ココのアインクラッドは円柱です。   作:二郎刀

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第二話 死亡遊戯

 暴動のようだ、とアイガイオンは思った。始まりの広場に集められた人々はすべからく声を張り上げ、一つの動きが伝播しては連鎖反応のように繰り返される。今はこの輪を抜けようとだけ思い、相棒の手を引いた。

 

「こっちだ、チャーリー」

 

 小さい手だった。掴んだ手からも震えが伝わってくるのがわかる。ぶつかってくる人を押しのけ、肩を抱いて早足で急ぎながら、力を入れ過ぎてないか、と場違いな事を考えた。これはゲームであって遊びではない。その言葉が頭の中に陰々と反響する。ゲームは遊びではなかったのか。人の群れをさらに押しのけ、ぶつかってきた人を振り払った。

 ログアウト不能。VRにおいて、それは欠陥でしかないだろう。それが本来の仕様だなどと、妄言や狂言の類ではないか。そしてたしかに、妄執や狂気の沙汰だ。茅場晶彦は確かにそれこそが本来の仕様であると言った。彼はただの天才的なプログラマーではなかったのか。これは明らかな犯罪だ。広場を抜け、路地の角を曲がり身を隠す様に壁に背を預ける。まだここでも広場の喧騒が聞こえるが、それでもマシにはなった。

 

「大丈夫か」

 

 声をかけるが返事はなく、蹲るように座り込んでいた。少女の姿に戻されたチャーリーに、貴公子然とした青年の面影は金の髪しか残されていない。これが現実の姿だ。茅場晶彦により、強制的に現実の姿に戻されたプレイヤー達は、この事件が本物であることを身を持って知った。メニューから手鏡を取り出し、自分の顔を写してみる。苦心して作った熟練老戦士の姿はなく、見慣れた自身の顔だった。元のアバターの名残として、肌の色や髭や髪のパーツはそのままだ。

 

「……本当なの、これ?」

 

 チャーリーが弱々しく呟く。手鏡の自分を睨みながら、本当だ、としか言えなかった。

 

「だって、おかしいよ。死んだら、本当に死ぬって」

 

 茅場の宣言。このゲームで死んだら、ナーヴギアが脳を焼く。今後如何なる蘇生手段はなく、ゲームオーバーになったら、死ぬ。それを本当に確かめる手段は、実際に体験するしかない。焼き殺すというのがえげつない言葉でさらに恐怖を植え付け、易々とやってみようという人物はいないだろう。

 

「じゃあ、死ななければいい」

 

「ずっとこの街に居る?」

 

「そうだな。それが一番安全だろう」

 

 街の中は『圏内』となっていて、安全圏として約束されている。街から一歩も出なければ、死ぬことはあり得ないはずだ。しかしずっと待ち続けるというのは、苦痛に思える事でしかない。そこで、クリアすれば解放される、という言葉があるのだろう。浮遊城アインクラッド全百層を踏破せしめ、最上階のラスボスを撃破すれば全プレイヤーが解放される。物語としてはありがちな筋書きだろうが、どれほどの人数がそれに挑もうとするだろうか。

 

「宿を取ろう。待っていれば、助けが来るかもしれない」

 

 それが一番ありそうな事だろう、とアイガイオンは思った。これほどの事件なら、国が総出で動くだろう。チャーリーの手を引き、立ち上がらせる。元の姿に戻る前なら出来ない事だったが、今では身長差が逆転してしまっていた。チャーリーは女で、自分は男だ。友達云々としても、守ってやらねばならないと思っていた。

 宿は広場が見える所に取った。助けの知らせがあるなら、少しでも可能性の高い所にしたかったからだ。隣の部屋はチャーリーで、何かあったら知らせるという事だけ伝えて部屋に別れ、それからはずっと椅子に座り続けることしかしていない。窓から見える景色は、路地とその先の広場。あとは夕焼けの空くらいか。広場の騒ぎが煩いが、少しでも知らせを聞きつけるためには仕方なかった。

 夕焼けはすぐに暗くなった。それでも広場の人は消えず、騒ぐようではなくなったが、かわりにすすり泣く姿や呆然自失とした姿が増えていた。あそこに留まっていたら、同じような事をしていただろうか。広場を見ていても気が滅入るようなことしかなく、アイガイオンは蒼い夜天に目を移した。SAOでの時間は現実の方と同じらしい。今が夜という事は、現実の方でも夜ということだ。夜空には星が見えているが、あちらでも同じだろうか。もし、SAOがただのゲームであれば、今頃家族と夕食を囲み、話題のVRはどうだったなどの話で盛り上がっていただろう。そしてまたログインして、徹夜で楽しんでいただろう。どんどんと増えていくプレイヤーに先輩役として頼られたり、即席のパーティーを組んで攻略に勤しんだり、新しい装備ではしゃいでいただろう。そうだったら、どれだけ楽しいことか。今となっては、それはもしもの話だ。そんな夢想に浸っている頃、現実に引き戻す様に、コンコンとドアが鳴った。

 

「アイガイオン、いる?」

 

 チャーリーの声が聞こえてきた。この声もボイスエフェクタが停止して、貴公子の凛々しい響きは無くなっている。自分の声も、嗄れた声ではなくなっていた。

 

「開いてるよ」

 

 『入室を許可しますか?』と表示されたウインドウのYesを押す。扉を開け入ってきた少女の姿をみて、不意に胸を()かれた気分になった。

 

「……一人じゃ寂しくって。ここに居ていいかな?」

 

 昏い表情をしている。泣いていたのだろうか。声だけは明るくしようとしているが、弱々しさを隠しきれていない。

 

「構わないよ。適当に座るといい」

 

 チャーリーは礼を言い、向かい合うように椅子に腰かけた。それでも暫くは何も言わず、広場から聞こえる嗚咽などが漂っていた。

 

「気が滅入るよな。広場は、ずっとあんな感じだ」

 

 耐えられず、アイガイオンが先に口を開いた。もっと上手いことを言えればよかったが、思いついたのはそれだけだ。

 

「……アイガイオンは、これからどうするの?」

 

 僅かに視線を上げ、チャーリーが言った。言った事を考えたが、思いついているのは何もない。

 

「助けが来なかったら」

 

 口は開いたが、言葉に詰まった。考えたくないというより、考えていない事だった。そんなことはあり得ないという気持ちが働いているのだろう。アイガイオンは恥じるような気持になった。答えないでいると、チャーリーはまた俯いた。アイガイオンは窓のオプションを開き、外部からの音を消す。広場から聞こえる音は消え、部屋は静かな重みに包まれた。

 

「ふうん、音消せるんだね」

 

「少しでも寝ると良い。それだけでも気が楽になると思う」

 

「そうだね。でも、寝られないんだ。どうしても」

 

 時刻は十二時に差し掛かろうとしている。疲れはあるが、それでも眠気は一向に起きない。アイガイオンは揺らいだ気持ちを、目を瞑って抑えた。不安が、どうしようもなく襲ってくるのだ。こんな事になるなんて、誰もが今日の事を呪っているだろう。

 

「俺は、何も出来なかったなんてことはしたくない」

 

 アイガイオンは呟いて立ち上がった。

 

「俺は、ホラー映画が苦手でな」

 

 何を言っているのだろう、という表情のチャーリーを、アイガイオンは真剣な眼差しで見つめた。

 

「一番怖いのが、抵抗する手段がないという事だ。俺は、今の状況がとても恐ろしい。外からの助けを待つなんて、何時になるかわからないのに。すぐに助けが来て、笑い話になればそれでいい。だが、ずっと待ち続けるのは、俺には無理だ。だから俺は、試しに街の外に出てみようと思う」

 

「……死んじゃうよ!」

 

 一拍おいて、チャーリーが立ち上がり叫んだ。瞳からは、すぐに涙が溢れ出てきて頬を濡らしている。

 

「試しにだよ、チャーリー。俺は、この世界でどう抵抗すればいいかわからないから外に出る。もちろん、危なくなったら引き返してくるし、準備は万端にして行く」

 

 少しは安心させられることを言っただろうか。思いながらもすぐに行動に移すつもりで、アイテムの所持欄を開きを確認する。揃えるためのコルなら十分な事がありがたかった。

 

「それじゃあ、茅場の思う壺じゃんか」

 

「何もわからないでいるよりはずっと良い。だから、俺は行く」

 

「ボクは……」

 

 チャーリーが言いかけたので、少し待った。言い切った事は変えないつもりだ。それは悪い事ではないはずなのだ。

 

「きっと帰ってくる」

 

 少し待っても言葉が出てこなかったので、アイガイオンが先に口を開いた。そのまま返事を聞かず背を向け部屋を出る。待って、と聞こえたが、聞こえないふりをした。今は止まってはいけない衝動に動かされた。

 宿を出ると、寒々とした空気が身を包んだ。路地を抜け、広場に出るとまだ人が多く残っていたのに少なからず驚いた。寒くないのか、とは思ったが、動ける状態ではない者も少なくない。泣き疲れて、そのまま体を丸めて眠っている者もいた。広場を通り、揃えようと思っていた金属兜を購入し、消耗した装備を直して残ったコルすべてで回復薬を購入する。これくらいでいいだろう、と思い、門を抜けフィールドの草原を踏む。街のBGMは聞こえなくなり、飄々と吹く風の音のみが聞こえている。準備している時に気付いたが、同じくフィールドに出ようとしている者も意外な数いた。一人や、数人で小さくまとまっている者達で、パーティーを組めれば良かったが、互いに声をかけられる空気ではなく、何かお互いを牽制しあうような空気ですれ違うだけだった。

 狼の遠吠えが聞こえた。マップにはまだ敵のアイコンは現れていない。はじまりの街の周囲の敵なら、チャーリーと組んでいた時に戦っていたので、戦い方は大丈夫だろう。出るのは猪や狼、蜂などの小型の敵で、北の森に向かうとコボルトや植物型のモンスターが出て来るようになる。一先ずは様子を窺おうと、街の城壁の周囲を回る。マップに変化が現れたのはその時だ。敵を表す赤いアイコン。その前には、非敵対の緑のアイコンがある。おかしいのは、それらがこちらの方向へ向かって来るという事だ。向かって来るであろう方向に視線を動かすが、夜の暗闇のせいで見通しが悪い。何かが動いている、と思った時には走り出していた。

 

「逃げている!?」

 

 必死の形相を浮かべたプレイヤーが懸命に走っていて、その後ろには狼が一匹追随している。そのプレイヤーの頭上にあるHPバーは赤くなっていた。つまり、すでに死にかかっていた。

 

「こっちだ!」

 

 声を張り上げ、プレイヤーがこちらに気付き、進路を変えた。まずい。頭の中では、警告の鐘が鳴っている。あと一撃であのプレイヤーは死ぬ。そして、あの狼がその一撃を与えられる位置にいる。プレイヤーが転び、狼がそれを押さえつけるように乗りかかった。

 

「あっ」

 

 狼がプレイヤーの喉に噛み付いた。血を表す赤いエフェクトが飛び散り、押さえつけられたプレイヤーは青いポリゴンとなり――

 

「ああっ」

 

 爆散した。散ったポリゴンの欠片が、月の明るみを照り返しながらアイガイオンの体を通り過ぎ消えていった。振り返る。すでに何もない。そのプレイヤーがいた形跡は跡形もなくなった。どん、と衝撃が腕に走った。狼が噛み付いていた。次の獲物はお前だ。そう言っているのだ。

 

「死んだのか、あの人は?」

 

 呟くように、狼に声をかけた。返ってくるのは、敵意の唸り声だ。ダメージエフェクトが腕から噴き出ていて、狼の重みが体を傾けさせている。

 

「お前、殺したのか?」

 

 呆然と言った。ナーヴギアが過熱を始め、脳を焼いたのだろうか。それを見守る人たちは、どんな反応をしているのだろう。

 

「本当に、あの人は死んだのか?」

 

 どくん、と胸に何かが溜まった。自分のその姿を、脳を焼かれた顔を家族に晒したくないと思うと、それはさらに溜まっていった。

 

「なあ」

 

 それは黒々として、時折霞んで紅く光っている。ナーヴギアが過熱を始め、異変に気付いた家族が必死になって取り外そうとして、脳を焼き切られた息子の顔が出て来る。

 

「なあってば」

 

 どんな気分なのだろうかと想像すると、赤黒いものが一層強く蠢き、HPバーは黄色くなり、赤くなると溜まったものが爆発し始めた。

 

「お前が!」

 

 腕に噛み付いていた狼を殴り飛ばす。悲鳴を上げ、起き上がった所を蹴り飛ばし、槍で突き刺して地面に縫い付け、さらに殴りつける。何度も殴りつけ、やがて地面を殴っているという事に気付くと、立ち上がって声を張り上げた。

 目に光が入ってきた。それが朝日だ、と気付いて、朝まで地に拳を叩き付けていたと知った。それから、どこを歩いてきたのかは覚えていない。ただ、目の前にはドアがある。ここはどこだろう、と思い扉を開けた。中にはチャーリーがいて、自分の部屋なのだ、とわかった。帰ってきたよ、と言った。すぐにチャーリーが懐に飛び込んだ。それを抱きとめ、抱き締めてアイガイオンは()いた。涙は出ていなかった。疲れるまで哭き通し、いつの間にか目が覚めると、アイガイオンは成さねばならないことがわかっていた。

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