可変機。
それは兵器やその他の一部趣味者の間で、絶大な人気を誇る機体コンセプトである。
刻々と変わる環境に対し、常にベストなコンディションでの機動、戦闘能力を確保する目的で作られる。
設計者の理想を詰め込み、小さなスペースに可変機構を組み込む一種芸術的とも思えるギミックと、
その反面、兵器としての合理性から、無駄を限界まで削ぎ落とし、整備性と信頼性を上げなければならない宿命。
その理想と矛盾の間の小さな一点にのみ成り立つ存在こそ可変機である。
その歴史は比較的浅く、20世紀大戦中の可変翼機に遡ることができる。
当時、まだ重力を克服できていなかった人類にとって、新たに生まれた戦闘機という兵器。
その兵器について可変という概念を適用しようとした。
(当時の戦闘機は宇宙空間航行能力を有せず、大気中を音速前後の速度で飛行する武装航空機である)
大気中では、離発着の低速時と戦闘時の高速時とで、航空力学的特性の変化が著しいために、
主翼を後退させることにより、常に理想の揚力と機動性を確保しようとしたのだ。
しかし、この試みは頓挫する。
重工業が発展途上であったため、理想に技術が追い付かなかったのだ。
その後も数々の試作機が持ち上がるが、ごく少数を除いて実用には至らず、
また、そのごく少数についてもリスクやコストに見合った成果を出せずに歴史に消えていった。
そして、現在……
***
「なんですか、この眠くなる朗読は?」
「我々、“可変R機を作る会”の概要の序文だ」
「……」
大きな電気表示板に“可変R機を作る会”と示してある比較的大きなホール。
壇上では会長である壮年の研究員がマイクを握って、可変機についての序文を朗々と読み上げるなか、
観客席の後方の座席では、二人の白衣の男性がこそこそと話していた。
若手研究員のブッチーと、彼をこの会に誘った先輩研究員だ。
「ブッチー、君も可変機に興味がある様子だったから誘ってみたんだ」
「先輩にはいろいろ感謝しています。可変機は興味というか構想の一部に必要というか。
しかしなんで、こんな訳のわからない会に大勢いるのですか?
可変とかクレイジーなコンセプトに対して、どう考えてもこの人数は多すぎます」
会場には結構な人数が集まっている。
20~30人はいるだろうか。予定の調整がつかなかったり、
研究に圧殺されている人員を思えばもっと多くなるだろう。
それが広い会場のあちらこちらに数個のグループを作って固まっている。
「ああ、実のところ“可変R機を作る会”は一枚岩ではなくてね。多数の派閥の複合体なんだ
壇上と最正面にいるのが、ともかく可変機のギミックにほれ込んだ、通称“原理主義者”」
そう言って人々の後頭部に指をさした。
なるほど、ブッチーでも知っているTeam R-TYPE内でも偏屈で有名な人物が何人か見える。
あの辺はどんな変な研究を持ち出しても不思議ではない。
そんなことをブッチーが考えていると、先輩が「続いて」と人差し指を折りたたみ、
親指を自らに向けた。
「R機開発技術の更なる発展形として可変機を見ている“技術至上主義者”」
君もここだね。と、言われる。
会議室後方に広く点々と拡がっている人々。
少し外側に立って冷めた目で見つめているような雰囲気であった。
人数こそ多いが、他に比べて統一感がなくバラバラであった。
「けどもっとも強力な推進派は“アニメオタクチーム”だな」
「オタクチーム……盛り上がっているあの辺ですね」
勝手に盛り上がっている辺りを見ると、すでに壇上の説明を無視して何かを語っている。
先輩の説明によると、アニメオタクチ-ムはさらに、
ヒト型機派、合体ロボット派、硬派SF派などのニッチな需要に分けられ、
それぞれが時にタッグを組み、時にいがみ合いながらも、ゆるく結び付いている。
全体として異質な集団だが、真面目に可変機について考えていることだけが共通であり、
“可変R機を作る会”自体がそんな感じに全体的にふわふわした集まりであった。
ブッチーはR機の機能の一つとして、可変機体の可能性を追求している。
それにご託は必要なく、研究理由など新たな技術の確立というものだけで十分だと思っている。
そんなブッチーが暇を持て余して新たなR機の構想を考え始めたその時、
スピーカーからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
どうやら、壇上で長々と講釈をしていた“原理主義者”が、
さすがに話しすぎであると気がついたようであった。
「オホン、議論が白熱していて仕事熱心なことであるが、今回は私の話を聞いてほしい。
第二次バイドミッションの顛末を加味して、上から全く新しいR機の開発が指示されている。
今回、私の権限を駆使して、可変機開発枠を一つ確保した!
ここにいる同士で可変機TX-Tの開発を……」
会長が言葉を言い切る前に、熱狂的な歓声が上がりかき消された。
今まで好き勝手に行動していた人間とは思えない一体っぷりだった。
それは、みな待ち望んだ可変機の開発の時だ。
自分の話を聞けとばかりに声を張り上げる会長を余所に、
好き勝手に開発コンセプトが討議されるが、
やはりというか何というか「俺が俺が」で全く意見が纏まらなかった。
会場の予約時間を超過して総務の係員が追い出しに掛かったあたりで、
場所を移してようやっと議論の方向性が固まってくる有様だった。
テスト機ということもあって、可変の基礎である速度調節型のR機を製作することに決定した。
***
抽選に漏れたブッチーは参加を見送ることになり、また、直接開発に携わるのは8名ほどだが、
一部技術の提供という形でブッチー他30名程度が名を連ねている。
分業制で各分野を受け持ち各研究室で騒ぐ様子は、バイドミッション時のような華やかさであった。
そして、皆こぞって“ぼくのがんえたさいきょうのかへんき”案を出してきた。
5機合体や、分離変形式、といった現実性のない案を省いた後、研究班では会議を開くことになった
「可変機は1にギミック、2にギミック、3、4がなくて5にギミックだ!」
そんなアホな言葉もあったが、目標さえ決まればなんとか前に進み出した。
まず、各案の検討から入るが、選考漏れする案の多いこと多いこと。
そもそも実際に作る気があるのか、これで会議を通過できるのか考えてない案が多すぎた。
「どうしようか。
良くアニメ的表現であるような、各部を折りたたむのは流石に試験機でやることじゃないよな」
「ここら辺の案は変形後にミサイルサイロが使えなくなるからアウトだ」
「なんで、接地前提の変形が多いんだ?」
「アニメマニア派の所為だろ」
数多の案を捨てて行って、たどり着いた先は。
「どうやら、変形翼機の延長線上になりそうだ」
速度優先の、通常―高速巡航モードの切り替え案だった。
原案の精度が高く、何よりも地に足がついた開発案が会長ら原理主義者達の目にかなったのだ。
変形は細かく単純であるが、機体特性の変化があり、
何より足回りの変化だけであるので、可変テスト機には持ってこいだった。
そもそもR機はザイオング慣性制御システムを主動力源にしているため、
何もせずとも常に一定量の燃料を消費している。そしてこの動力は出力調整が難しいのだ。
出力は常に9数%で固定しており、停止時などには不要な出力は捨てている。
また、進行時には指向性を持たせスラスターを通して放出するが、
一部は機体制御や内部保護に割り振っている。
機体が持っている有限の出力を各機能で食い合っているのだ。
側面スラスターなど姿勢制御系をほぼ推進として振り向け、旋回性などを犠牲にすることで、
速度変換効率をより高めるといった、変形機構が採用されることになった。
メイン研究員達は設計書を睨みながら検討を続ける。
「変形時にスラスターノズルを拡大して、大推力を得られるようにして、
あとは側面の制御系を後方移動すると……」
「最低限の側面制御系は残せよ。事故のもとだ」
「この変形地味過ぎるだろ」
「ここで事故起こしたら完全可変機の可能性が確実に遠のくからな。堅実に行くべきだ」
姿勢制御翼がすべて後方にまとめられ、ある意味、20世紀に逆戻りした様な可変翼機になった。
しかし、技術の粋を集めた変形機構は、
加速中にスラスターノズルそのものの構造を変形させるという荒業を可能とした。
しかし、同時に問題も持ち上がった。
「これ、変形後は姿勢制御がままならないから、狙撃されたら一発で落とされるな」
「回避性能は考えるな。スーパークルーズモードは戦闘を考えてはいけないんだ。
そもそも、TX-Tは戦闘形態と巡航形態とを使い分けられる事に意味があるんだから」
TX-Tは通常モードと呼ばれ、通常のR機と同等の性能を持つ戦闘形態と、
スーパークルーズモードと呼ばれる巡航形態の2形態を持つ変形機となった。
使用方法を明確にする事で、それぞれに特化したわけだが、
その副産物として巡航形態での回避率は格段に下がった。
スラスターノズルも変形され、細やかな機動は望むべくも無い状態となっている上に、
制御系が殆ど推進系の補助として振り分けられるので、
うっかり通常モード時のように旋回しようとすると制御が不可能になる。
その対策として、操縦桿及びサイバーコネクト上の機体反応性を鈍くして、
機体が制御不能になるのを防ぐことになった。
「会長、スーパークルーズモードでのパイロットへ影響はどうしましょう?」
「データ的には問題ない。そうだな。機体開発目的に加速時影響調査を入れておけばいいだろう」
***
メイン研究員らが可変ギミックについて喧々囂々の議論をしている間、武装面での議論も続けられていた。
基本的には、冒険はせずに変形で影響を受けないものという選択基準だった。
「武装どうしよう?」
「テスト機だしスタンダードにしておくか?」
「パンチが弱すぎる。対雑魚という目で見れば、アルバトロスの衝撃波動砲が使いやすいだろうな」
「同じ対雑魚用でもライトニングは怖いしな。
たしかに衝撃波動砲は実績があって省スペース、使いやすいの三拍子そろっている」
「そうは言っても、まんま既存の波動砲では武装班の立つ瀬がない。
メイン班に聞いて、余裕があるならループ数あげるなり強化をしていこう」
そして、話はフォース班に及んだ。
「そういえば、フォースはどうする?」
「一人で改良するには時間が掛かるからな。
あと下手に新規フォースを乗せるとバイド係数とか不安がある。
他のフォース担当を呼び込むにも基本的に変形しても微調整で済んでしまうから、
面白味無いって言われたし。一応、必要ならアルバトロスに乗せた
テンタクルフォースを乗せても良いって許可はもらってきた」
「フォースか。そうは言ってもレーザーには必要だからな」
「波動法もアルバトロスで一緒に乗せていた衝撃波動法だから、マッチングも問題ない。
どうせ、どちらも容積変わらないし、レーザーのみ搭載型と、フォース搭載型を提案してみよう」
分業制のためか一気に開発が進み、まとめ役の会長が押し寄せる書類を前に悲鳴を上げることになるが、
瑣末なことだった。
***
見晴らしのいい宇宙空間。太陽系内惑星軌道付近に存在するR機用テスト宙域だ。
R-9Eのカメラを通してTeam R-TYPEや軍人らが見守る中。
エクリプス(蝕)と名付けられたTX-Tの最終テストが開始される。
画面には通常モードである戦闘形態をしているTX-T。
現在は波動砲と武装のテストを繰り返している。
波動砲コンダクタに光が灯ると、虚数空間から漏れ出た光はループの度に膨張と収束を繰り返した。
アルバトロスに搭載されたものより更に強化された衝撃波動砲は、3回のループに耐え、
より広範囲に破壊を撒き散らし、標的ブイを破裂させた。
フォースとレーザーは完全にアルバトロスのものと同様であったので、注目はされなかったが、
攻防に使用できる使い勝手の良いフォースと安定感のあるレーザーがテストされると、
軍部からは信頼性があるとして評価する声が聞かれた。
そして、TX-T最大の特徴である可変機構のテストとなると、軍部だけでなくTeam R-TYPEも固唾を飲んで見守っていた。
宇宙空間を飛行するTX-Tが、並走するミッドナイトアイのカメラを通して映し出される。
解析データによると対基地相対速度はアローヘッドとたいして変わることのない値だった。
カウントダウンが始まり、0の合図共にスラスター類が後方に倒れて一気に加速していき、
加速についていけなかったミッドナイトアイのカメラからフレームアウトしていった。
歓声が上がったが、通常速度では肝心の可変機構をしっかり確認できたものはいない。
続いてスロー再生が画面に映し出されると、皆齧りつくように覗き込む。
先ず、カウントダウン後、スラスターからの噴射光が途切れると、
機体後部に4つ備えられた円錐形のスラスターノズルが4つに割れて即座に組み換わり、ノズルが拡大される。
同時に噴射光――ザイオングシステムによる推進力に影響された微粒子の発光現象――を避けるため、整流ウイングの間隔が開く。
続いて、通常モードでは機体安定と旋回性向上のために用いられていた側面スラスター類が、
機体に沿うように後方に寝て、ノズルが後方に向けられる。
そして、先ほどより一段と明るい噴射光が機体後方から溢れ、一気にミッドナイトアイを引き離し、
星空の彼方に消えていった。
映像が終わると、二度目の喝采が巻き起こる。
こうしてTX-Tエクリプスは技術実証機として完成したことが告げられた。
テスト飛行中、変形して一気に加速、飛び去っていく機体の映像を見て喜ぶTeam R-TYPEと、
何故か変形シーンを見てむせび泣いている軍部の一部の人間達。
垣根を越えて同士を発見した研究員たちと軍人たちは、この後夜を徹して語り合った。
エクリプスはテスト機ゆえに、まだまだ伸び代はあるもののこれ以上の強化は不要とされた。
なぜなら上の求めるものは、新規技術の開拓であり、エクリプスはすでに目標を達成していたのだ。
しかし、開発に携わった研究員やその他の人員は、可変機を開発するという欲望を達して満更でもなかった。
この後、軍部の趣味者などを交えた可変機の会議兼、集会が定期開催されることになる。
その数回目の会議と集会にて、まさかのヒト型機の開発計画が見切り発車することになるが、
それはまた別の話。
2年ばかりリアル研究員になっていて鬱になっていましたが、
異動で事務屋にクラスチェンジしました。
リアル研究員はしんどかったです。
ずいぶんご無沙汰していましたが、ちょとずつ改稿作業は続けていこうと思います。