進めていたクエストが一段落した時には日が暮れていた。上部フロアの底と言うべきなのか、見上げた上空には星と言うべき光が瞬いている。アイガイオンは、このままイムカルたちの幕舎に泊まるつもりだった。元々それを想定して作られているのか、アイガイオンたちのパーティーがいても空間にはかなりの余裕がある。
「なんだか遠足に来たみたい。ワクワクしちゃうよね」
ユウキが濡れ羽色の髪を揺らしながら無邪気に言う。視界左上の【Yuuki】と書かれた表記の横にはギルドに所属していることを表すギルドマークが貼り付けられていた。≪MTD≫を表すギルドマークは羊皮紙に剣が置かれている紋章である。これはシンカーがリアルで運営していたサイトのシンボルで、知っている人には馴染み深いものでもある。ちなみにキバオウの≪アインクラッド解放隊≫は円柱の浮遊城の全景を意匠化したものを使っている。
「今日のクエスト進行はここまでにしよう。この幕舎を拠点にして、ユウキを中心に俺たちのレベリングを行いたい。その中で、先ほど手に入れた角笛の性能も試す。いいか、キバオウ?」
「かまへん。別ギルドだからって気ぃ遣わんでもええで、アイガイオン。ちなみに、ユウキのレベルは今どないやった?」
「七だよ。やっぱり一層より二層の方が経験値入るね」
「ここら辺のフィールドであれば、囲まれたりしなければ十分通用するレベルでしょう」
フィールドに現れるモンスターは、基本的に迷宮区などダンジョンに出現するモンスターよりは手強くない設定になっている。そしてフィールド上のモンスターは森や沼地など特殊な環境でないかぎり密集することは少ない。この四人パーティーで一人だけレベルが低いユウキを守りながら戦うことは難しくないのだ。しかし、だからと言って油断は出来ない。時間帯によってモンスターの出現パターンは異なるし、体感では夜になると出てくるモンスターは日中の相手より手強い感触だった。
暗がりの草原に出ると、アイガイオンはパーティーの先頭に立ち、敵の姿を求めた。アイガイオンは新しく入手したスキルスロットを≪聴覚≫スキルで埋めていた。
≪聴覚≫スキルは感覚系のスキルで――多少勝手が異なるが――≪索敵≫スキルの代わりに出来る。≪索敵≫スキルはマップ上で自分を中心とした円の中に敵の所在を明確に写し出すが、≪聴覚≫スキルの場合は自分を中心とした円の不定形な枠が波打つ。その波打ちは拾い取った音に反応していて、音が大きいほど、音源に近いほどその方角の枠が激しく波打つ仕様だ。拾える音は場所にもよるが≪索敵≫スキルより広範囲及ぶ。しかし、さりとて人気のスキルというわけではない。
まず基本的に周囲の環境音に反応して絶えず微弱な振動で枠は震え続ける。それは問題ではないのだが、この枠が反応するのは音源の方角だけなのである。音源に近づけばようやくマップ上に点で表示されるが、それまでは相手が何なのか、何体いるかなどもわからない。音源に近づいてみれば滝の音で無駄足だったこともある。さらにアクティブになるまで動かない石造型モンスターなど≪
視界右上に張り付けたサウンド・インジケーターの波打ちを頼りに足を進める。およその方角だけでも掴めれば、あとはパーティーの誰かが≪索敵≫スキルで敵の正確な位置を発見してくれるからパーティープレイの恩恵は良いものだ。早速キバオウが敵を発見し、戦闘態勢を作る。
見えてきたのは馬の形をしたモンスターだった。馬の体型をモデルに、ゴツゴツとした紫の体躯の所々に不揃いな棘を生やし、四本の脚にそれぞれ一際大きな棘がある。月の光を浴びて蒼白に輝く剣山の如く容姿に、頭には捻じれた白角がひん曲がりつつ突き出してた。集まった情報では、夜にしか現れないモンスターだったはずだ。こちらに気付いた針山の馬が嘶きを上げ、疾駆の姿勢を取った。
「戦闘準備――」
アイガイオンは前衛で大盾を構えた。相手の突撃を正面から受けることは『筋力』極振りタイプの得意とする所だ。大盾に激突すれば、その衝撃で気絶を与えられる確率もある。馬が棹立ちになり、しかしいざという所でその可能性は消え去った。
針山の馬が、突如出現した黒い影のようなものに包まれた。まるで
「≪風魔忍軍≫イスケ参上!」
「同じく≪風魔忍軍≫コタロー推参! 契約により助太刀に参った!」
「…………なんやねん、あいつら」
唖然とこぼしたキバオウの呟きに応えるように、まるで
「こちら、お求めのものでござる」
「――ご、ござるぅ!?」
ユウキが素っ頓狂な声を上げて驚く。キバオウの早く説明しろという表情を受け、アイガイオンは口を開いた。
「彼らは≪風魔忍軍≫というギルドで、情報屋だ。この階層の情報を集めてもらうよう、俺が依頼したのだ」
「その通りでござる!」
「拙者らアイガイオン殿と主従の契りを交わした者! お見知りおきを願おう!」
意を得たりと言わんばかりの言葉に苦笑しつつ、少しばかり説明を付け足した。ギルド≪風魔忍軍≫はβテスト時に結成された忍者軍団であるそうだ。ギルドメンバーは少数であるものの、アイガイオンとは真逆の『敏捷』極振りを生かしたスタイルで東西南北を奔走するらしい。実際、一切の反撃も許さずに敵を斬り刻んだ先程の戦闘は、闇夜に飲み込むように鮮やかだった。
アイガイオンは彼らが集めた情報やマッピングデータを受け取り、報酬の
「しからば御免!」
情報を渡すと、すぐに忍者たちは消え去った。最後に煙幕をぶちまけて。
「うぇほっ!?」
煙玉は主にモンスターからの逃走に使うアイテムである。地面に打ち付ければ煙幕が炸裂し、これを喰らうと一時的に一部の索敵系のスキルが使用不可になる。それと≪隠蔽≫スキルの組み合わせで戦線離脱を行うのが一般的な使い方である。決してこのように演出目的のためのジョークアイテムではない。徹底してまでの
「なんやったんや、あいつらは……」
「嵐のような人たちでしたね……」
「≪風魔忍軍≫は構成メンバーのほとんどが『敏捷』極振りのハイレベルプレイヤーという噂だ。キバオウもギルドを率いるリーダーなら、彼らの世話になることもあるだろう」
デスゲームと化したSAOで、情報屋を名乗るプレイヤーは希少である。ゲームが始まり真っ先に技術職、生産職を選択したプレイヤーは少なく、その中でも情報を生業にしようとする冒険者はさらに少ないのだ。しかし、情報屋を営むプレイヤーは元βテスターがほとんどであり、βテスト時の経験を活かした情報網は鮮度の良いものを仕入れている。一般プレイヤーの情報屋もいるが、それらとはやはり一線を画していた。
元βテスターはそれらを駆使して大幅なスタートダッシュを果たした。茅場の宣告から『はじまりの街』に残るプレイヤーを置き去りに、利己的な方針で攻略を進める彼らを多くのプレイヤーは歓迎していない。最近では、『βテスター』と『
「ユウキ、彼らからの情報だ。もっと細くて軽い剣が作れるらしい。素材はさっきの馬から取れる針毛だそうだ」
「ほんと? じゃあ、皆のレベルアップも出来るし、角笛も試せるし、素材集めも出来て一石三鳥だね」
「なんや、その武器気に入っとらんのかいな。一層で手に入る武器では良いもんって聞いたんやけど」
「ボクにはちょっと大きくて、馴染まないんだよ」
馴染む馴染まないの感覚は大事だ。己の身を預ける得物に、不具合があってはいけない。そのためプレイヤーたちは多くの武器を試し、自分に一番合ったものを選ぶ。ユウキはその中で初期から装備している片手剣を選んだ。
片手武器の強みは、片方の手が空き、盾を装備出来ることだと言われている。実際多くのプレイヤーはそうしているが、それが最善というわけではない。盾を取ると、左右の手を意識しなくてはいけない為、武器を一本に絞った方が良いというプレイヤーも少なくない。以前パーティーを組んだキリト、リーファ、アスナの三人も片手武器を使っていたが、三人とも盾の類は一度も装備していなかった。
ユウキの武器は『アニールブレード』という一層のクエストで獲得出来る武器だ。赤茶の鞘に、肉厚の直剣が収められているこの武器は、どちらかというと筋力型の武器である。ユウキのステータスは敏捷寄りで、武器の性能はともかく相性が良くないのだ。ユウキはこの武器を、柄を長くするカスタマイズをして両手で使用している。
「素材はさっきの馬の針毛と……これは昆虫系の素材だな。薄羽に天然系の鉱石、樹液――」
「ちょっと見せて? ……うーん、素材多いなー。一つの武器を作るのにも一苦労だ」
「まあ、SAOは剣が己を象徴する世界と謳われていたんだ。己の象徴を作ると思えば、これくらいの苦労は仕方ないかな」
SAOの特徴的なシステムとして、武具の性能が挙げられる。従来のシステムであれば、より良い武具を手に入れたらそちらに乗り換えることが普通だったが、SAOでは武具の性能はプレイヤーのステータスに依存する。例に出して言えば、『はじまりの街』で買える安価な剣を装備しても、レベル一のプレイヤーとレベル十のプレイヤーでは、強化されたステータスによって算出された威力のみならず、武器そのものの威力が違うのだ。究極的に言えば、例え百層に到達しても初期装備の武器、防具で通用するという事である。
装備は使い捨てではなく、自然と己に見合ったものになる。必然的に長く使い続けることで愛着も湧くだろう。数えきれないほどの武器種の中で、たった一つのものを選択し、磨き上げ、それはただ一人己だけの象徴として昇華される。その輝きに憧れ、君を追う者も現れるだろう。SAO発売前は、こういった情報が公開されるたびに狂喜乱舞したものだった。
アイガイオンは制作に必要な素材をリストにしてユウキに渡すと、近い音源の方向に向かって進んだ。先程の戦闘で角笛を試そうとしたが、イスケとコタローに獲られた。というより盗られたのだ。忍者の登場の勢いでうやむやになってしまったが、本来であればパーティーの獲物を横から掻っ攫っていく行為はマナー違反である。助力を乞われるか、緊急事態でない限りは、そういった行為は控えるべきである。そこはデスゲームであっても変わらず、実感し、体感する仮想現実であるからこそ、そういった行為は根強い禍根を残す場合がある。
「敵、いたよ。数は三体。非敵対のモンスターだね」
ユウキが敵を探知した。アイガイオンのマップ上では、パーティープレイによる索敵ボーナスがあっても、まだ敵を示すアイコンが出ていない。≪聴覚≫スキルが、≪索敵≫スキルの代わりとして役に立つようになるのは、まだ随分と先になるだろう。
発見した非敵対モンスターは、全長一メートルほどある蝶型のモンスターだった。薄紅色の羽からきらきらと鱗粉が舞い、地上から離れた高い所で漂っている。
昆虫型のモンスターは一層から見かけることが出来たが、多くのプレイヤー、とりわけ女性プレイヤーから受けが悪い。一層ではモンスターと言えるほどモンスターらしい変化はなく、昆虫をそのまま巨大化させ、そのくせ足の付け根や複眼や、甲殻の下の羽など細部までリアルに表現されているグロテスクさに逃げ出すプレイヤーは多くいた。運悪く昆虫型モンスターの巣に迷い込み、産み付けられた卵の孵化イベントを見つけてしまったパーティーには卒倒したプレイヤーも出たらしい。
「でかっ。きもちわるっ」
「胴体部分なんて蛾と変わらないですもんねえ」
ユウキの素直な感想にベンジャミンが相槌を打つ。そんな評判の悪い昆虫系のモンスターだが、一個体は弱い。しかし厄介な特徴を多く含むモンスターだった。装備の耐久値を大きく削る酸性液を吐き出す
確かめるため、蝶の真下に立ってみた。バッドステータスの蓄積値など視界には表示されないので、初見でこれを回避するなら感覚で推し量るしかない。念のため毒を解除する解毒草を実体化させ、数分その場に立っているとHPゲージが緑色に明滅した。毒のバッドステータスは、長時間の継続ダメージである。毒にも種類があり、これは遅延毒である。毒を受けてから発生までが時間があるが、その分持続時間が長い。放っておけば、馬鹿にならないダメージを喰らうことになる。
「やはり毒だ。蓄積する速度は遅い。普通に戦っていれば、まず毒は喰らわないだろう」
気を付けるべきは連戦だった。意識していないうちに蓄積していき、回復アイテムが少ない時にバッドステータスが発動し、パーティーが壊滅しかかった話も聞いたことがある。アイガイオンはユウキたちに伝えると、実体化させていた解毒草を噛んだ。青臭い苦みを飲み込むと、緑の明滅とHPの減少がぴたりと止まる。
「次のステップに移る。ベンジャミン、角笛を吹け」
「相手はあの蝶でよいのですか? 地面にいる相手の方がやりやすいのでは?」
「空中の敵にどう対応するかも見たい。それにどれほどの仲間が来るのかも。非敵対の内に呼んでおく方がいい」
「わかりました」
ベンジャミンがクエスト報酬の角笛を咥え、力いっぱい空気を送り込んだ。ラッパのような音が太く響き、夜風と共に草原を薙ぐ。少ししてマップ上に新たな光点が出現した。数は二つ。かなり速い速度でこちらに向かってくる。その方向の見通しの良い暗がりを見つめていると、何か近づいてくるのがわかった。近づくにつれ、姿が明瞭になっていく。
「あれは――」
現れたのは馬に騎乗したNPCだった。少し前に戦ったイムカルと同じ、カラパの部族の羽織に曲刀を吊るし、手綱を咥えた馬を操っている。βテスターからの情報によれば、≪騎乗≫というスキルらしい。現状ではまだ獲得出来ないスキルであるが、それよりも驚くべきことは――
「――弓か!?」
見間違いでない。木や動物の角など、幾つかの素材を用いた短い複合弓だ。SAOはVRを余さず体感出来る近接戦闘を旨としている。剣、槍、斧などの近接武器を選び、果てしない闘争で綴られる剣と戦闘の世界。それがSAOのキャッチコピーであったはずだ。唯一の例外として、遠距離での戦闘を可能とする投擲武器がある。それだけのはずだった。
援軍の二人のNPCが「助太刀に来た」という口上をもってパーティーに加わり、視界端にHPバーも現れた。
「あんなものβテスターからの情報になかったで……」
「貴重な情報だが、いつまでも呆けているわけにはいかない。早速性能を見せてもらおう」
アイガイオンの指示を受けて、ベンジャミンが「あれを狙え」と漂う蝶を指差した。認識した二人の遊牧民が指定されたカーソルに向かい馬を駆る。馬上で弓を引き絞り、放たれた矢が光の尾を引き、蝶の羽を鮮やかに破った。羽の力を失い墜落するモンスターに、近接武器に持ち替えたカラパたちが剣戟を叩き込む。元々体力の低いタイプのモンスターである。戦闘はものの数分も経たずに終わってしまった。
「ほえー……もう終わっちゃった」
パーティーが呆然とする中、ユウキが一人感嘆の声を出す。手の届かない位置まで飛行するモンスターは投擲武器などを駆使してターゲットを取り、降りてきたところを攻撃するのがセオリーだ。その模範的な解答を示すような立ち回りはNPCだからといって馬鹿にできない鮮やかさだ。
遠隔必中。βテスト時ではあり得なかった武器を見せつけられ、アイガイオンの
「あれをどう思う?」
ある程度の検証を終え幕舎に戻ると、アイガイオンはキバオウに訊ねた。すでに夜は更け、イムカルたち幕舎のNPCは活動時間外に設定されているのか、大きなイビキをかいていた。ユウキとベンジャミンは先に寝かせ、二人とも床に布を敷いただけの簡素な寝場所で横になっている。この場で起きているのはアイガイオンとキバオウ、それに見張り役のNPCだけである。
「アイガイオンになら言うまでもないことやけど、戦闘を怖がるプレイヤーは相手と距離を置きたがる。そう言うプレイヤーは投剣とか長槍でとにかく相手の間合いの外から攻撃したがるやろ? そういうプレイヤーにとっちゃ『弓矢』なんてもんは神器やろな」
「俺も同意見だ。そういうプレイヤーは数多い。しかし、キバオウは気付いたか? あの武器――」
「わかっとる。あれは威力が見た目ほど大した事ない。すげえってはしゃげるの最初だけや」
アイガイオンは頷きを返した。弓に限らず、投擲武器は威力が高くない。遠距離からの攻撃は魅力的ではあるものの、それを主装備にして戦うにはいささか心許なくなる攻撃力である。
「俺はこのクエストの報酬はエリアの解放だろうと思っている。もちろんクリア報酬でなにか貰えるだろうが、真の意味で、という意味だ。フィールドボスを倒して行けるようになった『カラパの領地』で≪弓≫スキルを取得出来るようになる。これはさっきイムカルが寝る前に聞いたな?」
「しっかりと聞いた。そうなりゃ希望者は殺到する。威力や自分に見合った武器かどうかは度外視してしまうやろな。こりゃあ危ういで」
さすがに攻略の先頭を行くプレイヤーとして、キバオウは見る所は見ていた。自分のやり方に合うかどうか。デスゲームで生き残ることにおいて、これほど重要なものはない。検証した限りでは、矢の数には限りがあるのだ。
そこから問題になると予想できるのは、その制限の中で勝利できるかどうかだった。敵が一、二体であるなら問題はないが、ただでさえ威力が低いので本数が必要だろう。しかしその本数に制限があるので、連戦を続けるなら苦しむことになるはずだ。レベリングのためなど長時間ダンジョンに滞在するなどには向かず、かといってボスのような体力の多い敵には不向きである。もしトラップなどにかかって閉鎖された空間に閉じ込められてしまったら絶望的である。
この情報は今のうちに独占すべきだ、とアイガイオンは考えを巡らせた。悪意から来るものではなく、皆を思えばこそだった。アイガイオンのギルドに所属するプレイヤーはアインクラッド全体でも最大規模である。だからこそ間違った情報は出来るだけ排他し、吟味した上で、誤解の広まらぬよう浸透する。それが最大規模を誇るギルドの仕事だった。
「明日にでもなれば、このクエストを受けたプレイヤーが弓の存在を知り、考えなしに情報を拡散するだろう。そうすればキバオウの言った通り、希望者が殺到する恐れがある。しかし、だからと言って情報が流れるのを防ぐのは出来ない。だから、どうにかして誘導するしかない」
「誘導て、どうやってやるん?」
「まず、情報は俺らから流す。弓の存在は隠せないから、デメリットを誇張して伝える。威力が低い、矢数に制限がある。威力が低いなら敵を倒せないし、矢が無くなれば戦うことすら出来ない。この二つはデスゲームに置いて致命的だ、という具合に伝える」
「そんなことで誘導になるんか?」
「ギルドを利用して情報を流すだけなら簡単で手間はない。俺は焦った選択をする者を減らしたいだけだ。わずかなことでも、可能性があるならやってきた。情報を理解した上でそれを選ぶなら構わない」
「せやかて、あのスキルはあいつらの領地で取得出来るんやろ? つまり新しいエリアっちゅうことや。攻略もあることやし、新エリアに踏み込むのは止められん。どうするつもりや」
「俺は、封鎖しようと思っている」
キバオウが言葉に詰まった。
「封鎖と言っても、エリア全域ではなく、スキルを教えるNPCを押さえるだけだ。それに、これは俺のギルドだけにする」
アイガイオンは、それでも無茶を言っていることを自覚していた。多くのプレイヤーが求めるものを妨害しようとしているのだ。非難されることは覚悟の上である。
「自分のギルドだけいうても≪MTD≫はアインクラッドで一番多いやろ。そんだけの人数が殺到しようもんを止められるんか?」
「すべては無理だ。多少の数はどうにかしてすり抜けていくだろうが、それは無視していい。予定としては、志願者を募り、サンプルとしてデータを集める。ある程度の情報が集まったら、解禁すればいい。最長でも一週間。それまで我慢してくれればいいんだ。我慢させることは、まあ無理ではないだろう」
しっかりとした理由があれば、ある程度は納得してくれるはずである。反発は必ず起こるが、順応と反発は当たり前なのだ。
サンプルの数が多ければ情報量は多くなるし、多ければ多いほど質も確かになってくるはずだ。サンプルとなるプレイヤーをしっかりと選べば、情報が多くても取捨選択はあまり気を使わなくていい。ギルドリーダーとなって、人を見るという事がアイガイオンにはわかってきていた。サンプルとなるプレイヤーは自分が選ぶつもりでいる。
「まあ、全てはやってみてからという所もある。それはその時に考えよう」
「はあ。なんとなく、あんたが先を見て言うとるというのはわかるんやけど」
自分が先を見ていると思ったことはない。ただ、ある程度までならわかる。それだけだった。そこから先を考えることはあまりしていない。考え込むと、下手な方向に行ってしまっている気がするからだ。
「俺が目を向けているのは攻略だよ、キバオウ。もしここで選択を誤るプレイヤーが続出すれば、攻略の遅延は免れないだろう。俺たちの努力でそれを避けられるならやるべきだ」
人には言えないことで、アイガイオンは攻略を掌握しようとも思っていた。ディアベルの≪聖竜連合≫、キバオウの≪アインクラッド攻略隊≫、そしてアイガイオンの≪MTD≫。これらのギルドは第一層でも、名の無い集団であった時も良い働きをしたと思っている。ボス攻略時ではほとんどの主導権を握っていた。それを続けることが出来れば、攻略の流れを掴んだことになる。一回目は例外だったのかもしれない。それが二回目で通例となり、三回目からはそれが当たり前となる。そこまで行きつくのに、今が勝負時であるのだ。そのために初日からかなり深いところまで進んだ。イムカルの幕舎もそういう所にあり、まだ自分たちのパーティー以外にプレイヤーを見ていない。
ふと、第一層ボス攻略時に組んだ三人を思い出した。キリト、リーファ、アスナ。三人とも良い腕をしていた。彼らがギルドでも入れば、戦力として期待できるだろう。アイガイオンは勿論勧誘した。そして三人共に断られた。何か強い忌避感がある。それを感じ取ると、強く言わずにいた。手応えがあったのはリーファくらいだが、兄妹がわざわざ離れるとは思えない。そこでアイガイオンは思考を打ち切り、アイテム欄から酒を出した。
「なんや、寝酒かいな。付き合わせてもらうで」
キバオウが嬉しそうに言った。こちらの世界に来てから覚えた酒である。うまいと思ったことはないが、酔うのは楽しかった。アイガイオンは、キバオウが差し出した杯に注ぎ、自分のものにも手酌でやった。
「今のうちに言うが、酔っても騒ぐなよ。ユウキが起きたら可哀想だ」
「安心しい、酒は強い方やで。酔うと記憶なくなるんやけどな」
押し殺した笑い方でキバオウは笑うと、一気に飲み干そうとしてから顔をしかめ呻いた。
「うがっ、なんや、これっ」
蒸留酒である。度数の高い酒で、割らずに飲むのはきつい。しかしアイガイオンは、喉が焼けるような感覚が癖になっていた。一杯目で喉が焼けるので、二杯目からが楽になる。キバオウの杯にはかなりの量を注いでやったので、飲み干すとするならかなりの時間がかかる。
「すまん、無理や」
キバオウが諦めて中身を捨てた。捨てられた酒が幕舎の中に染みを作ったが、ゲームの中なので数分で消えていく。
「なんだ、もったいない」
「悪いなあ、けどわざとやろ。割らずにあの量は死ねるで。てか、よう飲むな、アイガイオンは。強いんか?」
「わからん。人とはあまり飲まないんだ。寝酒に軽く酔う。その程度だ」
「水割りにしよう。アイガイオン、一杯くれ」
「もうねえよ。さっきお前が捨てちまったろうが」
思惑通りだった。キバオウは酔うとうるさくなる。アイガイオンは自分の分を飲み干すと横になった。酔いが回ると、むしろ様々なことを考える。その交錯の中でまどろみ、いつの間にか眠ってしまっているのだ。
<弓>スキル登場。
ここで弓を登場させたのは近距離武器と遠距離武器がどうしても切り離せない位置にあると思ったからです。詳しくは本編で追い追い書くつもりですが、ゲーム版SAOの設定のようにユニークスキルではありません。