・B-1C3“AMPHIBIANⅢ”
薄暗い部屋で前には大きな画面があり様々なデータが映っていく。座席は階段状になっていて大学の教室の様だ。前方の隅で発表を行っているのはミーガン、その補佐としてフーフェイもいる。次から次へと映る画像には培養された細胞塊やら、何かのグラフや表やら――チリンチリンとベルの音が彼女らの持ち時間の終わりを告げると、ミーガンは若干早口に最後の説明までを一気に述べる。
「……以上をもちまして、“リボン体誘導物質による自己修復の誘導”についての発表を終わります。ご静聴ありがとうございました」
「ありがとうございました。ご質問の方は挙手を」
司会が後を引継ぎ、質問と回答が繰り返されていく。興味深そうな顔をする者、不満げな顔をする者、うらやましそうな顔をする者。誰もが研究内容を理解しようとし、咀嚼して自分の実にしようというギラギラした意欲を持っている。あくびや寝ている者もいない。ここは大学などではない。Team R-TYPEの拠点のひとつであり、兵器研究において最先端を行く場である。ミーガンらには厳しい問いかけに耐えきり、解放される。
「私達の論文、食いつきは良かったよね?」
「そうだね。質問も活発だったし失望はさせてないと思うよ。まあ、興味ない我が道を行く人はそもそもここに来ないしね」
「でも、出席率も悪くないって司会担当のフェオ班長も言っていたから総合的に見て上々かしら」
「ミーガン。君は割と人の評価を気にするよね」
「私はまだ被験者にはなりたくないの」
***
R機の開発初期は一つの開発プロジェクトについてTeam R-TYPE全員で取りかかっていた。特に戦局を左右するような決戦用の機体がそうだった。それからR機の開発は武装や運用ごとに細分化されていく。R機開発が円熟(腐熟かもしれない)した今では基礎開発されたR機骨格に対して、どういった改良を加えるのか企画プレゼンテーションを行い、ゴーサインが出次第分業的に開発を行うという、細分化が起こっていた。ここ最近上層部はバイド装甲の企画についてご執心らしく、初期のTeam R-TYPE色を残すのは基礎研究班と武装研究班くらいだ。他のチームはバイド研究所研究員との境界も曖昧になってきていた。下手をするとR機そのものへの理解度は基礎研修の知識のみという研究員もいる。それだけ偏った研究を行っている。
「リボン体による自己修復性を最大限活かすためにはどうすればいいかな?」
「うーん。まず重要組織とか大質量物は再生できないから、そういうのは除くわ」
ホワイトボードに×をつけるミーガン。机に行儀悪く腰掛けるフーフェイは少し考えてから、続ける。
「次に、パイロットも再生しないから保護機構を厚くする」
「そうね。コックピット内修復の予備実験で、アレは人の形にもならなかったわね。DNAもこんがらかっていたし」
「そもそも、人間のDNAはバイドからしたら消化すべき異物だろうし、再生時に参照するDNAの場所が多いほど再生失敗するからね」
「装甲としてバイドの本能は押さえているから中の人間も機体の一部と出来れば修復出来ると思ったのだけれど。まあ、失敗は仕方ないわ、バイド基礎工学として次の論文に載せましょう」
ミーガンとフーフェイは基礎実験として健康な人間の細胞塊を含むアンフィビアン装甲片が再生するかどうかの試験も行っている。結果は二人の言うとおり、装甲片でも人細胞でもない謎の肉塊となった。恐らく培養を続けるとバイド肉塊へと成長するだろう。彼らは実験中のリボン体がどの部分で強く発現しているかの分析データを検討し始める。
「同時再生部位は1カ所。それ以上はリボン体が暴走する」
「うーん条件が厳しいわ」
「そうでもないよ。被弾する部位を選択出来れば良いんだ」
「それはパイロットスキルに依るのじゃない? それとも、構造的にどうにかなる問題かしら?」
「そうだね、どうにか考えてみよう」
こうして、Team R-TYPEではR機のために自己修復因子を役立てるのではなく、自己修復因子のためにR機を考えるという逆転現象がしばしば起こることになる。そしてこれはミーガンらも完全にこの道に進んでいた。
***
テスト23-1
肥大させた巨大な脂肪細胞で覆って被弾細胞を限定する方法
失敗。脂肪細胞は重量がかさみ、自己修復時の重量制限に引っかかって暴走を招いた。
前記方法で海綿状組織とする
失敗。防弾性能が皆無となり不適
テスト23-4
可能な限り機体を小さくした。
失敗。ほぼコックピットブロックがむき出しとなり被弾=パイロット損失となった。機体自体の自己修復は行われた。また、武装が皆無
テスト23-5
非常に柔らかい装甲
失敗。硬質物体が被弾した際はその部位だけ穴が空き自己修復したが、爆発物を被弾した際にすべて飛び散り修復不可能となった。
テスト12-11
非常に堅い装甲
限定的成功。硬質化した鱗細胞により外部ダメージは限定的となり、自己修復にて修復可能となった。しかし、修復部が硬化することにより可動部が固まり動作不良を起こした。最終的にコックピットに被弾
***
実験を繰り返したミーガンらが出した答えは、ひとことでいえば「エビ」だった。
被弾に弱く修復が効かないコックピットブロックは内側に抱き込む様に配置しており被弾率を下げている。次に被弾カ所を限定するために部分着脱可能ないくつかの硬質細胞板で表面を覆う。センサー部位などは機首部に集め、メイン武装である砲は尾端にまとめて、砲を進行方向に向けるため機体を真ん中で折り曲げる。こうして出来た機体を眺めてみればハサミや足のないエビというべき何かであった。しかも内部でリボン体による不定修復が起こるためか、時折ピクピクと震えるような動きをしている。
これから乗せられる被検体はすでに泣きそうな顔をしている。
「改めてみると何コレ」
「B-1C3アンフィビアン3試験機だろう」
「知っているけど、なんか更にナマ物に近くなったわね」
「両生類というか甲殻類だよね。効率を追求すると生物に近くなるなんて生命の神秘だね」
「……そうね」
フーフェイは至って真面目なのだが、色々と面倒になってきたミーガンは半眼になっている。
三回目にもなると実験オペレーターも慣れた物だ。淡々とチェックをこなしていく。
拘束具を着せられた泣き顔の男がつり上げられてコックピットブロックに搬入される。そしてベルトで縛り付けられていく。バイドにしか見えないナマモノの内部に入れられて実験に供されるとなれば、まともな反応かもしれない。
『準備完了しました、いつでも実験を開始できます』
「じゃあまずはいつもの機動確認からおねがい」
『了解、機動パターンAからEまで開始します』
実験宙域において、加速・減速から始まり、ある程度の急制動やターンなどを織り交ぜた機動パターンを無線誘導で行うエビ。ちなみに外部からの操縦なので、中に乗せた被験者は操縦せず拘束されたまま乗っているだけだ。このシリーズは操縦性能について特に問題はないためだ。エビが機動を繰り返して宇宙空間を飛び回る様子はなかなかシュールな光景だが、基礎機動で問題が起こることもなくしばらくして実験場の前まで戻ってくる。過去二回の状況から破壊が伴わない限りは安定性があるため閉鎖空間ではなく、解放系で基礎テストを行っていた。コックピットセンサー類のデータを見る限り被験者も無事なようだ。途中被験者の拘束を解いてコメントが求められたが「何かが吸い取られている。気力とか体力を吸われてるんだ」などと主観的な事項だけしか述べなかったため、記録だけのこして実験は続けられた。続いてB-1Cシリーズのバイド波動砲の試射。これも特に問題ない。自壊せずある程度の威力はある。ここからは対バイド用実験区画で行うため、室内に戻される。
「さあ、本番よ! 自己修復機能の性能評価」
「実験室ではリボン体の発現は十分だったけど実物で試さないと。大~中破では中途半端な修復しかできないから、まずは小破規模で実験だね」
固定されたB-1C3に小規模な衝突物をぶつけ修復具合を見るテストだ。このシリーズ機の根幹である自己修復性能を測るテストだが、B-1Cシリーズはこのテストであまり良い成績を残していない。今のところ実験としては良いが実用性はない。
「この実験に対して自己修復因子が強く発現するように組み込んだし、何より外部装甲部分が破壊された部分に強くリボン体が働くようにしたのよ。勿論コックピット周りでの発現は抑えてあるわ」
ミーガンが画面を睨みながらそう呟くと、画面内では小質量の物体がB-1C3にぶつかるとその部分の装甲表面にヒビが入り部分的に脱皮するように外側だけが外れる様子が見えた。その内部は赤茶けた組織でできており、衝突部位のみ赤黒くなっている。その組織は蠢動しながら徐々に膨れて変色硬化し外部装甲を再生していく。その映像を見ながらガッツポーズを決めるミーガンと淡々とデータ処理を行っている。
『バイド係数安定、エネルギー残量50%です』
「データは悪くないけど、どうかな」
「想定通りよ。やっぱり構造的に外部装甲部分だけが損傷する形が良かったのね。センサーデータは今のところ正常。エネルギーを消費して装甲を再生している」
実験オペレーターからの通信に二人はそう話す。
今のところテストは上手くいっているらしい。
小さな岩塊を投擲していたドライバーが停止し、近くにあった小型ミサイルサイロが開く。
オペレーターが次の実験開始を告げる。
『小規模爆発物の投擲を開始します』
ミーガンが了承の指示を出すと、通常ミサイルが撃ち込まれる。形だけはR機用の汎用ミサイルだが炸薬量をごく減らし、実験室からの誘導を受け付けるように改造してある。オペレーターがミサイルを誘導してB-1C3に直撃させる。
爆風が晴れるとそこにはセンサー部が抉れて蠢く肉塊だらけになったB-1C3の姿、コックピットの風防にも少しダメージが入っているがまあ、中身は無事だろう。エネルギーを過剰消費して修復を始めるのだが、被害部が大きすぎてすぐにエネルギー切れになり、実験終了が告げられる。
「まあ、あの規模の損傷では自己修復因子ではまともに修復できないって分かっていたことよね」
「そうだね でもあれだけ手を尽くしても実用に耐えないっていうのは堪えるね」
「自己修復因子を組み込むこと自体は成功。だけど割に合わないわね」
「自己修復できるとは言っても精々デブリ接触程度、爆発物になると問題外と」
係員や技師達が実験後の後始末を始めるが、二人はその場で反省会を開催する。しばらくその場に留まっていた二人だが急におし黙る。なんやかんや理由は付けているが、流石に失敗続きすぎて自分たちの将来が心配になってきたのだ。特に近い将来が。
「とりあえず……論文ね」
「そうだね。困ったら論文だね」
遠い目をした二人は損傷部位におけるリボン体の振る舞い方という名の論文を連日徹夜で仕上げた。もともと豊富なデータを持っており、データの取り方については丁寧だったため、短時間で論文に仕上げるのも不可能ではなかった。データ処理から打ち込みの間、二人は何かに追い立てられるように研究室に籠もっていた。その後はすぐに論文をTeam R-TYPEの研究学会に送りつけると、二人で倒れるように眠った。そのまま研究室に二人して籠もっていたが、翌週、論文がリジェクトされなかったことが分かると泣きながら喜んだ。
「ぐすっ、よかった、よかったぁ……私達は処分されないで済みそうね」
「論文で有用だと示す事が出来れば被検体にはならなそうだ」
最近、遊びが過ぎて研究する側からされる側に身を崩す人間が多かった。その最中にB-1Cアンフィビアンシリーズが出来損ないとして名を上げてしまった二人はバイド組織についての研究で成果を上げることで保身に走ったのだった。果たして二人は研究室に残る事が出来たようだった。
***
研究発表の後、フーフェイは開発課長のレホスがいたので声を掛けてみる。
「課長、あのどうして僕らは無事だったのでしょう?」
「どうしてって、もっと別の所行きがよかったぁ」
「いいえ、しかし現状僕らの開発実績だけを見ると生きては出られそうになかったので」
「一応、君らは遊んでいたわけじゃなかったしぃ」
Team R-TYPEにまことしやかに囁かれる噂
“バイド機で失敗すると被検体行き”
フーフェイの言葉を聞いたレホスはレホスが低く笑った。
「それに、このプロジェクトの真の成果はR機なんかじゃ無いからぁ」
それだけ言ってレホスは講堂を立ち去るが、人気の無くなった廊下で呟く。
「バイドそのものを解き明かす事はこそが、このプロジェクトの近道さぁ」
もし両生類さんで遊んでいたら被検体行きかもしれませんでした
倫理観的な意味では無くて、研究そっちのけで遊ぶなという意味で