全く、昨日はなんて真似をしてしまったんだ。
おやつとして金剛がスコーンを振舞ってくれた中で、異彩を放ったスコーンを食べてしまうとは。少し考えればわかったはずだろう、比叡の作ったスコーンだったことぐらいは……! 金剛のスコーン作りを手伝った比叡が創ったものだったぐらいは……!
なんて予測不足。浮かれてスコーンを待っていた俺はなんて愚か、食べて意識を失ってしまったおかげで比叡と金剛に謝らせてしまった始末だ。あの程度で意識を失う俺の脆弱さには頭が来るばかりだ……! カレーならともかく。
うーん、どうにかして意識を強く持つ方法を考えねばな。せめて比叡のスコーンぐらいは食えなければ提督失格。いや、むしろ食べれなければハイパーエリート提督の名を名乗ることは出来ん。それに威厳も保てないしな。
まあ、カレーについては――保留にしておこう。まあ、なんもかんも達成する必要はないからな、うん。別に今の俺では食えないとか思ってはいない、ただ全てを達成してしまうのは退屈になってしまうからあえて攻略しないだけと言う奴だ。
そんな訳で、今日の俺は忍耐強い。そりゃもう他の提督からはありえないぐらいに忍耐強いが……。
「…………」
「…………」
……この空気はなんだ? 一体なんだこの沈黙は。
この俺はハイテンション提督だぞ。なのに何故、こんな静寂が執務室で漂ってるんだ……!
ああ、確かに書類処理ってのは静かにやるもんだろう。今日の秘書官で、隣にいる睦月型3番艦の駆逐艦の弥生は椅子を持ってきて、俺の書類処理を真面目に手伝ってくれている。
いや、それでももう少し明るい空気を生み出せるだろうこの俺は! 普通の提督なら終わるまで静かにやるだろう、だが俺はこの静かさと艦娘の心を解きほぐすメンタルケアも可能な提督、このしんみりとした空気を燃え上がれ白い悪魔って感じにしてやるさ! 別に俺が忍耐力ない訳ではない!
よーし、まず、切り出す言葉は勿論アレだ。俺のかっこよすぎて大好きな部分を聞くのだ。それを聞けば盛り上がることまっちがいなし!
さあ、早速聞くぞ――!
「やよ――」
「……司令官、はんこ、おねがいします」
「えっ? あ、おう、ありがとう」
弥生はいつも通りのムスッとした顔で整理した書類を俺に渡してくれた。そのままの流れで俺も書類に判子を押していく。いやあ、弥生はテキパキしてんなー。――じゃないんだよ。
何を普通に受け取って押しまくってんだ俺は。なんだ、俺は判子を押すだけの男か。いいや、違うだろう。ヒートエアー司令官だろうが俺は。クソジジイ共に見せる書類に判子を押してるだけの男じゃあないだろう。
だがこのままでは弥生に空気の変えられない程度の凡司令官という印象を与えかねん。そしてその噂が駆逐艦達に広まってみろ、それは軽巡、重巡、戦艦とどんどん話が広がっていき、俺は空気変えられない提督として名を馳せてしまう。
それは駄目だ、絶対に阻止しなければ。なんとか、天才でユーモアのやや効く有能司令官という印象を弥生に与えてやらねば……!
しかし、口でそれを説明しても無駄なのは今までの経験で少しは学んでいる。いかに天才な司令官か、動きで証明しなければならない。
そう、例えばこの判子。ただ押すだけなら赤子でも楽勝だろう。しかし、それをエリート的に押すのであればどうだ。
例えば、いきなり飛び上がって回転しつつも一切の乱れなく判子を押せば弥生も俺の凄さにきゃーきゃー言ってしまうのではないだろうか。……いや、その程度でこの弥生が満足するのか? 仮に俺が弥生なら、そう思うことは無い。むしろなんだこの大道芸人と思われてしまうだけという残念極まりない結果で終わる可能性大だ。
考えろ、考えるんだ。後一つ、何を加えれば弥生は俺の威厳を他の駆逐艦に伝えまくってくれるのか……!
「……司令官、判子押すの早くて、うまいです」
「いや、それは今からだ。今考えているからもう少し待っててくれ……!」
「? ……うん……?」
ええい、ついつい次々と判子を書類に押しまくっている自分がいるがそんなことはどうでもいい。思いつくんだ、思い――はっ!
俺は弥生を見て、思いついた。そう、弥生が髪飾りとしてつけているあの三日月型の髪飾り。睦月型10番艦の三日月じゃない、月の方の三日月の髪飾りを見てだ。
そう……格ゲーのアメリカ人が得意とする技の一つに組み込まれている名でもあり、ゲームセンターハリケーンやテニスのみそみそ言ってるのとかもやったことのある技――月面宙返り(ムーンサルト)……! これだ、これを組み込んで判子を押すしかない!
だが、俺にそれが出来るのか? いくら俺がムーンクライダー司令官だとは言え、一度も試したこともないそんな大技を……。
……ふっ、なんて弱気なことを考えているんだ俺は。出来るに決まっている、かつて様々な試練を超えてきた俺だぞ? ふっふっふ、出来ないはずがなかろうて!
「司令官、あせ、出てます」
ニヤニヤとさせていると、白いハンカチで俺の額の汗を拭ってくれる弥生。
「ふっふっふ、ありがとう弥生。お前は優しいな」
「えっ……そ、そんなことない、です……」
何故だか顔を俯かせる弥生。理由はわからんが、汗をわざわざハンカチで拭いてくれた弥生のさりげない優しさに応じることの出来る有能司令官っぷりを今に見せてやるからな弥生。
だが、こんな気の使い方すらしてくれる弥生がムーンサルト一つ加えた程度で納得するか? いいや、しないだろう。むしろ、この程度でアタイの優しさに恩返ししたつもりかい? とかいきなりスケ番のような言われ方をされかねない。
……そうか! やはり足りないものは威厳。今までは、弥生を満足させることしか考えてなかった。だが、そうじゃない。凄いと思わせて納得させるだけでは意味が無い。
如何に威厳溢れる感じでいくか。まずはムーンサルトで飛び上がり、回転を加えつつ判子を押す。ここまではいい、その後だと俺は考える。
そう、着地だ。着地の際に如何に威厳溢れる着地をするかで弥生の評価は大きく変わる。その為にはまずマントが必要と考える。あのヒラヒラとした寛大な感じは王様的な威厳がある。
だがマントは今手元にない。だが、そこに代用出来るものがあれば――――はっ!
なんてことだ、俺は閃きの天才か? 今日で何回閃いてしまったかわからないぞ? よしっ、善は急げだ!
「弥生、ちょっと待っていろよ! すぐ戻って来るぞ!」
「えっ……はい」
俺は執務室を出て、廊下を疾走する。
どこだ、どこにいる。どちらでもいい、居てくれよ。お前達のどちらかの力が必要なんだ……! ――いたっ!
「うおーいっ! 飛鷹丸ーっ!」
俺が探していた人物の片割れ、飛鷹型1番艦の飛鷹がちょうど廊下を歩いていた。これも提督運の為せる力と言う奴だな……ふっふっふ。
「誰が飛鷹丸よ! 全く、名前を妙に混ぜた言い方しないでよね!」
ぷんぷんと怒っている飛鷹。まあ、元は出雲丸とか言われていたとか言われてなかったとか聞く。出雲マンと言って艦載機でボコボコにされた出会いの日はもう懐かしい。
「すまんすまん、そんなことよりだな」
「何よ? 艦載機の整備手伝いに来てくれたの?」
「いや全然違う。飛鷹、スカート脱いでくれ」
「…………えっ」
「いや、何を呆けてるんだ。お前のスカートか隼鷹のスカートしかこの事態を打開できないんだ……!」
そうだ、マントは無いが隼鷹か飛鷹のスカートはそれなりに長い。つまり、ある程度はマントの勤めを果たしてくれるのではないかと俺は考えた。そして今間近で見て確信を得た。うむ、やはりそれなりの長さもある。これは――いける!
「い、いやいや呆けるわよ普通に! 変とは思ってたけど、ついに頭のネジが全部外れたの!?」
「何を失礼なことを言っているんだ。俺は極めてマジだ、いいから頼む! 脱いでくれ! 弥生の為だ!」
「なんでそこで弥生の名前が出るの!? ていうか少し落ち着いたら!?」
「俺の威厳が損なわれるかも知れないが威厳が高まるかも知れない、一世一代の大チャンスなんだ! 頼む、パンツ一丁になる羞恥はあるかもしれんが何かに目覚める可能性を信じて俺にスカートを貸してくれ!」
「目覚めないわよ! いい加減ぶん殴るわよ提督!?」
飛鷹はそう言って怒鳴る。ぐっ、なぜだ。何故こうも頑なに拒む……。それもぶん殴りたがる程の怒りにまで発展している。
確かに、パンツ一丁は恥ずかしいかもしれない。だが解放感に満ち溢れている、飛鷹はそれを知らないだけだ。俺はスカートを借りたい、飛鷹はパンツ一丁の解放感を知る。こんなウィンウィンの条件なのに何故だ……!
だが、それでも……!
「ならば……」
「な、何をする気よ……!」
いつもの俺ならば殴ると言われただけで臆して逃げていたかもしれない。だが、今の俺は違う。
ムーンサルトトリプルスクリュー判子押し提督威厳溢れまくりでもう噂になっちゃうわうふふふスペシャルという大技達成の為にも、俺は退けない……!
「悪いな飛鷹……こうなればそのスカート、力づくでも頂く……!」
「ほ、本気っ!? ち、ちょっと、冗談はやめてよね……!」
「俺は本気だ。得なければ行けない、男にはそういうものがある」
「それがどうして私のスカートなのよ!」
「お前のじゃないと、ヒラヒラが足りないんだ。風に舞うヒラヒラが!」
「い、意味がわからない……」
「分からないのならそれでいい……さあ、行くぞ飛鷹! スカートをよこ――!」
がしっ。
「何をしてるんですか、提督」
いざ飛鷹と合間見えようとした瞬間に襟首を掴まれた。こんなクールで怖い声を出せる人物は一人しか思いつかない。加賀だ。
だが、加賀相手だろうと今日の俺は退けない。退く訳には行かないんだ……!
「加賀、放せ。俺は飛鷹のスカートを手に入れなければいけないんだ。邪魔をするのであれば、お前のスカートも奪うぞ!」
「とりあえず、頭を冷やしてください」
「え」
加賀の方へ振り向いた瞬間、俺の顔面に加賀ナックルが突き刺さった。
***
「今戻ったぞ……」
「おかえり、です、司令官」
淡々とした声で出迎えてくれた弥生。
結局、スカートはゲット出来なかった。あの後、スカートが欲しかった経緯を加賀と飛鷹に伝えたが納得されなかった。ていうか、加賀に説教された。
貸してもらおうとした飛鷹も、そんなので威厳とか無理だから止めときなさいって、とか肩に手を置いて言ってくる始末。加賀にいたっては、理由も言わずスカート泥棒しようとしている時点で威厳はあってないようなものです、とか追い討ちかけて来た。
よくよく考えたら加賀の言うことはまさしくだった。なんで俺は本人からスカートを追いはぎしようとしたんだ、別のスカート貸してとか言えばよかったというのに。くっ、目先の結果に追い求めすぎた自分が恨めしい……! 同時に、目的を達成できなかった自分に不甲斐なさすら感じるほどだ……!
「すまん弥生、俺はお前の完璧に求める司令官ではなかった……八割ぐらいしかお前の理想の司令官として動くことしか出来ない……このハイパーパーフェクト司令官としてはもう非常に情けないとは思う。本当にすまん……!」
「何の話……ですか……?」
「見てくれればわかる。ってあれ、もう書類整理終わったのか?」
まとめられた書類が机に置いてあるのを見て言うと、弥生はこくりと頷いた。
「そうか、ありがとうな。お礼と言ってはなんだが――いや、こんな半端なものをお礼と言うには司令官力の無さを露呈してしまうようで俺としてはやりたくないが、それでもやらなければ俺が不在の間に頑張ってくれていたお前に申し訳が無い、見せてやるぞ弥生、まだ未完成だが……俺の判子押しスキルを!」
「……判子押しスキルってなんですか」
「まあ、見ていてくれ。これが――俺のムーンサルトトルネードスクリュー判子押し提督威厳溢れまくりでもう噂になっちゃうわうふふふスペシャルセカンドアルバム10月26日発売予定ナウオンセール(完成度80パーセントバージョン)だぁ!」
俺は走り出す。そして机を飛び越える。
その飛びぬけた瞬間に、机にあった判子と朱肉を回収。そして椅子に乗り、飛び上がる!
そこで月面宙返り! 同時に判子を朱肉につける! 無論、ここで焦って強く押し付けてしまえば書類にインクが飛び散ってしまう。故に冷静に、そして高速で朱肉をつける!
「うおおおおおおっ!!」
さあ、そこでドリルの如く三回転! 四回転! 五回転! 今の俺の姿は恐らく超電磁なスピンの如き回転をしているロボット同様で、ドリルが単体で書類に向かっているように見えるだろう。
だが、俺は書類を貫く訳ではない……押しぬく――――それだけだぁぁぁぁっ!!
ペタッ――。
静かに、それは押された。判子は、押された。
まるで俺自身が判子の如く、静かに押されたのだ。俺はまるで、時計の針が12時を差しているが如き体勢で、それをこなした。やり遂げた……。
そして、俺は慣性の法則(だったはず)でゆっくりと地面に降りた。曲線を描き、もうビーナスエンジェル司令官とか言われる可能性大なふんわり感で、地面に舞い降りた。
使った判子と朱肉を机に置き汗を拭う。ふう、中々の所業だったぜ。だが所詮未完成。弥生が満足するはずも――――って、待てよ。
…………よく考えたら、俺今めちゃくちゃ凄いことしたんじゃないか。
――いや、したっ!
マントとかどうでもいいレベルで凄いことしたぞ今! 俺は、凄すぎるのではないか……! 弥生に愛されて将来俺の所に来て、適正年齢になったから司令官のハーレムに入れてくださいって言われるぐらい凄いことしたぞ今!
やばい、自分と言う才能と限界の無さに恐怖すら覚えちまうぜ……! まさにスーパースタンプマスター司令官……! 世の中を震撼させるスタンプマンっぷり……!
そ、そうだ、弥生に聞かねば! 俺を賞賛する言葉を聞いてしまわなければ!
「ど、どうだ弥生ぃ! 俺凄すぎるだろ!? これはもう、艦娘全員からモテまくるハイパーハーレムマン司令官な感じだろ!?」
「……うん、すごかった、です。はい」
…………弥生は全然凄いと思って無さそうなめっちゃ冷めた顔で言ってきた。申し訳ない程度に拍手してくれてるのが救いか。
――ふ、ふふふ、なんだ、俺は馬鹿か。何を一人で舞い上がってるんだ。ていうかこんな技威厳と関係ないだろ、子供か俺は。駆逐艦の連中より子供か。むしろスケ番口調で言わなかっただけ優しさじゃないか、たかだか未完成の技に何を自画自賛してるのだ俺は。
「……なあ、別に凄くなかったら凄くないって言ってくれていいんだぞ弥生。気を使わなくていいぞ。所詮未完成だしな、しょぼいって言われても仕方ない程度だしな、ハハハ」
「そ、そんなことない、です。ほんとに凄いです、でも……すみません、表情が固くて、上手く凄いという感じに顔に出せなくて」
……なんだと?
「……つまり、今のは凄かったということか?」
「はい、すごかった、です」
「……本当にか?」
「はい」
そうか、今のでも凄かったか。そうかそうか……。
「……そうだよなぁぁぁっ!!」
「!?」
「まあ、今のはまだ未完成だけど中々の仕上がりだと俺自身自負は出来るものだと思っていたからな。ふっふっふ、まあまだ本気じゃあないが凄いか。流石は弥生、見所があるぞ!」
やはり俺はスーパーエリート司令官、未完成の技ですら凄いと思わせる威厳と実力の持ち主だということだな。弥生もそれを感じ取っていた、て言うかもう惚れてるレベルだったが顔に出せなかっただけだったらしい、ふっふっふ。
「よーしもっと見せてやるぞ! 次はダブルムーンサルトアンドトリプルスクリューライトニングボルケーノクラッシャー判子押しを見せてやるぞ! そして俺の凄さを睦月型の連中に教えていいぞ弥生!」
「けど今の、結構危なかったから普通に判子押しませんか、司令官」
やや不安げな感じで聞いてくる弥生。ふふ、表情が固かろうが俺にはわかる、しかし、そんなものは杞憂だと言うことを教えてやらねば。
「なあに、今のは俺にとって本気の一割も出してはいない行為の一つ。さあ見とくんだぞ弥生! これが雷撃を呼び焔を呼び、竜巻を生み出す判子押しだぁぁぁっ!」
行ける、今の俺ならそんなことすら出来る!
再び俺は飛び上がる、判子よ、お前がいれば俺はやれる!
そして再び次の書類に向かって――って、しまった! 判子は机に!
「司令官、あぶな――」
グキッ。
――あっ、お花畑。