TL-1B “ASKLEPIOS”
Team R-TYPE開発部の課長室は変態揃いの研究陣営内においても、
最高峰の危険度を誇る領域となっている。
研究員の誰かがTeam R-TYPEという組織に瑕疵でも与えようものなら、
その研究員にとって課長室は社会的な処刑場となるのだ。
社会的死どころか、生命活動が終わることを宣告された者も多いともっぱらの噂だ。
もちろん、すぐには死ねずバイド素子関連の被験者としてデータを引き出された後で。
それだけ、開発課長というのは内部に影響力や命令権があり、また自由度が高い職であるのだ。
その中でも現課長のレホスは、頭が切れると評判である。ネジも飛んでいるが。
その課長室に、今日もまた生け贄の羊が一人やってきた。
人型R機というイロモノを開発している開発班班長のブエノである。
レホスの独創的な服装に突っ込みを入れる余裕は無かった。
「さて、ブエノ君。何故自分がここにいるか分かっているかな?」
「えー、あー、はい課長。もしかしなくても人型機関連ですよね?」
「むしろ何故即答しないのかな、他にも何かやらかしてるの?」
「いいえ、うちの班は人型一筋です!」
「ふーん、まあ、ちゃんと成果をあげてくれていれば別にいいけどさぁ」
墓穴を掘りそうになり慌てて言い繕うブエノだが、どう考えても隠せていない。
だが、レホスは本論では無いことで時間を消費するのはもったいないと考えたのか、
追求せずに質問をぶつけることにした。
「まあ、いいや。でそろそろ予備研究終えて、次の仕様書だしてね」
「え……この前TL-Aを作ったばかりで、早くないですか?」
「それ君の所為だよね?」
「へ?」
ブエノは本気で覚えが無いので、間の抜けた声を漏らす。
そして、自分が何かミスをやらかしたのでは無いかと記憶を呼び出し、
それでも覚えが無いので、班員であるフェオとメイローに罪をなすりつける算段を始めた。
その一連の百面相を見ていたレホスが答えを述べる。
「君らが前回のをお偉方にプレゼンするときに
『人型形態への変形機構については次回作以降調整予定です!』
とか話を盛っちゃうからさぁ、その話をお偉方が本気にしちゃったんだよねぇ」
「あー」
「って訳で、次の人型機の企画書を早めにね。
もちろん君がお約束した“『人型形態への変形機構”についてもよろしく」
「ああああぁぁ」
最後にはうめき声になるブエノだが、レホスはまったく気にせずに笑顔とともに追撃を送る。
“余り遊んでばかりだと、そろそろやばいかもしれないよ”と。
そして、きりっきりの提出期限をブエノに告げると、
頑張ってねと心にも無いことを告げるレホス。
ブエノの顔色がすうっと青くなる。
この課長は身内であろうと問答無用でバイド培養槽に叩き込む事だってやってのけるのだ。
最悪の未来予想図を回避する方策を考えながらブエノが課長室を辞した。
***
ブエノが出て行った後
部屋にはレホスが残り、独り言とも言えない大きさで話し始める。
むろん相づちを打つ相手はいない。
「僕らって何のかんので、やっぱり軍を最大のお得意様としてるわけだしぃ。
僕らとしても半分? うーん多少? やっぱり少しでいいかな?
まあ、それくらいは軍の意見も汲まなくちゃいけないよねぇ。
これから軍と良いお付きあいをするためにも、有力スポンサー完全無視より、
ブエノ君を差し出して見返りに研究を進める方が良いかなぁ。
って、ブエノ君は人型機の設計でいっぱいいっぱいで気がつかないよねー。
どのみち自分でまいた種だし最後まで自分で型を付けて貰おう」
レホスはそんなことを言いながら、予算を請求する電話をかけ始めた。
レホスは多少の苛つきと期待を同時に抱いていた。
苛つきの原因は、
一チームリーダーが正規ルートを通さず、軍の高官という権力を持って開発権を得たこと。
Team R-TYPEという組織の結束と、外部への影響力の双方にダメージを与える。
この組織をバラバラにして、骨抜きにしようとする輩は多いのだ。
期待は、
この人型機というコンセプトが非常に特殊なものであり、
この蓄積されるデータの中にもしかしたら有用なデータがあるかも知れないこと。
馬鹿馬鹿しくて誰もやらなかった研究の中にも光るものが眠っていないとは言い切れない。
レホスは究極の汎用機を作るという開発計画“Project R”と
その研究母体であるTeam R-TYPEを守るためなら、
開発課長という権力を使って内部粛正でも辞さぬ姿勢だった。
一時的に研究リソースが減るが、最終的にプラスになるならやらない理由がない。
究極の礎にならないものには意味はない。
少なくない研究リソースを消費して結果を残さないなら、それ相応の対価を支払って貰うのだ。
予算担当との電話を終わらせたレホスは、すぐに他の仕事に戻った。
***
「と、いうことで、我々はもう人型機専属班になりました」
「おい班長、上にもうちょっと自分の意見通して来いよ。それが班長職の仕事だろ」
「無理に決まってんだろ、相手はレホス課長だぞ! 職を失うだけならともかく実験台は嫌だ」
「……あー」
自分の研究室に戻ってきたブエノが、課長室での事を班員のフェオとメイローに話すと、
早速、気の短いメイローが噛みついた。が、やはりレホスを理由にされると反抗はできないらしい。
フェオもぐったりしながら意見述べる。
「レホス課長なら仕方が無い、レホス課長なら。でもさ、前回タマだし切っちゃっただろ、どうするのさ」
「小細工は抜いて、現状の最強案を出すしかないだろ」
「小細工って、今まで人型機ってコンセプトだからなぁ」
「そう、今まで“人型機に相応しい”武装やらオプションを考えてきたわけだが、今回はちょっと人型らしい、
ってのを抜きで、可変型4アーム式のR機として強力な武装を乗せる事を考える」
今までの、おちゃらけた雰囲気ではなく、何か切羽詰まったブエノの様子に、メイローが訝しんで訪ねる。
「どうしたんだ。班長?」
「……実は、ちょっと今回は拙い」
「どう拙いんだ?」
「どう拙いか分からないのが拙い。でも、とりあえずレホス課長はマジだった」
「oh……」
「だが、いきなり人型機が強力になると言うことも無いだろう。ということで、戦力増強にを行う。
形はとりあえずとして中身を変える。時間的にできるのはやっぱりフォースと波動砲だろう。
ここを重点的に改良して、少なくとも実用に堪える機体に仕上げるぞ」
真顔で具体案を挙げ始めるブエノ。ロマン機体の伝道師も尻に火が付いた事で、真面目になった様だ。
しかし、班員二人はそれを見て、気味の悪そうな顔をしていた。
「班長が、班長がまともな事を言ってる」
「それよりメイロー。班長でもやっぱり、人型機が使えないって分かってたんだね」
***
班長ブエノが真面目モードになってから、数週間。
人型機開発班では、ブエノを中心にして活発な議論が交わされていた。
「これでどうだろう。
フォースは疑似鏡面構造を展開してバイドの低出力弾を反射できるミラーフォースだ」
「これ、レーザーはどうなのさ?」
「鏡面維持のために出力を使っているので、レーザーに回す出力が足りない」
「しかし、班長。流石にレーザーなしって訳にはいかないぞ。それはR機ではないだろ。
それなら前回のシールドフォースをそのまま流用した方がマシだ」
「しかし、妥協は今回許されないだろ。俺らの研究者生命的に」
ブエノは課長室でレホスに釘を刺されたことを思い出して言った。
単なる脅しではない。あの課長なら遣りかねないと思っている。
「ねぇねぇ、これ前作のシールドフォースと同様のレーザー分なら
どこかからエネルギーを絞り出せない?」
「どういう意味だ、フェオ?」
「うん、メイローの言い分も班長の言い分ももっともでさ、
レーザーなしでも前回フォースの流用でも拙いから、
両方の特性併せてミラーシールドフォースって事でどう?」
フェオの提案に少し思案するブエノとメイロー。
「うーん、シールドフォースのレーザーも極低出力で出せるレーザーだし、行けるか?
いや、行こう! 俺たちの身の安全のためにも」
ブエノがそう決断すると、一気に回り出す。
ちゃんと班長が班長するだけで、確実に人型機班の実力はいつもより2倍3倍は発揮されていた。
「よし、俺は後でフォース班に持ち込んで、
どうにかエネルギーを引っ張ってこれる様にできないか聞いてくる」
「その件はメイローに任せた。
じゃあ次の問題だ。“ハイブリッド波動砲システム3(案)”の件だ」
「おう、フォースの件は任せろ。波動砲だがその路線は問題ないよな。
人型が問題にされるが、ハイブリッド波動砲自体は強いだろ」
「そうだねメイロー。
軍部に調査入れたら、戦場でも波動砲の方は評価高いよ。『他の機体に付けられたら』って」
「よし、フェオの調査でも、
ハイブリッド波動砲の進化形を乗せるのが上策なのは確定的明らかだ。
問題は何と何を載せるかだ。メイローとフェオはどう思う?」
ハイブリッド波動砲は人型機の唯一の良心と言われていた。
初代TL-Tケイロンに後から換装できる様にした二つの波動砲、
ハイブリッド波動砲は拡散波動砲試作型と衝撃波動砲を、
簡易な操作により使い分けられる。
機体そのものよりもこのシステムの評価が断然高いくらいだ。
続くTL-1Aイアソンに積んだ2型では、拡散波動砲と圧縮炸裂波動砲を放てる。
これを改良するわけだが、何を載せるかその選定について問題が持ち上がった。
「ハイパー波動砲は最強として外せないだろ」
「あのハイパーシステムは簡略化しても容積食うし、
そもそもあれは簡単にサイズダウンできる様な波動砲じゃないでしょ。
メイローの言うことも分かるけど、ここは何を載せられるかを議論すべきじゃないの?」
「いや妥協しすぎだろそれ、今回は妥協なしなんじゃ無いのか」
メイローとフェオがそう言って揉め始めると、今回はちゃんと班長業をしているブエノが割って入る。
「今回は使えるR機である人型機を作る必要がある。
だから、今回の視点は“どういう組み合わせが一番役に立つか”だ」
「うーんその考え方だと、雑魚散らしと対大型バイド用は持っておきたいかな」
「その二種類なら良いかな。
じゃあフェオにはその2種について調査をして欲しい。現場の意見の多いのを載せよう」
「分かったじゃあ、波動砲の調査をしてくる」
フェオはそう言って端末を叩き、メールを送りまくる。
「残り時間が少ない。
実現可能と言うことが分かれば、それで企画書を挙げるから、メイローもフェオも頼んだ」
そう言って、未だかつて無く輝いている班長ブエノが、突発検討会を締めくくった。
***
一年後、ミラーシールドフォースと、分裂波動砲/圧縮炸裂波動砲の両方を打ち分けられ、
もっとも使いやすい人型機と言われることになる人型機TL-1Bアスクレピオスが完成した。
が、
「もーぼくつかれちゃったー。つぎは“ぼくがかんがえたさいきょーのひとがたき”でいいよね?」
そう言いながら、ごろごろと汚い床を転がるブエノ。
企画書を挙げてから1年近く疾走し続けたためか、完全に燃え尽き症候群を発症していた。
元のssが短かったので加筆しました。ダーク風味の短編を挿入しています。