デッキのカードは剣。
デュエルディスクは盾。
手札にはプライドを、ディスクには魂を宿す。
勝利への希望を願い、決闘を制す者。
それがデュエリスト。
古き時代の石板から現代のカードへ道具は変われども、その本質が違う事はない。
デュエリストの頂点を目指し、僕達は戦い続ける。
いつか訪れるであろう、終焉の日。
再臨した最後の審判者を屠るのもまた、デュエリストの役目。
聖なる神の手を借りることなく、今度こそ人類の手だけで世界を守っていってみせる。
もし審判者が世界に悲しみと憎しみだけを振りまく、救いようのない存在だとしたなら――――
親しい者全てを裏切り、誰を敵に回してでも、やはり僕は戦いの道を選ぶだろう。
仲間なんて必要としない、もう誰にも頼らない。
全てを犠牲にしてでも、僕は和平への解決方法を探すとしよう。
*****
空は快晴なり。
春真っ盛りだということもあり、通学路には桜吹雪が舞っている。
ちぐはぐに列を形作っている少年少女は、皆デュエリスト養成学校であるデュエル・アカデミア童実野校の生徒だ。
たかがカードゲーム専門の学校と侮るなかれ。ほとんどの娯楽に言えることだが、こういった類のブームは一時的なものが多く、流行は時の流れによってすぐに解消するものだ。
しかし、今から約六十年も昔に海馬コーポレーションの社長自らが主催したバトルシティの評判が頗る評判で、インダストリアル・イリュージョン社との共同資金投入、テレビやラジオ、雑誌といったメディア宣伝、広報活動が影響したのだろう。
スポーツ、芸能、音楽といったものの人々を引き付けるものがテレビに映れば視聴率が取れるのは言うまでもなく、プロ同士のデュエルもまた同じかそれ以上の視聴率を誇るのが目に見えて明らかだった。
だとすれば、マスコミや各種テレビ会社がこうもおいしい話を放っておくわけがない。
多くの企業からの資金援助も伴ってか、本格的にデュエリストの養成施設の数は現在進行形でうなぎ上りに上昇していってる。
入校生の誰もが、新しい環境や生活、まだ見ぬ強きデュエリストとの出会いに胸を躍らせながら――。
もっとも、此処に異例たる少女が一人。
肩を落とし、緊張と不安が混じったような表情で通学路を歩いている。
「ううー、どうなっちゃうんだろう私。ついにこの日が来ちゃったけど……」
肩先までの髪と、やや垂れ気味の目の色は桃色。背丈が145cm前後なのと痩せているのを加味するとその容姿は非常に小柄で、少女より幼女と呼んだ方が正確かもしれない。
彼女の名前は、
「ううん、せっかく奇跡的に入学できたんだもん。弱気になってちゃ駄目だよね」
実の所、智花の実力は相当に低い。デュエルモンスターズに対する情熱はかなりの物なのだが、いかんせん素直な性格ゆえに、読み合いになると凄まじく弱いのも原因の一つになっているようだ。
入学試験の時に相手をした試験官は、なんと初代デュエルキングの孫娘――
武藤ゆうなもまた優れた実力の持ち主であり、祖父と同じく現在のデュエルキングとなっている。
そのため、キングやトッププロとして多忙の生活を送っているようだが、デュエルアカデミア童実野の卒業生だと言う事もあり、臨時教師として稀に学校に足を運んではデュエル講座を開いている。
ちょうど智花が試験を受ける時に現デュエルキングが相手を務め、結果は――
「『ブラック・マジシャン』でダイレクトアタック」
「よし、読んでいましたよ……! このために、最初のターンからずっとずっと罠を用意していたんです、罠カード、聖なるバリ――、」
「リバースカードオープン、カウンター罠『トラップ・ジャマー』。うーん、ごめんね。キミって今時の子にしてはすごく実直だから、簡単に思惑読めてしまうんだ」
「はわわ。そ、そんなぁっ!」
終始、見せ場もなく圧倒されっぱなしだった。
もちろんゆうなも全力でやったりはしてないはずだが、それにしても智花は周りの生徒と比べても弱かった。
ただし、あまりに蹂躙されようと、逆境に立たされようとも、
「ハ、ハァ……くっ。緊張で手足が震えてますし、過呼吸になりそうです。今にも負けそうで泣きそうですし、吐き気も催してます。だけど、私には根性があります。ライフポイントが残っている限り、私は諦めません……! デュエルキングが相手でも、気持ちだけは絶対に負けません!」
智花は、決着が着くまで決して気持ちが折れる事がなかった。
結果だけ見ると惨敗もいいところだが、ゆうなはそんな智花の意気込みを汲み取り、将来性を評価したのだろう。
「ラッキーカードだよ。この子がキミの所に行きたがっている。いつか、またデュエルをしましょう」
ゆうなは、『クリポン』のカードを智花に渡すと、とても穏やかな笑顔でウィンクをし、
「積み重ねた努力は決して自分自身を裏切ったりはしない。これからも、頑張りなさい」
グッと親指を立て、試験会場を後にしていった。
そんな彼女の姿が眩しく見えたのだろう。立派なデュエリストになり、いつの日か武藤ゆうなとまた戦いたいという願いが生まれた。
憧れの大先輩デュエリストを目標にして、努力を大切にしながら彼女のように強くなっていこう。
智花は、そう心に誓ったのだった。
「よし、頑張るよ私。いっぱいデュエルモンスターズの訓練をして、たくさんの人とデュエルをして、少しずつでもゆうなさんの後を追っていけるように」
先程までの不安げな表情はどこへやら。吹っ切れたように凛とした眼差しで校門を見据え、くぐっていく。
*******
どこの入学式も共通しているのか、校長の話というのもどうも長い傾向にあるようだ。
学校の大講堂で行われ、新入生とその保護者、多忙の為欠席している武藤ゆうなを除く教師陣が一堂に集まっているが、そのどれだけが真面目に校長の話に聞き入っていることだろう。きっと、話の内容を全て呑みこめているものなど極わずか、或いは全くいないのかもしれない。
智花は真面目も真面目、なんと女の子らしく可愛らしい猫の絵が描かれた白い手帳にメモを一語一句残しているようだ。勤勉さもここまでくると、酔狂の域に達するのかもしれない。
やがて30分もすると校長の話が終わり、生徒会が淡々と進めてようやく終わりを迎えた。
オシリス・レッドの教室に戻ると、智花はうきうきとした表情で担任教師を待っていた。
一体どんな授業をしてくれるのだろう。この学校でたくさんの人と交流をして、デュエルをして、どれだけ自分は成長していけるのか。それが非常に楽しみで仕方がないといった様子だ。
「はあぁー……私の学校生活、どんなものになるんだろう。校長先生も言ってたもんね、夢に向かって邁進していってほしいって」
実戦経験が周りの生徒と比べると浅いからか、まだ授業で扱う詰めデュエル集の九割近くは解けないのが地味に痛手だが、ここに在籍していれば嫌でも解けるようになっていくであろう。
期待に胸を躍らせていたが……。
「うっし! あとは帰りのホームルームで婚活生き遅れおばさん先生の話を聞いて帰るだけだな!」
「あ、あはは……また
隣の席から、智花にとっては信じ難い話声が聞こえた。
それに驚いたのか、彼女の顔から笑顔が消えた。
「えっ、今日は授業ないの?」
智花の問いに、先に発言した短髪の男子生徒は愕然として目を見開き、その傍らにいる眼鏡の男子生徒はそれに様子に気付き、くすりと苦笑を浮かべている。
「かわいい……」
「ふぇ? あ、あの」
短髪の男子生徒が愕然としたのは、智花が今日は授業がないの?といった疑問に対してではなく、単に彼女の容姿が好みのドストライクだったからだ。
「あ、い、いやワリィ。今日は授業なくて、明日からなんだよ。聞いてなかったんか?」
「ふぇえ!? あうぅ、うっかりして聞き逃してたかもぉ……」
「ああ、こんな事で泣きそうになるのもまた可愛い……あ、あー! じゃなくてっ!!」
独りでに勝手に暴走に、時折鼻の下を伸ばす短髪男子。その様子を見て面白がっているのか、眼鏡の男子生徒はさらに口元を緩めている。
「自己紹介が遅れちまったな、俺は
元気よく挨拶をする一輝に続くべく、眼鏡の生徒は礼儀正しく会釈をし、落ち着きと優しさの感じる口調で話す。
「僕は
「そう、こいつクッソ弱いんだぜマジで。誰が相手でも負けちまうんだよ、入学できたのがおかしいぐらいだ。一年前に知り合ったんだが、プライベートは干渉されたくないのか全くの謎。色々と教えてくれねぇんだよ。まあ同じ中学のよしみで仲良しなんだ」
「うーん。もしかしたら、才能ないのかもしれないですね僕。いや、まいりましたね」
笑みを崩さず、やや困り気味にこめかみを人差し指で弄る時雨。
「私は里見智花。私もすごく弱いんだけど、デュエルキングの武藤ゆうなさんのように強くなりたいって思って入学したの。園田君、星乃君、二人とも宜しくね」
智花は二人と握手をし、ふとしたきっかけでさっそく友情の輪を広げる事に成功。
せっかくの機会なので、帰りのホームルームが終わるや否や、三人は学校近くのカードショップへ足を運んでいくのであった。
*****
その頃、生徒会室では厳格な雰囲気を醸し出す緑色の髪をした男子生徒が椅子に座り、今年入学した全生徒の名前が記されている名簿に目を通していた。
デュエルアカデミア童実野の生徒会長を務めている、オベリスク・ブルーのティオ・ブロントだ。
「ふん。やれやれ、今年もこれといった逸材はいないようだな。近年、デュエリストの質が年々低下していると噂されている我が校だが、あながち否定ばかりもできんな」
この学校には、入学した時点で三つのランクが分け与えられる。
デュエリストとしては最底辺の階級だとされるオシリス・レッド。
中間のラー・イエロー。
そして、学校を代表するエリートとしてプロ志願者が最も多いオベリスク・ブルー。
毎年、アカデミアからはオベリスク・ブルーの卒業生数名をプロの道に送り出しているわけだが、いかんせん戦績が悪い。
現デュエルキングが卒業した学校とあれば、否応なく各メディアから過剰の期待が押し寄せられる。
せっかくのプロ入りを果たしたデュエリストも、あまりにも負けが続くとそのプレッシャーに押しつぶされて引退を表明する者も少なくはないのだ。
「里見智花。資料だけ見ると、はっきり言って伸び白を感じんな。キングはこんな雑魚の入学を認めたのか。すぐに挫折して退学届を出して来るに違いない」
溜息を吐き、頭を抱えるティオ。会長は会長なりにアカデミアの生徒代表として苦悩する所があるのだろう。
「ほう、園田一輝か。うむ、よく知っているぞ。凡骨風情の負け犬、以上。次だ次」
嘲笑を浮かべ、吐き捨てるように言うものの数秒もしないうちに、
「……星乃、時雨だと」
息を呑み、唖然としていた。
その手が微かに震えている。
「そう、か。入学していたのだな。こいつはとんだジョーカーが紛れてしまったようだ」
わなわなと肩を震わせるティオ。過去に何らかの因縁があったのは間違いなさそうだ。
*****
デュエルアカデミア童実野に最も近いカードショップ『モリモリ』に向かって歩を進めていた智花、一輝、時雨の三人。
そんな彼ら三人の後を尾行する、怪しい少年が一人木陰に隠れながら遠目に様子をうかがっていた。
「フフッ。我が剣は、いかなる敵をも一刀両断してみせる。今や落ち目のデュエルアカデミア童実野の、それもオシリス・レッドの最下級デュエリスト。まずは手始めに貴様ら三人のレアカードを一枚ずつ頂いてやるぞ。見てろよぉ……!」
息巻く少年。しかし、少年の尾行に勘づいているのか、時雨だけはチラチラと背後に視線を移しているわけだが。
「おい、どうしたよ時雨?」
「……ふ、いや何でもありませんよ一輝君。それよりも里見さん」
「ん、なぁに?」
スッと時雨は眼鏡を外し、ポケットから取り出した眼鏡拭きで眼鏡を掃除し始める。
「――思ったよりも早く、キミの素質を確かめられそうだ。勝敗はどうでもいい、今のキミのありったけを見せてくれ。どうせ次に僕の戦いとなっても、何の問題もなく片づけられる相手だ」
笑みが消失し、無表情で語るその声はどこか冷たささえ感じられる。意味がわからず、智花は首を傾げ、一輝は「何弱い癖にかっこつけてんだお前」と時雨にヘッドロックをかましている。
眼鏡をかけ直すと、時雨はまた元のにこやかな彼に戻り、けほけほと咽ながら、
「な、なぁんてね。さあ、『モリモリ』に向かいましょう。どんなドラマが待ち受けていることやら……他人事ながら、実に興味深いものです」
「なんだよ、その知ったような口振りは」
徐々に、しかし着実に。
彼らの日常を崩す物語の幕が開けようとしていた――。