ゾーマ・ヒーストは最近暇であった。半年前にあったジュエル・シードを巡る戦いが終わってから目立った出来事も特に無く、お気に入りであった魔法少女たちや魔法少年の姿もめっきりと見なくなり、心も体も昂る様な戦闘〈プレイ〉を行えない日々をただ過ごしていく。
いっそのこと住所を調べ上げてこっちからちょっかいを掛けようかとい考えも浮かんだが、少し考えた後却下する。ゾーマにもゾーマなりのモラルが有る、ただし自分の行いのことは棚に上げているが。
半年前の出来事はあまりにも良すぎた為、感覚がマヒをしているが今の日常が当たり前であり、自分の求める刺激というものはそう易々とは手に入りはしない。
今は充電期間であると言い聞かせ、退屈な毎日を送り続けるゾーマ。そんな彼の耳に突如として入ってきた、謎の魔法を使う騎士たち情報。
その日、ゾーマ・ヒーストは自らの楔を解き放ち、解放の咆哮を上げた。
◇
上空を飛翔する『鉄槌の騎士』ヴィータはいつもの様に闇の書への蒐集を終え、主であるはやての為に家路を急ぐ。その時、ヴィータの眼前を半円状の魔力の刃が通り過ぎ、それに驚き思わず急停止してしまう。
「そんなに急いでどこへ行くんだ? お嬢ちゃん」
聞き慣れない男性の声。振り向けばそこにいたのは銀髪の青年――いつもの大鎌のデバイスを持ったゾーマ・ヒーストの姿があった。
「誰だ、てめぇ……」
「こんな夜中に子供の一人歩きは危険だな。こんな風に手合わせを願う魔導師が現れる場合もあるからな」
「ふざけんな! こっちの質問に答えろ! 管理局の奴か! あとあたしは子供じゃない!」
からかう口調でヴィータの怒りを誘うゾーマ。ここまはいつもと同じ、むしろ相手の反応が良過ぎるぐらいで、ゾーマも内心ウキウキしている。
(ええで、ええで、もっと怒ってもいいんやで! その手に持ったハンマーを問答無用で振るってもいいんやで!)
逸る気持ちを落ち着かせながら相手を舐め切った口調で言葉を重ねていくゾーマ。その度にどんどんとヴィータの怒りのゲージは上がり、顔色は朱くなりハンマーを握る手も細かく震えていく。
そして、ついにゾーマは相手の逆鱗に触れる言葉を口にする。
「ああ、それにしてもその帽子につけているウサギは何だ? 正直センスが悪いグホッ!」
手に持ったハンマーをゾーマの頬に叩きつけ、無理矢理話を終わらせるヴィータ。顔面を殴り飛ばされたゾーマは錐揉み回転しながら久方ぶりの感覚に静かに涙する。
(ああ……これだ……これなんだ! ありがとう、ありがとう、ハンマーお嬢さん! ゴミの様に殴ってくれてありがとう! 虫けらのように殴ってくれてありがとう! そして、お父さん、お母さん、僕を産んでくれてありがとう!)
全ての者に感謝をしながら建物に頭から突っ込んでいくゾーマ。その最中でも感謝の気持ちは途切れず仕舞いには地球そのものに感謝の念を送っていく。
「ちっ! なんだったんだあいつは……」
不快そうに舌打ちをし、不本意ながらも蒐集でもしようかと近寄ろうとするものの血突如として瓦礫を押しのけゾーマが姿を現す。至る所から血を流しているもののゾーマ本人は薄ら笑いを浮かべていた。
「見た目に反して中々、良い一撃だった。子供というのは訂正させて貰おうか、お嬢ちゃん」
「そのお嬢ちゃんって言うのを止めろ!」
「なら、お嬢様と呼ばせて貰おうか」
「あんま変わんねぇだろうが!」
(いや違う、絶対違う。『ちゃん』付けと『様』付けなら絶対『様』付けの方がモチベーションが上がる、主に俺の!)
話の流れで『様』付けで呼べるようにしたゾーマ。心の中でお嬢様、お嬢様という度にテンションが上がっていく。
「アイゼン!」
デバイスの名前を叫び、その手から小さな鉄球を放り投げると空中で停止、その状態でゾーマへとハンマーを用いて撃ち込む。
複雑な軌道を描き、高速で迫る複数の鉄球。一目見て自動追尾する機能を備えているのを看破するが特に意味は無い。何故なら避けるつもりなど毛頭ないので。
『お嬢様ァァァ!』
悦楽の感情を心の中で咆哮し、直撃を受けるゾーマ。すぐにヴィータは距離を詰めるとゾーマの鳩尾に鉄槌を直接叩き込む。
『お嬢様ァァァァァァァァァァ!』
縦回転をしながら、上空を飛んでいくゾーマ。だが、すぐに急停止をしヴィータへと余裕の手招きをする。もっと来い、もっと来てください、という意思を示すゾーマの行動を挑発と受け止めたヴィータは更に怒りを込め、自らのデバイスに呼びかける。
「アイゼン! カートリッジリロード! こいつをさっさとぶっ飛ばす!」
『Raketen hammer』
ハンマーから薬莢が飛出しすと、形状が変化し始め片一方からはロケットエンジンノズルの様なものが展開し、もう反対側の方は平たかった部分が隆起し、スパイク状になる。
(なにやだあの形……凄くわくわくする)
期待に胸躍らせるゾーマにヴィータはノズルから魔力を噴射し超加速で一気にゾーマの懐に飛び込むと、噴射の勢いで回転しながらその胴体にスパイク部分を叩きつけた。
『ううううぉぉぉぉぉぉぉお嬢様ァァァァァァァァ!』
素晴らしい一撃を貰い地面に向かって落下していくゾーマ。そのままは駐車していた車の上に落下し、破片やガラスを撒き散らす。
「やりすぎたか……」
やった本人であるヴィータもまさかノーガードで受けるとは思ってもおらず、車の上で大の字になっているゾーマにやや心配そうな目で見下ろしていたが、いきなりゾーマは上体を起こして立ち上がり、一気にヴィータの近くまで飛翔する。
「なっ! なんでそんなにピンピンしてるんだよ! 化け物かてめぇ!」
「倒せなかった未熟さを俺のせいにして欲しくないな、お嬢様? それとも手加減をしているのか? ハッ! お優しいことで」
本当はすこぶる効いて、いまだに世界が回って見えるしあちこちで骨がみしみしと軋んでいるが、まだ物足りないためデバイスを突きつけながら嘲笑を混ぜて挑発。
「こいつ……!」
「ヴィータ」
「シグナムか!」
激怒し掛けるヴィータを第三者の声が窘めた。
新たに現れるヴィータの仲間である『烈火の騎士』シグナム。その容姿にゾーマの片眉は僅かに跳ね上がる。
(ほほう、凛々しい女騎士……悪くない! 悪くないぞぉ!)
ここ最近は自分より年下か年上のどちらかが相手であったが、ほぼ同年代の相手は居なかった。シグナムという女性の存在はゾーマの煩悩を刺激するには十分である。
「気を付けろ、シグナム。こいつには生半可な攻撃はきかねぇ。やるなら一気に片を付けた方がいい」
「了解した。ここは引き受ける。ヴィータ、お前は先に主の下へ行け」
「……分かった。無理すんなよ」
去って行くヴィータ。その姿をやや名残惜しそうな目で追うゾーマ。
(ああ、行っちゃったー、もう少しでこっちもい――)
「ここから先は私が相手だ。私の名は――」
「いや、いい」
名乗ろうとするシグナムの言葉を遮る。
「他人の名前には興味がないんでね。呼び方はこっちで決める。構わないだろ、女騎士様?」
「――名乗らず戦うのは主義ではないが、貴様がそういう態度ならば致し方ない」
またもや様付で呼ぶ権利を得たゾーマ。心の中で連呼する。
(女騎士様! 女騎士様ァァァ! 女騎士様ァァァァァァァァァァ! お! ん! な! き! し! さ! まァァァァァァァァっぁァァァァァっぁぁぁぁぁぁぁ!)
ヴィータが去って行ったことで下がったモチベーションもすっかり回復してしまう。
「レヴァンティン、ヴィータの言葉通り一気に決めるぞ。カートリッジリロード」
「Schlangeform」
ハンマーの時と同様にシグナムの持つ片刃の剣から薬莢が排出されると、剣身がいくつもの刃節に分かれ、それが一本のワイヤーで繋がり連結した状態となる。
それを見てゾーマは驚愕一色に染まる。
「蛇腹……剣……だと……」
晴天の霹靂。
何故それを思いつかなかったのか、凄まじい後悔の念にゾーマは押しつぶされそうになる。
(鞭の様なしなる属性、そして刃物の鋭さ! この二つを兼ね揃えたこれを今まで気が付かなかったなんて……俺は……俺は自分が恥ずかしい!)
傷付ける道具の中で今の今まで選択肢に無かった新たな可能性。その可能性を前にしてゾーマは自らの未熟さを噛み締めた。
(――反省するのは後だ。……いまは只、目の前の未知を味わうのみ! こんなものは邪魔だ!)
ゾーマはおもむろに上着に手を掛けると一気に脱ぎ捨て、シグナムの前で上半身薄手のタックトップという軽装状態となる。シグナムはその行動に目を丸くし、そしてゾーマの体を見て目を鋭くさせた。
「その数々の跡……生半可な人生を送ってきた訳では無いようだな」
ゾーマの露わになった腕や首筋などの部分は無事な所を探す方が難しい程、様々の傷跡が刻まれていた。裂傷、火傷、切傷、爆傷、刺傷、咬傷、ざっと見ただけでもそれだけある。
勘違いをしてはいけないが十割がゾーマの自作である。
「一目見て分かった。本気で行かなければならない相手だとな……その剣の冴え、如何ほどのものか味あわせて貰おうか」
「敢えて守りを捨て、攻撃のみに特化しようという訳か……その選択、この一刀で後悔することになるぞ!」
(さあ、俺を愉しませてくれ! その剣で俺を嬲ってみろ! 裂いてみろ! 蹂躙してみろ! 俺に生きている実感をくれ! 俺を感じさせてくれ! 俺に愉悦を与えてくれ!)
シグナムは握る剣を振り上げると刃から炎が巻き起こる。その刃は螺旋の軌跡でゾーマに向けて振り下ろされた。
(わーい!)
今日、この日、半年振りのゾーマ・ヒーストの戦い〈プレイ〉の狼煙が上がるのであった。