B-1B “MAD FOREST”
「皆聞いているな。そう、ラミ班の上げたB-1Aの話だ」
そう机に両手をついて話し出したのはクアンドと言う名の白衣の男だった。
黙っていれば二枚目なのに、その言動とうっとおしいジェスチャーから明らかにダークサイドの三枚目に落ちている。
良く言っても中堅幹部職といった微妙な小物臭がする。
「ああ、そうだね」
「うちの班もフリーだったから、気付くのが早ければレースに参加できたのに」
クアンドの投げかけに対してお菓子を食べながら、適当に返事をしたのは男女2名。
根暗な感じのする伏せ目がちな、地味な男性と、
10代後半くらいの、まだ子供らしい顔を残した女性。
班員のECとフローレスカだ。
「で、班長。それがどうしたの。まさか最近の話題でお茶会しようってんじゃないんでしょ」
「僕、デスクに戻っていいですか? 趣味のモデリングしたいんですけど」
「ふん、これだから先走りは困る」
非常に偉そうな態度であったが、ECにとって自分を苛めない良い上司だったし、
フローレスカにとっては、誇大妄想的だけど常識に囚われない面白い友達だったので、
二人は彼の言動のほとんどを受け流して、話が進むのを待った。
面倒だが人の三倍話さないと話が進まない男なのだ。
「分からなければこの私が説明してやろう。これはバイド機を開発するチャンスと言うことだ」
「どこが? すでに2班が開発競争に参加しているし、レースに乗り遅れてるんじゃない?」
「正式に許可が下りたのはまだラミ班だけですけど、もうじきクールダウンじゃないですか?」
フローレスカもECも、先週ラミ班が新機軸のR機であるバイド機の開発に乗り出したのを知っている。
Team R-TYPEにとって開発とは戦争であることは内部的には意識共有されおり、
彼らは日夜新しい技術と発想を競い、より強い、より早い、より効率の良いR機の開発に取組んでいる。
……たまに電波が混じるが。
だからこそ後追いではどうしようない。
そんな世界なので、革新的な技術やブレイクスルーが起きると、
一斉にその技術を用いた機体を開発する傾向にある。ボトルネックが開放されることで、一気に開発が進むのだ。
一斉に開発されるので、新技術機は審査も厳しくなるし、強制的に一定数集まるとクールダウンと称して、
新技術で作られた第一世代機が運用・データが取れるまで、その技術の機体の開発に待ったが掛けられることがある。
バイド機はかなり大きく魅力的な技術であるので、無策で見切り発車すれば確実にその波に飲まれるだろう。
「私が調査したところクールダウンまでの枠は4系統だそうだ。実際に開発に入ったのはラミ班のみ。まだいける」
「いや、だから、もう出遅れてるでしょ。ラミ班の誘導体論文見て、みんな新しい誘導体の研究に着手しているじゃない。今からムリムリ」
「フローレスカ、君は試しもしないで諦めるのか。開発は挑戦だ。そうだろうEC」
「開発が挑戦であることは認めますが、現実的に無理な物は無理です」
「フローレスカもECも、始まる前から諦めおって。しかし、私の天才的な頭脳がひらめいたのだ。
論文データで詳細が乗っている項から引っ張ってくれば基礎研究を大幅に短縮できる。……具体的には植物性バイドだ!」
沈黙が落ちる。
どう考えてもラミ班の方針と被っている。というか被せている。
「…クアンド、それって二番煎じっていうんじゃ」
「二番煎じ? それがどうかしたのか。私はバイド機を作りたいんだ!」
「さすがに同じ開発テーマでは許可が下りないと思います」
さすがにそれはまずかろうと言うことで、フローレスカが止めに入る。ECも一緒だ。
しかし、その反論はさすがに見越していたのかクアンドは自己弁護を始めた。
「同じなどでは無い! ラミ班の構想は植物的性質のバイド化装甲を使ったR機の開発だ。
しかし、私は以前バイド素子で遊んでいて発見したのだが、植物性バイドのBI因子を操作してやれば、
無機骨格に添って巻きつき、装甲化することが可能だ。バイド化装甲をR機に取り付けるのではなく、
R機の装甲をバイド化させるんだ! これにより攻撃性能が格段に上がるしフォースとの相性の向上が見込める!」
ECとフローレスカが目を合わせる。構想を考えていたのか。という驚きと、
なぜ、それをまともな方向に発揮できないのか。という諦めが二人の間で交換される。
普段から所作が演技くさい男なので、どこまでが理論で、どこからがアドリブなのか分かりづらい。
しかし、二人とも自分たちの班長が冗談で言っているわけでないのは感じ取れた。
「さて、二人とも意見はあるか。その他の開発方針が無いならこのまま行くぞ」
「そこまで、方針が固まっているならそれでいいわ。というか他の案採用するつもりあるの?」
「ない! 私の案に敵うわけ無いだろう」
「ああ、じゃあ、もうとりあえず、それで」
クアンドが当然と言った風で、まとめに入る。
「では決定だ。午前中に試験スケジュールをまとめるから、午後は実験準備。実験は明日からだ」
簡単に見積もっても、そんなに早くことが進むはずは無い。
おそらく、クアンドは裏技の類を駆使して、研究開始までに必要な様々な手続きをスルーする気だろう。
高笑いしながら部屋をでていくクアンドを見送り、どちらともなく話す。
「クアンド、発想は良いし、才能あるのになんで明後日の方向にむかってっちゃうんだろ?」
「あれで、性格普通だったらきっと凄く付き合い難い人ですよ。僕はこのままでいいです」
***
【第一種バイド実験設備】
ここにはバイド実験槽と書かれたシリンダーが横たわっており、実験区画と実験体を仕分けている。
Team R-TYPEだけが入ることができる実験施設であるが、そもそも通常の神経をしていれば入りたいとも思わないだろう。
シリンダーの中にあるのは、R機のフレーム……だったもの。
メインフレームが巨大な蔦に絞め殺されるようにひしゃげていて、コックピットもヒビだらけだ。
よく見ると蔦とフレームの癒合部に血管のような物が浮き出ていて非常に気色悪い。
「さて、なにか意見を言ってくれたまえ」
「なんで、誘導体の実験もなしに行き成り実機で試験なの? どう考えても失敗するでしょう」
「ふん、失敗を恐れるとはなんたる小者」
「あんた、食事にバイド素子仕込むわよ」
クアンドの尊大な態度に慣れていてもムカつくことはムカつくと、フローレスカが半眼になって睨む。
そうすると、横で我関せずとデータを眺めていたECが二人に注意を促す。
「…クアンド。バイドが過剰反応を示してる。 無機物であるフレームもバイド体の一部と思わせれば潰されない」
「……たしかにバイドの侵食はすでにバイド化していれば、あまり起こらなくなるな。
それでは、バイド素子をフレームにまぶしてみるか。さあ、もう一度実験を」
アームが操作されて、新たなR機のフレームと、植物体を誘導体として投与したバイド種子が運び込まれる。
そしてエネルギーを与えると、オレンジ色の光だったバイド種子がどす黒い色に染まり、蠢動し始める。
R機フレームとの間仕切りを外すと、バイド体からは棘の生えた黒い蔦状の物が伸びる。
フレームに巻きついたそれは、接触部で即座に癒合すると見る見る太くなり、フレームを覆い隠していく。
しかし、先ほどまでの実験とは違い、破砕音は聞こえず順調にフレームを包み込んでいく。
ECだけでなく、クアンドもフローレスカもデータ画面を覗き込む。
見た目の変化が止まった後、R機はその姿を変貌させつつもなんとか、最小限の形を保っていた。
「おお、成功か!ECもやるではないか」
「そうだね」
「いいわねこれ! て、あれまた蔦が伸びてない? どこまで広がるのよ。なにか不味くない?」
「あ……」
口々に褒められて無表情ながら少し照れたようなECを尻目に、フローレスカが実験槽を指差す。
そこにはR機のフレームを覆いつくした状態で一時停止していた蔦が、さらに伸びてシリンダーいっぱいに成長している。
そこには限界を超えてなお大きくなろうとしている狂った植物があった。
中身のR機は無事だが、それを囲む実験用シリンダーがミシミシと嫌な音を立て始めた。
「これは…バイドが暴走している?」
「そんなことよりっ! 緊急廃棄!」
「わかった」
ECがコンソールにある赤いスイッチを押し込むと、大きなブザーが鳴り始める。
シリンダーの一端に設置された、固定式の波動砲ユニットが稼動し、
シリンダー自体が発光するように波動砲が発射された。
内部にあるバイド化したR機ごと全てを消し飛ばして、平静が戻る。
無言の三人。一様に顔が青白い。
「……まあなんだ、無事で何よりだ」
「あれは、R機に付着させたバイド素子が多すぎて、バイド係数が一気に上がりすぎた。
たぶん、もっと量を少なくすればいいと思う」
「おお、そうだよなEC。失敗にめげずに前に進むことが必要だな」
「クアンド。適当にバイド素子を振りかけたんだから、あんたも反省しなさいよ」
***
「よし、なかなか有意義な実験だったな」
「実験区画を汚染しかけたことを除けばね」
3人が座って実験結果を読んでいる。
「何を言っている。研究の基本はトライ&エラーだ」
「それじゃただの行き当たりばったりよ。サーチをいれなさい」
まだ若干顔が引きつっているクアンドとフローレスカがじゃれていると、
ECがデータを提出用にまとめ終えて、二人に配った。
「はいこれ。でもこの実験で面白い性質が分かったよ」
「そうだな。特に装甲の異常成長性能を基にした自己修復能力はまだ実戦に堪える内容ではないが、
長期保管中の修繕と言う点ではいいかもしれん」
「波動砲もユニットが内部に取り込まれているせいか、なんか変質しているわね。
波動砲がこちらの意図とは別方向に変わってしまった件に関しては、反省点に挙げておきましょう」
「でも、この波動砲はなかなか面白いな。蔦状のエネルギー体によるパイルバンカーだな。
すでにスタンダード波動砲の面影は無いし……この新しい波動砲の名前はどうするか?」
「地獄づ…」
「アイビーロッドはどうでしょう?」
フローレスカの声にかぶせるように、ECが発言する。
「それでいいか。では早急に計画書を課長に提出してくる」
***
【課長室】
「レホス課長は何時もながら素晴らしいセンスですね」
「それはどうも、テストパイロットに志願しに来たのかい?」
声の調子が非常にうざったく、悪意は無いのだが明らかにケンカを売っているように見えるクアンドに、
にこやかに対応するレホス。しかし、言葉に少し棘が混じる。
「いえいえ、レホス課長の汚い白衣は研究者の証としてぴったりだと……」
「その件に関してはその通りだけど。君、絶対研究者以外の職にはつけないよねぇ。
ナチュラルにケンカ吹っかけて歩いてるとか。とりあえず、何しに来たの?」
「もちろん計画書を提出に」
ふざけた用件だったらどうなるか分かってるのかと、目線で聞くレホスに、
クアンドは胸ポケットから記録媒体を出して渡した。
レホスが端末に挿入してデータを読み出すと、そこにはバイド装甲機仮称”Mad Forest”という文字が映し出される。
基礎データ、実験概要、研究方針など中身を確認しながら、レホスは目の前の男に尋ねた。
「なんで後発組の君の班が2番手なの。基礎実験は……ふうん、ブッツケ本番したんだぁ……」
「ええ、基礎理論があるならば、あとは実験で試行錯誤した方が早いですので」
「あまり場当たり的にやると実験費カットするよ。実験は確認手段だからね。分かってる?」
「少々急いでいた物で」
ここにきて、思い当たる節があるのか、クアンドが目を逸らす。
レホスは、きっとバイド機開発レースに乗っかろうと、無理矢理急いで開発計画を立ち上げたのだろうと、
あたりをつけて、バツが悪そうにしているクアンドに釘を刺す。
「このレースも少し加熱しているね。クールダウンを早めるかねぇ」
「えっ、」
「余り第一世代機から系統ばかり増えてもねぇ」
「いえいえいえ、問題ありません。このプランはラミ班のB-1Aとは違い、
BI性質と装甲の自己修復能力の開発研究を目的としています」
さすがに、研究停止は怖かったのか、あせったように研究について話し出すクアンド。
意欲が無いよりは、フライング気味くらいがちょうど良いと、レホスは開発許可を頭の中で出しながら続ける。
「その方針自体は結構だけど、外部向け資料に研究が目的とか書かないようにね。
最近、軍部が五月蝿くて五月蝿くて。 これだってOp.Last Danceに必要な研究なんだがねぇ」
「ラストダンス作戦? あれは軍部主導の対バイド作戦ではないのですか?」
「世の中には、君らの知らないことがいっぱいあるんだよ。はい、決済。
くれぐれも、計画を立ててから動くように。あまり適当なことすると、本当にテストパイロットにするよ?」
トドメの一刺しに、さすがに青くなったクアンドが部屋を出て行く。
しかし、まんざらでもなさそうなレホスは通信端末を手に取り、どこかに連絡を取る。
「もしもし、レホスです。ええバイド機の開発はすこぶる順調です。
ここまで研究が過熱すれば、軍部の横槍が入る前に大方の開発を終えられるでしょう」
手にもつ情報端末には”Op.Last Dance”と”Project R”掛かれたデータがある。
「ええ分かってますよ。もう趣味だけで研究を追っかけるようなバカはしませんよ。
そうでしょう? Team R-TYPEとしての、バイド機の開発目的は技術集積ですからねぇ」
***
B-1B マッドフォレスト完成。
色々ネタにされることの多いマッドフォレストでした。
TACTICSではバイド陣営の亜空間戦法でお世話になりました。