なんか研究主任と助手で
「メタリックドーンって地味だよな」
「そうですね。これまでも何回か飛来する型だけど、いい鹵獲体がですね」
「でも鹵獲体は可塑性が著しく劣化していったらしい」
銀一色の機体を眺める。すでにその装甲は動きを止めて固体化しているが、綺麗というには不安感が募る。
この機体は本部上空で鹵獲された“小型バイド”だが、R機の開発ナンバーを与えられている。
B-3Bメタリックドーン。
金属の夜明けの名前は、この機体の見た目と明け方に出現したからである。
送り出した味方機が変質してバイドとして帰ってきた前例もあるため、
今回も海軍の哨戒網に引っかかった味方機反応を出していた機体を鹵獲、分析した。
「金属とバイド素子の融合というところが特異なんだけど地味なのよね。結構な成果と思わない」
「そうですね。素材を元にバイド素子を付与させるのではなく、原子一つ一つに組み合わせているのだから、もう少し見て欲しいのですが」
ナマモノや植物、魚介類と言った奇形だらけのバイド装甲機の中で、とても普通のR機の形状をしている機体。それがメタリックドーンだった。もっとも普通と言ってもシルエットだけで金属光沢を放ち疑似流動体によって形成される機体はやはり人間が乗る物には見えない。バイド機といえど一応コックピットの一部は露出しているのだが、メタリックドーンに至ってはカプセル状のコックピットに乗り込みその周囲を疑似流動装甲で覆う形になる。なぜR機の形をしているのかもはや分からない。意味不明だらけの機体である。
「この技術は素晴らしいと思うのですが。これはバイド特性を持っているお陰で固体から流体化、切り離しまで自由です。何故か鹵獲後失活している様だけれど」
「そうだな。このまま腐らせるのは惜しいし、もう少し踏み込みたい。売り込む方法を考えよう」
バイド装甲機の工程表を確認する。
「既存のバイド装甲は基材となる試料にバイド種子を植え付け、培養条件と餌を変えながら培養します」
「ああ、ただしバイドシステムαの1号機などは装甲を作っているわけでは無く、装甲にバイドが付着して良い具合にバイド化したものだろう」
「ああ、α1号は鹵獲機でしたっけ。まあ、それにしてもある程度の規模の基材を元にして、そこにバイド素子が食い込み侵蝕します。たまたま、上手くいくとああいうモノになるんですね」
「バイド汚染の典型だね。まあ、バイド装甲はコントロール下で機体を汚染させて、一番良い状態をどうにかこうにか維持しているようなものだからね」
「ええ、しかしミクロの世界で見ると割とまだらで、均質化していないのです。それがバイド装甲の不安定性の原因だと思っています」
「そりゃあね。特にジギタリウスなんて培養液で無理矢理押さえ込むほどには不安定だし」
「これが原因です」
そこに示したのはバイド装甲サンプルの顕微鏡写真だ。バイド素子は染色が簡単でとてもはっきりと汚染部位が映り込んでいる。それは元となる基材を絡め取るように編み目状に汚染している。これがバイド装甲機の大元である。元となる基材で多少変わるようだが、共通している構造となっている。バイド装甲を研究している者にとっての基本だった。動物、植物、機械部品などを汚染させても、同様にムラが出来る。特に不安定とされているB-1Aジギタリウスシリーズは特に顕著で拡大構造を見ても、植物細胞部位とバイド素子の汚染部分が反発しあっている。特殊な溶液を用いることでその反発を抑えて装甲として利用している。
「ふむ、バイド装甲機の見本の様な写真だな」
「混ざってないのが問題です。我々は材料を均質に混ぜて溶液を作らねばならないのに、これは土に水を注いで泥水を作っている様なものです」
助手は顕微鏡写真を閉じて、向き直る。
「バイド装甲機は戦力としては運用できるようにはなりました。これがバイド装甲機の第一世代の課題だと思っています」
「次は?」
「まあ、プラトニックラブが第二世代機ですけど……」
「そうだな、アレだもんな。第三世代機にいこう」
「原子一つ一つとバイド素子を綺麗にくっつけ、安定化した物質を作り出す。それがバイド装甲機の次の課題ですね。それができればメタリックドーンⅡこそが第三世代機の雛型となるでしょう」
「まずは、人工的にメタリックドーンの構造を模倣できるかどうかだな」
「やってみませんか。単なる模倣以上に楽しそうです」
***
「水銀でも上手くいきませんね」
片手サイズシリンダー――耐バイド素材用の培養器の中で、全体的に赤黒く変質したイガ栗のようなサンプル。他にも似たような培養体が押し込まれたシリンダーを多数調査している。
電子顕微鏡の映像には水銀の原子がバイド素子にまだらに覆われ、歪な結晶となっているものや、
バイドの攻撃性が発現してしまい、銀と紫色の組織が針状に襲いかかってくるサンプルなどがあふれかえっていた。
彼らが目指した均質で流動性とバイド特性を維持した構造は見られない。失敗も失敗である。
分子間にバイド素子入り込んで緩やかな仲立ちをしており、疑似流動体として動くB-3Bの様なしなやかさはない。二人はどうやったらB-3Bと同様のサンプルについて再現性をもって作れるのかのめり込んでいった。
培養しては廃棄し、条件を変えて培養しては廃棄しを何十回と繰り替えした。すでにサンプルナンバーは千を超えている。
今日も二人が憂鬱な顔をして失敗サンプルを廃棄槽に入れ込む中、廃棄用コンテナの底のシリンダーを見つけた。ふとそのサンプルを左右に振ると、中身もやや粘着質に流動した。疲れ目の所為かと再度乱暴に振ってみる。そのサンプルはやはり均質にどろりと流動した。
「こりゃ、疑似流動体だ」
「え、全てのサンプルはチェックしたはずですが、紛れていたのですか?」
「サンプルナンバーは……んん? これ前々回廃棄したはずのナンバーだぞ」
「え? コンテナの底に引っかかって廃棄槽に入らなかったんですかね、ラッキーですね」
「なあ、追試で考えがあるんだが」
廃棄漕もほっぽって、実験室にとって返した二人はサンプルを詳細に調査し、条件を微妙に変えたサンプルを新たに多量に仕込んでいった。
***
「これが1週間前に仕込んだサンプルになります」
「ああ、今までと同じ失敗サンプルだな」
「はい、こちらが同じ条件でさらに3週間経過したものになります」
なぜか机の下の棚から試料を取り出す。
それらのうちいくつかは疑似流動体として振る舞っている。
彼らが求めたB-3Bの様なしなやかさだ。
「答えは高バイド係数下での再培養だったんだな」
「ええ、試料のバイド装甲を、再度バイド培養条件下に起き続けると均質に変異するとは」
「で、中に金属粒子を封入したものがコレか」
主任と助手が試料を電子顕微鏡に掛けながら話し続ける。水銀原子とバイド素子が隣り合って並び、緩やかに結合している。今までのバイド装甲機の様な大雑把なバイド素子に覆われた試料ではなく、正しくバイド素子と既存分子との混合物である。このバイド合金ともいえる素材はバイド素子が自発的にその構造を変化させ続けており、これを利用できればリアルタイムでその構造を変化させることさえ夢ではない。
「よくよく考えればさ。始めからヒントはあったんだよ。だって前回鹵獲されたB-3Bの元は突入作戦に使われたジギタリウスだろ」
「データを見る限りそうみたいですね、それが超高バイド係数環境下で再バイド化すると」
「ちょうど良い塩梅で出てきた奴がB-3Bになった。……それ以外は取り込まれたかなんかだな。あとは疑似流動体として一番良い条件を見つけるだけだ」
***
結局、バイド中枢に匹敵するような高バイド係数環境は再現出来ないため、メタリックドーン再現計画は完全再現には至らなかった。得られたのは金属原子を取り込ませて銀色になったが、多少流動性の劣る機体。これをB-3B2メタリックドーンⅡと名付けた。
これの特色は武装にも現れている。装甲として取り込んでいる金属原子を薄く薄く引き延ばし、その中で波動エネルギーを溜める。バイドと反発する波動エネルギーを金属の風船の中に溜めて叩き付けるのだ。ものすごい体積の物体を放出している様に見えるが、その実中は中空なので周囲に原子がほとんどないボイド宙域を飛行しているのでなければその材料は徐々に補充出来る。
画期的なバイド装甲機に見えるが、やはり現場の反応は芳しくなかった。今までのバイド機でもあったことだが、この機もコックピットをカプセル状にしてこの疑似流動体の中に埋め込むことになる。完全に外部からは隔離されており、バイドに取り込まれるような錯覚を覚える。
結局今一評価されない機体であったメタリックドーンシリーズだが、基礎バイド工学分野での技術集積としては多大な貢献をしていた。バイド合金装甲の基礎とでもいうべきこの技術は既存のバイド装甲技術より格段に安定していた。それは今後開発されることになる貴金属機への基礎、そしてR-99ラストダンサーへの道標となるのだった。