ココのアインクラッドは円柱です。   作:二郎刀

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一万字超えた。読んでる途中でだれるかもしれないです。ごめんなさいです。
迷宮区の内装などその他諸々原作とは違う設定になっています。



第六話 一人の剣士

 SAO初のボス攻略、大規模討伐戦闘である。ボス攻略を希望した四十六のプレイヤーが、それぞれのパーティーで固まって列をなしている。

 すでに迷宮区の中だが、広い空間に樹木が生い茂る、言ってしまえば森の中だった。迷宮区のフロアを縁取る壁は無機質に石を積んだものではなく、木々や張り巡らされた蔦、削り出された岩盤などで、イメージしていた――日の光の届かない中で僅かな光源を頼りに進んでいく石造りのダンジョンという――ものとは違っていた。

 道は大まかに枝分かれしている程度ではあるが、マッピングされていない道を歩けば迷ってしまうくらいには複雑である。本物の日差しではないものの、空を模した上部フロアもとい二層底部の放つ陽光は、頭上に広がる木々によって木漏れ日となって降り注いでいる。

 ボス部屋の大扉の前まで来ると、緊張は一際高まった。SAOのプレイヤーは死のにおいに敏感だ。大勢の“一般的な”プレイヤーは安全圏であるはじまりの街から一歩も出ていない。ならば、危険とわかっているのに攻略を進めようとしている“少数”のプレイヤーたちは何を求めているのだろうか。

 少なくともアイガイオンは希望を求めた。はじまりの街に待つ仲間たちがいる。それらの期待にも応えるためだ。ソロだったアスナや、キリト、リーファの兄妹は何を求めて挑むのだろうか。英雄という肩書きだろうか。ディアベルはそうだと言った。希望と言い換えただけで、アイガイオンもそうなりたいと渇望しているのかもしれない。強い装備、高価なアイテム。ただのゲームだと意識するなら、それだけで価値がある。キリトやアスナはそうなのだろうか。ただ絶対強者の位置を獲得したくてリスクに挑むのだろうか。

 

「俺たちはこれからボスに挑む!」

 

 ディアベルの一言で意識が覚醒する。考え込んでしまっていたようだ。アイガイオンは、自分の役割を頭の中で復唱した。主には敵を食い止めるための壁役である。突破されないだけの自信はあった。それぞれの班が役割を果たせば、攻略は難しくないはずだ。

 

「ここまで来て俺から言う事は一つ! 勝とうぜ!」

 

 力強い一声で鬨の声が上がった。ボス部屋の大扉が鈍い音を上げ開いていく。部屋は樹木に覆われたというより、大木の真下のような部屋だ。壁には蔓が無数に張っていて、木の根が不揃いに並んで支柱になっている。

 四十六人が入りきってもまだ奥行きに余裕がある部屋を中ほどまで進み、ディアベルから停止の声がかかる。大部屋の最後方にある玉座。そこだけ暗くなっていて、影の様なものが動き出した。

 

「総員――」

 

 ディアベルが剣を掲げて言う。アイガイオンは大盾を構え直した。防具は一層で最重量の全身金属鎧で、武器は木の根をそのまま引っこ抜いてきたような、耐久力の高い槍である。木製の大盾は一層で一種類しかなく、はじまりの街で買えるものだが性能は優秀だ。

 アイガイオンは大盾の裏で、影のような図体を待った。図体の姿が少しずつ明瞭になってくる。全長は三メートルに届くほどだろうか。丸々とした図体だが、腕や脚には筋肉が目立つ。赤茶色の皮膚にまともな防具らしいものはなく、モンスターや木の皮を剥いだものを垂れ下げている。左手に持つ大型の円盾は、粗削りの鉱石が中心から外側に広がる様に嵌め込まれ、右手に持つ武器は手斧と言えど、巨体が扱うそれは人を叩き潰すには十分な大きさだ。

 アイガイオンは、一歩だけ下がりたくなった。何人かのプレイヤーは後ずさりしている。さがるな、と小さく呟いた。≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫と表記がカーソルと共に出現する。次いで、それを守護するコボルドの衛兵たちが実体化した。

 

「オオォォォォォォッッ!!」

 

「――戦闘開始!」

 

 コボルドの主が()え、ディアベルの剣が振り下ろされる。四十六の精鋭とコボルドがぶつかり合った。

 

「手順通りだ! ステップ1!」

 

 アイガイオンは叫んで衛兵に突撃した。コボルドの持つ棍棒が光りを纏い、加速する。片手棍単発スキル≪テイクダウン≫。気絶効果を含む振り下ろし攻撃は、当たれば厄介だが、動きが単調なので対応は楽だ。アイガイオンは大盾に光を纏わせて打ち払った。

 

「ステップ2!」

 

「スイッチ!」

 

 体勢を崩したコボルドに、背後から飛び出たキリトの剣閃が通り過ぎ、即座にアスナのレイピアが貫いた。アイガイオンはすでに次のコボルドを足止めしていた。大盾を生かした戦い方で体勢を打ち崩し、仰け反ったコボルドにリーファの剣が吸い込まれる。ソードスキルの光芒が部屋を照らし、破砕された青い破片があちらこちらで四散する。

 コボルド・ロードの咆哮が部屋を震わせ、HPバーが一本分削りきれたのを確認した。ボスのHPバーは全部で四本だ。一本減るごとに攻撃パターンが追加され、残り一本になると武器を持ちかえてパターンが完全に変わる。

 

「C班! E班のバックアップに回れ!」

 

 ディアベルの指示に従い、コボルドを倒して移動する。新たな個体が再湧出(リポップ)するまえに、押され気味のE班に掛け声を掛け、戦闘を交代した。ディアベルは後方から全体の指揮を執り、戦線の崩壊を防いでいる。主力のA班、B班はボスにまとわりつくように囲んで戦い、それを鬱陶しがったのか、コボルドの主が息を大きく吸った。

 

「≪咆哮≫来るぞ!」

 

 大音声が轟いた。≪咆哮≫をくらえば数秒の怯みが発生し身動きが取れなくなる。しかし効果範囲は狭く、防御をすれば簡単に防げるし、動作が長いため隙が多い技だ。前もって対応していたA班、B班がソードスキルを次々に打ち込み、また一本ゲージを削られたコボルド・ロードが苦しげな唸り声を上げた。

 

「スイッチ!」

 

 掛け声で体力を回復したE班と交代する。後退してポーションを呷ると、イエローゾーンに突入していたHPが回復し始めた。

 ディアベルの指示は的確だ。戦線を注意深く観察し、押されている部分を援護しては、ボスの攻撃パターンに注意して指示を飛ばす。

 バーが緑色になるまで回復すると、アイガイオンはまた前衛で壁役に徹した。取り巻きのコボルドはその身を四散させては、また新たなる個体が復活する。攻略本では、敵が群れなすのは三体までと書いてあったが、ボス戦はその限りじゃない。一班二組なので捌く事は出来ているが、人数の少ないD、E班には時折C班の一組が援護に回っていた。特にE班は連携が上手く行っていないのか、たびたび押し込まれている。その度にディアベルが指示を飛ばして戦線の崩壊を防いでいた。

 A班B班はボスを囲んで、寄せては返すように目まぐるしく動き、HPがイエローゾーンに陥ったプレイヤーはディアベルの指示で後退し、回復してから戦線に復活する。HPを危険域であるレッドゾーンにまで減らしたプレイヤーはまだ出ていない。

 戦闘は順調だと言えた。しかし、アイガイオンは何か嫌な気配をおぼえた。順調なはずだ。油断はしているはずがない。コボルドの胸を突き、青い破片を浴びてもその気配が消えなかった。

 僅かな耳鳴りが聞こえた気がする。何か見落としている事はないか。急激な不安が身を襲った。いや、と呟く。戦線はどこも崩壊はしていない。押し込まれそうなところも上手く援護出来ている。大盾に身を隠し、攻撃を防ぐ。出来た隙にキリトの剣閃が吸い込まれ、またコボルドがポリゴンとなって四散する。

 

「キリト、何か見落としていることはないか」

 

 ただ近くにいたから聞いてみただけだ。答えを期待しているわけではない。しかし、キリトにも何か揺らぎの様なものをアイガイオンは感じた。

 

「戦闘中だ。今は集中しよう」

 

 キリトはそう言ったが、何かを感じている様だ。この世界はデータに過ぎず、気配などとは無縁のはずだろう。逡巡したが、キリトの言う事も正しい。

 

「ゲージ! ラスト一本や!」

 

 キバオウの声だった。幾多のソードスキルの閃きがコボルド・ロードを襲い、遂にボスのHPバーが赤く染まった。

 

「C、D、E班は戦闘を継続! A、B班は下がれ! 俺が出る!」

 

 ディアベルが指示を出して走り出す。その顔に焦燥が浮かんでいるのを認めた時、ぞくりと何かが体を打った。耳鳴りが、遠くの方で鳴っている。

 コボルド・ロードが大音声の吼え声を上げ、武器を左右に投げ捨てた。円盾は戦闘中のコボルドを壁側まで巻き込んで倒れ、斧は反対側の壁に突き刺さった。そして抜き放ったのは大振りの野太刀。

 

――――事前の情報と食い違っていた。

 

 ディアベルの剣は光を纏い、ソードスキルの発動を、停止不可能を示している。そしてボスのコボルド・ロードの野太刀も光を纏い、同じように動作の決定を示していた。

 その時だけ、アイガイオンの目にはすべての光景がゆっくりと見えていた。

 

「やめろ!」

 

 太刀筋が交差する。筋力、速度、威力、重力等様々なパラメータがシステムによって計算され、その決定がディアベルの剣を()し折った。そしてコボルド・ロードのソードスキルはまだ終わっていない。跳ね返る様に剣閃が返り、驚愕に目を見開くディアベルに迫っている。誰にでもわかるような、死の閃きだった。

 

――――次の瞬間、はじけるような光が飛んだ。

 

 飛来した光が野太刀を弾き、ずれた太刀筋がディアベルの腕を刎ね飛ばした。斬られた衝撃でディアベルがフロアの端までふっ飛ぶ。ディアベルのHPバーが一気に減少して、赤く染まったところで止まった。

 やめろと叫んでいたのはキリトだった。そして動いていたのはアイガイオンだった。咄嗟に投げ放った槍が野太刀を弾いていたのだ。

 

「回復急げ! まだ終わっていない!」

 

 アイガイオンは叫んだ。プレイヤーの視線がすべて自分に集まるのを感じる。見るのはこちらではない。怒鳴ってやりたかったが、データの塊である敵は待ってくれない。

 

「≪咆哮≫来るぞ!」

 

 叫んだ。囲んでいたA、B班のプレイヤーが反応しきれずにまともに受けてしまった。コボルド・ロードが唸りを上げて飛び上がり、着地と共に巨体が回転する。わかったのはそれが重範囲攻撃で、囲んでいた精鋭たちを斬り飛ばしたという事だけだ。

 斬り飛ばされたプレイヤーのHPゲージは赤くなり、何人かが気絶している。この気絶はステータスの気絶ではない。本当に意識がないのだ。

 このゲームに痛みはないが、衝撃は存在する。あまりに強大な一撃をくらうと意識が飛ぶ現象は起こり得るのだ。気の弱いプレイヤーなら≪フレンジーボア≫の突進でも同じことが起こる。はじまりの街でそういうプレイヤーを相手にしてきたアイガイオンは、それを知っていた。

 

「ディアベルは!?」

 

「気絶しています!」

 

 ディアベルを介抱しているプレイヤーが叫んだ。ディアベルとA、B班が戦闘不能になったことで、パーティーに動揺が走っている。

 くそがっ。畜生めがっ。心の内で悪態をついた。叫んではいけない。今乱れれば、収拾が付かなくなる。E班の一人の顔が恐怖に塗られている。そして何か取り出すような仕草を――

 

「これより俺が指揮を執る! C班がボスを相手する! D、E班はコボルドを止めろ! A、B班は回復を優先しろ! 回復結晶を残してる奴は気絶している奴に使え!」

 

 叫んで、アイガイオンはボスに突っ込んだ。あれは逃げ出す顔だった。初期配布である転移結晶を使い、戦線を離脱しようとしたのだ。させてはならない。今逃げてはいけないのだ。一人がやれば、必ず後に続くプレイヤーが出て来るだろう。そうなれば戦線は崩壊し、敵は残ったプレイヤーに殺到するだろう。逃げ切れないプレイヤーは殺され、この戦闘が敗北で終われば、浮遊城からの解放は絶望的になる。

 

「回復した者から戦線に復帰せよ!」

 

 指示を飛ばしながらボスの前に躍り出る。敵と認識したコボルドの主が吼え声を上げる。野太刀に光を纏わせ、アイガイオンも大盾を構えた。

 左からの剣撃。ほとんどしゃがむようにして避ける。右から返す刀。起き上がる動作と共に、光を纏った大盾で打ち上げた。ソードスキルの硬直と、パリィで出来た隙。精鋭がそれを見逃すはずはない。

 キリトの青い剣閃。リーファの翡翠の閃き。アスナの白い閃光がそれぞれ≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫に叩き込まれる。

 

「ヴオオォォォォォォォォッッッ!!」

 

 大音声の吼え声。フロアを揺るがすほどだった。コボルドの主は天井を見上げるような格好で吼えている。そして吼え声が途切れると、ゆっくりとアイガイオンに向き直った。

 

「――――くそがっ」

 

 呟いていた。HPゲージが赤く染まっているではないか。あともう少しではないか。何故倒れないのだ。ひどく緩慢な動作に見えた。野太刀が切り裂かんと迫っている。防御しなければ。大盾を構え、攻撃に備える。

 視界の端では、コボルドの相手をしているプレイヤーたちがいた。ボスの巨体の奥では、パーティーであるキリトたちがいた。それらがひどく遠くに見える。

 

「だめえ――――ッ!」

 

 野太刀と剣がぶつかり合った。何が、と思った。太刀筋がずれ、揺れた金の髪が目に入った瞬間、しばしの夢想から戦闘に引き戻される。

 軌道がずれた野太刀が地を抉り、衝撃がアバターの体を打つ。その状態から野太刀が光りを纏い始めるのに気付き、咄嗟に体を引き寄せ、天地が引っくり返るような衝撃と共に吹っ飛ばされた。土埃を上げ壁に激突したが、HPを確認し無事を確認すると、アイガイオンは抱き締めている体に懐かしい愛おしさを感じた。

 

「何故お前がここにいるのだ……チャーリー?」

 

「だって……」

 

 HPが零になるぎりぎりのレッドゾーン。運が良かったと言うほかない。ソードスキルで逸らす技術。偶然か、天性のものか。すんでの所で助けてくれた金髪の剣士チャーリーは、ほとんど泣きそうな顔をしていた。

 色々な事を時間かけて問いただしてやりたかったが、今はそれどころでもない。部屋の中央ではすべての班が懸命に応戦している。ボスの目標(ターゲット)から外れていることが今はありがたい。アイガイオンはチャーリーを立たせて言った。

 

「お前はポーションで回復しておけ。それと部屋の外で待っていろ」

 

「嫌だよそんなの。ここまで来たんだもん」

 

 金髪の剣士は即答だった。アイガイオンは兜の奥で、顔が笑ってしまっているのを感じていた。チャーリーならそう言うだろう、とどこかでわかっていた。

 

「レベルは」

 

「二だけど」

 

 驚くのはすべて後だ。ボスのHPはあとほんの僅かだが、最後の足掻きとばかりに奮戦し、C班はそれに攻めあぐねている。一刻も早く復帰せねばいけない。チャーリーが回復ポーションを飲み干すのを見届けてアイガイオンは言った。

 

「いないよりはいい。あと一撃だ」

 

「でも、武器が」

 

 チャーリーの事ではなく、アイガイオンの事だった。無理な体勢で防御したのが悪かったのか、木製の大盾は大きくひしゃげ、≪破損(ブレイク)≫と表示が出て使えない事を示していた。槍は投げたので手元にはないし、予備の槍は強化もしていないのであてにもならない。攻撃は他のプレイヤーに任せればいいだろう、とアイガイオンは思った。そして隙を作るのが防御の役目である。

 アイガイオンは木製の大盾を捨てると、近くの巨大な円盾に目を付けた。ボスが武器を変更する時に投げ捨てたものである。押し潰されるように巻き込まれたコボルドが悲鳴をあげて悶えている。HPはほとんど残っていなく、アイガイオンが踏みつけるだけであっけなく散った。

 これもドロップ品になるのだろうか。拾うと、重量オーバーの赤い表示が視界中央に現れた。この状態になると、急激に体が重くなり、ほとんど動けなくなる。確認すると、すんでの所で重量オーバーになっている。

 その為アイガイオンは兜を捨てた。これから英雄となるのだ。顔は晒さなければならないだろう、と思ったからだ。鉱石が散りばめられた円盾は予想に違わず超重量で、アイガイオンでも両手で持って何とか装備できるくらいだった。種類は大盾に分類されるらしく、筋力型で良かった、と感じずにはいられなかった。

 

「俺の後ろに」

 

「うん」

 

 地を蹴った。白い髭や髪が風に打たれるのを感じる。いかにもという容姿にするため、目の色さえ白くした。不気味がるプレイヤーもいたが、それでさらに歳を重ねたように見えた。

 ボスに向かう直線状にいるコボルドを大盾で突き飛ばし、叫び声をあげ、それに気付いたコボルドの主が振り向く。自分が目標になった、と感じるとアイガイオンは大盾に光を纏わせた。野太刀の剣閃が見たことのある軌道で迫りくる。これがソードスキルの欠点だろう。同じ太刀筋でしか剣技は発動しない。

 予想していたアイガイオンには、十分の覚悟があった。両手持ちの大盾を渾身の力で振り下ろす。激突し、野太刀の力の流れが地面に向き、剣技の光芒が弾け、床を抉って埋まる。

 

「やれ」

 

 後ろから飛び出したチャーリーの剣が閃く。その時初めてその剣がアニールブレードだった事に気付く。使ってくれたのだな。呟いたのは心の内でだ。ソードスキルが吸い込まれ、次いで幾つかの光りがボスに吸い込まれた。キリト、リーファ、アスナの姿。良いパーティーではないか。そう思った。

 ≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫が雄叫びを上げ、宙を見上げた状態で静止する。プレイヤーたちが見守る中、やがてあっけなく青いポリゴンとなり破片となって飛び散った。強い風圧が生まれ、それに薙ぎ払われるように取り巻きのコボルドたちも一斉に消え去っていく。

 

「――――勝ったのか……?」

 

 今起きたことが信じられないような呟きがプレイヤーたちの間に広がり、しばしの静寂の後、それは一斉に爆発したかのような歓声を上げた。

 

「勝った! 勝ったぞ!」

 

「俺たちはやったんだ!」

 

 次々にお互いの健闘を褒め称える言葉が飛び出し、手を叩き合う。中には肩を抱いて泣くプレイヤーもいた。勝利のBGMと共にレベルアップのファンファーレが鳴り響く。

 アイガイオンは喜び合うプレイヤーたちを見回した。チャーリー含め、全四十七人のプレイヤーに死亡者はいない。レッドゾーンに陥ったプレイヤーたちも回復している。そういえば、とアイガイオンはチャーリーに目を移した。チャーリーは急な登場だったので、パーティーには入っていないはずだ。

 

「なってるよ。キリトって人が申請してくれたんだ」

 

「ちゃっかりしてるな。ラストアタックもキリトが持って行ったぞ」

 

「うわっ、レベル一気に二つ上がってる」

 

 視界の左上には確かに【Charlie】という表記がある。喜ぶ姿はいかにも無邪気で、それが元々の性格なのだ。見守るような笑みを浮かべていると、それに気付いたチャーリーが思い出した様に拗ねた顔をそむけた。

 

「勝手に行っちゃったこと、これでも怒ってるんだからね!」

 

 アイガイオンは、そのレベルでここまで来てしまったことを叱り飛ばしてやりたかったから、お互い様だった。それは街に戻ってからでいいだろう。今は勝利したことを喜ぶべきだ。

 キリトたちC班が喜ぶプレイヤーたちに囲まれている。アイガイオンの元にもプレイヤーたちが集まっていた。万歳でも唱えてやろうかとも思ったが、今はとにかく疲れている。胸の鎧にこつんと何かが当たった。伸ばされた腕に、結晶が握られている。

 

「ヒール!」

 

 一瞬の光りと共に結晶が消え去ると、燐光の名残が体に巻き付くように浮かび上がっていた。HPバーが一瞬で安全圏の緑まで回復していて、そういえば危険域(レッドゾーン)だったという事に気が付く。アインクラッドにおける数少ない魔法的要素である回復結晶を使ってくれた相手はリーファだった。実直な顔に若々しい笑みを浮かべている。

 

「結晶は一つ何万とか、何十万コルすると聞いたのに」

 

「いいんです、あたしが使いたかったんだから。お祝いですよ、お祝い」

 

 さすがに抱きつかれたのには驚いたが、喜びたい気持ちもわかる。ハラスメント防止コードの警告が無粋に見えた。リーファを宥めると、次に近づいてくるプレイヤーがあった。腕を刎ね飛ばされたディアベルだ。

 なぜあの時指揮を放棄した。聞きたいことはあった。ディアベルも覚悟しているのか、顔を強張らせている。

 

「ディアベル」

 

 呼ぶと、一層の緊張に包まれたのがわかった。

 

「俺は……」

 

「言いたいことは全て後だ。今は勝利を喜ばねばならない。相応しい笑みを見せろ、騎士殿。我らはよく頑張ったじゃあないか」

 

 アイガイオンはおどけた口調で笑みを作った。ディアベルは何かを言おうとして、出てきた言葉が「……そうだな」という呟きと微笑みだった。

 ディアベルの行動が、ボスを仕留めたプレイヤーに贈られるアイテム、ラストアタックボーナスを狙ったという事はわかっている。それと同時に、英雄に必要なものだったということもわかっていた。魔王を倒すには、英雄の活躍が必要なのだ。それを求めるのはおかしい事ではない。

 

「借りは返せたな、ディアベル。腕の部位欠損はしばらくそのままにしておけ。英雄の証と認められるだろう」

 

 ディアベルに言って、プレイヤーたちの興奮が収まる前に、アイガイオンは大仰な動作で声を張り上げた。

 

「諸君! よくやった! 我らの勝利である! この快挙を、すべてのプレイヤーに示さねばならない! 百層の攻略は果てしないが、その第一歩が諸君らの活躍により始まった! 改めて感謝する! ありがとう! 我らはこれより、英雄として凱旋する!」

 

 

                     ◇

 

 

 そこから先も大変な騒ぎになった。第二層へ到達し、階層を繋ぐ転移門を有効化(アクティベート)すると、一層の踏破に気付いたプレイヤーたちは新たな階層に雪崩れ込んだ。ボス攻略パーティーを残して、喜ぶ暇もなくアイガイオンは協力者たちに頼み、二層の街の城門警備を頼んだ。新天地に浮かれてレベルが足りないまま外へ飛び出す輩もいるかもしれない。はじまりの街に籠るのに飽き飽きしていたプレイヤーは、新たな階層を喜び、街は一時の喝采に包まれるのだ。

 アイガイオンは二層でのディアベル、キバオウらの打ち上げパーティーに参加した。ボス討伐報酬のレアアイテムの見せ合いや、互いの健闘を称え、己の武勇伝などに話しは終始し、酒が入ってきてからは狂乱になった。キバオウと酒を飲むことは極力控えよう。アイガイオンは強くそれを思った。

 打ち上げを断って途中で抜け出すと、次ははじまりの街でも遅めの祝いの席が用意されていた。攻略組の打ち上げと比べればささやかと言っていい、主立ったプレイヤーのみのものだったが、喜ぶ気持ちは変わらない。こちらは短い時間で終わり、それぞれがまたやるべき仕事に戻って行った。アイガイオンもやると言ったが「休んでろ」と一蹴され部屋に押し込まれていた。

 すべてが終わった頃にはすっかり日が暮れて、時刻は午後十一時を回っている。アイガイオンは重装備を外すとインナーのみとなり、動きやすい服装に着替えた。飲んだ酒のせいか、いくらか浮いたような感覚がある。そのままベッドに倒れ込み、目を閉じた。今日の戦いが断片的に思い起こされる。また明日からは新たな仕事が用意されているはずだ。考えながら、睡魔の波に身をゆだねようとした時だった。

 

「イオン、いる?」

 

 扉がノックされ、声が聞こえてきた。イオンとはアイガイオンの略称である。長いからとその呼び方をするのは今の所一人しか知らない。

 

「開いてるよ」

 

 寝たままの体勢で『入室を許可しますか?』と表示されたウインドウのYesを押す。入ってきたのは、予想通りチャーリーだった。金髪の髪を揺らし、覚束ない足取りで「うあー」とアイガイオンの横に仰向けに倒れ込む。顔だけ向けて確認すると、チャーリーの顔はいくらか赤くなっていた。

 

「お前、酒を飲んだな。酔ってるだろう」

 

「酔ってないよう」

 

 ボス討伐記念パーティー、おそらくリーファがやると言っていたC班の打ち上げに参加したのだろう。現実(リアル)だったら確実に怒られている。しかし、酒を唯一の娯楽とするプレイヤーも多いのだ。ここは仮想空間だし、ましてや囚われている身なれば、数少ない娯楽を取り上げるのも酷である。アイガイオンもただ十分な注意を呼びかけるだけで、禁止にはしていない。

 

「まだ怒ってるんだからねー」

 

 気だるげに何を言ってやがる、とアイガイオンは思った。口調に覇気はなく、まったく怒気は感じられない。それを言うならアイガイオンにも聞きたいことはあった。

 

「チャーリー、なんであそこにいたんだよ?」

 

「イオンが悪い」

 

 一点張りだった。と言っても大体察しがついている。最初はメールからだ。アイガイオンのメッセージ受信箱には、ほとんど宛名がチャーリーのもので埋まっていた。はじまりの街を発って、心配してくれてメールを送ってくれるプレイヤーも多数いたが、一日に何十通も送りつけてきたプレイヤーはチャーリーだけだ。その全てにアイガイオンは返信しなかったのだ。それが心配で飛び出したのだろう。

 

「レベルが二になってたのは?」

 

「イオンが悪いのー」

 

 トールバーナの街までは、村から村へと辿れば到達は難しくない。それは安全な道を知っていればだ。それは攻略本に頼ったのだろうが、危険極まりない事は変わりない。

 しかし、レベル一でも敏捷に振っていれば何とか逃げ切れるのだ。足の速い狼などの敵は一層では少ないので、避けられない戦闘のみをこなして後は振り切ったのだろう。

 迷宮区のダンジョンは樹木が乱立していて、≪隠蔽(ハイディング)≫がしやすい。敵も同じだが、≪索敵≫スキルを取得していればそれらの発見は難しくない。難易度やボスはともかく、そういう所は初心者用の階層なのかもしれない。

 迷宮区のマッピングデータはすでに公開されているので、経験値やアイテムなどに目もくれず、到達のみを目標とするなら、無茶苦茶ではあるが不可能ではないだろう。その過程でレベルが二になった。「当たってるか?」と言ってのけると、チャーリーはつまらなそうな顔をした。当たりの様だ。それはもう暴挙と言っていい。

 

「わかった、俺が悪かったよ。そろそろ許してくれ」

 

 チャーリーはたっぷりと時間をかけ、拗ねた顔を崩してわざとらしく「しょうがないなあ」と言った。アイガイオンがメールの返信さえしていれば、こうはならなかっただろう。だが、あの時こうしていれば、という考えはあまり持たないようにしていた。深く考えてもどうしようもない事なのだ。

 

「ただ、ああいうのは今回限りにしてくれ。命がいくらあっても足りん」

 

「心配?」

 

「当たり前だろう」

 

 言うと、チャーリーは嬉しそうな顔をした。可愛らしい笑顔である。チャーリーが明るくなって良かった。そう感じずにはいられずに、頭を撫でた。チャーリーは少し驚きながらも、嫌な顔はしていない。アイガイオンはそろそろ睡魔に抗えなくなると手を止めた。

 

「俺は眠るぞ」

 

「待って。その前にやりたいことがあるんだ」

 

 チャーリーが体を起こし、右手の人差指と中指を合わせて振った。半透明の矩形のウインドウが現れ、何かアイテムを出したようだ。手に持っているのは手鏡。はじまりの日に、全プレイヤーに現実を突きつけたアイテムだ。

 

「ちょっと待ってて」

 

 チャーリーは立ち上がって手鏡を指でつつくと、青白い卵型の光に包まれた。転移結晶を使った際のワープエフェクトではない。アバターの容姿変更に使われるものだ。

 手鏡で変更できるのは、名前や髪型、眼鏡や髭などのアクセサリに色調などである。身長など体の造形は変更不可だが、それでも犯罪に使われる可能性もあるので、アイガイオンの集団では女性の名前を使った男性プレイヤーなど、よっぽど必要でない限り渡す事はしていない。それらは十分な呼びかけの後、一か月で破棄することになっている。

 卵型の光りが剥がれてきた。容姿変更が終わったのだ。チャーリーの姿が完全に露わになると、まず一番初めに目に付いたのが、金髪から艶やかな濡れ羽色に変更された長く伸びたストレートの髪だ。対比なのか肌は乳白色と言っていい。装備も変えたのだろうか、胸部分には黒紫の金属プレート。その下のチェニックと、ロングスカートは青紫である。身長は同年代でも低い方だろう。元より細いと思っていたが、それでも女性的な丸みを帯びた体躯である。小造りの顔に無邪気な笑顔を浮かべ、左手の指先でスカートを摘み、右手を胸の中央に当て、お芝居の様な礼をする。そしてチャーリーはネームプレートを表示した。表記は【Yuuki】と書いてある。

 

「えーっと、改めましてユウキです。よろしくね、イオン」

 

 ユウキという名前はおそらく現実のものだ。姿形が現実のものに戻されたため、名前も現実のものを使うというプレイヤーも少なくない。アイガイオンのように大仰な名前を使うプレイヤーは、馬鹿か自信家か冒険者か無頓着者である。

 チャーリー改めユウキが手を差し出した。アイガイオンはようやく体を起こし、その手を握り返す。体つきまで変わっているわけではないが、アイガイオンは新鮮な驚きのようなものを感じていた。のだが――

 

「それじゃあおやすみー」

 

――とベッドに再び倒れ込むユウキを見て、ああこいつは変わらないな、と慈しむ気持ちになった。これが自分のベッドで寝てくれれば尚更よかった。

 

「……今日くらいは良いか」

 

 今日の功労者であり、恩人でもある。備え付けのソファーに倒れ込み、ベッドを占領する幸せそうな少女の寝顔を見てから、ようやくアイガイオンは眠りについた。




意外! それはユウキッ!

……そんなに意外でもないかな。一応言っておくけど、なでポじゃないよ。
それとここの円柱の浮遊城では酒で酔います。ええ酔いますとも。

この話書き終わった時もうここで完結でいいんじゃねえかって思っちまいましたよええ。頑張ったもん。
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