プロジェクトR!   作:ヒナヒナ

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TL-2A2“NEOPTOLEMOS”

TL-2A2“NEOPTOLEMOS”

 

 

 

 

「みんな聞いてくれ!」

 

 

センサー式のドアが開ききる前に手でこじ開けながら入ってきたのは、

人型機斑班長であるブエノだった。

 

 

「やめろよ、それで一回ドアモーター壊してるだろ。メンテ口開けて修理するの面倒なんだぞ」

 

 

部品や模型の山を避けて、研究室の入口付近で書類をまとめていたメイローがブエノに言う。

続けて、少し奥にいたフェオがやってきて、何か用かと問いかけると、ブエノが勢い込んで話す。

 

 

「人型機班はこれで解散されるかもしれないんだ!」

「……いや、むしろ良く持った方だろ」

「やっと軍も正気に戻ったんじゃね?」

「いきなり解散では人型機班の名が泣くので、

TL-2Aの後続機をつく予算を取ってきた。それがこれだ!」

 

 

二人の班員の突っ込みも気にせず、

ブエノは態々大きなPC端末を持ち出してきて、映像資料を呼び出す。

無駄に凝ったフォントや、アニメーション付きでこう書かれていた。

 

 

『白兵戦用兵器装備強化型TL-2A2“NEOPTREMOS”』

 

 

効果音付きの新型機のネーミングを見た瞬間、研究室内では微妙に生ぬるい空気が流れたが、

メイローとフェオはさらに突っ込みを入れることを忘れていなかった。

 

 

「とうとう最終か。長いようで短かったな」

「今思うと良くこれだけ作ったよね。集大成って感じ?」

 

 

メイローとフェオが何故かほっとしたような顔で呟くと、ブエノがさらに突っ込みを入れる。

 

 

「いや、他の斑からの参入があったから人型機班“だけ”で作らなくなるだけで、人型機自体は健在だ。

しかも、面倒な可変機研のやつらがしゃしゃり出てきて、現在TL-2B“ヘラクレス”を開発中だ。

というか、うちのTL-2A2すぐ後にTL-2Bがロールアウトすることになるらしい」

「最終とか言いつつ新しい系統機作ってんじゃねーよ。詐欺だろ」

「“白兵戦用兵器装備”最終強化型だ。要は白兵戦無双だな」

「で、お仕事は?」

「もちろんいつもといっしょ。気が済むまで弄り倒そう」

 

 

メイローとブエノがコントを行うと、なんのかんので仲の良い人型機班は三人で打合せに入っていった。

 

 

***

 

 

「分かってないっ、分かってないな! 近接戦闘の華と言えば斧に決まってるんだ」

「考証的にもイメージ的にも、マニアックすぎるだろ」

「リアリティは置いておくとして、普通近接戦闘のイメージと言ったら剣じゃないか?」

 

いつもは茶化し役となるフェオが、TL-2A2の装備について持論を展開しだしたのだ。

班長ブエノがフェオの妙な熱意に疑問を持つ。

 

「何で斧なんだ。あれが近接武器だったのって日用品からの転用が容易だったからであって……

そもそも、あれの用途は重さで潰しながら押しつぶすって感じだから、

宇宙空間で振り回す物じゃ無いぞ」

「いや、あれ意外と対ザイオング慣性制御システムって意味で相性良いんだよ」

「対ザイオングって、なんで対R機戦闘が前提なんだよ!」

 

 

R機の基礎システムであり最需要機関の一つとしてザイオング慣性制御システムが挙げられる。

 

 

完成度・安全性が高く、さらにR機とともに地道な改良が続けられてきたこのシステムだが、

数少ないクリティカルな弱点として、イレギュラーな加速度変化に比較的弱い事が上げられる。

ザイオングシステムをフルに駆使しての高速戦闘中では、些細な衝撃が死につながる事になるのだ。

中に人間(の一部でも)が乗っている都合上、

慣性制御が行われない唐突な衝撃には耐えることができない。

簡単に言うと、パイロットがミンチを通り越した状態になる。

 

 

つまり、対R機戦に限っては、質量兵器も選択肢としては間違ってはいないことになる。

装甲部へのカス当たりでも、衝撃がザイオングシステムでキャンセルできる限界値を

超えさえすれば、中身を破壊できる。

ちなみに波動のハの字も付与されていない質量兵器では、

バイド相手の手段としては“お察し”レベルである。

 

 

「斧ねぇ。人型機に質量兵器って考えは良いけどなぁ。

相手がR機とか小型バイドとかだと当たるのか?」

「ソフト面で改良するとしても、当てるのがパイロットじゃないか」

 

 

パイロットを含む運用側からすると恐ろしいことを言い放つフェオとメイロー。

Team R-TYPEでは、配慮なんて言葉は完全に埒外となっている。

 

 

「考えられるものは研究する。可能性のあるものは作る。それがTeam R-TYPEってものでしょ!」

「……フェオがそこまで言うならいいんじゃないか、班長。まあ人型機に邪道も何もないよな」

「そうだな。斧装備で試作機を作ってみよう。最悪、新型ハイブリッド波動砲でごまかす手もある」

 

 

三人は頷き合うと、一気に案を詰めていく。

 

 

「まず、操縦系統の改善を……」

「それよりザイオングの限界について……」

「武装名は……」

 

 

珍しく見せたフェオの妙な熱意に絆されて、議論が妙な方向に流れていく。

人型開発斑の日常であった。

 

 

***

 

 

最終機の名目を盾に突き進んだ結果、

最終テストである公開試験会場にTL-2A2ネオプトレモスが立つことになった。

そこにあったのは何とも形容しがたい機体であった。

 

 

初代人型機ケイロンから見ると、関節の可動部が格段に増えたため見た目は人型と言って差し支えなく、

また、変形機構も当初より洗練されている。

陸戦兵器からの伝統による物か、宇宙では全く意味をなさない深緑色に染められている。

もはや人型機のお家芸となったハイブリッド波動砲やシールドフォース、

それに付随するレーザーは健在で、

今回装備されたハイブリッド波動砲の四式では、スタンダードⅡと衝撃波動砲を組み合わせてある。

ここまでは正直、人型機としては理解の範疇である。

 

 

一際異彩を放つのは、試作機が手に持つ質量兵器。

……誰がどう見ても斧だった。

 

 

“それどうするんだ?”

 

 

このお披露目の式に来た人間の共通の感想だった。

斧の用途なんて究極的には一つしか無いことは分かっているが、常識が理解を拒否する。

そんな聴衆の反応を余所にブエノは白兵戦テスト開始の合図をだし、現場宙域のパイロットに知らせる。

パイロット側から了解の合図とともに、標的であるデコイが宙域に射出された。

聴衆が、これから何があるのかと固唾をのんで見守る。

 

 

テストの見栄えを意識したのか、

デコイには必要は無いフェイントを挟みながら、一気にデコイに接近し、

TL-2A2はそのマニピュレータに持った赤熱した斧を振りかぶり、一気に叩き潰した。

巨大な質量同士がぶつかり合ったが、TL-2A2の強化された関節部はスムーズに動いている。

が、次の射出されたデコイに対しては、接近せず距離をとったまま側面に回り込む。

良く“訓練された”テストパイロットは事もあろう事か、手に持っていた斧状の武装、

もといヒートホークをデコイに投擲した挙げ句に、

スラスターをふかせてショルダータックルを仕掛けて見せた。

回避プログラムに従って最低限の回避行動をとるデコイに対して、高速戦闘でタックルを決める。

人型というバランスの取りにくい機体で、高速突進を決めるパイロットの練度も目を見張る物があるが、

それ以前にインパクトが強すぎて、ギャラリーは唖然としたまま、モニターを見ている。

それをテストルームから、何故か勝ち誇った顔をして眺めるフェオ。

ブエノは斑の代表として、説明を行うが……

 

 

「TL-2A2の白兵種武装である“ヒートホーク”は……」

「おい! デコイならば質量が小さくて相対速度もそれほどではないから良いが、

あんな曲芸を本番でやればパイロットが死ぬぞ!」

 

 

一目でパイロット上がりと見て取れる30代の士官が顔を真っ赤にして声を荒げていた。

その周りでは、追従する軍人達。その他の人は今の見た物を理解し切れていない様子だ。

それに対して、ブエノは人型機班で事前に打ち合わせた、想定問答集の通りに回答する。

 

 

「おそらく、あなたがおっしゃっているのはザイオング慣性制御システムの件だと思いますが、

おっしゃるとおり、ザイオングシステムは予期せぬ加速度変化に弱くはありますが、

質量兵器による白兵戦ができないわけではありません。我々はシステムを改良しました」

 

 

今までテスト宙域を映していたモニターが暗転して切り替わり、

デフォルメしたTL-2A2で描かれたにアニメーションへと変わった。

R機が氷塊と接触して大破したり、TL-2A2がR機にタックルを仕掛けて勝ち誇ったりしている。

 

 

「ザイオングシステムは近々の未来について予測演算を行うことで、

加速度の掛かり方を計算して制御しています。

ただし、未来予測は非常に計算コストが掛かるため、

ザイオングシステムは想定外の事態に弱いのです。

それでも多少の揺れ程度なら、計算リソースを優先的に傾けることで乗り切れるのですが、

衝撃強度が強いと、計算外の加速度が生まれてしまい、結果負荷に耐えきれず大破します」

 

 

そんな事をべらべらと喋りながら、アニメーションを動かして説明を行うブエノ。

しかし、聴衆も「そんなことは知っている」と苛立ち始めている。

が、ブエノもTeam R-TYPEの研究員であるので空気なんてまったく読まずに、長ったらしく説明を続ける。

 

「なので、今回TL-2A2を開発するに当たって、白兵戦に特化した計算モデルを導入しました。

これにより、今までパイロットの資質面に頼っていた質量兵器の運用がより簡易になると同時に、

タックルやキックといった機体そのものを武器とした攻撃も可能になりました。

あ、機体をぶつけると言っても、

データ取りのために散々対衝撃テストしてデータ蓄積を行いましたので、

能動的な機動による衝撃については安全となり……」

 

 

そこまでブエノが説明をしていると、聴衆から大きな声で質問が起こった。

 

 

「おい、ちょっと待て、君は今衝突テストと言ったな!?」

「あ、はい、衝突テストです。データ取りとしてシミュレーション一千万件、

テスト実機で20機分使いつぶしてデータを取りましたから、自信を持って送り出せます」

 

 

悲鳴の様などよめきがテスト会場を支配する。

バイド中枢にR機を五月雨式に投入したことで、バイドの進行が小康状態になっているとはいえ、

テスト機とはいえ20機分、大隊規模をスクラップにしたとあれば、泣きたくもなる。

 

 

聴衆の怒りと悲嘆と困惑を余所に、

モニターではTeam R-TYPEで行われた様々なクラッシュシーンが流れ出す。

衝突時の加速度を再現するために、

フレームだけではなく内部機関も積んだ、かなり精巧なテスト機だ。

少なくとも衝突試験に使い潰すような物ではない。

 

 

怒声があがる10秒前だった。

 

 

***

 

 

同時刻、Team R-TYPE区画にある人型機研究室。

やり遂げた感のあるフェオとメイローが異常に濃いコーヒーを飲みながら久方ぶりに寛いでいた。

 

 

「試作機を送り出したからやっと一息付ける。おい、フェオ、アレ通ると思うか?」

「班長の説明しだいじゃね? でもまああれだけ予算使った後だから、通すしかないよ」

「損切りしたいけど今まで掛けた費用を無駄にしたくない。サンクコストのジレンマだな」

「まあ、うちらだけでやるの最後だから、プールした資金から出しただけなんだけどね」

 

 

二人とも目の下のクマが濃いが、表情は活き活きしていてジョークを言い合う余裕すらある。

 

 

「後は可変機研が手を出したTL-2B……ええと、ヘラクレスだっけ? メイロー知ってる?」

「そうそう、ギリシャ神話系の名前で統一するらしい。

しかし、可変機研かぁ、一昔前は“可変R機を作る会”とかいう同好会だったのに」

「その同好会って班長も所属していたよね?

なんかケイロンの作るきっかけもそこだったような」

「ああ、その流れもあって可変機研と一緒になって、

TL系列をさらに進める計画を班長が立ててるらしいぞ」

「ふーん、まあ、班長が帰ってきたらその辺も話すでしょ……。

ところで今、死ぬほど眠いから、会話の、途中で、寝そう、なんだけど。

アラームでも起きなさそうだから、打ち上げの時間になったらメイロー起こしてくれる?」

「俺も眠いからたぶん無理……」

 

 

その後、班長ブエノがハイテンションを維持したまま、

打ち上げ会場となった酒保に乗り込んだが、

メイローとフェオが研究室で揃って寝落ちしていたのでお流れになった。

 

 

***

 

 

対バイド戦闘そもそもあまり考えらていないこの機体だが、

もちろん将兵の涙を糧に前線にも投入された。

現場パイロット達は与えられた兵器を用いて、最大限の抵抗を行ったが、

はやり多くがバイド素子を植えつけられて、元の形状さえわからない肉塊となっていった。

 

 

TL-2A2ネオプトレモスが戦場に配備された少し後に、

小型バイド最大の脅威であるゲインズにとある“進化”が

起こったとされる報告書がTeam R-TYPEで上がったが、

その報告書が外に出ることはなかった。

 




ゲインズに白兵戦用なんて意味のない進化はいらなかった。
TAC1の頃のように毎ターン撃てるだけでよかったんだ。

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