プロジェクトR!   作:ヒナヒナ

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失踪してましたがゲリラ復帰しました。
というかグリトニル戦記の方を改訂しようとして書き直して、
追加の話を書いている途中で詰まって投げていました。


B-1C“AMPHIBIAN”

・B-1C“AMPHIBIAN”

 

 

 

 

「私、天然魚って見たことないんだけどこれ似ているのかな?」

「俺も食用培養ブロックしか見たことないけど、絶対違う」

 

 

女性研究者ミーガンと同じ班のフーフェイだった。

円形の防水扉にはバイオハザードマークが記されており、足場の下には配管がのたうっている。

そんな中、首まである防水作業着を着ながら二人はシリンジ状の培養槽をチェックしている。

太ももほどの太さのシリンジの中にはよく分からないぶよぶよとした細胞塊が浮いている。

鰭や鱗、目玉などがでたらめに配置されており、どう考えてもクリーチャーだ。

 

 

「うーん、レホス課長からの課題は、バイド自己修復因子の特定と利用だったけどうまくいかないな」

 

 

この原因は3ヶ月前に遡る。

 

 

***

 

 

Team R-TYPEの木星ラボの研究開発課長室にミーガンとフーフェイは呼び出されていた。

一研究員のデスクと違って高価そうな机と椅子に課長のレホスが腰掛けていた。

会議の後らしく何時もの汚い白衣とサンダルではなく背広なのが気になった。

レホスは引出から小型の記録媒体を拾い上げ、机の上に置いた。

 

 

「それでさぁ、君らに課題なんだけど、コレを研究してね」

「え、ええと、なぜ私達火星ラボの人間に言うのです? どちらかというと分析が専門ですが」

「分析も今回の仕事の内だからねぇ。ところでさっきまで僕は“バイド器官実用化会議”にでてたんだけど、これが議題にあがったんだよ。どう思う」

 

 

レホスが聞いてくるが、誰も答えない。

ミーガンは横目で同僚を見るが、フーフェイは完全に応対をミーガンに投げているようだ。

彼女は肉眼で記憶媒体のデータを読み取れる異常体質ではないので、別方面の感想を述べた。

 

 

「……酷い名前の会議ですね」

「そう、いー名前だと思うだけどなぁ。僕は外面を気にして物々しいだけの会議名とか大嫌いだしぃ」

「ええと、このチップには何が入っているのですか?」

「バイドの自己修復因子であるリボン体のデータさぁ」

「リボン体ってあれですか、生成構造体が微小帯状形態を取る以外分かってなかったバイド構造ですよね」

「そう、キミらとは別基礎研究チームがバイドDNAデータを割り出してさぁ、自己修復因子であることも特定したんだよ」

 

 

レホスはそう言うとメガネのブリッジを押し上げて続ける。

 

 

「君らへの研究課題はこの自己修復因子を組み込んだバイド機を開発すること。そしてその利用法を確立することだ」

 

 

ミーガンとフーフェイに「ノー」の返事はあり得なかった。

 

 

***

 

 

防護服を脱いで除染し、研究室に戻ってきたミーガンとフーフェイは今日の実験結果について検討を始める。ミーガンはコーヒーを飲みながら、今分かっていることをつらつらと述べる。

 

 

「バイドの基礎構造の一つであるリボン体はバイドDNAのRB1領域にあり、程度の差はあるけれどほぼ全てのバイド体で発現している。その役割は外部的損傷を受けた部位の修復」

「ここまではデータにあったところだよね」

「うん、」

「でもなんでこの自己修復因子が働くのかしら?」

「どういう意味? 生物だってもってるじゃないかDNAの損傷から免疫、一部組織の治癒。構造再生さえできる種もいる」

「それはDNAという設計図があるからじゃない? でもバイドってそこら辺適当だから決まった形なんてあまりないじゃない?」

「そうだな分化誘導がかからないと、カルス……というかただのバイド肉塊になるよな」

「周囲の組織から誘導も係るけど、大部分がもげていても環境次第では再生できるじゃない? そこも研究しないと」

 

 

ホワイトボードに研究項目が付け足され、“分化誘導と自己修復の関係性”と乱雑な文字が躍る。

 

 

「でも、一番の成果物である機体はどうする? 一応レホス課長からは研究レポートによっては継続研究もありって言われているけど」

「うーん。取り敢えずは利用できるかどうかの判断として、バイド培養時につかう素体との相性を見ましょう」

「そうだね。再生能力はバイドの特性の一つだからそれを強調しよう。ただし、侵食は抑えないと」

 

 

バイド装甲材単体では問題ない様に見える物でも、ラットを用いた小規模試験では生体に向けて侵食を起こすことが多々ある。やはり生体はバイドの本能と言うべきものを刺激するらしい。

 

 

「コックピットとかの侵食を抑制しやすくて、自己再生因子“リボン体”を強誘導した機体?」

「それでいいね。始めの課題はシンプルが一番だ」

「一応、今回の実験でどの」

 

 

有機物、単純無機物、機械素材。様々なバイド培養試料のデータを呼び出して二人でピックアップしはじめる。ちなみに先達達の基礎研究のおかげで、大体の傾向は調査済みとなっている。その中から有望そうなものをピックアップし、ミーガンとフーフェイはバイドの培養が許可されている実験室を予約した。

 

 

***

 

 

さらに2週間後。

素体を培養している実験室には、二人の姿があった。

腕の太さほどの小型シリンダー培養槽の束を引き上げると、おなじみのぶよぶよとしたバイド肉塊が入っている。

それらを一つ一つ検分していくミーガン。

数歩離れたところで別のシリンダーを確認していたフーフェイが声を上げる。

 

 

「修復度数B3、B2、C1……」

「ミーガンこれどうかな」

「B……もう、どこまでチェックしたか分からなくなっちゃったじゃない」

「そんな、どれも同じようなサンプルどうでもいいよ。それよりこれ、どう見ても実験前の状態まで再生しているよ」

 

 

ここでは色々な素材に自己修復因子を活性化させたバイド素子を付着させ培養し、その後シリンダーごと極低出力の波動放射に晒して破壊したサンプル群だった。

自己修復因子が働いていなければデタラメな再バイド化が起こりカルス化する。

上手く働いていれば損傷前の状態にキレイに再生する。バイドなりの機能を持った組織が回復する。

フーフェイが持っていたサンプルは、破壊部位の輪郭こそ分かるが、その内側を若い組織が埋めており、

外側も元の通り鱗状の表皮装甲が覆っている。機能回復に至ったのだ。

 

 

「それは魚類素材No39ね。あ、こっちにもある……素材は両生類素材No.332」

「うーん。内部組織は両生類素材、表皮装甲は魚類かな。組み合わせるのもありかな」

「あと、R機の装甲に使うなら生体侵食試験も必要ね」

「設備的にも、僕らの成果的にもマウスでスクリーニング試験をするしかないかな」

「人死にがでると、理由書が膨大になるからね。平研究員の辛いところよね」

 

 

Team R-TYPEで被験者を募っての実験が暗に許可されているとはいえ、最初から最後まで人を使っては被験者が足りなくなる。ラットならば多量に使えて増殖も便利だ。それに政府から強大な権限を得ているTeam R-TYPEといえど、被験者を多量に用意するのは難しい、人間を使う以上はそれに見合った成果が要求される。

 

 

***

 

 

バイド装甲素材の適正率試験を繰り返し、マウス試験を繰り返し二人はバイド装甲機の稼働試験を迎えた。

本人らも半ば忘れていたのだが、これはバイド“装甲機”の研究なので、成果物もR機となる。

もっとも彼ら二人は波動砲や操縦系は畑違いなので実質的には他の研究室と連携して丸投げすることになるが。

バイド装甲機において、装甲材はかなりの比重となる。

装甲材が装備などに干渉することによって千差万別の特色を持つため、ミーガンらが装甲の研究を終えないと武装系、操縦系が開発できないのだ。

つまり、彼ら二人の研究が押したため、武装・操縦系はまともに試験していない。

 

 

「ぶっちゃけ、ぶっつけ本番よね」

「ま、まあレホス課長からのオーダーも自己修復因子の研究であって戦力化じゃないから」

「どうせ軍もバイド機を通常戦力として使っているわけじゃないし」

「それにしても、保守整備が大変なバイド装甲機を小ロットで多種運用するって、軍人さんも可哀想ですよね」

 

 

二人の前を次々に実験機材が通過していく。

突然R機開発機関Team R-TYPEがまともなR機を開発せず、敵と見間違いそうなバイド装甲機ばかりを開発し始めた。上層部はともかく末端の前線に建つ将兵は当然切れたが、幾ら抗議文を送っても梨のつぶてである。最近は諦めの雰囲気を纏わせて、既存の名機を通常運用し、嫌がらせのように現場に送られてくるバイド機はワープ空間や跳躍次元での戦闘に回している。

 

 

「だからこその、自己修復因子試験機よ。これが正式配備されれば保守整備の手間も省けるわ」

「まあ、補給さえすれば勝手に修理されますからね。デッキが割とシュールな事になりそうですが」

「本当は相互干渉もあるから組み上げてコックピットを取り付けてから稼働実験したかったんだけど」

「時間……なかったですし、今回武装は飾りですから」

 

 

スクリーン上に現れたのは鱗の様な装甲とヒレの様な機関に覆われたバイド機B-1Cに、ミーガンとフーフェイは“アンフィビアン”とあだ名を付けた。

両生類という名前だが、装甲材の基礎である組織には魚類と両生類を複数合わせた細胞塊が使用されており、まあ間違いではない。しかしテラテラと光る分泌液や痙攣するように震えるヒレ状器官を見ると、腹部装甲が膨れて触腕の様な物が生えた淡水魚に近いナニカだ。ちなみにコックピットに人を入れて起動するのは今日が初めてとなる。

 

 

横目で準備が整ったのを確認したミーガンが宣言する。

 

 

「B-1C稼働実験始めます」

 

 

実験場のオペレーター達が様々な報告をアナウンスする。

テストパイロットによって基本機動は問題ないことが確認し、本命の“自己修復因子”試験にうつる。

実験ではまず機体機関部に物理損傷を与え(通常は大破判定となる)、その後に最低限の機動を行うことで、再生が行われているか審査される。

実験場は高速デブリを想定した岩石材を高速でぶつけて機関部を抉るための準備に追われていた。

 

 

『指標岩石材、射出準備完了』

「OK、胴体めがけて射出して」

 

 

ミーガンの号令後、採掘用の小型電磁砲で加速された岩がB-1Cに叩き付けられる。

およそ戦闘機に衝突したとは思えない、粘着質な音が聞こえた後ディスプレイ上のB-1Cは、コックピットの後ろの機関部が半ばまで破壊されていた。通常ならば大破判定を受けるだろう有様だ。

ミーガンらの成果が反映されるならば、ここからバイド装甲が自己修復を開始し中破~小破判定くらいになるという想定だ。

 

 

『第一射判定、大破。テスト機バイド係数微増確認しました』

 

 

「うーん、なんか修復率の伸びが悪くないか? 予備試験では目に見えて修復が始まったよな」

「そうは言ってもR機フレームに取り付けてのテストはこれが初めてだから……」

 

 

フーフェイとミーガンがこそこそと話す。

R機フレームが露出したB-1Cは、その断面に肉片を蠢かせて周囲の微細デブリなどを元にして修復を始める。保存された直前の状態まで修復する様に誘導分化されるはず。しかし、装甲組織ではなくもっと軟質の別の物体が傷口から作られつつあった。明らかに試験シリンダーで見せたような急速でバイド的な自己再生能力とは別物だ。

さすがにミーガンも眉根を寄せる。

 

 

「なんか別の物が誘導されてない?」

「カルスから分化して……バイドの捕食組織っぽいんだけど?」

 

 

赤黒い鰭状組織がコックピットに取り付いたあたりで周囲もその異様さにざわめく。ミーガンは側のマイクに飛びつくと大声でがなり立てた。

 

 

「テスト中止、テスト中止! バイド汚染が完了する前に波動砲用意して!」

「テストパイロットが入ったままです」

「たった今、コックピットが壊れたわ。推進系までバイド化しないうちに吹き飛ばすのよ」

 

 

実験オペレーターが反論するも、その直後にコックピットが圧に耐えきれずひしゃげた。腫瘍の様に一気にバイド化が進行し、それを合図に周囲で待機していたR機が波動砲を放つと、魚の出来損ないのようなB-1Cは消え去り静かな宇宙が戻ってきた。

 

 

***

 

 

後日、大型実験に失敗したミーガンとフーフェイが反省会を開き、実験時のあらゆるデータが集められた。

 

 

「予備実験との違いは?」

「相違点1、R機フレームへの組み立て状態での試験であること」

「フレーム材やその他部品ごととの培養試験は行ったし今回の結果とは異なる」

「相違点2、レーザーでの損傷ではなく、岩石材での試験であること」

「岩石材の付着は認められたが追試験で問題性はない。また無機物以外のコンタミネーションは無かった」

「相違点3点……」

 

 

フーフェイが質問し、ミーガンが答えていく。この辺は自分たちの試験系に落ちが無いか確認のための質問だ。

 

 

「じゃあこれが僕の本命の相違点だと思う項目。有人だった」

「……やっぱりそれよね。あの妙な誘導増殖の仕方は有機体……特に人間入りの機体や施設をバイド体が襲う時の活動と類似点が多いわ」

 

 

マウス試験では起こらなかった事態。ミーガンとフーフェイは再度の追試にて、B-1Cに用いたバイド装甲材では損傷時に自己修復機能としてもっとも手近な有機体を取り込もうとしているのではないかと言う結論になった。バイド素子がコックピットブロックに引きつけられて、ダメージ部位では、損傷が再生するほど自己修復因子が働いていない。結果としてB-1C装甲では自己修復自体が成り立たないことが分かった。

この結果が出た後、ミーガンは中身を飲み干した紙コップをくしゃりと握りつぶす。

 

 

「やはりマウス試験は駄目ね」

「そうだね。やっぱり条件を合わせた本試験(人体実験)が必要だった」

 

 

こうして二人はサイコパスへの第一歩を踏み出したのだった。

 

 




ふと考えました。
Dクラス職員みたいな人(被験者)って流石に平研究員が使い捨てにはできないですよね

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