「そう言えば、フランってこの部屋から出ないけど、何か病気でもあるの?」
ふと思い至った疑問を投げかけると、ベッドの上でぬいぐるみを抱きしめていた愛らしい俺の天使が…………フランが少し困惑したように答える。
「えっとね…………私、自分でもわかってるけど少し情緒不安定なの。それで外に出て感情的に何か壊したりしないように、できるだけ刺激の少ないここに閉じこもってるんだよ」
そう答えるフランの目に僅かな暗い感情が宿っていることに即座に気づく。
それに気づいたら、行動は早かった。
「フラン」
彼女の手を取り、抱き寄せる。
「タカヤ?」
僅かに戸惑いながらも、すっぽりと自身の懐にはまり込むフラン。そうして一度ぎゅっと彼女を抱きしめ。
「一緒に行こう? 今度は、俺もついてるからさ」
彼女の手を取って、そう問いかける。
「どこにも行けないなら俺が連れていくよ。何かしてしまうのが怖いなら俺が精いっぱい止めるよ。俺はフランがしたいようにして欲しい。望むがままにあって欲しい。大好きだから、だからそのためならなんだってするし、どんなことだってやって見せるから」
だから、俺を信じてください。
そう告げた自身の言葉に、フランが呆然と目を見開き。
「……………………うん。信じてるよ、タカヤ」
少しだけ泣きそうな笑みで、そう返した。
* * *
朝焼けの空はとても綺麗で、だからこそ、それを直接は見ることのできない自身の大切な人が少しだけ残念に思えた。
「傘、大丈夫だよね?」
「うん、ありがとう、タカヤ」
地下室を出て、その先の図書館を抜け、そうしてさらに通路を進み、玄関へとたどり着く。
何も言っていないはずなのに、すでに玄関で待機していたメイド長から日傘を一本渡されるとメイド長は一礼して姿を消した。
玄関を開けると薄っすらと朝日が滲んでいた、吸血鬼が直接日光に当たるのは危険なので急いで日傘を差してフランを隠す。
手入れの行き届いた庭を巡りながらやがて門を潜る。因みに中華風の服を来た赤い髪の女性が一人いて、この人が門番らしいが寝ていた。
「…………もう美鈴は」
少しだけフランが困ったように呟きながらもその横を通っていく。
視界の端で門番がぴくり、と何か反応したような気がして振り返るが、腕を組んだまま鼻提灯を膨らませているので多分気のせいだろう。
実は外に出たのはこれが初めてなのだが。
広がっていたのは、想像を絶するほどの大自然だった。
「うわあ……………………すごい」
都心ではまず見ないほどの広大な自然風景に、思わず圧倒される。
「……………………綺麗」
ぽつり、と呟くフランの視線の先には朝日を浴びてキラキラと光る大きな湖。
残念ながら中央付近は霧が出ており、はっきりとは見えないが、それでも一部湖面に反射した陽光がまるで宝石箱をひっくり返したかのようなきらめきを放っていた。
「…………うん、綺麗だね」
そして肝心の自身は、そんな湖の景色に見惚れたフランの横顔に見惚れていた。
呟いた言葉とそして視線に、フランがこちらを見て…………視線が噛みあった瞬間、その頬が染まる。
「も、もう…………タカヤ、何を見て言ってるの」
「え? フランだけど?」
何の躊躇も無く答える自身に、フランがますます顔を赤くして、すぐさま帽子で顔を隠してしまう。
そんなフランの姿が可愛らしくて、愛おしくて、抱きしめたくなったけどさすがに傘を手放すのはできないので、代わりに肩を寄せる。
「ふふ…………フラン可愛い」
「もう……………………ばか」
* * *
しばらく外を散歩して館へと戻ろうとすると、出ていく時に寝ていた門番の人が起きていた。
「あ、妹様おはようございます」
「おはよう、美鈴」
先ほどフランに聞いたので名前はすでに知っている、紅美鈴と言う名前らしい。読みもどうも中国語読みっぽいので、本当にその辺りから来た妖怪なのかもしれない。
「お客さんもおはようございます」
と、考えているとこちらを向いて挨拶してくるので、おはようございます、と返しておく。
「それにしても、妹様が外出されるのは本当に久々ですね」
「あー…………うん、まあ、ね?」
「そちらのお客さんの影響でしょうか」
と言ってちらりとこちらを見てくる門番と、頬を赤くして視線を逸らすフラン。
そんなフランの様子に門番の人が苦笑する。
「なるほど…………まあ色々大変でしょうけど、私個人としては応援してますので、頑張ってくださいね、妹様」
「うん…………ありがとう、美鈴」
そうして門番が門を開くと、二人並んで入っていく。
そして門を通ろうとした時。
「後で少し、話しませんか?」
耳元にそっと聞こえた声に、振り返るが、門番の人はニコニコしたまま何も言わない。
「……………………………………」
「タカヤ? どうかしたの?」
と、そんな自身の様子を不審がってかフランがこちらを向くが。
「ううん、何でもないよ」
首を振って否定し、また歩きだす。
門番は自身たちが館へと入っていくまで、ずっとこちらを見て笑っていた。
まるで張り付けたような笑みで。
* * *
朝と言うのは吸血鬼にとって就寝の時間だ。
何せ吸血鬼は太陽が苦手なのだから。
本来は…………そのはずなのだが。
この館の吸血鬼は変わっている。
何せ朝起きて、夜寝るのだから。
人間と何も変わらない、と言うより人間がいるからこそそんな生活になってのかもしれない、などと考えてしまうが今はそんなことは置いておいて。
「…………すぅ…………すぅ」
夜…………だと思われる時間帯。ずっと地下にいると時間の感覚が曖昧で、今が夜なのか朝なのかもわからないが、恐らく夜。
寝入ってしまったフランを置いて、こっそりと部屋を抜け出す。
因みに部屋にはベッドの他にソファーなどもあって、俺はどちらかと言えばそちらで寝ている。
一度だけ一緒のベッドで寝たことがあったが、心臓がバクバク言って俺もフランも寝れなかったのでそうなってしまった、少しだけ残念だとも思うが、あんな生活毎日してたら寝不足で倒れそうなので致し方ないことと考える、でもいつかは実現したい夢である。
姉に合わせているのか、フランもまた夜に寝て朝起きる。地下だけに分かりづらいのだが、メイド長が持ってくる食事やお茶などで大よその時間帯は分かる。
だからこそ、抜け出すタイミングはここにしかない。フランが寝入ったころを見計らって部屋を抜け出し、図書館を抜け、そして玄関を出て門へと向かう。
「…………こんばんわ」
門の片隅で七輪で火を焚いて暖を取っている女性に声をかけると。
「ええ…………こんばんわ、来ていただけたんですね」
にこり、と笑ってこちらを振り向いた。
どうやらいきなり襲われる、とかそう言うのは無いらしかった。
「それで、話って何ですか?」
「おや、せっかちな人ですね…………まあまあ少し温まっていったらどうですか? 寒いでしょ?」
そう言って少しだけ脇に避けて、七輪の前に一人分のスペースを作ってくれる。
たしかに冬も近づいているだけあって、空気は冷たい。自然に囲まれているせいか、余計にそう思う。
この寒さでは長袖のTシャツだけではさすがに厳しいものがあるので少しだけ戸惑ったが、頷き、七輪の前に座る。
「お餅食べます? アツアツは美味しいですよ?」
そう言って七輪の上の金網に切り餅を二つ置き焼き始める。
しばらくするとぷっくりと餅が膨れてくるので素手で餅を取って、こちらに一つ渡してくる。
「あつ…………つ…………」
直前まで焼かれていた餅の熱さにしばしお手玉しながら、ようやく持てるようになったそれを見つめる。
だが隣で美味しそうに餅を頬張る門番を見て、やがて口へと運んでいく。
「はふ…………っつ…………うん」
口の中に広がるお米の甘さが何とも言えない美味しさを醸し出す。寒かっただけに余計に温かい物が美味しく思えるだけかもしれないが、それは今まで食べてきたどんなお餅よりも美味しく感じた。
「おー、良い食べっぷりですね、もう一つ行きますか」
「いや、もう夕飯食べたし、これくらいで」
先日と違い、メイド長が普通にフランの分と一緒に持ってきてくれた。フランの料理のほうが全体的に赤かったのは恐らく血が入っているからなのだろう。そう考えると、少しだけ食欲が失せたが、それでもメイド長の料理はどれも絶品で、失せた食欲など気にならないほどに箸が進んだ。先日食べた時は何を食べているのか分からないほど緊張させられたが、今回はフランと一緒だったので楽しく食べることができた。
「そうですか、じゃあ、私はもう一つ」
少し残念そうな表情をしながら門番がさらに一つ、餅を七輪に乗せ。
何の気に無しに、まるで世間話でもするかのように呟いた。
「それで、まだ妹様のこと諦めないんですか?」
耳に届く言葉の意味が一瞬理解できず、首を傾げ。
ようやく理解すると同時にもう一度首を傾げた。
「まだ…………ていう意味がよく分からないんですけど」
と、言うかこの門番は先ほど、自身たちの関係を応援してくれると言ったはずなのだが。
「まあ個人的には応援してますよ? 妹様があんなに安定しているのは、この五百年近くの間で一度も見たことありませんでしたし。ただまあ、良く頑張るなあって思っただけです」
そして、告げる。
「だって」
今の自身には分からない、不可思議な言葉を。
「もう何度■されてるか忘れてしまうくらいに■んでるのに、どうして未だにあなたは折れていないんでしょうね?」
まるでノイズが入ったかのように、一部聞き取れない言葉があった。
まるで脳がそれを理解することを拒否したかのように。
「咲夜さんも、お嬢様も、妹様も、あなたも、何度■り■■んでしょうね」
――――――――なんて。
「今のあなたに理解できるはずなかったですよね。すみません、忘れてください」
不気味なくらいに、笑みを張り付けたまま、門番がそう告げる。
「少しだけ、話をしてみたかったんですよ、ずっと不思議ですから」
けれどどこから寂しそうな笑みで。
「まあどうせあと二日のことです。お嬢様かあなたか、どちらに転ぼうと答えは出るし、全て思い出します、まあどうせまたお嬢様なんでしょうけれど」
少しだけ、見たくもあるんですよ。
「あなたと、妹様と…………その結末を、ね?」
では、おやすみなさい。なんて告げて、門番が俺を屋敷の内側へと押しやる。
ぱたん、と扉が占められて。
呆然としながら、俺はふらふらと地下の部屋へと戻っていった。
* * *
「美鈴」
呟かれた自身の名に、門番が振り返る。
「おやパチュリー様、こんな時間に外にいるなんて、と言うか図書館から出てくるなんて珍しいこともありますね」
言うわねあなた、と紫色の魔女が呆れたような表情をしつつ、門のところまでやってくる。
ふう、と一つため息を吐き、椅子に腰かけるかのように、
「美鈴、喋りすぎよ」
「ありゃりゃ、これは失礼しました。ついうっかり、ね?」
嘘おっしゃい、この確信犯が。なんて視線だけで語ってくる魔女に、門番が苦笑する。
「これで何度目、でしたかねえ?」
「さあ? 十万回はやったと思うけど…………まあ私には関係ないわ」
「そうですねえ。私にも関係の無い話です、関係を断ち切られてるからこそ、こうして傍観していられるわけですし」
分かってるじゃない、と魔女が呟く。
「そう、私たちは傍観者。だからこそ、こうして記録することを許されているのよ。あまりペラペラ喋ってたら傍観者じゃなくなるわよ?」
「分かってはいるんですけどねえ…………あとどれだけ繰り返すのか、そう思うとどうにも」
門番の言葉に、魔女がしばし沈黙する。まるでその気持ちは自身にもあると言っているかのように。
「この世界は極めて不安定よ。不安定だからこそ、こんな曖昧な世界が出来上がっていると言っても良い」
魔女の言葉に、門番が頷く、とは言っても門番の知っていることなど、目の前の魔女の十分の一にも満たないことではあるが。
「言葉を重ねるほどに世界は形を取り戻す。けれど曖昧にし過ぎれば今度は世界は形を失う」
だからこそ、傍観者がいるのだと、魔女は告げる。
「私たちは関わらずにはいられない。けれど関わりすぎてもならない。線引きをして、後は結果だけ待ちなさい。それが私たちが唯一やるべきことで、唯一やれることなんだから」
分かった? と問う魔女に、やがて門番も頷く。
「分かりました…………けど、もどかしい話ですね」
「いつ終わるのか、それは彼とレミィが決めることよ…………最も、まだまだかかりそうだけどね」
心が折れた時、絶望に身を浸した時、それこそが。
「彼の最後になるのよ」
その呟きに、けれど門番は笑みを変えなかった。
いもうとさま あいしてる