「まったく、ヨコシマは何処に行ったのよ」
神社の境内で横島を待っていたタマモだが、何時まで待っても来ないので石段を降りながら愚痴っていた。
「あっ、いた!ちょっとヨコ…シマ?」
其処で彼女は見た、見てしまった……
子狐を抱いて優しく微笑んでいる横島を。
ゾクリッ
とたんに辺り一面を凄まじい限りの殺気が支配した。
「な、何だ!この殺気は!?」
恭也はなのはを庇う様にして敵の襲撃に備える。
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
「動くな、なのは!」
「きょ、恭也さん……この気配は一体?……はっ、久遠、久遠!」
那美は久遠の名を呼ぶが、久遠は殺気に怯えて横島にしがみついて震えており、横島は横島でこの心当たりがありすぎる殺気に脂汗をだらだら流しながら「は、はは…はははは……」と引きつった笑いを浮かべる事しか出来ないでいた。
「よ、横島さん?」
「おい、どうした?」
「忠夫お兄ちゃん、大丈夫?」
「く~~ん」
そして其処に、殺気の元が現れた。
「ヨ、コ、シ、マ?私を待たせておいて浮気とはいい度胸ね」
「ま、待てタマモ。ワ、ワイはやな……」
横島達の目の前にはナインテールを放射線状に広げ、悪鬼の様な黒いオーラを放ちながら立っているタマモが居た。
(な、何なのこの威圧感は?まるであの時の久遠の様)
(くっ…勝てるのか俺はコイツに?いや、勝たなければ…せめてなのはだけでも。癪だがここはコイツになのはをまかせて…)
「おい、横島とか言ったな。ここは俺が食い止めるからなのはを…」
「ヨコシマ、先方を待たせちゃ悪いわ、早く行きましょ」
「あ、ああ……。じゃあ俺達は用事があるからこれで帰るね」
タマモはさっきまでの殺気を嘘の様に消すと笑顔で語りかける。
横島は久遠をなのはに預けるとタマモと一緒に石段を降りていく。
「お、おい」
恭也は横島を呼び止めると真剣な顔つきで聞く。
「逝くのか?」
「多分な……」
横島は虚ろな笑顔でそう答える。
「忠夫お兄ちゃーん、またねーー」
「く~~~ん」
そして、微かに響いて来た麻袋を引き裂くような悲鳴を恭也は聞こえなかった事にした。
―◇◆◇―
「酷い目に遭った…」
「自業自得でしょ」
それから暫く経った夕暮れ時、ようやく『復活』した横島とタマモは人に道を尋ねながらやっとさざなみ寮にたどり着いた。
「ようやく着いたか」
「早く入りましょ」
横島達が建物の中に入ろうとすると買い物帰りなのか、大量の荷物を持った男性が話しかけて来た。
「あの、此処に何か御用ですか?」
「あ、はい。このさざなみ寮の方ですか?」
「ええ、僕はこのさざなみ寮の管理人をしている槙原耕介という者です」
「(…なんか、こう爽やかで、何と言うかピートタイプのイケメンだな。いかんいかん、これから世話になる人なんだからな。呪うのはやめておこう。)初めまして、俺は今日からこのさざなみ寮でお世話になる横島忠夫です」
「…は?……あの、場所を間違えてませんか?このさざなみ寮は女子寮ですよ。確かに横島唯緒さんという女性の入寮予定はありますけど」
「へ?……でもこの紹介状には確かにここの住所が」
「ちょっと見せてもらえますか?」
横島は言われた通り、耕介にキーやんから預かった紹介状を渡した。
「木井ヤンさんと左津チャンさんからの紹介ですか、確かに本物の紹介状ですね。しかし、どうしましょう…」
「どうしましょうと言われても…」
「とりあえず中に入れてくれない?こんな所じゃ話し合いも出来ないわ」
横島と耕介が途方に暮れているとタマモがそう提案する。
「そうですね、とにかく紹介状は本物だし詳しい話は中でしましょうか」
二人は耕介に誘われるまま、寮の中に入って行った。
「あら、耕介さん。その方達は?」
「今日入寮予定だった横島さんなんですけど」
「え?でも横島さんは確か女性の筈では」
「ええ、しかし紹介状は本物なのでとりあえず話をしようと思って」
玄関に入るとかなりの美人が出迎えて来て、横島の何時ものナンパ癖が出る所だったがタマモに…
「分かってるわよね、ヨコシマ?」
と、威嚇されたので大人しくしておく事にした。
「槙原さん、その人は?」
「ああ、僕の妻でこの寮のオーナーでもある」
「槙原愛と申します。よろしく」
人妻だった事を確認すると、横島は危ない所だったと冷や汗をかきながら安心していた。
「俺は横島忠夫です。よろしく」
「私はタマモよ」
「お茶の用意をしますので中へどうぞ」
そして横島とタマモはリビングルームへと案内された。
其処には入居者だろう何人かが集まっていた。
「あれ、お兄ちゃん。その人達は?」
「ああ、知佳ちゃん。今日、入寮予定の人だったんだけど何か行き違いがあったみたいでね。これから詳しい話をしようと思って」
「そうなんだ。初めまして、仁村知佳です」
「私は知佳の姉の真雪だよ」
「あたしは陣内美緒だよ」
「うちは神咲薫です」
(神咲?さっきの娘と同じ名字だな。それにあの美緒って娘はたぶん猫又だな)
自己紹介をして来たので横島達も挨拶をする。
「どうも、横島忠夫です」
「私はタマモよ」
「え~と、タマモちゃんって横島さんの妹なの?」
「違うわよ、どっちかと言うと恋b…むぐっ」
「ははははは、い、妹の様な者です。(行き成り何を言おうとしとるんじゃお前は!)」
「むぐぅ~~~。(何よ、いいじゃないケチっ!)」
「住人はまだ他にもいるんですけど今は留守にしているんです。もうそろそろ後一人帰って来る頃なんですけど」
「ただいまー」
「あっ、帰って来ましたね」
とたとたと足音が聞こえてくるが。
(ん?確かこの妖気は……)
「ねえ、見慣れない靴があるけどお客さん?…あれ、あなたはさっきの」
扉を開けて入って来た女の子はやはり、さっき神社への石段の所で会ったあの娘だった。
すると、胸に抱いていた久遠が腕の中から飛び出して、
ぽんっ!!
「ただおっ♪」
人型に変化すると横島に飛びついて来た。
「おっと!」
「ああーっ!こら、なに勝手に抱きついてるのよ、離れなさい!」
「やーーっ!」
タマモは久遠を横島から引き離そうとするが久遠はしがみ付いて離れようとしない。
「ちょ、ちょっと久遠ちゃん!いきなり何を!?」
「何で久遠が行き成り変化を?」
「にゃーーっ!久遠が妖怪だとばれちゃうのだ!」
「て言うか、美緒ちゃん!耳、耳、しっぽも出てるよ」
皆は久遠がいきなり人前で変化したので慌てまくり、美緒もまた耳としっぽが飛び出てしまっている。
「……なあ、おい」
「真雪さん、何落ち着いてるんですか?久遠の事がばれちゃったんですよ?」
「いや、だからな。……アイツ、目の前で狐が人の姿になったのに平然としてるんだが」
「え?……そう言えば…」
そして、横島の方を見ると久遠とタマモに挟まれている横島に那美が話しかけている。
美緒は美緒で耳としっぽを隠そうともせずに横島を見ている。
「あ、あの~。たしか横島さんって言ってましたよね」
「君はたしか神咲……那美ちゃんだったっけ?」
「那美、そん人の事知っとるんか?」
「うん、さっき神社の石段の所で会ったの。それより横島さん、久遠の事変だと思わないんですか?」
「いや、変も何も妖狐が変化するのは別におかしくないだろ」
「えっ!?……久遠が妖狐だって知ってたんですか?」
「まあね。邪悪な気は感じなかったし、那美ちゃんに懐いているようだったから何も言わなかったけど」
「じゃあ、あたしはあたしは?あたしの事も分かってたの?」
「ああ、美緒ちゃんだったね。猫又には知り合いもいるし分かってたよ」
そう言いながら美緒の頭を撫でてやると顔を真っ赤にしながらも大人しく撫でられている。
「えへへ~」
「また出た。人外キラースキル」
「どうしたんですか、耕介さん?」
「…いえ……俺は美緒に懐いてもらうのに結構苦労したのに彼はあんなにあっさりと……」
その横では耕介が横島にあっさりと懐いた美緒を見つめながら項垂れていた。
=続く=
(`・ω・)ちなみにどんな悲鳴だったかと言うと「ぬわーーーっ!」でしゅ。
※木井ヤン=キーやん・左津チャン=サっちゃん