオングシステムを並列で設置するか? 無理かな?」
「無理だ。流石に小型機にザイオング2機は無理だ」
「否定ばっかりするなよ。ハキム」
ノナカがうんざりした顔で言うと、ハキムが暫く考え込んでから言った。
「通常型のザイオングは並列不可だが、小型のザイオングシステムを二機は可能ではないか?」
「ありかな? ええと出力調整はロックオン機構の強化で制御系を増設するから可能。いけるか?」
「とりあえず、実験しよう」
「そうだな、とりあえず迷ったら実験だ」
2人は簡単に言うが、小型といえど、最新型の軍事用のザイオング制御システムである。
値段も張るし、そもそもその辺に転がっているものではない。
ノナカがTeam R-TYPEの基礎研究班に連絡し、小型のザイオング制御システムの手配を付け、
ハキムが施設課に実験申請を出す。
とりあえず、実験の手配を終え、ノナカとハキムが次の話題に移る。
「ハキム、波動砲は?」
「レイジ班長はあまり乗り気でない様だ。
基本的に攻撃力は問われない波動砲ではあるし、本体に手を加えることは無いだろう」
「そうだな。次の案件は……」
机の上ある端末を叩き、検討事項を呼び出すと、そこには“Force”の文字。
「ハキム、フォースだけどどうする?」
「班長の話では元々、フォース班がR-11Aに載せるようにフォースを作っていたから、その改良型を載せるらしい」
「じゃあ、そっちは任せておけば良いな」
「ギャロップフォースとか言うフォースで、加速度によりエネルギー分配を変えられるらしい」
フォースについて丸投げする気満々で話を流す2人。
しかし、ノナカが何かに気が付く。
「ハキム。忘れてたんだけど、フォースコントロールユニットにも重量取られるな」
「ああ、今度の機にはフォース付けると班長が言っていたな。なんでも、R機と言ったらフォースとか」
「重量オーバーは出力でカバーできるが、容量が気になる。R-11系列は小型機だから結構ギチギチだぞ」
「そこまで気にしなくても大丈夫かもしれない。レーザー用に付けていたエネルギー変換回路の大部分を取り外せる」
「ああ、確かに」
ノナカとハキムが言っているのは、フォースは優秀なエネルギー変換機関であるということだ。
フォースは機体から貰いうけたエネルギーを変換し、レーザーとして出力できる。
と、いうよりは、もともとR機のレーザーはフォースの余剰能力の賜物であるのだ。
R-11Bは非軍事用であったため、一部特殊型を除きフォース装備機構をオミットされている。
なので、レーザーを打つために、態々レーザー用エネルギー変換機関を搭載していたのだ。
「あとは旋回性か。それは実験してからで良いよな」
「細かい調整が必要な個所だから、最後がいいだろう」
こうして、実験を繰り返しR-11後継機は次第に形をあらわにしてゆく。
***
数ヵ月後、なんとか形になったR-11後継機が居た。
ただし、まだ試作段階でありところどころ部品が丸出しだ。
機体を前にして、スピード狂のレイジが尋ねる。
「ノナカ、出力とスピードは?」
「完全です。小型のザイオング慣性制御システムminE-1を並列で使うことにより、R-11Bに比べ、
出力は1.9倍、スピードも1.3倍となっています」
「よろしい。ハキム、武装はどうなった」
「はい。ロックオン波動砲は制御系の強化により補足数が3から4目標に上がりました。
また、フォースユニットの設置によりギャロップフォース改の搭載が可能となり、
レーザーも出力が上がっています」
「なおよろしい。型番はR-11Sと決まったが、名前は何にするか今から楽しみだ!」
非の打ちどころのない回答に満足げな顔をするレイジ。
しかし、二人の班員の顔は決して明るくない。
その事に気が付いたレイジは疑問を呈する。
「どうした? なにか問題があるのか?」
「ええと」
「……実は」
目をそらしたノナカとハキムの目線の先はR機の機首部分。
R-11Sの特徴であるコックピット下に付属する回転式の旋回補助ブースターであった。
他のR機と違いR-11に付けられたこの補助ブースターは非常に強い旋回性を生む。
「旋回用ブースターがどうかしたのか?」
「そのですね、班長。色々欲張った結果重量がオーバーしまして、
それを補うために出力の多くを加速用に回したのですが……」
「旋回性を確保するために強化した旋回用ブースターによって安全性が担保できなくなりました」
ノナカが説明中に言い淀むと、ハキムが続きを述べた。
「二人とも具体的に言え」
「高速時に最大出力で旋回するとパイロットがつぶれます」
「ザイオングシステムはどうした?」
「出力が間に合いません。パイロット保護に回すとスピードが規定に達しません」
はっきりと言い張った2人に、しばし考え込むレイジ。
ハキムがレイジに向かって問いかけた。
「パイロット保護と、機体性能、どちらを選びますか?」
「もちろん機体性能だ。なに、高速旋回さえしなければ大丈夫だ」
***
こうして、R-11Sはトロピカルエンジェルと名付けられ、世に出される。
しかし、その華やかな名前とは裏腹に、最大出力で旋回を行うと、
もれなくパイロットがカクテルとなるため、その機能を最大限に使用することを禁止された。
もちろん、対バイド戦での極限状況ではそんなことは言っていられないため、
一か八かを賭けてバイドに取り込まれる前にカクテルになってしまうパイロットが続出したという。