ココのアインクラッドは円柱です。   作:二郎刀

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前回から一週間以内に投稿するつもりだった。
遅筆な上にまた一万字超えた。ちくせう。


第七話 OLD MAN

 第一層の攻略成功から、はじまりの街は目に見えて活気を取り戻し始めた。ディアベルが言っていた、希望を示すという目標は果たされたと言っていいだろう。

 一番嬉しい事柄は、βテスト時ではもっと先の話だった、ギルドの結成が二層で出来たことである。これで金の計算を手でやらなくて済む。シンカーは嬉しそうにそう言った。条件に、ギルドリーダーとなるプレイヤーがレベル十に達している事とあるが、ボス討伐に成功した時、アイガイオンはレベルが三つ上がってちょうど十に達していた。

 経験値配分は、そのプレイヤーがどれだけ活躍したかで決まるそうだ。レベルが低かったからか、アイガイオンを助けたのが評価されたからかはわからないが、最後の最後で参加し、ボスに一撃入れただけのユウキは、レベルが二つ上がって四になっている。

 作られたギルドの名前は≪MMO TODAY≫略して≪MTD≫となった。シンカーが現実(リアル)で運営していた攻略サイトの名前から取ってきたらしい。これで名実ともにアイガイオンはギルドリーダーになった。サブリーダーはもちろんシンカーである。リーダーになったことで、アイガイオンはシンカーに敬語を使うことをやめていた。ささやかなことだと思ったが、シンカーも同意してくれていた。

 

 ギルドを立ち上げた今、真先にやらなければならない事は偶像として立つ事だ。つまりは、攻略者として最前線に立ち続けるという事である。シンカーは自治や治安の維持に努めたいようで、アイガイオンは攻略を進めなければならない。そうした思惑の中で、自然と外はアイガイオン。内はシンカーという体勢に決まった。

 攻略担当のアイガイオンがまず初めに提案したのは、ボスの情報取得だ。攻略組には迷宮区攻略に専念してもらい、ボス部屋を見つけるまでにボスに関する情報を揃えておく。これに関しては、ディアベルが立ち上げたギルド≪聖竜連合≫が同意してくれている。

 二層は放牧的な階層だった。フィールドの大半が緑の丘陵で埋め尽くされている。『はじまりの街』は外壁がそびえ立っていたが、こちらではアイガイオンの身長よりいくらか高い柵が張られているだけである。敏捷を鍛えたプレイヤーなら飛び越えられそうだ。後で検証してもらおうと思いながら二層主街区『ウルバス』の調査を協力者に呼びかける。

 調査と言っても、初めのうちはクエストマークを探しながらNPCに話しかけたりするだけである。つまりは、自由な時間があるということだ。その時間を何に使うかは本人たちの自由で、真面目に聞き込みをするプレイヤーもいれば、そっちのけで露店を熱心に見物するプレイヤーもいる。アイガイオンはどっちかと言うと前者で、『ウルバス』以外の場所を探索していた。

 大きな街は『ウルバス』だけでなく、他に『ヨセル』と『カラパの領地』が判明している。他は小さな集落が幾つか点在し、『ヨセル』の街は『ウルバス』を出て、西方面の道筋を辿れば着くが、『カラパの領地』はフィールドの断崖を挟んだ向こう側である。さらに断崖では、向こう側を繋ぐ橋の前にフィールドボスが陣取っている。次層フロアへ続く迷宮区は向こう側にあるし、渡るにはその橋を使うしかないので、≪MTD≫を含める攻略者たちはフィールドボスの討伐を目下の目標としている。

 

「行くでえ、スイッチや!」

 

 キバオウの威勢の良い掛け声と共にユウキが突進系のソードスキルで飛び込んだ。草原を揺らし、青白い残光を曳いて闘牛型のモンスター≪カラパ・バイソン≫を通り過ぎ、体が急停止したと思うと振り向いて斬りおろし、跳躍し、宙で二連撃を繰り出して元の位置に着地した。計四回の剣撃を受けたカラパの牡牛は断末魔を残して砕け、戦闘報酬がそれぞれのウインドウに表示された。

 

「グッドジョブ。良いソードマンだ、ユウキ」

 

「へへっ、どんなもんだい!」

 

 自慢げにVサインを見せる少女は、一層ボス攻略に現れてから見違えるように明るくなった。以前名乗っていたチャーリーという姉が付けたアバターの姿は捨ててユウキと名乗っている。レベルこそ攻略組に及ばないものの、ボスドロップの装備品によって全身を紫紺の防具に揃えたユウキは、全プレイヤーの中でも上位の存在だろう。ボス討伐報酬のドロップアイテムは、それほどの能力を秘めている。次回からのボス攻略には、自信のあるプレイヤーたちが名乗りを上げるだろう。

 

「ワイは褒めてくれへんのか、アイガイオン?」

 

「なんだ、お前が拗ねてもかわいくないぞ、キバオウ」

 

 キバオウは、ディアベルが立ち上げた≪聖竜連合≫には加入せず、自身で≪アインクラッド解放隊≫なるギルドを立ち上げた。≪アインクラッド解放隊≫もといキバオウは、攻略よりも一般プレイヤーを協力して助けてやりたいそうだ。≪MTD≫に所属するプレイヤーは数こそ多いがまだ低レベルのプレイヤーが多いので、前線で戦う≪アインクラッド解放隊≫の助力は大いに助かっている。

 

「しかし強いですね、ユウキ君は」

 

 いくらか甲高い声でそう言ったのは、≪MTD≫に加入してくれたベンジャミンというプレイヤーだ。身長は長身のアイガイオンとさほど変わらず、ただし肥満体型の丸みを有している。彼は一層ボス攻略にも参加し、武器は抽選で勝ち取ったボスの馬鹿でかい斧を持っていた。巨斧の名前は≪獣剥ぎの手斧≫。手斧と言っても、プレイヤーが持つには両手用の武器となる。超威力の代わりに超重量で、少しでも動きやすくするためか、防具には重量の軽い布製のものを使っている。

 

「じゃあここらでもう一個教えてやろう」

 

 アイガイオンの装備も、一層の頃とは変わっていた。全身金属鎧は変わっていないが、片手槍習熟度百で現れた新たなスキル≪重槍≫スキルを取得した。武器は片手槍よりもいくらも太く重いが、その分威力も上がった。しかし何よりも目を引くのはボスドロップの巨大な円盾である。荒削りの鉱石が中心から外に広がるように散りばめられた大盾は、ベンジャミンの持つ≪獣剥ぎの手斧≫と同様恐ろしいとさえ言える能力を持っている。≪ロード・オブ・コバルト≫という名を冠する大盾は、高い筋力値を要求する代わりに絶大な防御力を誇る。もちろん超重量ではあるが、アイガイオンのステータスは敏捷にはびた一文も振っていない筋力極振りだ。普通に走るより突進系のソードスキルを使った方が速いという難点もあるが、割とこのステータスをアイガイオンは気に入っていた。

 

「ユウキ、ソードスキルの使用制限を知っているか?」

 

「使用制限? そんなものないはずだよ?」

 

「まあ、システム的には間違ってない。この世界はMPとかがあるわけじゃあないからな。しかし、この世界は画面越しに操作するゲームじゃないんだ。ソードスキルを発動させれば勝手に体が動くと言っても、それは自分の体だ。つまり、疲れるんだよ」

 

「疲れるって? データの体なのに?」

 

「時間が経てば腹は減るし、夜になれば眠くなる。動けば疲れることもまた然り。自分の疲労度が使用制限になっているのだ、このゲームは。疲れが溜まれば戦闘に集中出来なくなるし、ソードスキルも精度に欠けたものになる。このアインクラッドに命中率とか、オートアタックとか便利な機能はないから、デスゲームにおいては致命的だな」

 

「じゃあ、その限界を超えて使い続けたらどうなるの?」

 

「ぶっ倒れる。やはりデータだから肉体的な疲れはほとんど感じないから、一気に疲れが襲ってきて、意識を失う。無理してやってたプレイヤーがいきなり倒れて、パーティーの連携が出来なくなってな。一人死んだよ、そいつを庇って」

 

「…………」

 

「追いつめられていたんだろうな。ちなみに、庇って死んだ奴は普通のプレイヤーで、倒れたプレイヤーはβテスターだった」

 

「……ホンマかいな」

 

 黙って聞いていたキバオウが口を開いた。キバオウの短所として、デスゲーム開始直後に大勢のプレイヤーを見捨てたβテスターを目の仇にする傾向がある。それをアイガイオンは度々注意していた。

 アイガイオンはそもそも、βテスターをあまり当てにしていなかった。一層のボス攻略では、その情報で全滅しかけたのである。それにβテスト時の攻略階層は六層までで、いくらβテスト時の情報を駆使してスタートダッシュをしたと言っても、それ以降はただのプレイヤーと変わらないはずだ。むしろ、βテスターだからこそ陥ってしまう罠もあるはずなのである。それでも目の仇にしてしまうのは、端的に言ってしまえば、なにか憎しみをぶつけられる相手が欲しいからだ。本来ならばそれはデスゲームを宣言した茅場明彦に向けられるものだが、姿が見えない存在に不満を言っても虚しいだけだ。その矛先がβテスターに向けられたのは悲劇でもあった。アイガイオン自身も悔しいと思わないわけでもなかった。しかし、それで憎むのはやはり間違っているのである。

 

「いきなり暗い話で済まないが、覚えておいてくれ。いくらデータだと口で言っても、俺らの目には質量のある本物の世界にしか見えないんだ。仮想だからと侮るな。今の俺らには、現実がここしかないんだから」

 

 大事な事なので、チュートリアルではいつも同じことを言い聞かせてきた。仮想を現実だと受け入れられない者も多くいるのだ。なまじ経験がある分、油断をして窮地に陥ったβテスターも前線では多く見ている。

 

「さあ、暗い話はここまでだ。ディアベルたちがフィールドボスに挑戦する前に、できる限りの情報を集めなければ」

 

 手を叩き、沈みがちな空気に吹き飛ばす。現在進めようとしているクエストは【カラパの勇猛】というクエストだ。発生条件として、≪カラパ・バイソン≫を複数狩猟するというものがある。すでにアイガイオンたちは、主にユウキのレベル上げを兼ねて三時間で八体狩っていた。時間の割に数が少ないのは、標的がまとまった場所におらず、だだっ広い丘陵にランダムで点在しているからだ。

 情報の出所はNPCである。なんでも、橋のフィールドボス出現により、こちら側に取り残されたカラパの民がいるらしい。なぜそれがクエスト開始条件になっているのかは、情報が確かならすぐにわかるはずだ。

 

「なんかマップに白い反応が出たで」

 

 キバオウがウインドウを可視表示にして見せてくれた。マップでは、赤い点は敵、緑の点は非敵対対象、青い点は友好的な仲間又はNPCで、黄色い点はクエスト関連、そして白い点はオブジェクトや不明な相手を指す。これは実際に目で見て確認するしかない。白い点はまっすぐにこちらの方向に向かってきている。敵だった場合に備えて、一応の警戒を呼びかけた。

 やがて丘の向こうから現れた不明な相手は、深い皺を刻んだ男の集団だった。カーソルはNPCを表している。皆が濃い髭を生やし、白っぽい羽織を着込んでいた。武器はカトラスだろうか、湾曲した曲剣がそれぞれの腰に吊るされている。

 

「アイガイオン、奴ら黄色や。情報はアタリやな」

 

「会話を試みよう。念のため、奴らが緑か青になるまで警戒を解くなよ」

 

 アイガイオンは、頭上にクエスト開始マークを輝かせているNPCに近づいた。その男は体が一際大きく、顔にタトゥーを入れている。近づくほどに、その人間的な作り込みに目を(みは)った。筋肉や濃い体毛、視線や頬の動きなどの細かい動作さえ表現されている。

 

「止まれ、略奪者よ」

 

 リーダーらしき男が野太い声を放った。言われたとおりに止まり、少し待ってから返事を返した。

 

「略奪者とは何のことだ、カラパの部族よ」

 

「我らをカラパの遊牧民と知ってとぼけるか。貴様らが殺した牛のことだ。あの牛たちは脱走したとはいえ、我らのものには変わりない。もし貴様らが略奪者ではないと言うならば証明せよ」

 

 リーダーが言うと、クエストウインドウが現れた。≪カラパ・バイソンの肉≫を幾つ渡すか、という内容が書かれている。おそらく、渡した数によりクエストが進行するかどうか変わるのだろう。渡さないを選べば、あの集団は敵対するはずだ。迷わずに獲得したすべての肉をつぎ込んでYesを押す。すると、集団とアイガイオンの間に大きな袋が現れた。リーダーが仲間に合図し、指示された仲間が大袋を二人がかりで持った。アイガイオンの後ろでは、後で焼いて食おうと提案していたベンジャミンが残念そうな声をあげている。無視してクエストが進行したことを確認する。

 

「略奪者ではないということを信じよう。名は何と言う?」

 

「アイガイオン」

 

 伝えて、キバオウたちにも自己紹介させる。これでこのNPCのAIが個人名を覚えるらしい。今までは画面越しだったNPCに直接名前を呼ばれるのに気味悪がるプレイヤーもいるが、これでいつまでも「あなた」や「おまえ」などしか呼ばれない、不自然なやり取りから脱することができるのだ。

 

「私はイムカル。誇り高きカラパの民である」

 

 イムカルと名乗った遊牧民は、クエストの重要人物なのだろう。彼に従っていれば、クエスト進行に滞りはないはずだ。さっそく彼の口から次のクエストが発生した。

 

「君たちには、我らの野営地まで護衛してもらおう。無事辿り着けたなら、褒美を渡す」

 

「おい、イムカルとやら。自分NPCのくせに随分偉そうやんけ」

 

 イムカルの横柄な態度に、キバオウが怒り始めた。キバオウはどちらかというと短気な性格なのだ。仲間意識が強いが、揉め事も何回か起こしている。落ち着かせなければ周囲が見えないタイプだった。

 

「キバオウさん、相手はNPCですよ」

 

「ケッ、そんなもん言われんでもわかっとるわい。言わんと気が済まんだけや」

 

 ベンジャミンが宥めると、キバオウが面白くなさそうな顔で引き下がった。イムカルはNPCという言葉に反応しなかったようだ。少し安心して、アイガイオンはクエストを開始した。

 

「了承しよう、イムカル。護衛を引き受ける」

 

「よろしい。ならば野営地までしっかり頼むぞ」

 

 【カラパの勇猛】クエストが開始した。これは第一段階で、彼らを護衛し、無事野営地まで守り切れば次の段階に移行するようだ。一つのクエストで何回も依頼を受けるものは、手間がかかるが、その分報酬も良いものが多い。

 

「いきなりアイテム渡せの次は自分らを守れか。横柄な奴やな」

 

 移動しながらキバオウが口を開いた。キバオウは仲間を街の探索やクエストの進行に回し、協力していることを示す為に一人だけでアイガイオンのパーティーに参加してくれた。良い奴で、彼なりに心配してくれているのだ。

 

「クエスト進行のためですって、キバオウさん。NPCにそんなこと言っても無駄ですよ。それにしてもアイガイオンさん。さっきは随分と滑らかにイムカルと会話していましたね?」

 

「俺にさんは付けなくてもいい、ベンジャミン。奴らは簡単な受け答えしか出来ないNPCじゃなく、クエスト進行を妨げない為の高度なAIを持っているんだろうな。特定のキーワードに反応するようになっていて、俺との会話は、疑問や彼らの部族という言葉に反応したんだろう。キーワードさえ押さえておけば、先の会話みたいなことは出来る」

 

 ベンジャミンは、キバオウの口の減らない性格にうんざりしているようだった。アイガイオンに話題を逸らしたので、周囲を警戒しながらそれに答える。アイガイオンはまだ≪索敵≫スキルを取得していないので、主に目視に頼っていた。パーティーの利点は複数の視界があることで、≪索敵≫スキルの代わりで広範囲を見渡せる事だ。さらにパーティーを組むと、≪索敵≫や≪隠蔽≫等の能力値に、プレイヤーに応じたボーナスを得られる。経験値やアイテムの取得などは分散するが、その分の旨みもパーティーにはある。狩りの効率など、ソロよりパーティーの方が遥かに良いのだ。経験値効率を求めてソロで狩るβテスターもいるが、命知らずな危険行為は推奨出来ない。

 

「あれだ。あれが我らの野営地だ」

 

 一時間程丘陵を移動していると、イムカルが南の方角に見えてきた幕舎を指して言った。テントの大きさから、取り残された部族はさほど多くないようだ。丘陵の中にぽつんとある幕舎は周囲に柵を張っただけのこじんまりとしたものだった。

 イムカルは見張りの仲間に声をかけると、アイガイオンたちに幕舎の中に入るよう促した。促されるままに入場すると、意外な広さに驚いた。中心に一本の大黒柱が生えており、それに厚手の布を被せ、いくつかの支柱で支えて空間を保っている。大黒柱に攻撃系のスキルを使えば簡単に崩れてしまいそうだが、それは簡単に移動する為という遊牧民の特質なのだろう。幕舎の中には数人のNPCがいるだけで、良く言えば広々としていた。悪く言えば無駄に広い。アイガイオンたち四人のパーティーが入っても、まだ空間に余りがある。物もほとんどなく、奥に床几が車座になっているだけだ。ここからわかることは、イムカルたちはこの場所に長居をするつもりはないのだろう。

 

「護衛ご苦労だった。感謝をしよう、アイガイオン。約束の褒美だが、実はこの場所にないのだ。褒美を求めるなら、我らの領地まで来てもらうしかない」

 

「なんやとコラァ! 散々引っ張っておいて騙したんかい!」

 

 キレたキバオウはベンジャミンに任せ、アイガイオンはクエストログを確認した。【カラパの勇猛】クエストはまだ終わっていない。クエストリーダーはアイガイオンなので、キバオウが何を喚こうが、アイガイオンが決定を下さぬまでクエストが進行することはない。

 

「疑問がある、イムカル」

 

「向こうに帰れれば褒美の件は心配するな。それとも、別の事か?」

 

「橋の奴の事だ。帰るときに邪魔になるだろう」

 

「ではまず、事の始まりから教えねばならんな。お前たちは下の階層から登ってきたのだろう? それならば≪コボルド≫という獣人に会ったはずだ」

 

「なんやと――」

 

 キバオウが絶句したように、アイガイオンたちも絶句していた。『階層』とNPCが言ったのにも驚いたが、イムカルたちは一層のボスを知っていたという事になる。

 

「我らカラパの部族は、この土地で獣人共との領地争いを繰り広げていた。その頃はまだ人間たちも団結していなかった。我らは遊牧民であり、草がなければ、牛や羊も飼えん。獣人が跋扈し、草を()ませる事が出来なくなると、ようやく人間たちは団結した。その統率者がカラパ、ウルバス、ヨセルの三人だった。ウルバスとヨセルは断崖のこちら側で戦い、コボルド共を下の階層に押し込んだ。そして我らの祖先は断崖の向こう側で獣人共を指揮していた馬人と牛人を上の階層に押し込んだのだ」

 

「馬人と牛人って何だろう?」

 

「思いつくのはケンタウロスとミノタウロスですかね。おそらくですが、ボスでしょう」

 

 ユウキとベンジャミンが議論を交わしている。ベンジャミンの言う通り、それがフィールドボスの事だろう。橋のボスは馬に人の体が生えていたと確認されている。つまりは、ケンタウロスがフィールドボスで、ミノタウロスがこの階層のボスだろうか。

 

「それ以来、再びこの地に戻ってこないようにそれぞれが監視の任に着いた。カラパは三人の中で特に活躍したため、断崖の向こう側を領地にもらった。ウルバスとカラパはこちら側の領地でコボルドの監視に着いた。ウルバスは実力はあったが見栄を張りたがる人物だったらしく、あんな大きな街を築き、カラパはそれを悔しがったそうだよ。おっと話が逸れたな」

 

 イムカルが饒舌に話している姿を見ると、NPCだという認識が希薄になってくる。息遣いや微かな仕草が驚くほどの生々しさを持っているのだ。カーソルがなければ、プレイヤーであると錯覚しそうだった。

 

「残念なことに、その馬人が監視を掻い潜ったのだ。あれを野放しにしておけば、また獣人共が跋扈する日が来るかもしれん。そうなれば、我らの暮らしが脅かされる。我らカラパの部族に、昔日のような精強さは失われている。監視を掻い潜られたのが良い証拠だろう。ウルバスやヨセルの民も同じはずだ。そこで我らカラパの部族は、精強足りうる猛者を集めて奴を討伐しようとしたのだ。奮戦はしたが、結果は負けた。争いで三人が死に、我らはこちら側に取り残されてしまった」

 

「それでは、今は何をしているんだ? 逃げた牛を追っかけているだけじゃあないんだろう?」

 

「今は、力を蓄えている。『ウルバス』と『ヨセル』の街で兵を集め、もう一度奴に挑もうと思う」

 

 イムカルが聞き取ったのは前半だけだったようだ。後半の皮肉には反応を示さない。彼の目的はフィールドボスを倒すことのようだ。選択肢を間違えなければ、イムカルたちは協力してくれるのかもしれない。物語的には、こちらがイムカルに協力するという事になるのだろう。クエストログは彼らに協力しろと書いてある。アイガイオンは念のためにパーティーに確認を取った。

 

「聞いてくれ、皆。イムカルたちに協力しようと思う。異存はないか?」

 

「ボクはいいよ。助けてあげたいもん」

 

「同意します。早くクリアしてしまいましょう」

 

 ユウキとベンジャミンは賛成した。キバオウはやや口を曲げているが、クエストを進めることに異存はないようだ。

 

「協力したい、イムカル。我らも力になれないか?」

 

 イムカルは助力を喜ぶだろう。そう思ったが、アイガイオンが言うと困ったような顔を作った。

 

「聞いておきたいのだが、それは戦力としてという意味か?」

 

「そろそろ殴らせえや」

 

「待てだ、キバオウ。何か問題があるか、イムカル?」

 

「我らは精鋭を集めている言っただろう。つまりは――」

 

「実力を証明しろっちゅうことか。アイガイオン、ワイに任せてくれへんか」

 

 クエスト進行を確認すると、オプションで彼と戦って実力を示せとある。キバオウが早速食らいついたが、少し待てと指示を出した。

 

「彼と戦うのはオプションとなっている。戦わなくてもクエストが失敗することはないということだ。つまり、勝てば何らかの特典が手に入ると思っていいだろう。経験値かアイテムかはわからんが」

 

「それだったら、戦った方がいいんじゃない? 負けてもいいんでしょ?」

 

 ユウキが言った通り、やらないよりはやる方がいいだろう。ユウキは装備が一級品と言っても、レベルがまだ心許ない。キバオウは片手剣からボスドロップの強力な片手根に変更したが、ここにはそれより強力な武器を持つプレイヤーがいた。

 

「確実性を取るなら、俺か、ベンジャミンだろうな」

 

「なんでやっ!? なんでワイに任せてくれへんのや!?」

 

「勝利の可能性を追求しないならキバオウでもいいのだがな。出来れば勝利して、成功報酬が何か知りたい。俺たちは情報収集に来ているんだ。情報を求めて、公開しないといけない」

 

「成否の違いも後で調べるんでしょう? それならキバオウさんでもよいのでは?」

 

「理由はいくつかある。ベンジャミンの巨斧。俺の大盾。見てきた中で、この性能を超える武具は今のところない。キバオウの武器とユウキの防具も一級品だが、ステータス的には俺たちほど成功の可能性があるプレイヤーはいないはずだ」

 

 ベンジャミンの両手斧は、ソードスキルで大抵の敵を一発で沈められるほどの威力がある。アイガイオンの大盾で防げば、モンスターの攻撃はほとんど通らない。もう一つ言うならば、第一層ボスのラストアタックボーナスを勝ち取ったキリトの黒いコートも、相当の性能を秘めているだろう。

 

「二つ目の理由はカラパの部族のことだ。こいつらの祖先は、話しが本当ならこの階層を制覇しているということになる。その時の力は失われていると言っていたが、クエストログはリーダーのイムカルと戦えと言っている。どちらにせよ、実力があるに違いない」

 

「つまり勝ちたいってことでしょ? なんでイオンは難しくいうかなあ」

 

「出来るだけ可能性が高い方がいいだろう? 勝てる自信があるなら、キバオウに任せてもいい」

 

 ユウキが言ったことに苦笑して髭を撫でる。簡潔に言えばその通りだ。ただ、三つ目の理由で、アイガイオンとベンジャミン二人でパーティーを組むことを、今後あまりしたくないからだ。この二人は火力が高すぎる。ベンジャミンは加入した直後だったので、実力を見る意味で同じパーティーになったのだが、ボス攻略に参戦した実力は確認出来た。

 

「頭冷えたわ。そういう事なら引き下がる。騒がしくてスマン、性分なんや」

 

「退屈しないな、お前といると」

 

「それ褒めてるんか?」

 

「ではどうするか。ベンジャミンが行くか?」

 

「任せてくださいよ。ご老体はゆっくりしててください」

 

「そこまで老けちゃいねえぞ、俺は」

 

 アイガイオンはその外見から――若者が大多数を占めるSAOの中では――高齢だとしか思われていない。ユウキと一緒にいると、孫と祖父と茶化されたこともある。望んで選んだ外見だが、爺さんとまで言われる始末。せめてもの抵抗として、そこまで老いていないと常々言っていた。それがさらに誤解を深めているようだ。もっとも、それを狙っているところもある。

 

「イムカル。ベンジャミンが相手になる」

 

「よろしい。手並みを見せてもらおう」

 

 平原での決闘となった。イムカルは仲間に指図し武器を持ってこさせていた。腰に吊るした曲刀ではなく、手に取ったのはイムカルの身長程の両手棍である。武器の特徴として、スタンや遅延効果(ディレイ)などの阻害に特化している。対してベンジャミンの両手斧は、もちろん相手を叩き潰すことに意味を見出している。単純な火力のみを選ぶならば最適な武器だ。

 

「相手は人型だが、容赦はするなよ、ベンジャミン」

 

「デュエルの経験ならありますよ。デュエル形式は≪初撃決着モード≫のようですね。相手より先にソードスキルをヒットさせるか、相手のHPをイエローゾーンまで削るのが勝利条件です」

 

 ユウキは声援を送り、キバオウは野次を飛ばしている。それぞれの発破を受け、ベンジャミンは巨斧を上段に構えた。その姿勢から見て取れるのは振り下ろしの重撃だろう。ソードスキルを発動させれば、例え防ごうが看過できないダメージを与えることが出来るだろう。

 イムカルの構えは腰を落とし、棍を真横にして持っている。体勢的には受けの構えである。狙っているのはカウンター系のソードスキルだろうか、決まれば強いがリスクが高い技だ。〇、数秒の内に攻撃を受けないといけないし、それを逃せば数秒の硬直が強いられる。

 審判役のイムカルの仲間が手を上げる。手が振り下ろされれば、決闘が始まる。決着は一瞬で決まるだろう。巨斧の火力が決まればベンジャミンの勝ちだし、それが外れれば敗北である。

 ベンジャミンは構えても、迷っているような表情をしている。相手はNPCカーソルがなければ、ただのプレイヤーとの見分けが付かないほどの生々しい挙動をするのである。それに殺傷出来る凶器を突きつければ、怯みを見せてもなんらおかしくはない。

 相手をただのデータだと思い込むのも危険だった。思い込むと、相手の存在がぼやけて、危機感が薄れてしまう。

 審判が手を振り下ろす。両者の間に【DUEL!!】の文字が弾け、ベンジャミンの武器が先に光った。飛ぶような突進。イムカルの直前。棍が光り、直前で斧が地に刺さった。失敗したか。思った次の瞬間、斧が弧を描きイムカルの体を宙に舞い上げていた。

 

「両手斧用二連撃ソードスキル≪地怨≫です」

 

 ベンジャミンが強張った余裕を見せて言った。言い終わると同時にイムカルが地に打ち付けられ、デュエル終了のファンファーレが鳴った。

 

「っしゃあ!」

 

「やった!」

 

「やるじゃねえか、ベンジャミン」

 

 【WIN!】の金文字を頭上に輝かせ、ベンジャミンはユウキとキバオウと手を打ち鳴らした。

 

「なんや、あっけないやないかい。これならワイでも勝てたんちゃうか」

 

「良い経験になりましたよ。こいつら、NPCだからって油断していい相手じゃないです。信じられますかっ、俺の構えを見て上からの振り下ろし攻撃に警戒してたんですよ。受けようとしてる方向が上気味になっていたから、俺はフェイントを入れて斬り上げの攻撃で」

 

「わかった、落ち着け、ベンジャミン。お前はよくやったよ。彼から報酬を受け取ってくれ。お前が勝ち取ったものだ」

 

 興奮するベンジャミンを宥め、クエスト進行を促す。吹き飛ばされたイムカルの方はすでに立ち上がっていて、先ほどの決闘がなかったような振る舞いで声をかけてきた。

 

「見事だった。君たちの助力を受け入れよう。この角笛を渡しておく。仇名す者らと戦う時、その角笛を吹くがよい。この草原が続く限り、どこにいようが我らカラパの部族が駆け付けよう」

 

 ベンジャミンの手に勝利報酬の角笛が手渡された。興奮冷めやらぬ様子でベンジャミンが効果を読み上げる。名称は【勇猛の角笛】といい、フィールド上で吹けばカラパの部族のNPCが現れ、戦闘に協力してくれるそうだ。つまりはフィールドボスに挑む時に吹けという事だろう。ベンジャミンの超威力の一撃を受けても、HPがぎりぎりでイエローゾーンに陥っただけのイムカルが率いる部隊ならば、最低でも邪魔にはならないはずだ。

 

「あとでイムカルとの戦闘で感じたことをまとめてくれないか、ベンジャミン」

 

「もちろんです。こいつらは本当に強いんでしょう。NPCだからと油断するなと伝えなければなりませんね」

 

「しかし、お前の勝利は鮮やかだった。俺は今日、それを覚えておく」

 

 肩を叩くと、ベンジャミンが照れくさそうな顔をした。ベンジャミンには、このクエストが終了したら別のパーティーを率いてもらおうとアイガイオンは思っていた。全体的にレベルの低い≪MTD≫では貴重な存在である。ベンジャミンの力ならば、パーティーを任せても不安は少ないだろう。言わば≪隊長≫クラスで、アイガイオンは近々そう言った階級分けに似た事を行おうと思っていた。

 全百層踏破のために考えることは尽きない。しかし今は、貴重な情報取得と、勝利を称えるための賞賛の輪に加わろうとアイガイオンは思った。




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この流れって完璧だと思います。

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