誰かに、つけられている……?
泊地を歩く俺の姿を月夜がうっすら照らす。ムーンライト司令官といわれる俺には相応しすぎてイケメンとも言えるが、それ故に誰かが俺を付け狙う。ちなみに今日の俺はブラックコート司令官だ。
「……姿を現せ、この俺に気配の遮断など通じん」
俺は後方で隠れる輩に呟く。すると、そいつは姿を現した。
「……やるな、流石は司令官だ。この九月の菊月の気配を悟るとはな……」
小柄な存在が姿を見せる。だが、その存在に弱、という感情を思いつくことは出来ない程に鋭い気配。
「……やはり、お前か。睦月型9……いや、玖番艦の駆逐艦。またの名を九月の菊月……」
俺は旧漢字っぽい言い方で番号を菊月に告げつつ、今日だけ持ち歩いていた刀の持ち手に手を当てる。菊月も、いつもは帯刀していないが今日は帯刀をしており、新な選な組みたいな羽織もつけている。ついでに口元を忍者っぽいマスクで隠している。
「何用だ。まさか、俺に謀反を働くと言う愚かな行為をするが故にこの闇夜に現われたのではあるまいな」
「ふっ……それが愚とは、司令官は己の身を省みないな……」
「ほお、この夜皇帝たる俺にそのような発言をするか」
俺はようやく、菊月の方へとしっかりと顔を向ける。
「……菊月、貴様は確かに優秀な人材。故に、まだ俺は侮蔑を許す。しかし――それ以上の侮蔑は許さんぞ」
怒気をこめて菊月を睨む。だが、菊月は涼しげに目を瞑っている。……ふんっ、悔しいほどに冷静な女傑め。
「……何故このような愚行に走った菊月。一体、どこの愚か者にそそのかされた!」
「……暗号電文」
「なに!」
「……これ以上言葉は要らぬ。司令官、御身の悪行、此度で終わらせる。この、菊月がな」
菊月は刀に手をかける。そうか、もう貴様は俺を討とうと言う決心がついているという訳か。
「……くっくっく、ふっふっふ、ハァーハッハッハッハァッ!! 抜かせぇ! 貴様のような小娘が、この夜皇帝を打ち倒す気か! 俺が手にかけてやっていたというのに、よくもここまで手の平を返せたものよぉっ! よかろう、この夜皇帝自らで貴様の謀反を裁いてやるわ!」
俺は駆けた。皇帝は遅い――そんな概念はない。その速さ、最早縮地の域――そう、瞬間移動の域。
しかし、俺の居合い斬りを菊月は刀を抜いて咄嗟に防ぐ。くっくっく、やる、やるなぁ!
「ふはははは! 血が、血がたぎるぞ菊月よぉ! この夜皇帝、久々に血湧き、肉踊ってきているぞ!」
「……で?」
「なにぃ!」
キィンッ!
菊月は俺の刀を悠々と弾き返した。馬鹿な! このマッスルグレート司令官と言われる剛の太刀を!
俺は驚愕とともに後方へと跳ぶ。俺を見る菊月の目は、不自然な程に冷静……!
「それが、どうしたというんだ」
「ぐぬぬ、き、貴様ぁ! この俺の剛力超鎧居合い斬りを何故こうもあっさりと……!」
「……これぐらいは、軍艦時代を潜り抜けていれば造作もなし。こんな容易いことが出来たところで、威張れた事ではない」
「ぐんぬうううううっ! おのれ、おのれ菊月ぃ……!」
許さぬ、この俺のプライドをズタズタにしおってぇ……!
「お前ほどの人材は我が手で屠ろうと思ったが、もういい! 我が精鋭よ、菊月を五分狩りにせよっ!」
「はいっ! ――って五分狩り!?」
瞬間、5人の黒き影が我が前に盾の如く召喚される。最早その黒き姿は忍者そのもの。実際に忍者装束つけているが。
「……皇帝直属、影の夜戦部隊――ヤセンジャーか」
「くくく、やはり知っていたか菊月。そうだ、俺が手塩にかけていたのはお前だけではない。この5人は俺の選んだ夜の精鋭! まずは一の影、夜戦の川内!」
俺は川内に指を差す。その忍者っぷりに夜戦とコイツも大喜びだろう。さあ、今こそその本領を――。
「ねえねえ提督」
「ん、なんだ。後俺は夜皇帝だ。間違えないように」
「それよりさ、別に私忍者やりたいんじゃなくて夜戦したいだけだよ提督? これって夜戦じゃないよね? 夜戦って言うのはさ、夜の静けさにひとたび発される爆音とか、自然的環境音から小さく聞こえて来る機械的な動力音、月の淡く光る輝きからの奇襲戦法とか、その他にも夜戦する為のあらゆる武装や艤装の準備とかね、海ならではの戦闘感があるんだよ? こんなんで私に夜戦で勝とうだなんて、やっぱり提督は夜戦初心者感があるよねー」
やれやれと肩をすくめる川内。こ、こいつ……!
「ぬぐぐ……この夜皇帝をそこまで侮辱するとは……! 菊月を倒した後、どちらが上かはっきりさせてやる……!」
「やった! じゃあ終わったら夜戦ね!」
「おお、完膚なきまでに俺が上だという事を教えてやる!」
おのれ川内め。前の夜戦では俺の方が上とわからなかったらしいな、今度こそ俺が一番だと言うことを教えてやらねばな。
「次に二の影、サボりの北上!」
「あれ、なんか全然精鋭っぽくない気がするんだけど提督」
「ふっ……北上よ、俺はまだあの時とあの時の事を根に持っているんだからな……! 演習の時とか、良いとこ教えますスペシャルのときに逃げられなかった時とかな……!」
「提督もしつこいなー」
と、呆れ気味に言ってくる北上。とりあえずこのネーミングを言えただけでも俺としては溜飲は中々下がった。ふっふっふ。
「次に――」
「……司令官、この調子でみんなを紹介するのか」
菊月は少し疲れ気に言う。確かに、一人ひとり紹介するのも時間的にアレか。
「そうだな、それもまずいか。じゃあ、三の影はがんばれ阿武隈。四の影はスーパードラゴン天龍。五の影はとりあえず矢矧」
「雑い!?」
天龍がツッコミをしてくる。しまった、ツッコミドラゴン天龍にしておけばよかったか。
「ちなみに矢矧は本当にとりあえず影の部隊にして、とりあえず連れてきた感じだ」
「悪くないわ」
「悪くないのかよ!?」
冷静に言った矢矧に天龍がツッコむ。やっぱりツッコミドラゴンにしておくべきだったか。
「て言うかこれなんだ。今これ一体どういう展開なんだ? いや、別に面白そうだからいいけどな……!」
「いいの!?」
天龍の言葉に阿武隈がツッコむ。やるな阿武隈、最初に俺が五分狩りと言ったときもツッコんで来たほどに隙を逃さぬツッコミセンス! ダブルツッコミカーブ阿武隈にしておくべきだったか!
「まあ、小さな事は気にするな! と言うことでだ、この5人の精鋭を貴様を倒す! さあ、年貢の納め時だぞ、菊月ぃ!」
「艦これ的には、こっちが勝てちゃいそうですねー」
「まあ、艦これ的にはそうね。完全勝利でS。T字不利引いても負ける気はしないわ」
「ふっふっふ……お前らその艦これ的って言うの止めろ」
と言って、矢矧と阿武隈を制止する。だが、実際この5人に菊月は勝てん、なぜならこの俺が手塩に育てた連中だからな……!
俺は余裕の表情で菊月を見る。その表情は不安に曇っている――と思った。
しかし予想を反し、菊月の鋭い眼光は衰えていなかった。
「……ちぃ、まだ余裕か。ならば、行けぇ! ヤセンジャー!」
「おっしゃああああっ!」
天龍の掛け声と共に、五人は一斉に菊月へと襲い掛かる。
これでどう足掻いても菊月は終わりだ。ふう……優秀な奴ゆえに手駒に置いて置きたかったが、残念だよ。
俺はココアシガレットを口にくわえ、ライターを取り出した。――瞬間だった。
ズバズバズバズバズバァッ!
斬撃の音が、不安を感じさせるほどに聞こえた。
「がっ……ば、馬鹿、なっ……この、オレが……」
「なんかこうなる空気あったんだよねー……がくっ」
「夜戦行きたいから…………終わったら、起こして……ぐふー」
「や、やっぱりこうなっちゃうのね……あぶーっ」
「……とりあえず言っておくわ。ばたっ」
五人がそれぞれに声を発し、地面に伏した。だが、血のあとは見えない。まさか、峰打ちで全員倒した……!? 切ったような音すら聞こえてたというのに、なんという腕の冴え!
「ば、馬鹿な……5人の精鋭が! 俺の、5人の精鋭がいとも簡単に!」
「……確かに、5人ともいい腕をしていた。だが、この菊月流剣術の前に、敵うものなし」
刀をクルクルと回し、キンッ、と金属音を鳴らして鞘へと刀を戻す。一瞬、一瞬で五人を切り倒したと言うのか!
ま、まずい、まさか菊月がここまでやるとは……まずい、まずいぞぉ……!
「さあ、次は司令官の番だ」
刀に手を当てながら、菊月がこちらへ向かって来る。
「ま、待て! 俺が悪かった! だから、命だけはぁぁぁっ!」
「……司令官、さらばだ」
「う、うああああああああっ!!」
そして、引き抜かれた菊月の刀が月の光で煌く。
「……作戦、完了」
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は途絶えた。
こうして、菊月の活躍により、夜皇帝のハーレムモテモテ計画は闇に葬られた……。
***
「…………司令官、大丈夫か……?」
「……はっ!」
……あ、あれ? 首が繋がってる? 生きてる、俺は生きてるぞ!
目の前を見ると、いつもの洋服の菊月がいた。刀もマスクもしていないし羽織もない。
「き、菊月。謀反はどうしたんだ? やっぱり俺についてきてくれるのか?」
「謀反……? 何の事かはわからないが、菊月は司令官と共に行くさ……」
いつもの静かな感じで嬉しいことを言ってくれる菊月。
そして思い出す。この訓練場で木刀使って菊月とチャンバラしていたことを。確か白羽取りしたいから全力で振って来いと言ったら、想像以上に早くて脳天に直撃したんだったな。
成程、さっきまで見ていたのは夢だった訳か。通りで色々と語られない内容があったり、会話がおかしかったり意味わからん流れだった訳だ。
俺は身体をゆっくりと起こす。
「そうか、ありがとな。それに心配かけて悪かった菊月」
「いや、礼はいらない……それより、本当に大丈夫か司令官。医務室に行くか……?」
「ふっ、大丈夫だ。それより菊月、お前に頼みがある」
「……なんだ……?」
首を傾げる菊月に対し、俺は言った。
「――――もう一度、俺の頭に木刀を打て!」
「……えっ」
菊月はちょっと驚くように声を出した。そして俺は立ち上がる。
「菊月、お前の驚く気持ちはわかる。だが俺はドリームマスター司令官、夢でも負けてはならない! そう、夢の中のお前に負けたままでは現実に帰れないんだ……!」
「…………そうか」
「わかってくれたか」
「……さっぱり、わからない」
険しい顔をする菊月。そうか、まだ菊月にはこの考えを理解するには早すぎるか。
「いずれわかるさ。さあ、今は俺を信じて打ち込め! 菊月流剣術、ドラゴンダイブアタックでな!」
「いや、そういうのはない……」
「ふっ、大丈夫だ。自然の流れに乗れば使えるさ」
「……でも」
「なあに心配するな。夢の中のお前に、必ず勝って来るさ……」
「いや、そっちの心配じゃなくて……やはり、医務室言った方がいいぞ司令官。思考に、混乱が見受けられる……」
と、説得してくる菊月。……うーん、どうにも菊月は俺の身を案じまくってくれてるらしい。だが、俺としては夢へと再び行かなければならない。このジレンマをどう解消するか…………はっ、そうかっ!
「わかった、お前の気持ちはわかったよ菊月」
「そうか……なら、早速医務室へ――」
「だが安心しろ、お前の手を汚させはしない」
「……?」
「自分で夢にも行けなくて何がドリームマスター司令官か、と言うことにも俺はお前のおかげで気付いた。とりあえず硬そうなものに手当たり次第にぶつかり、改めて勝ちに行って来る。――――俺の勝利、心待ちにしていてくれ! ありがとな、菊月ぃっ!」
「し、司令官! だ、だめだってばぁー!」
口調が崩れていた菊月の声を聞きながら、俺は自分より硬い奴に会いに行った……!
そうさ、俺は最強の提督として頭を打つことにも威厳を持たせる感じに凄い打ち方をし、夢の中の菊月にもドラマティックに勝利し! 菊月にしっかりとかっこよすぎるところを報告してみせ――
ツルッ。
……ツルッ? 何の音だ? もしかして、今なんか黄色い皮っぽいの踏んだっぽいけど、その音か? あっ、なんか空が眼前に広が――。
ゴォォォォォンッ。
***
「……その、司令官」
「…………ほっといてくれ」
…………夢の中の菊月の言葉にそう返して、俺はなんか発言的にどうしようもない気分で虚しくなり、体育座りでうずくまった。