トールバーナと呼ばれる街の噴水広場。はじまりの街から離れたプレイヤーの中で、前線で攻略を進めようとするプレイヤーのほとんどがここにいる。比べれば規模こそ小さいものの、はじまりの街にはない活力がこの街にはあった。
「それでは、攻略会議を始めたいと思います!」
大きな声でディアベルが言った。はじまりの街から離れて一週間が経つ。あれからトールバーナを拠点として、ディアベルたちにレベリングを随分と助けてもらったおかげでレベルは四つ上がり、現在のレベルは七に達した。アイガイオンよりレベルの高いディアベルたちが敵の体力を削り、ほとんど最後の一撃を譲ってもらうという形で強引にレベルアップを果たしたが、レベルが七に上がると極端に経験値が入りにくくなった。聞くところによると、一層ではこれ以上のレベルアップは難しいそうだ。一層ごとにそういった上限があるらしく、それに達することが出来たらしい。それでもパーティーリーダーのディアベルだけはレベル九に達していて、全プレイヤーの中でステータス的には一番強いはずだ。
「俺はディアベル! 気持ち的には『
胸を張ってディアベルが言った。「そんな職業ねえだろう」「無理すんな」と和やかな調子で野次が飛び、笑いが広がった。SAOの中にNPCを除けば職業というものはない。せいぜい生産系のスキルを取得したプレイヤーがそう呼ばれるか、あるいはディアベルのように自称するかだ。はじまりの街で同じことを言えば、冷めた目で見られ馬鹿にされるだけだ。その街で暮らしていたアイガイオンにとっては、皆の反応は新鮮な驚きであると共に、嬉しくなってしまう反応でもあった。
「攻略本は行き渡っているな? まずは――」
攻略本というのは、
ディアベルの指示に従いボスの項目を開く。≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫と名前が書かれたずんぐりとした図体の絵が目に入る。装備、攻撃パターン、取り巻きのコボルドたちはフィールドに出没する同種より多少強い位で、攻撃パターンは一緒なので油断しなければ十分に捌けるだろう。HPが減ると、武器を持ち替え、扱うスキルが変わる。難しい事は書いていないし、ややこしい事をしなければならない訳ではないようだ。
「そこでAからEまでの5つのグループを作り、ローテーションでボスに当たる! 早速皆で二人以上のパーティーを組んでくれ!」
ディアベルが手を叩くと、プレイヤー達が動き出した。ディアベルのパーティーはすでにまとまっていて、アイガイオンはキバオウの元に集まった。後で聞いたことだが、ディアベルとキバオウは元々別々のパーティーで、しばらくはそれぞれのパーティーで行動するようだ。二人のリーダーは気が合っているようなので、ギルドが作れるようになったら合併でもされるかもしれない。キバオウの元には、筋力寄りの前衛斧戦士二人、敏捷型の棍使い一人にキバオウ含めたバランス型の片手剣士二人。そこに今回は、筋力型のアイガイオンが加わって六人になるはずだった。
「ほな早速パーティーを――」
「待ってくれ、キバオウ」
アイガイオンはキバオウの言葉を遮ると、プレイヤー達に向かって大声で言い放った。
「この中で、ソロや人数の少ないパーティーは俺の元に来い! 共にパーティーを組もう!」
「んなっ――」
ぽかんとした表情をキバオウがしていた。事前にアイガイオンはキバオウのグループに入る事になっていたので、驚くのは無理もない。
「俺も、仮にもリーダーをやっていたからな。人を見る目が養われているようだ。まあ、五人もいれば、まず大丈夫だろう」
一週間の間にキバオウやディアベルとは、俺、お前で話す仲になっていた。アイガイオンの元には一人のフードを被ったプレイヤーと二人組のパーティー、計三人が集まっている。キバオウがそれを察すると、苦笑交じりに肩を竦めてみせた。
「なんや、相変わらず面倒見がいいなあ。よっしゃ、こっちは任せとき。あんさんらもバランスがちょうど良くなったろうしな」
キバオウは早速打ち合わせに入るようで、パーティー内で熱心に話し込み始めた。
「良かったの、アイガイオンさん?」
フードを被ったプレイヤーが傍に来て言った。顔こそ見えないものの、声は女のものだ。
「構わないさ。しかし、俺の名を知ってくれているんだな」
「チュートリアル受けたもの」
「それは何より。それじゃあ、早速パーティーを組もう」
パーティーを組むと、視界の左上に名前とHPバーが三つ表示された。パーティーを組んだだけではレベルはわからないが、攻略会議に参加するという事は、実力の持ち主であることは間違いないだろう。
「アスナ、キリト、リーファでいいのかな。この中でパーティーリーダーをやりたい者は?」
アイガイオンが聞くと、三人が首を振った。キリトとリーファは兄弟か、または姉妹のようだ。黒髪で顔立ちが似ていて、どちらも細い。リーファは胸のふくらみでわかるとして、キリトの方ははっきりとしない。中性的な顔立ちで、ナイーブそうな表情。身体つきや立ち姿は男に近いと思うが、リーファと並んでいるとよくわからなくなってくる。
「さて、では俺たちは四人パーティーになった。まず一番大事な事を聞こう。キリト、お前は男か女か?」
「…………男……です」
「……ぶふっ」
キリトが潰れたような声で言った。噴き出したのはリーファだ。
「すまん。外見ではよくわからなくてな」
「いいんですよ、キリト君はよく間違われますから」
リーファが言うと、不貞腐れた様子でキリトがそっぽを向いた。キリトとリーファは装備が一緒のようだ。違う点と言えば、キリトは背に剣を背負っているのに対し、リーファは腰に差している程度である。
「兄妹なんだな?」
「はい。あたしが妹のリーファです。よろしくお願いします、アイガイオンさん」
「……キリトです」
妹の方が律儀なお辞儀をすると、兄はそれに続いて軽く頭を下げた。「……アスナ」と小さい声でフードの女性が言った。アイガイオンも名乗って前衛を申し出る。編成としては、アイガイオンとキリトで交代しながら前衛を担当し、リーファとアスナが仕留める役だ。
「ちょうど良く分かれたようだな! それでは班を振り分けよう!」
ディアベルが言った。一番多い所はディアベルの六人パーティーが二組のA班。次いでキバオウの六人と五人で二組のB班だ。人数の多いこの二班が主にボスの相手をすることになり、アイガイオンたち四人は五人組のパーティーと共にC班となる。相手は主に取り巻きのコボルドだが、必要に応じてコボルドの主と応戦する。三人、四人組で計七人のD班、E班は取り巻きのみを狙うことになった。「俺たちもボスの相手をしたい」という主張があったが、初めてなので確実性を取りたいということで納得してくれた。
「それでは、明日は同じ時刻に集合だ! 解散!」
ボス部屋前までマッピングされた地図を貰い、それぞれのパーティーが散って行った。アイガイオンはディアベルとキバオウに急な変更を詫びるメッセージを送ると、パーティーに向き直った。これから四人パーティーの連携を深めるための訓練を行う。
「アイガイオンさんは、はじまりの街をまとめてるんですよね?」
首だけ振り向けてリーファが言った。
「俺が一人でまとめているわけじゃない。意志あるプレイヤーたちが協力してくれている。その結果だと思うよ。それと、さん付けはいらないな。ただでさえ長い名前だから、ややこしくなる」
「年上ですから。そういう所はちゃんとしたいんです、あたし」
アイガイオンは思わず感心して
「……立派だと思います」
ぼそっと言ったのはキリトだ。顔を正面に向けたままなので表情はわからない。
「……あなたは、はじまりの街で犠牲者を押さえる為にチュートリアルを開いていると聞きました。その中にクラインと言うプレイヤーは居ませんでしたか? 二十代の、装備を変えてなければ悪趣味なバンダナを――」
「すまんな、キリト。毎日何組にも分かれて、何十人と指導しているんだ。覚えているプレイヤーの方が少ない」
アイガイオンが遮ってそう言うと「……そうですか」と暗い口調で言った。傍から見ても肩を落としたのがわかるくらいだ。リーファも目を伏せている。友人か知人であることは間違いなさそうだ。
「はじまりの街に居るのなら、探すのは難しいが掲示板に書き込みは出来る。伝言があるなら、それくらいはしてやれる」
「いえ、いいんです。……ありがとうございます」
「そう言えば、アスナもチュートリアルを受けたと言ってたな?」
「あなたにです」
「そうか。まいったなあ……女性は出来る限り覚えようとしてるんだが」
どうにか雰囲気を明るくしようと言ってみたが、重たげな空気は変わらなかった。キリトは何かを抱えている様だし、リーファは兄を取り繕う事に必死だし、アスナはほとんど話さない。皆に余裕がないのだ。それはアイガイオンも同じだが、そこまで酷いものではない。
「敵を発見」
幾らか強い口調でキリトが言った。表示されたマップには赤い点が三つ表示され、瞬時に皆の空気が変わった。一層では敵は最大で三体までしか徒党を組まないので、四人編成のパーティーで後れを取る事はないだろうが、下手をすれば死ぬのだ。警戒しつつ茂みを掻き分けると、コボルド三匹の姿を捉えることが出来た。敵はまだこちらに気付いていない。アイガイオンが≪
「すまないが、アイガイオン。あれくらいの敵は一撃で倒せるようになってほしい。ステータス的には、あんたが一番筋力が上なんだ」
「……ちょっと失礼じゃない、キリト君?」
「いや、キリトの言う通りだろうな。不意打ちだったんだ。
「……助かる」
それだけ言うと、キリトはまた獲物を探し始めたようだ。リーファが目を盗んで小声で謝ってくれたが、余裕のないプレイヤーならキリトのような態度はおかしくない。次の戦闘は正面からだった。アイガイオンが二体を足止めし、その隙にキリトがすぐに一体を仕留め、隙を作ってアスナやリーファがソードスキルを叩き込む。連携は役割を守るだけで順調に行くようになった。急拵えのパーティーにしては上々だろう。キリトも口に出して注意することはなくなっていった。
日が落ちる前に街に戻ると、明日はよろしくと言って解散となった。アイガイオンは一度宿に戻ってから街に出た。街を歩いていると、チュートリアルを受けた、というプレイヤーが意外な人数名乗り出てくれて歓迎してくれるのだ。明日ボスに挑む事を知って、激励の言葉を掛けてくれる。成功を祝って宴会を開こうとしてくれたプレイヤーもいる。アイガイオンは成功してからにしてくれと全てを固辞した。ディアベルやキバオウも同じ意見なのだ。
「アイガイオンさん」
ふと弾むような声がした。反射的に声がした方に顔を向けると、暖かそうな毛皮のコートを羽織ったリーファがいた。フィールドに出ていた時とは違う装備だが、武器の片手剣は外していない。
「こんばんは。今日は、兄が失礼しました」
「そう律儀にならなくてもいい。キリトのようなプレイヤーは多いのだ。悪いのは彼じゃない」
「すみません。そう言ってもらえると助かります」
「その詫びという訳じゃないんだが、時間があるなら、少し飯に付き合ってくれないかな。一人だと寂しくて」
「私でよければ、喜んで」
少しだけ歩いて、店の一つに入った。定食屋といった様な内装の店だ。テーブル席は五つ。その内三つはすでに客で埋まっていて、あとはカウンター席になる。カウンター席の奥には、NPCの割烹着を着た料理人が真剣な表情で大鍋を煮込んでいる。テーブル席に着くと、即座にNPCの店員が飛んでくる。リーファがピザに似たものを頼むと、アイガイオンはホワイトシチューを二つ頼んだ。
「美味いんだが、量が少ないんだ、この店は。それも、何故かシチューだけがな」
「この店、気に入ってるんですか?」
「街で食う時はここだな。そうだ、兄も呼んでみればどうだろう?」
「すいません、キリト君はいま街に居なくって……」
店員が頼んだ物をテーブルに置いた。頼んでから待つ時間がないというのはゲームの利点だろう。
「さあ、食おう」
「いただきます」
SAOで良い所はまず三つある。一つは痛みがない事だ。痛覚があれば、傷ついてまで攻略しようというプレイヤーはさらに減っていたはずだ。
二つ目は、性欲がシャットダウンされている事だろう。三大欲求の食欲、睡眠欲が働いているのになぜそれだけが、と聞かれても、開発者にでも聞かない限りゲームの内側から知る術はない。しかし、混乱に乗じて女性を襲うプレイヤーもいない訳ではないのだ。死の間際に快楽を求めるのはおかしい事ではないだろう。しかし、行為にまで及べるという話は聞かないので、無理であろうという結論に至っている。これは一部の、主に男性プレイヤーたちを失望させた。
三つめは飯が美味いことだ。当たりはずれは多い。だが少なくとも、この定食屋風の店は当たりだった。シチューがちゃんとシチューの味がする。それだけだが、見た目と味が食い違う等の奇妙な料理が多いこの浮遊城では、それだけで重宝する理由となる。
二皿目のシチューに木製のスプーンを沈め、大口に切られた黄色い野菜を口に突っ込む。このシチューには、南エリアで育てられている牛型モンスターの乳を使って作られているそうだ。この店を三回以上利用すると食材調達のクエストが発生するが、アイガイオンは受けていない。クリア報酬は利用時の値段が安くなるというだけなので、旨みが少ないのだ。受ける時間がなかったというのも理由の一つになっている。
「キリトは、いまソロなのかな」
シチューを掬いながらそれとなくアイガイオンが言うと、リーファの食べる手が止まった。悲しそうな眼を見ないようにして、アイガイオンはスプーンをすすった。髭にこぼしたシチューを
「……このデスゲームが始まってから……。いいえ、
アイガイオンは、酷くもどかしい気分になった。聞いて助けられるわけでもない。何かをしてやりたいとも思ってしまうが、アイガイオン自身にもそこまで余裕はないのだ。
「場所を変えていいですか?」
しかし、なぜ俺がそこまでしてやらなければならない? 心の中ではそう思ってしまった。キリトの余所余所しい態度が、僅かな棘となって刺さっている。仕返しをしたい、と感じているのだ。だが、とも思った。全てのプレイヤーが大なり小なり似たような状態なのだ。仮にも人を率いる身である。自分までそうなってどうするのだ。それに、相手はその妹である。ただの八つ当たりに過ぎない事くらい、わかっているだろう。心の中で何回か呟き、答える代りに席を立った。少し慌ててリーファが立ち、店を出ると適当な場所を見つけて座った。聞くだけなら聞いてやろう。思ったのはそれだった。
「現実で仲が悪いっていうわけじゃありませんでした。それでも、お兄ちゃんは距離を取っていたようで、私がSAOをやりたいって言うまでは、家の中でもほとんど口を利かない感じで……」
アイガイオンは拳を握っていた。もう月が出ている時間で、寒々とした風も吹いている。言ってしまえば、夜風が少し堪えていた。デスゲームに囚われてから一か月。十二月に入っているのだ。寒いのは当たり前で、もう少し何かを着込んで来ればよかったと思い、話しに付き合ってしまったことにも多少の後悔を感じていた。
「小さい頃はよく一緒に遊んでたのに、いつの間にかそんな関係になっちゃって……。それで、昔みたいな、仲の良い兄妹に戻りたいって思って。それでSAOをやってみたいって言ったんです。あたしは普段ゲームなんかやらないので、最初は驚かれましたけど、少しずつ話しをするようになっていきました。その時は、本当にうれしかった……」
泣くのではないか、とアイガイオンは危惧し始めた。女性の
「でもデスゲームが始まって、本当に死んじゃうんだって知った時に、お兄ちゃんは強くなろうって言いました。そうすれば死ぬことから遠ざかるから。あたしを守れるからって……。なのに、夜とかはあたしを街に置いて、一人でレベル上げをしてるんです。それを、本当はお兄ちゃんの足手まといになってるんじゃないかって、あたし思っちゃって……。あたしを守ろうと思ってくれてるのわかってるのに……せっかくまた昔みたいになれるって思ってたのに……ゲームなんてしなければよかったのかなって――」
リーファが涙を拭ったようだ。アイガイオンはそれを見ないようにして背を向けていた。涙声と鼻をすする音が聞こえる。どんな表情をしているかなど考えたくなかった。
「……ごめんなさい。こんな事言うつもりじゃなかったんですけど……。キリト君には面と向かって言えないのに――」
思いついたことはある。しかし、聞くだけにしておきたかった。余計にあれこれと言っても、本人が決めなければどうしようもない。背を押すにしても、今は無責任すぎる気がした。リーファが落ち着いてくると、身を縮めて腕を擦った。思えば、割と長い時間夜風に身を晒している。アイガイオンが立ち上がると、少し間をおいてリーファも立ち上がった。涙は流れていないようだ。
「寒いだろう。もう帰った方がいい」
「そうします。あの、色々聞いてくれてありがとうございました。少し楽になったような気がします」
「時間があれば、話しを聞くだけなら出来る。愚痴でもいい」
「ありがとうございます。それと、現実の事を喋っちゃったの秘密にしてくださいね。話すなって言われてるんです」
「わかっている。温かくして眠りなさい」
「なんだかお父さんみたいです。これ、お礼です。パンにつけて食べるとおいしいんですよ。それじゃあ、おやすみなさい」
リーファは小瓶を押し付けると、軽く微笑んだようだった。アイガイオンが軽く手を振ると、お辞儀をして去っていった。背中を見送りながら、少し深入りをしたかもしれない、とアイガイオンは思った。父か、と口の中で呟く。この外見の事だ。食事の時など、髭など邪魔に思う時がある。それでも、最初に比べれば随分と慣れてきていた。その内に違和感を感じる事もなくなるのだろう。
押し付けられた小瓶の中にはミルク色の液体が入っている。掌で転がし、土産にでも持って帰ろうとアイテムストレージに放り込む。アイガイオンはくしゃみをすると、宿に帰ろうと足を急がせた。明日は決戦である。風邪をひいたなどと馬鹿な事にはなりたくなかった。
ツッコミ
1.風邪なんてバッドステータスねーよ。
2.信じられるかい? まだボスまで行ってないんだぜ?
Q:キリトが苛立った理由。
A:(守る存在として)妹がいるから。
どうしよう。妹がいるということはキリトがソロじゃないということになる。キリト君の強さはソロであったという所からも来ていると思うので、これは由々しき事態である。
さらに一番の問題は、この時点でリーファがデスゲームに囚われているという事だ。成長期であるのに点滴しか栄養源がないという事はお胸様(現実)の成長に非常によろしくないはずである。
私はなんてことををしてしまったのか(懺悔)。