「駄目だ……! 全然駄目だ!」
四方を囲んでいる傀儡兵たちを前にして、ゾーマは怒りと失望で満ちた声を絞り出す。
日々行われていたジュエルシードの収集も終盤へと入っていき、それに応じていつもちょっかいを出している魔法少女たちの実力も上がってきていた。
それは、ゾーマにとっても嬉しい限りのことで、ついこの間も高町なのはが繰り出す砲撃魔法『ディバインバスター』の直撃を有り難く頂戴し、別の意味で昇天をしかけた。
そんな中、突如として現れたのがこちらもお世話になっているフェイト・テスタロッサの母であるプレシア・テスタロッサである。
詳しい事情はゾーマは知らないが、ジュエルシードで何かをするということだけを把握したゾーマはそこに自分の求める未知の興奮の匂いを感じ、プレシアの拠点へと侵入した。
しかし、そこで待っていたのは無機質な機械人形の群れ。手には様々な武器を持ちこちらを威圧しているが、その姿はゾーマの心を揺さぶれなかった。
「お前らでは俺を熱くすることは出来ない……!」
手に持つ大鎌を一閃し、一瞬にして傀儡兵を薙ぎ倒す。
「誰か……! 誰か居ないのか! 俺を昂らせる存在は……!」
そこでゾーマは弾かれたかのように建物の一点に視線を向ける。毎日研鑽し続けてきた痛みと辱めを求める第六感、それが視線を向けた先に求めるものがあると囁いている。
「そこか!」
建物の壁を突き破り、一直線で目的の場所へと向かう。
着いた先に居たのはプレシアとフェイトに良く似た容器入りの少女。
「……ようやく会えたな、プレシア・テスタロッサ」
「あなたは……そう、私の邪魔もする気なのね!」
語気を荒げ、敵意と殺意を帯びた視線を射抜く様にぶつけてくる。
(あらやだ、凄ーい!)
久方ぶりの大人の女性からの冷たい目線にゾーマの興奮のボルテージが上がっていく。前世では体に穴が開くのではないかと思える程浴びたが、幼い子供に向けられるのとは違う大人の味わい。改めて、基礎を思いだし感慨深い気持ちになる。
「そうだと言ったら?」
「消えなさい!」
プレシアは杖をゾーマへと向けるとそこに紫色の魔力によって魔法陣が描かれる。そして、そこから発生した幾本の雷がゾーマの体を貫いた。
『ブラボォォォォォォォ!』
その突き抜ける衝撃に心の底から賛辞を送り、ゾーマの体は吹き飛ばされていく。そのまま後ろの壁に勢いよく叩きつけられる。
『ワンダホォォォォォォ!』
見事なコンボに賞賛を送りつつ自らの勘は正しかったことを実感。少しの間だけめくるめく痛みと快楽の渦に脳を浸す。
魔法少女や魔法少年との戦いでは無かった本気で相手を殺そうとする殺意を込めた魔力。初めて経験するそれにゾーマは酔い痴れ、更なる興奮を求めて立ち上がる。
「直撃を受けても立つなんて……厄介な」
「はっ! あの程度で俺が倒れると? こいつは滑稽だな! お前のことはそれなりに評価しているつもりだったが、どうやら検討違いだったらしい」
ゾーマの嘲る言葉にプレシアは更に険しい視線を向ける。それを、どうも頂きますと心の裡で礼を言いながら、手に持った大鎌のデバイスをその辺りに放り捨てた。
「――何のつもり」
「ハンデだよ、ハンデ。これでようやく五分五分といったところだな」
適当な言い訳を作って丸腰になるゾーマ。その目的は単純明快、純粋に嬲られたい為である。
「その余裕、いつまで続くかしら!」
ゾーマの挑発にプレシアは怒り、雷の魔法を何度も繰り出す。その度に心の中で――
『グレイトォォォォォォ!』
――歓喜し。
『トレビアーーーーーーン!』
――狂喜し。
『ハ、ハラショォォォォォォ!』
――鳴く。
常人ならば数度死んでいてもおかしくはないプレシアの雷の魔法。しかし、ゾーマは床に這いつくばり小刻みに痙攣しているがまだ息も意識もあった。
「なんて化け物……!」
不死身とも思えるゾーマの耐久性に流石のプレシアも戦慄する。
何故ここまでゾーマ・ヒーストという存在は丈夫なのか。それは彼が持つ希少技能〈レア・スキル〉の効果である。
その名も『被虐性回復』。その名の通り彼が、肉体に痛みと快楽を感じた瞬間に自動的に周囲の魔力素を取り込み自分の肉体をある程度まで回復させるというもの。一秒でも長く苦痛を味わいたいが死んだら痛みも感じ無いし、完全に治してはせっかくの痛みを消してしまい堪能することが出来ないという相反する願望が具現化したとも言うべき技能。これによりゾーマは即死以外ではまず死ぬことは無く、また完全に回復しないので引き続き痛みを堪能できる。
己を生かさず殺さず。
そう、ゾーマ・ヒーストはMによるMの為の永久機関を備えているのである。
そんなことを知る由も無いプレシアは、ただただ何度も這い上がってくるゾーマに恐怖の感情を覚える。
「どうした……俺はまだいけるぞ……?」
薄ら笑いを浮かべながら一歩一歩前進していくゾーマ。それでもプレシアは気丈に振る舞い守るように容器に入った少女の前に立つ。
その時、後方の壁が崩れ落ち、その中からクロノと守が姿を現す。
「キミは!」
「ゾーマ!」
意外な人物のいたことに驚き、そしてその格好に更に驚きを重ねる。
「その怪我は……」
「まさか、プレシアと戦っていたのか?」
ゾーマは何も言わず短く舌打ちをする。
(あーあ、お預けかー)
三つ巴の様な状況になったいまプレシアの攻撃を集中して浴びることが出来ないと悟ると少しの間は自重することを決め事態が動くまで傍観することにし、守たちに目線を合わせることはせずプレシアと少し距離をとる。
その後なんやかんやクロノと守がプレシアに言っていたが戦闘〈プレイ〉以外特に興味が無かったのでスルー。
すると今度はフェイトとその使い魔のアルフが姿を現したのを見て、ゾーマは目を輝かせる。
(あれ、もしかして来ちゃう? 親子同時戦闘〈プレイ〉! そういうの大好物です!)
が、ゾーマの予想に反しプレシアの援護をする訳でもなく何か説得をし始めてしまう。
(あ、そっち側ですか。……残念)
心底がっかりして再び傍観者へと戻るゾーマ。会話はまだ続いていく。
正直、話に付いていけずこの場において一人ぼっちの状態であるゾーマ、それはそれとして放置プレイの様な感覚を味わえるので悪い気はしないが、やはり直接的な痛みや罵倒に比べるとやや興奮が劣る。
何か現状を打破することが出来ないのか、そう考えているゾーマの耳に入ってきたフェイトの言葉。
「あなたが……私の母さんだから」
(ここだ!)
その瞬間ゾーマは声高らかに笑い始めた。正直、話の流れは一切知らないが何となくいいことを言っているかの様な雰囲気があったので、その雰囲気をぶち壊すかの様な空気の読めない笑いをひたすら出す。
「ハハハハハ! ククククク! クハハハハハハ!」
その笑いに誰もが視線を向け、そして怒りも向ける。
「何が可笑しい!」
真っ先に噛みついてきたのは、やはり守であった。それを無視してゾーマは嗤い続ける。肝心なのはここからである。
「ハハハハハ! 私の母さん? クククク! 私の母さんか! ハハハ! 私の母さん!」
取り敢えずフェイトが言った言葉を繰り返す。この言葉にどんな意味が込められているかは知らないが、こうやって同じ言葉を言い続けているだけでも煽っているかのように取ることが出来る。後は誰かが自分を強制的に黙らせるまでこれを行うだけである。
「ハハッハハハ! 私のかあ――」
言い終える前に無数の雷がゾーマの体に突き刺さる。
『イ、イ、イグニッショォォォォォォン!』
誰が行ったかを確認することはせずゾーマは床にうつ伏せになって倒れた。
「か、母さん!」
「……勘違いしないで、あの笑い声が耳障りだっただけよ」
◇
「ん?」
しばしの間快楽の中に身を委ねていたゾーマであったが、ふと周りが崩れ落ちていることに気付く。
よくみると少し離れた場所でフェイトが床に広がる極彩色の空間に手を伸ばている姿があった。その見ている先をゾーマも見てみると穴の中へと落ちていくプレシアと容器に入った少女の姿、やがてその姿も空間の中に消えて行った。
こちらも脱出しなければならないと思いゾーマは緩慢な動きで手放していたデバイスを拾い上げる。
「ゾーマ!」
「――何だ?」
声の方を見れば守の姿。
「お前、分かっていてあんなことをしたのか?」
「――さて、なんのことやら? 話は終わりか? ならさっさと行け」
いつもの様な傲慢な態度を見せないゾーマの静かな態度。それは守やクロノから見てまるで悲しんでいるかの様であった。
「まさかキミは……本当はプレシアを……」
「二度も言わせるな。さっさと行け」
有無を言わせないゾーマの態度。納得し切れない様子であったが二人はフェイトたちを連れ、崩れ行くこの場から去って行く。
一人残されたゾーマは崩れ行く空間を虚ろな目で見上げる。
彼の持つ『被虐性回復』にも唯一抑え切れないものがあった。それがプレシアの放った最後の雷撃により限界を超てしまっていたのだ。
彼は天井を見上げたまま、静かに呟く。
「人は……人は何故争うのだろう……」
ゾーマ・ヒースト、戦場の中心で賢者に到達す。
オチがこんなんですみません。