チュンチュン……
海鳴の地に横島とタマモが来て初めての朝、さざなみ女子寮管理人の槙原耕介は朝早くから住民達の朝食の準備をしていた。
「今日からは二人分多く作らなきゃいけないな」
そう鼻歌を歌いながら料理をしていると誰かが起きて来た。
「…おはようございまふ……」
「ああ、おはよ……ぞふっ!?」
目玉焼きをひっくり返そうと放り上げると目の前に飛び込んで来た光景に目を奪われ、目玉焼きはそのまま耕介の頭の上に落ちる。
起きて来たのは横島、……だが彼、もとい彼女の姿はランニングシャツにトランクスというラフな格好だった。
住民達が横島が本当は男であると言う事を知っているとはいえ、流石に女子寮の中では女子の姿を取らざるをえなかったからである。
横島からしてみれば何時もの眠る時の格好なのだが女性の姿でのソレは色々な意味で凶悪過ぎた。
「どうしたんですか、耕介さん?」
「ど、ど、どうしたって……あ、あの…その…」
横島は寝ぼけていて自分が女性の姿と言う事を忘れている為、実に無防備に耕介に近づいて行く。
当然、身長は耕介の方が上の為彼からは横島を見降ろす形になる。
何と言うか今の横島は今は懐かしの『だっちゅーの』状態の為、胸の谷間は丸見えであり其処に視線が釘付けになっている彼を誰が責められるであろう。
「……耕介さん?」
「ひいぃっ!!??」
「一体朝から何を見ているのかしら?」
「ご、誤解だ、これは誤解だ!」
……訂正、責める奥さんが居た様だ。
ー◇◆◇ー
その後、朝食の時間になり皆が集まった訳だが、体中に包帯を巻いた耕介の事は見ない様にして淡々と食事を進める空気が読める住人達であった。
そして遂に登校の時間になり、それぞれの制服に着替えた皆は寮の前に集まり横島が出て来るのを待っている。
「お待たせ、皆。さあ、いい加減に諦めて出て来なさい」
「わかったわよ」
タマモに連れられた横島は頬を赤らめながら風芽丘学園の女子制服に身を包んで出て来た。
どうやら愛に捕まったらしく、薄く化粧をされ髪型も赤いリボンでツインテールにまとめられている。
「うわ~~」
「忠夫、綺麗なのだ」
「…自信、無くすなぁ~~」
知佳と美緒は制服姿の横島に見とれて、那美は何やら項垂れていた。何処とは言わないがふくよかな部分を見つめながら……
「ふふふ、女の子なんだからちゃんと綺麗にしなくっちゃ」
「だから私は本当は男なんですってば~~」
「ん?なあ横島。あんた、何か声が変わってないか」
真雪が疑問を口にすると他の皆も気付いたのか「おお、そう言えば」と言っている。
「ああ、これ?さすがにあのままじゃ変に思われるからちょっと裏技を使って声を変えてみたの。変かな?」
「そんな事無いです。とっても綺麗な声ですよ」
そう言って来たのはさざなみ女子寮の住人の一人、岡本みなみ。
横島が来た時はバスケ部の練習試合で留守にしてたが、帰って来てから詳しく説明されて案外すんなりと横島の事を受け入れた。
実際声を変えた方法は勿論【声】の文珠。
タマモは【女】の文珠で女性化した方が手っ取り早いんじゃないかと聞いたが横島曰く、
『文珠での女性化では女の子達の中で暴走しかねん。だが神魔人化すると頭の中は男のままでも精神は幾分女性よりになるので暴走してのセクハラなどの心配がいらないんだ』
との事である。さすがに少しは考えている様だ。
「さあ皆、早く行かないと遅刻するわよ」
「は~~い、行ってきます」
皆はそれぞれの学校へと走って行き、横島は那美の案内で風芽丘学園へと歩いて行く。
タマモはさすがに入学は無理だったようで久遠と一緒に寮に残り愛の手伝いをするようだ。
そして学園に着いた横島は周りからの視線に晒されていた。
『な、何だあの美女は?』『二年の神咲と一緒だぞ』『転校生なのか?』『是非、お友達に』『いや、それ以上の関係に』
「な、何だか動物園の中を歩くパンダの気分…」
「あはは。し、仕方ないですよ、横島さん綺麗ですから」
「う~~、どうせなら元の男の姿でこんなにモテてみたかった」
そう涙ぐみながら彼女(彼)は呟く。
知らない事は幸せなのか不幸なのか、GS世界では地味にモテてた事に気付いていない横島であった。
そんな横島の目に見覚えのある男が居た。神社に続く石段でなのはと一緒に居た高町恭也が美少女と仲睦ましげに会話しながら歩いていた。
「あの男は確かなのはちゃんと一緒に居た」
「あ、高町さんですね。なのはちゃんのお兄さんの高町恭也さんですよ。隣に居るのはお付き合いしている月村忍さんです」
「………」
「横島さん?」
「む~~~」
横島はその光景を頬を膨らませながら見つめている。
此処で説明しておくが神魔人状態の横島はその姿に引きずられる様に言葉などが女性仕様になっている。
それは言葉だけではなく、表面に現れる表情も同様で、つまり今の横島が恭也を見つめる表情はまるで仲良さげな二人に嫉妬しているかの様なのだ。
ザワザワザワザワ……
『な、何だあの子のあの表情は…』『ま、まさか高町の奴に…』『た、高町の奴……MOGUか?』
「よ、横島さん、何か変な雰囲気に」
「ねえ、那美ちゃん」
「は、はいっ」
「私はこんな格好で苦労してるっていうのにアイツだけ明るい男女交際をしてるっていうのは何か間違ってるよね」
「え、え~と…その…」
「マチガッテルヨネ?」
「はいっ!ま、間違って…ますです。はい…」
「うふっ、いい事考えた♪」
そう言ってクスリと笑うと横島はスキップしながら恭也の所へと歩いて行く。
「よ、恭也」
「ん?ああ、赤星か。お早う」
「お早う、赤星君」
恭也に声をかけて来たのは彼の数少ない友人の一人、草間一刀流剣道の遣い手で剣道部の主将・赤星勇吾。
「お早う、月村さん。今日も朝から仲が良いね」
「からかうのなら何処かに行ってくれ」
「何だよ、二人の語らいの時間を邪魔するなってか」
「そう言う事じゃなくってだな…」
「きょーおーやっ♪」
「ん?」
「なっ!」
「え……ええ~~っ!?」
恭也に近づいた横島は空いていた右腕に笑顔で抱きついた。
あまりにも咄嗟の事だったので恭也は反応が遅れ、逆に赤星と忍はその信じられない光景に目を丸くしていた。
「き、君は?」
「えへへ~~、今日転校して来たんだよ」
「え、え~~と」
「あ、職員室に行かなきゃいけないんだった。今日は何かと忙しいからまた今度ゆっくりとお話しようね。じゃあ、なのはちゃんにもよろしく。チュッ!」
そう言いながら横島は恭也に投げキッスをすると駆け足で那美の所へ駆けていく。
ふと、那美と目が合うが彼女は申し訳なさそうな顔で頭を下げると横島と一緒に校舎へと逃げるかの様に歩いて行く。
「…殺気!」
殺気を感じた恭也が振り向きざまにその場を離れると赤星が竹刀を振り抜いており、恭也の頬に一筋の切り傷が刻まれる。
「あ、赤星、何を?」
「恭也、俺は今初めてお前を憎いと思った。月村さんと言う美人の彼女が居ながらまたあんな美人を……。俺はきっと今ならお前を越えられる!」
そう言いながら涙する彼の後ろには見た事も無い誰かの影が見える様な気がしていた。
誰とは言わないが及川とか樹とかしっとマ○クとか。
赤星と対峙する恭也だがそんな彼を襲う更なる殺気があった。
「恭也…」
「し、忍?……」
「向こうでO・HA・NA・SIしましょう」
「ちょっ…ちょっと待ってくれ」
「いいからKI・NA・SA・I」
「落ち着いてくれ、俺はあんな子は知らないんだ。何かの間違いだ」
「落ち着くのは恭也よ、少し頭HI・YA・SO・U・KA」
そのまま引きずられて行く恭也を見た男達は先ほどまでの嫉妬心は何処かへと消え去り、敬礼をしてドナドナされて逝く恭也を見送っていた。
「あ~~、スッキリした」
「よ、横島さん。何気に酷いですね」
「何の事かしら?ほほほほほ」
こう言う所はさすが美神の弟子と言った所か。
=続く=